第100話 天にその名を響かせた一族
「馬鹿な、馬鹿ナ、バカナアァアアアアアッ!?」
満を持する仕掛けであり、切り札でもあった呪法により黄泉帰った筈の合成獣達が、一匹また一匹と浄化されていく。
偽竜にとっては悪夢の様なその情景は、対するシェリーとクロノにとっては折れかけてしまった心を癒し奮い立たせる希望の光。
「これが……ブレアの鎮魂魔法」
「何と儚くも優しげな……これが神の奇跡というものか」
この三つの世界に於いて嘗て人の悪意により消し去られた、神と人との繋がりの証。もしかするとシェリーが辿っていたかもしれない、もう一つの可能性。
似て非なる存在による、神職にのみ可能とされた鎮魂の詩がサカミの周囲に広がる戦場全域へと響き渡る。その導きに現世の縛りより解放された魂達が淡い残滓の中、静かに消えていき――後に残るは、百にも満たぬ怨念の固まり。
「これなら、いけるっ!」
「ええ、どうやら貴女の鏡映しも来たようね?」
「鏡映し……ふん、そういう事か」
そう。相方の発言の意図する所を知り、不敵な笑みと共にクロノが向けた視線のその先にはもう一人のクロノ。古き血筋を幾重にも分け、遥かなる過去に時詠みの祭祀としての役目を終えた同じ姿を持つ自分。
「――これがっ……わたしが『突撃臼砲重戦車』と呼ばれる所以だッ!!」
物心が付いてからこの方最も聞き慣れた声による、しかし決して自分ではない誰かが発するその叫びが聞こえた直後、爆心地より響く強烈な衝撃音。
「……全く、何から突っ込めば良いのだか。見た目は確かに鏡映しだが、やはりアレとわたしでは中身は全くの別物だな。あんな真似をしてあいつの耳はおかしくならんのか?」
自身の性能の良すぎるそれを少々恨めしく思いつつ、耳を抑えながら呆れの感情を零すクロノ。シェリーもそれに釣られてくすりと微笑を漏らし――数瞬の後に揃って偽竜へと向き直った。
「何故、何故ダ?ドイツモコイツモ儂ノ邪魔バカリシオッテエェェ……」
「さて、それでは外野は応援の連中に任せ、わたし達は最後の竜退治に集中するとしようか」
「そうね、そろそろこの耳障りな雑音も聞き飽きた事だし」
「……ハッ!?マ、マテオ前達。ソウジャ儂ト組メバ公国、延イテハ大陸ノ覇権モ思イノママダゾ!大体今ノ竜ノ力ヲ手ニシタ儂ニ敵ウト、本気デ思ッテオルノカッ!?」
竜の身体は本能に従い警戒を顕わにして二人へ飛び掛からんとするも、それを操る醜い小物が我が身惜しさに機を逃す。それでも竜は尾を振り回し四肢を打ち付け力の限り暴れ回り、しかしながらそれを抑えるは誇り高き狼の子供達。
「シェリーさん、クロノさん、足止めは俺達に任せて下さいっ!」
「親父殿が見ている手前だ、俺達だってちょっと位は良い所を見せないとな!」
「皆さん……」
その声を聞き、ようやく自らの身体へと纏わり付く存在を認識したのだろう。偽竜は怒りの咆哮を上げながら狼男達へと両の拳を打ち付け、骨をも断ち切らんとばかりに鋭い爪を突き立てる。その暴挙に顔を苦渋の色に染めながら、先程までの疲弊状態はどこ吹く風か、偽竜が狼男へ与えた傷は見る見る内に塞がっていく。
「オノレ小汚イ獣風情ガ、儂ニ纏ワリ付クナッ!」
「ぐっ、まだまだぁっ……」
「ガハッ……けっ、満月が過ぎたとは言え、夜の狼男がこの程度で倒れてたまるものかよおっ!」
「グオオオオッ!放セ放セェエエエ!?」
今や怒りに満ちていた竜の咆哮も内面より身の自由を縛られる憤りに満ち、徐々に物悲しい響きへと変化をしてしまう。その叫びの意味を理解してしまったクロノは僅かに難く唇を噛みしめた後、同じく何かを察したであろうシェリーへ向けて呼びかける。
「――シェリー、行くぞ」
「ええ、終わらせましょう」
そして、遂に偽竜の最期の時がやってきた。
「GYAAAAAHHWWW!」
