第099話 サカミ攻防戦-後編-
引き続き厨二病真っ盛り(・ω・)
「ファルス、この外道がッ!」
「んんんんんー!不愉快ではあったが天響族の枯れ木爺共に頭を下げた甲斐があったわい。漲る漲るゥ~!……うん?何者じゃお前達」
「駄目ね、とうに正気を失っているわ……」
二人の前にそびえ立つ巨大な竜型合成獣、その胸部には、彼女達もよく知る顔が付いていた。
ファルス元導師、魔導学院におけるシェリーの師の一人であり、そしてシェリーとクロノを陥れた人造人間騒動の元凶でもある。だが醜悪怪奇な精神性を表に出したその顔は、既に正気のそれでは無く……。
「だが、正気であろうとなかろうと。こいつはお前の光を奪い、そしてわたしの一族の居場所をも奪った諸悪の根源だ。それがこうして向こうから出向いてくれたのだ……ククッ、ならばこちらも相応の全殺しをしてやるべきだろう」
「……けれど、私達も限界が近いわ。怒りに囚われ過ぎて、足元を掬われない様にね」
最早止められぬとばかりにクロノは殺気を漲らせる。その想いはシェリーも同じく心中穏やかではいられなかったが、辛うじて疲弊し切ったこの現状を思い返し忠告を投げかける。
「あぁ、分かっているさ。分かってはいる……が、こいつに貶められた同胞達の恨み、そして何よりも!お前の数年間に亘る苦しみを与え続けたこいつを、このまま放っておく訳にはいかないんだよっ!」
「クロノ……」
「かっ……クカカカカッ!ソウカ、そうカ、思い出したゾ。儂ハお前達の顔を絶望に染め上ゲル為に、此処マデやって来たのダッタな。見れバ共ニ、息は上がリ碌に動けもセヌ様子ではないカ?」
クロノの激昂に反応し、狂った筈の合成獣がふと刹那の正気を取り戻す。それは息の荒い二人を睥睨し、思い出したかの様にせせら嗤う。
「ふん。既に貴様の手の者である合成獣軍団は駆逐した。後に残すは貴様の入り込んだその竜種の出来損ないだけだ。出来損ない一匹をここに居る者達総出で片付けるだけの作業ならば、この程度のハンデがあった方が丁度良いというものさ」
「出来損ナい……アノ出来損ないの模造品メガァアッ!?おのレよくも生みの親でアる儂を裏切りオってッ!あのママ屋敷の地下デ、儂に立てツイた事を悔やみナガら朽ち果てルが良いわッ!」
「模造品、ですって?」
「やはりあの時のわたしの複製は……いや、まずはこいつだな」
「――そうね」
そして二人は最後の戦いへ向け構え……だがしかし、次に偽竜が紡ぎ始めた言葉を聞いて硬直する事となる。
「クカカカカッ。何故ニ儂が、昼ノ間無策ニモ見エる突撃を続ケさせタト思う?そレハ、コの死体ノ山を必要トしていタカらなのダッ」
「何……?」
『命半バニテ倒レシ無為ナル躯共ヨ。ソノ慟哭、憤怒、コノ呪イヲ糧トシテ成就サセヨウ。死滅シタ玩具共ヨ、コノ地ヘ撒カレシ血ノ呪イニヨリ仮初ノ命ヲ受ケ黄泉還ルガ良イ!』
「「なっ!?」」
―――初めは、僅かに震えただけ。
それらの身体は、徐々に生命無き脈動を繰り返し。
やがて、濁った瞳を胡乱気に開き、ゆっくりと活動を開始する―――
「そん、な……」
「クカカカカッ!恐怖シタカ?絶望シタカ!?タダ殺シテナドヤルモノカヨッ!マズハアノ町ヲ滅ボシ、ソノ後ニ心折レタオ前達ノ肢体ト精神ヲ心往クマデ辱メ、ソシテ絶望ノ中デ生キタママ喰ラッテクレヨウッ!」
「くっ……」
偽竜の齎した呪いにより仮初の復活を遂げた死の体現達は、道中虫の息であった残りの合成獣達をもその行列に飲み込み、それらは新たな生ける屍と化して列に加わっていく。そうして今や、死に絶えた筈の総勢千にも上る合成獣達の成れの果てが地を走り、また空を羽ばたいて城壁へと殺到せんとしていた。
最早、止められない……町の皆もこの状況を目の当たりにし、迫り来る絶望に打ちのめされてしまったことだろう。屍達が目指す先にある城壁の面々は、唯々茫然と……その死への行進を眺めていた―――
『――其はこの世に非ざるもの、我等が大地を穢すこと能わず』
その訪れは、唐突であった―――
