第097話 呪われし命の抵抗譚
わたしは―――
「初めまして、とうさま。わたしはアーデルハイト――」
「――の、粗悪な模造品だ。モノが意思のある振りをするな。儂のことはマスターと呼べ」
「……はい、我が主」
こうしてわたしの、この救い様の無いモノとしての生涯が始まった。
「よいか?貴様の役割はアーデルハイトの物理的な排斥と、シェリーブレアの小娘の社会的抹殺だ。決行の時へ向け、奴等の情報の収集とアーデルハイトにすり替わる為の下地作りに従事し来たる日に備えよ」
「……畏まりました」
生まれたばかりであった当時はまだ感情というものを理解出来ておらず、言い知れぬ感覚を抱えながらもその『主』の命令のまま、アデルとサリナの人生の観察に励んでいた。
わたしの製作者は当時、わたしのことを「明確な自我を持った新しいタイプの人造人間」と言っていた記憶がある。だから、あの時に感じた感覚はきっとそういう事だったのだろう。人造人間であるこの身では主を選ぶことなど出来る筈もなく、最後まで欠陥品として扱われた果てに、こうして使い捨てられてしまった訳だけれども……。
わたしがこの世界に生み出されてより、三月程が過ぎた。
与えられた任務以外には特に全うすべきものも無く、最初の命を受けてよりただの一言すらも主からのお声をかけられる事もなかったわたしは、目標の観察という名目でよく公都内の散策などをしていたものだ。
これは外に出る様になってから学習した事なのだが、どうやらやはり、主の屋敷で警備と雑用を担う他の人造人間達とわたしでは根本的に違った内面構造を持ち得るらしい。屋敷で働く他の人造人間達にも折を見て幾度か接触を試みた事もあれど、皆一様にその目からは意志の光を見て取れず、わたしもいつしか彼等と関わるのを諦めてしまった。
当時はオリジナルのアデルもまだ学院に所属していたし、その関係で耳長族の一族が居る故郷の南部の森を離れ公都内の学院寮に住んでいたからな。オリジナル達の動向にさえ気を付けておけば、この公都では珍しい耳長族の外見をしたわたしが出歩いても、特に不審な目で見られることは無かったんだ。
「こんにちは、アデル様っ!こんな所でどうしたんですか?」
「……ん、あぁキルケーか。こんな陽気だからね、特に当ても無く街中散策といったところさ」
「成程ぉ!ここのところ良い天気が続いていますものねっ」
サリナの侍女でもあるキルケーは主のサリナが大らかなお陰か自由時間がそれなりに多いらしく、その日もこうしていつも通りに街中へと愛犬達を連れての散歩に来ていたらしい。キルケーとは何故かよく街中で出会う事が多く、こうして他愛の無い話をする日も多かった。決して作り物では無い笑顔でキルケーのそれに応じながらも、心の中ではこの関係を利用し情報を引き出し続けている自分への不快感と、彼女を謀る事への罪悪感に苛まれながら―――
「――だから言ったんだ。二日酔いを回復魔法で手軽に治そうなど、浅はかにも程がある。我等の身体を護り賜う精霊達に対する冒涜だ」
「うぅ……こんな筈では無かったのに……」
ある時オリジナルが部族の儀式の関係で暫く帰郷をした事があった。これ幸いとサリナの近くへと潜り込める機会を活用すべく、より理解を深めようと一日のみ入れ替わりサリナと共に過ごしたのだが……。
わたしがそこへ訪れた際に見たものは、二日酔いを回復魔法で治療する実験と称して大量の酒を買い込み、見事に自爆してしまったサリナの姿であった。学院の教師達もそれを飯の種としている自負はある訳で、結果サリナは二日酔い状態のままに教師達より有難い説教のフルコースを頂いてしまったらしい。疲弊し切った様子で寝込んでいるサリナを見た時は不覚にも噴き出してしまい、その後のオリジナルっぽい台詞を大真面目に吐くのにも大層苦労したものだ。
結局サリナの不調はその日の内には治る事はなく、消灯時間が訪れるまでの間ずっと彼女の部屋で益体も無い話をするに留まった。
「何だか、アデルったらいつもと違うわね」
「……っ。そ、そうかい?わたしとしては普段通りのつもりなんだけれども」
「んー何と言うのかしらね。普段よりも雰囲気が柔らかい感じ?貴女もいつもそんな感じだったら、後輩達も怯えたりせずにもっと仲良く出来ると思うのだけれどね」
―――これには、やられた。
生まれ落ちたその時よりモノとして扱われ続け、任務を全うする為だけに短い生涯を過ごしてきたわたしが、柔らかい。
勿論、サリナ達の周囲を調べ尽くした上での言動であるからして計算づくな部分があるのは否めないけれど、もしもこの呪われた役割さえ無ければ、わたしでも彼女達と共に……などと君を謀りながらも少しばかりの間、叶わぬ未来を夢想してこの短い幸せの時間を噛みしめることを許してほしい。