耳をつんざく絶叫を上げ、少しの間を置いてから倒れ伏す偽竜。自然の摂理に反した融合の副作用か、数瞬も経たずに全身の組織がグズグズに溶け始め、体液を沸騰させながら地面へと染み込んでいく……。
「ふぅっ。流石に、もう立てないな」
「もう駄目。限界だわ……」
偽竜が完全に消え去りたっぷり百を数えて後。復活の気配が無い事を確認すると同時に、クロノとシェリーは互いに身体を寄せ合いながらへたり込んでしまう。
「お疲れっす!親父殿、俺やったぜ!」
「だぁあ、もう動けねぇぇ……」
偽竜を抑え込んでいた狼男――ゴウザの息子達も地面に倒れ込み、そのまま荒い息を吐き続けていた。当初の予想以上に厳しい戦いだったが、ともあれこうして首謀者も倒し今日の攻防戦には決着が付いたのだ。
「皆さん、お疲れ様。こちらも片が付いた様ですわね」
「何だい、皆へたり込んじゃって。敵首魁も無事に倒せたのだし、合成獣達も全滅させたんだ、もっと意気揚々としてサカミの住民達に応えてあげようじゃないか」
どうやら賑やかなあの異界の訪問者達も、付近の掃討を終えこの場へとやってきたらしい。アイブリンガーはゴウザに背負われ、あたかも重病人の体ではあったが。
「抜かせその様で。貴様など指一本動かせん状態では無いか」
「あははっ。わたしとした事が久々に精霊力を使いきっちゃってね――でもゴウザ。実は今、役得とか思ってはいないかな?」
「なっ!?おお、俺には愛する女房と子供達が居るからな!小娘の貧相な身体などに興味は無いわっ」
「別に何に対して役得と言った覚えは無いのだけれども。これでもスタイルには結構自信があるからね、勝利の報酬として存分に堪能すれば良いさ」
「要るかそんな報酬!」
「お陰で今回はこいつの回収が楽に済みましたわね。ゴウザさんには感謝ですわ」
敵首魁を倒した事により、周りの緊張感も解けたのだろう。相変わらずゴウザとアイブリンガーはお互い憎まれ口を叩き合っていたし、ブレアはちゃっかりな感想を述べてはいるが、皆サカミの防衛を果たした充実感でその表情は緩んでいた。
それを見てシェリーは思う。あの時あの場所で、皆に出逢えて本当に良かったと。
町へ戻る際に振り返ってみれば激戦の名残が至る所に見える中、秋の夜長を感じさせる肌寒い風が吹き降ろすサカミ郊外の静かな夜景。
こうしてサカミの砦町を巡る攻防戦は、合成獣達の全滅により幕を閉じたのであった。
Scene:side 頼太
サカミの北にそびえ立つ、名も無き山。
丘と呼ぶには少々主張が過ぎており、かといって名で呼ばれる程の特徴や背の丈には欠ける。故に、名も無き山だ。
その山の中腹には五百を超す天響族の一般兵と、それを率いる僅かばかりな隊長格が俺達の姿にも何も反応をする事無く整然と並び待機していた。そして―――
「――久方ぶりであるな。息災か?」
「あぁ、アンタも元気そうで何よりだ」
俺達は今、この軍勢の長であり、ヘルメスによる天響族封印のあった時代以前からの生き残りでもある、ジャミラ曰く始祖の一人との対面を果たしていた。これが天響族か……。
今でこそジャミラ他サカミの町の数少ない天響族とそのハーフの子達のお陰で、飛ぶのに便利そうな翼を生やした人程度のイメージしかないが、もしジャミラ達に出逢う以前にこの兵士達と遭遇をしていたら一体どの様な印象を受けていた事だろう。あるいはその後にジャミラと対面したとしても当初のシェリーさんと同じく警戒し、今の様な関係になることは無かったのではないか。
それ程までに、目の前に立ち並ぶ天響族の兵達の眼からは意志と言うものを感じられず……まるで話に聞く人形の如き人造人間の様にすら思えた。
「あの人達が、ジャミラさんの言ってた『紋様に支配された』天響族ってことなのかな……」
「そうみてぇだな。ジャミラの話じゃあ隊長格以上は紋様に抗えるって話だったが、この様子じゃそれも怪しいモンだ」