か細い声で囁きかける様に、それでいて合成獣達が巻き起こす喧噪をものともせず、まるで掻き分けるかの如き響く澄んだ声に、生きる屍と化した合成獣達の動きが一斉に止まってしまう。
「……ム?何ヲシテイル玩具共。サッサト行カヌカ!」
その異常に、しかし未だ気付く事のない偽竜が屍達へ叱咤をする。だがそれは無理な要求というものだろう。彼の声は神への祈り、死して尚、現世に縛られし憐れな魂達を開放する為に詠まれた唱なのだから。
『はじめに神は言い賜う「光あれ」と――生まれ出づるその時には等しく無垢なる魂達よ、現世に縛られし穢れた呪いの虜達よ。我等が神はその不浄なる身に光の裁きを与え、そして救いを求める魂へ闇の安寧を施すことだろう。土は土に、灰は灰に、塵は塵に――』
「コ、コノ詠唱ハ……マサカ、有リ得ヌ、有リ得ヌゥゥッ!?」
事ここに至り、ようやく如何なる奇跡が起きているのかを悟るに至った偽竜ではあるが、時は既に遅し。慌てた様子で辺りを見回し遥か後方に術者の姿を確認するも、最早詠唱は最後の一節を残すのみとなっていた。
『この三つの世界を創り賜うた【三重に偉大なヘルメス】よ。我、矮小なる人の身なれど全霊を以って此処に祈りの詩を捧げよう……願わくば、彼の迷い子達に今一度の導きを――』
―――同時刻。サナダン公国、公都ヘルメス王城内にて。
「……その祈り、この【三重に偉大なヘルメス】の名に於いて聞き届けよう、美しいお嬢さん……もっとも、肉の制限ある今の我が身では、呪縛から解き放たれる事を望む魂達への手助け程度しか出来ないのだけれどもね」
公国暗部を束ねる錬金術師は、安楽椅子に身を委ね杯を片手にそう締めくくる。この三つの世界に現界する荒人神が応えるは、何処よりかの信仰――此処に鎮魂の祈りは完成を見た。
「さて、後は君達の頑張り次第だ。僕は僕で他にするべき事があるのでね。期待しているよ、我が同盟者達」
そう言って杯の中身を飲み干し立ち上がり、ヘルメスは部屋を後にする。その向かう先には彼の相棒である、歴戦の猛者が待っている。さぁ、未だ見ぬこの世界の未来へ向けて共に歩み始めるとしよう―――
Scene:side 頼太
「――うっひょぉ~。あのゾンビ合成獣の群れがどんどん浄化されていってるよ」
「綺麗……」
「こりゃあ絶景だな。ここが戦場でさえなけりゃ、これを肴にこの場で一杯やりてぇ位だぜ」
今、戦場にはサリナさんによる大規模鎮魂の祈りが詠み唱われ、非常なる死を包み込む柔らかな神秘の気配が広がっていった。夥しい数の屍達が動きを止め次々と浄化されていく様は、さながら悶え苦しむ者を開放し安らかな眠りへと誘う優しき光の情景。そしてそれが治まった後には……百にも満たぬであろう怨念の固まり。
「ボクの『太陽光線』モ、僧侶系の鎮魂魔法を簡略化させて精霊魔法で疑似的に再現したモノなんだよネ」
「あぁ、それで一部の詠唱がかぶってたのか」
「ソウソウ」
それにしても凄まじいなこれは。魔法が発動している間、何らかの祈りを囁き続けていたサリナさんだったが、やがて精根尽き果てたかの様に倒れ込んでしまう。それを見て慌ててヘッドスライディングで受け止めようとするも、そこは長年の相棒であるアデルさんが既に気配を察知し、横合いから片腕で軽く抱き留めていた。
「へぐっ……だ、大丈夫っすか?サリナさん」
「うふふ、どちらかと言えば頼太さんのお鼻の方が心配ですけれど。ヘルメスさんに応えて頂けるのが分かっているからこそ試みる事が出来た唱詠みですが、やはり人の身には余る奇跡ですわね……活力を根こそぎ持っていかれてしまいましたわ」
相変わらずの軽い口調でそんな事を言ってくるが、その貌は蒼褪めて額からは滝の様に滴る汗。その様子を見るだけで、この人が相当な無茶をやったんだなと否応無しに理解させられてしまう。
「さて。それではわたし達も残った連中の処理に回ろうか。ほらゴウザ、君の子供達が待っているみたいだよ?」
「言われずとも見えておるわっ……よくぞここまで耐えたな、我が愛する息子達よ。今こそこの父の背中、見せてくれようぞおおおおっ!!」