釣鬼の言う通り、この長の両脇に控えている隊長格ですら一切の表情が消え失せた様子で長の脇に控えていた。通常どんなに訓練を積んだ熟練者であろうとも、感情を捨て去る事は出来ても意志の強さといったものは挙動の端々に滲み出るものだ。だが目の前の隊長格からは警戒感の一つすら見られないのだ。ここまで意志そのものを消し去ってしまえば、それは最早兵ではなくただの道具なのではないだろうか。
「それにしても相変わらず無駄に若作りなことで、カルマ叔父よ」
「ふ。お前も私の事は言えんだろう。あれから二百年と余年。我等が封印より解き放たれて以来数多な同胞達が生まれ落ちたが、お前程長く生きている者は他におるまいよ。オームの落とし子の中では、お前が最も我等の性質を受け継いでいるという事であろうな」
ジャミラと天響族の長の会話を聞く限りでは、どうやらこの二人は古い知己であるらしい。ジャミラがあれだけ老害老害と連呼するのを聞いていた俺達からすれば、長達というのは骨と皮しか無い枯れ木のような見た目ばかりな老人かと思っていたが、落ち着いた物腰を別にすれば目の前のジャミラと兄弟と言っても違和感の無い程の年恰好に見えるな。
「チッ……いい加減老衰か何かでくたばってくれないものかね、あの糞親父も」
「そう憎まれ口を叩いてやるな。ああ見えて、未だお前の事を気にかけてはおるようだぞ?あれのは少々歪んでいるとは思うがな」
そんな二人の会話の中で聞き逃す事の出来ない言葉を聞いてしまい、俺達は息を呑んでしまう。
「ジャミラさん、そんなに齢いってたんだ。それでその若々しさって……」
「見た目、二十代位にしか見えないのにネェ」
「そっちの話かよ!?」
こいつ等の余りにも空気ブレイカーな感想につい大声で突っ込みを入れてしまい、釣鬼先生から仲良く頭頂に鉄拳三連撃を落とされた。
「空気を読め」
「ぐおぉぉ」
「うぅ、ごめんなさいぃ」
「痛イ……」
確かにジャミラの年齢に関しては俺も驚きしか出てこないが、驚くべきポイント違うだろ!大体お前等だって寿命という概念があるかどうかも怪しい出自だろうに、これだから女ってのは……ブツブツ。
「ふむ。随分と愉快な者達を連れてきたようだな。差し詰め荒寥たる我等を慮り心安らがせる為に用意でもした、旅芸人の類かな?」
「……あぁ、お陰様で日々飽きる事無く過ごせているさ」
痛い。ジャミラのこちらを責める様な視線がやたら痛いです。本当、申し訳無いっす……。
「ごほん。悪ぃ、こっちにゃ気にせず話を進めてくれ」
「構わぬよ。元より私がこの様な場所まで出向いてきたのはジャミラ、お前との対話が目的だったのだからな」
「だろうな。その気があればあの合成獣達の勢いに乗ってとっくにサカミへと攻め込んでいる筈ではあるし――それに、本来この大陸の担当では無い筈のアンタが、こうしてここまで出張ってくるというのもおかしな話だからな」
やはり、ジャミラは天響族の中核に近い位置に居たのだろうか?先程のジャミラの叔父だというこの長との会話を聞く限り、どうやら直系の二世か何かに聞こえるが……。
「まぁ、ここに来て立ち話も風情が無かろう。彼方の天幕に茶菓子を用意してある、兵共は下がらせる故、ゆるりと話し合おうではないか」
一先ずのやり取りが終わり、カルマと呼ばれた天響族の長は俺達に背を向け天幕へと歩き出す。俺達もそれに倣い、ジャミラを先頭として天幕の中へと入っていった―――
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「――ふむ、そうか。やはり、当時の封印劇はあの御方の御業であったか」
「あぁ……なぁカルマ叔父よ。俺達は天響族などと名乗って他の種族を見下す真似をしていたが、所詮は遥か昔に天に至った事があるだけの元人間だ。それに最早肝要である天に至る術は既に無く、今はその術の名残であるこの天冠と翼が残るのみ。未だ更なる高みへと登るつもりがあるならば、もうこんな陣取り合戦の真似事など虚しいだけとは思わないか?」