アデルさんに促され、敬愛するジャミラの指示も待たずにゴウザは突撃してしまう。まぁ状況的にジャミラが止める筈も無いのだろうが、あのオッサンも父としてそして街を護る者として、見ていられなくなったのだろう。
それにしてもあそこで戦っていた狼男達、ゴウザの息子だったのか……この決戦時にここまで生き残れている程だから当然だろうが、あの若さで狼男になれる程の実力者だったとは。
「あっちの方はゴウザさんが頑張ってるし、もう増援は要らないわね……あ、もう三匹目倒しちゃってる」
「なら俺達は……あの偽竜戦の増援にでも向かうか?」
「いえ、あちらはあの二人に任せるとしましょうか」
大魔法の使用により多大に消耗し、身体を杖で支え起き上がりながらも今にも倒れ込みそうな様子のサリナさん。だが俺達の提案に対し、偽竜と対峙する二人の方へと視線を向けながら、そう諭してくる。
「そうか、あいつがヘルメスの言っていた」
「ええ、あれはあの二人が打倒するべき因縁の相手――部外者である私達が介入するのは、些か無粋というものですわ」
「……そうだね。それじゃあ私達は、城門に向かう合成獣達の処理に回ろっか」
シェリーさんとクロノさんは顔色を窺うまでも無く、遠目に見ても疲労困憊の様子が浮き彫りとなっていた。それでもサリナさんの鎮魂魔法を目の当たりにした事により、気勢を取り戻した様子で偽竜との激闘を再開せんとする。
公都を離れる際にヘルメスが各地へ放っていた斥候より入手した最新情報を教えてくれたのだが、どうもこの合成獣連中、俺達が公都の外れで戦ったあの人造人間達の成れの果てを作った首謀者が、天響族の一部の勢力と裏で繋がり大量生産したものであるらしい。現にあの竜種もどきからは人の罵声と思わしき声が響き渡っている。
いざとなればたとえ批難をされようとも割って入るつもりではあったが、町に被害を齎すであろう周りの脅威を放置してまで見守り続ける訳にもいかないからな。俺達は俺達で他に出来る事をやるべきだろう。
「ブレアはさっきの大魔法でもう限界が近いだろう。残りの掃除は他の面子に任せて休んでおけ。その代わりと言ってはなんだが――」
「――ええ、いざという時のあの二人のフォローは任されましたわ。ジャミラさんは、どうします?」
「俺は、そうだな。まぁ、あの山の裏に居る天響族連中と話し合いする事になるのだろうな」
その質問に困った様に頭を掻きながら、ジャミラは如何にも鬱陶しそうな表情で答える。どうやら天響族は様子見を決め込んでいるらしいな……待て、様子見だと?
「それ、まさか大勢の指示を出せる程の古参が、付近にまで来てるってことか!?」
「そういう事になるか。あの偽竜に入れ知恵をしたであろう狡猾さから考えても、恐らくは封印以前より生きていた爺共の誰かといったところか」
なんてこった……公都からサカミまでの道中でも、まるで罠を仕掛けられていたとでも思える程に相当数の合成獣達との戦いがあって俺達も結構消耗しているというのに、更にラスボスみたいな存在が控えていたとは。
「仕方が無いね、ならばこの場はわたしに任せてもらおうか。釣鬼達はジャミラの護衛を頼むよ」
「……えっ?」
ジャミラの発言に衝撃を受け、暫しの間を支配していた沈黙を破ったのはアデルさんだった。
「と言ってもよ、まだ辺りには百近い合成獣が残ってんぞ。お前ぇも相当消耗してるだろう?」
「ふっ。釣鬼、君も実は内心相当焦っているのではないかな。このわたしの真骨頂、忘れてしまったとは言わせないよ?」
暗に一人で残る合成獣達を相手取るというその発言に、然しもの釣鬼も驚きを隠せず問いかけてしまう。だが一方のアデルさんはと言えば、気負った様子も無くそんな言葉を返してくる。
「……そうか、お前ぇは『地』の力を継ぐ者の血を引いているんだったな」
そう、アデルさんは雑多な種族の血を引く混血の耳長族。その背景故に純血を保ってきたクロノさんの一族とは違い、耳長族固有種としての特殊能力は既に失って久しい。しかしそれと引き換えに、先祖に混じったとある種族より引き継ぎ強く顕現した属性がある。
『地』の属性を得意とする小人族達は主に重装を好み持久力に優れるという。その小柄な体躯からは想像も出来ない程の剛力にて辺りを薙ぎ払う必殺の一撃を繰り出し、敵対する者を悉く殲滅する。その性質はアデルさんにも色濃く受け継がれており、平時より全身金属のドレスアーマーを身に纏い大戦槌を好んで使う傾向があるが、真骨頂はそれではなかった。
俺達がサカミの砦町へと到着したその夜のこと。祭りの趣向として開催された釣鬼との模擬戦では、二人がぶつかり合う度に謎の衝撃波が発生し阿鼻叫喚といった感じに会場を滅茶苦茶にしたものだ。きっとあの時に実際にやり合った釣鬼には、アデルさんの本質が理解出来ていたのだろう。
納得した釣鬼の顔を確認し、アデルさんはうん、と一つ頷いた。やがて大戦槌を脇に構え、俺達の目にも見える程に高めた精霊力をその身より溢れさせていく。
「では君達が安心してこの場を離れる事が出来る様、お見せしよう。これがっ……わたしが『突撃臼砲重戦車』と呼ばれる所以だッ!」
アデルさんはそう叫ぶと共に辺りの地面が爆ぜ、数瞬後には合成獣達が比較的密集している地点に爆発音かと見紛う程の凄まじい衝撃が迸った。
「――うわぉ」
「何あれ……どこの勇者様?」
その物理的精神的双方より齎されてしまった衝撃に、扶祢が思わずそんな阿呆な事を口走ってしまったのも無理からぬ事だろう。何せ更に数秒後には別の場所に砲弾が飛び、その着弾と共に先程と似た様な爆発が起きて合成獣達を次々と吹き飛ばしていったからだ。
もしかしてこれ、アデルさんが一人町の護りに就いてれば地上部隊要らなかったんじゃね……?
「どっちかって言うト、戦車じゃなくて弾の方だよネ、アレ」
「ハハッ……まるで族長みてぇな奴だな。あれならまぁ安心か」
「ただ、精霊力が切れるといきなり動けなってしまうのですよね、あれ。はぁ~、私も疲労困憊だというのに余計な仕事を増やしてくれて、全く……」
サリナさんの呟きから察するに、どうやら過去にもこういった事が幾度もあったらしい。大軍を蹴散らす為の手段としては非常に優秀に思えるが、その度にガス欠で動けなくなったアデルさんをサリナさんが必死こいて回収して回る姿が目に見えてしまうね。毎度お疲れさまであります!
「うぅむ……だがこれならば、安心してお前達に来て貰えるか。最悪、一般兵とは言え数百人単位の天響族との戦闘になりかねない状況だ。そんな場所に飛び込む事になる訳だから、無理にとは言えないがな」
一応形だけは俺達に問うてくるジャミラではあったが、その表情から見ても本人も既に答えは判っているのだろうな。ならばご期待に沿った言葉を返そうじゃあないか。
「ここで逃げたら後でサリナさん達に怒られちゃいそうですから、わたし達だって行きますよっ。それに、この世界の新たな一歩の始まりが見れるチャンスだし、ね?」
「だな。本気でやばいと思ったら、色々ぶっ放して全員でとんずらこくだけってな」
「そのどさくさで闇に乗じて首謀者をさっくり殺っちまう、って手もあるよな。まぁそうなった時にゃ、俺っちに任せておきな。あまり自慢出来る事じゃねぇが、そういうのは得意な方だからよ」
そして俺達はそれぞれ思い思いの言葉で返す。その答えにジャミラも満足そうに頷き、これで確認の儀式は完成した、かに思われたのだが……。
「まっかせテ!手段を選ばなくても良いんだったラ幾らでもやりようはあるよネ!例えばライコの姉ちゃんに季節外れの積乱雲を事前に呼んでもらっテ……」
「「「ダウトッ!」」」
「エェー?」
「……全く。お前達ときたら、本当に飽きさせてくれないな」
約一名程、自重という言葉を知らぬ爆弾を抱えているのを忘れていたぜ……。
場合によっては死地に赴くかもしれないというのに、やはり緊張感というものに欠ける俺達でありました。
それでは、恐らくはこの三つの世界という舞台に於ける俺達の最後の目標、天響族の長達との対峙に臨むとしよう―――