「………」
カルマに続いて天幕の中に入った後、言葉の通り出されたお茶菓子を戴きながらジャミラがこれまでのあらましをカルマへと説明していた。
その話を聞くカルマの脇には二人の隊長が控えているが、カルマの指示に伴った機械的な所作が時折見られるのみ。自身の種族を至高の者とし、他全てを見下すと噂されていた天響族。その面々が聞けば随分と反発しそうなスレスレの事を言い続けているジャミラにも、そして卑下するべき対象である俺達に対しても全くと言っていい程に反応することはなく、意志の光見えぬ瞳でただただ虚空を眺めるのみ。
「――それ等はな、我等のエゴの犠牲者達なのだよ」
唐突なカルマの発言にハッ我に戻り周りを見れば俺だけではなく、ジャミラを含めた全員がその隊長達を見つめていた。
「少なくとも俺が居た頃には、隊長格となれる程の者までもが紋様に支配される様な事は無かったと記憶しているが……まさか俺が天響族サイドを抜けたのが原因で、更なる縛りを加えられたのか?」
「いや、お前の件は我等からしてみれば歓迎こそすれど、それが更なる縛りを生むが如き理由とは到底成り得ぬよ。より強靭な意志を持つ者が現れた事実を受け、長らく感動に飢えていた当時の我等にはそれが新鮮であり、また良き知らせであったものさ」
「……そうかい」
「問題は、人造人間、いや……その脅威に恐怖を覚え、内部から崩れた我等の方にあったのだろうな」
そしてカルマは語り始める。ジャミラが袂を分かった後の天響族の実情を―――
―――封印前には、このような紋様術式など存在はしなかった。
元は現在を生きる人類達を手早く制圧する為に仕掛けた神職抹殺ではあったが、結果人造人間という忌々しい生体兵器をこの世に産み落とす切欠となってしまった。以来百年程の間、我等が辛酸を舐め尽したのはこの大陸に生きる者ならば皆知るところだろう。
それに対抗して為された手段が紋様開発による自身の身体強化だ。お前が生まれた世代から紋様を埋められ始めたのだったな。
だが、人類領域の人造人間はそんな苦肉の策に頼る我等をものともせぬ勢いで刻一刻と進化を遂げてきた。何故か?……あれ等には倫理も何も無かったからな、正に死に物狂いというやつだ。
まぁ――我等が倫理を語るのも烏滸がましくはあるが……特にお前が抜けた前後の数十年は人造人間の台頭が著しく、我等も焦りが出てしまったのだろう。人類に遅れる事数百年、ようやく天響族の研究者達が「改良」に成功した筈の新たな紋様は、更なる身体能力を引き出すのと引き換えに徐々に被術者の意思を奪っていった。そして被術者達は自我を失う恐怖をゆっくりと味わいながら、ただ命令を聞くだけのモノと成り果ててしまったのだよ。
最早どう言い繕おうとも見苦しい言い訳にしかならぬが、焦りが我等の目を曇らせてしまったのだろうな。我等がその事実に気付いた頃には既に隊長格に対しても全ての施術が終わっており……それ以外の者も僅かな非戦闘員である子供達を除き、物言わぬ人形と化していたよ。それがここ数十年の間、我等の動きが鈍ってしまった理由だ。
元より我等は遥かなる昔に天へ至ったという偉業に誇りを持ち、天にその名を響かせる一族として自らを天響族と名乗った。
それが今になって分が悪くなったからと誇りを捨て、そして意思すらも捨てざるを得なくなってしまった本末転倒。お前の言う通り、既に天響族などという至高の種族などは存在しないのだよ。ここに残るは、ただ過去の栄光ばかりを追い求め、前へと進む事が出来なくなった亡霊達だ。これでは見苦しい陣取り合戦などと言われても、仕方の無い事であろうな……。
「……先日、ダルマーの奴が逝った。半ば正気を失い、人類領域の一部と繋がって何かを画策していた様子だが――無論身体は未だ在ったが、精神が消えてしまってはな」
「そうか、あの婆さんも亡くなったか。とするとこの大陸は……」
「あぁ、本来の我等の盟主であるあの御方が戻って来られたのだ。御心のままに、天響族という種族はこのまま消える定めなのだろうよ。せめてダルマーが逝く前に、その御尊顔を今一度拝見させてやりたかったが。いや……当時御心に背を向けた我等をあの御方が赦す道理は無かろうし、我等にもそれを語る資格は無いか」
そう、自嘲気味に告白を終えたカルマは、長い溜息を吐き椅子に身体を預けてしまう。その疲弊し切った顔に残るは……深い諦観のみ。俺達も一様に、各々がカルマの話した内容を吟味しながらもどう返すべきか、その最初の一言を口にする事が出来なかった。
「――それは、違うと思います」
だが……やはりこういった場面では、こいつが異論を唱えてしまうんだよな。
「……君は?」
「初めまして、薄野扶祢と申します……じゃなくって。ヘルメスさんは天響族の人達が滅ぶなんて事は望んでなんかいません。こちらの釣鬼とピノちゃんの居る世界の神様は世界の秩序を護る為に他の全てを切り捨てられたのに、この三つの世界のヘルメスさんは天響族の皆さんともいつかは分かりあえると信じて、貴方達を滅ぼす事なく封印するに留めていたんです。【三重に偉大なヘルメス】の相方であるトート神様と決別をしてまで――」
―――この三つの世界とはまた別の世界の話。魔族と人間の何時終わるとも知れぬ、血と憎悪に塗れた争いの記憶。
普段は具体的な記憶など何も思い出す事が出来ずに周囲からネタ扱いをされて悔しがっている癖に、こういった状況になると心の底深くに眠っていたモノが目覚めるのか、明確に当時の情景を想い起こしてしまうのだろう。今も寂しそうに、だがこれだけは譲れぬとばかりの精一杯の想いを込め、こいつは折れる事の無い強い意志をカルマへと向け訴える。
対するカルマはそんな扶祢を言葉も無く見つめ続け……やがて恐る恐るといった様子で、ジャミラへと事の真偽を問いかける。
「……ジャミラ、それは真なのか?」
「らしいな。それについては俺が直に聞いた話ではないが、ヘルメスとは俺自身も面識がある。あいつなら今からでもカルマ叔父自らが逢いに行けば、きっと喜んで迎え入れてくれることだろうよ」
「は、ハハ……何だ。これでは、我等はとんだ道化ではないか。あの時我等はあの御方の怒りを怖れ、有りもしない罰から逃れる様に背を向けてしまった。だのにあの御方は、そんな我等を変わる事なく気にかけて下さって……」
それを聞き、カルマは今度こそ茫然とした様子で背もたれに倒れ込んでしまった。そのまま暫しの時が流れ、冷めたお茶を俺達が温めて入れ直した辺りでようやく口を開く。
「――皆にお願い申し上げる。どうか、私を我が主の下へと案内して欲しい」
その言葉に俺達が沸くよりも早く、扶祢が感極まって大泣きをしてしまったのは無理からぬことだろう。別の舞台の話ではあるが、当時は果たす事が叶わなかった種族間の不毛な争いへと終止符を打てた瞬間に、こいつはやっと立ち会う事が出来たのだから。
「何だよ、釣鬼まで貰い泣きしてやんの。これが本当の、鬼の目にも涙ってやつだな」
「人の事言えた顔かよ。鼻水まで垂らして汚ねぇな、おい」
「「ふぇぇーん……」」
「くぅーん」「あぅん」
普段の太々しさも影を潜め、ついつい貰い泣きをしてしまったピノと抱き合う扶祢達をそれぞれ慰める犬っころ達。顔を涎まみれにされながらもまだまだ泣き続ける二人の傍らでは、お互いを揶揄い合いながら、これまた貰い泣きを誤魔化す俺と釣鬼。
つくづく道化役が似合ってしまう俺達だが、こんな仲間達と共に過ごせる幸せを、今は思う存分噛みしめるとしよう―――
三つの世界編、本編は今回にて終了となります。何とか100話目に無理矢理詰め込めた……。
次回、三つの世界編エピローグ。