「決行の時は来た――模造品よ、一夜の間ならば貴様に仕込まれた時を視る眼の劣化品も耐えることであろう。その力を駆使してアーデルハイトを亡き者とし、そしてシェリーブレアの小娘に罪を着せて奴等の居場所を消し去ってしまえッ!」
遂に、この時が来てしまった。
「――畏まりました、我が主」
「くっ……くかかかかかっ!これで、これでようやく神童と呼ばれ儂の導師の座を奪った憎き小娘も消え、王族を殺された怒りによりて森の蛮族共はこの公都へと攻め入って来るだろう。だが所詮は亜人の蛮族。我が公都がその程度で揺るぐ筈は無く、逆に攻め滅ぼす口実も出来上がる!裏では我が人造人間の評価も上がり、儂の復権の目も見えてくるというものよっ!!」
「……下衆が」
幸いわたしの零した言葉は、醜い高笑いを続ける『主』の耳には届いていないようだ。波立つ心を抑え、わたしは任務を果たす為に屋敷を後にする―――
「うぁあああっ!?そんな、アデル……何故……?」
「―――」
今、目の前には悲鳴を上げて倒れ伏すサリナが居る。寮の外ではわたしのオリジナルが気を失い倒れていることだろう。
結局『主』の安易かつ短絡的に過ぎる襲撃計画は国防を担う者達には筒抜けであり、オリジナルとの戦闘の前に余計な手間をかけさせられた。お陰で警備兵達をあしらい続ける間に異変を察知したオリジナルが場に現れ、想定よりも相当に厳しい戦いを強いられてしまったものだ。
人造人間としての高速治癒と時を視る眼のコピー能力をフル活用することにより、慢心創痍ながらオリジナルを打倒しはしたものの、いざサリナの寝室に立った所で『わたし』としてのこの半年間の集大成が内心でこう囁いてきたのだ。どう考えてもこんな事は間違っている、と。
だが、ここでわたしが思い留まったところであの狂った『主』の事だ、更に悍ましい手を使ってくるに違いない……そして、わたしにはそれを見届ける時間も、恐らくは残っていないだろう。
『主』の望むものは魔導学院の権力と、宮廷魔導師長への復職だ。恐らくはそれを為すべく『主』の不正を暴いた【神童】サリナを社会的に抹殺しようと目論んでいるのだろうが―――
「――済まない。あの時の語らい、楽しかったよ」
「ア…デル……?」
この三界には所謂「神の奇跡」と呼ばれる神秘が存在しない。数百年前に突如復活したとされる天響族達の手に依り聖職者達は全滅し、最後の大神官の呪いの言葉と引き換えに我等人造人間の祖が生み出されたと聞く。
以来、この世界では身体の機能を喪う程の重傷は二度と癒やされることは無く、そしてまた倒れ伏すサリナにわたしが刻んだ創も治りはしないだろう。せめて、云われもない罪に問われる事の無き様、襲撃事件の被害者として学院から去って欲しい。
サリナが気を失ったのを確認した後に応急処置を施し、燃え上がる寮の中から彼女を抱えて外に出る。
「ほう、もう意識が回復したか。流石はわたしのオリジナルだな」
「貴、様ァ……サリナ、サリナをっ!」
「安心しろ。二度と光を見る事は叶わないだろうが、殺してはいない。お前もそれ以上動くと本当に命に関わるぞ」
「黙れっ、黙れェェエエッ!!!」
努めて平静を装い事実を淡々と語るわたしの言葉に、オリジナルは目に見えて激昂してしまう。
ここまでやってしまったのだ。今更許しを乞おうなどと厚顔無恥な事を言うつもりは無いが、やはりまともに話を聞いてはくれそうにないか。
「悪いな、このままだとサリナもお前もここで共倒れだ。もう少しばかり眠っていて貰うぞ――」
「ガッ……!?」
決してわたしが言えたものではないが、この激昂っぷりには困ったものだ。腹の傷もまともに治さず激しい動きをするものだからまた傷が開いてしまっているじゃあないか。このまま放置してしまってはこいつまで死んでしまうな。
最早殆ど機能しなくなっていた片眼の時を視る眼に残る最後の力を振り絞り、眼の機能そのものの停止と共にオリジナルの腹部よりの出血を止め応急処置を施した。
「わたしに出来るのはここまでだ。前途は多難であろうが、どうか二人共生きてくれ。そして、オリジナル――わたしはサリナと共に居られるお前が、羨ましくて堪らなかったよ」
一応オリジナルの手元には、耳長族達と自身へ仕掛けられるであろう今後の謀略のあらましだけ書き置きを残しはしたが、この様子ではまともに信じてくれるかどうか怪しいものだな。
「……後の事は遥かな昔にこの世界を捨て去った、神のみぞ知る……か」
「それは、耳の痛い話だね」
「!?――何奴ッ!」
生体兵器としての調整を施され創られたこのわたしが、気配すら感じられなかっただと……?
予想しえない事態を受け、わたしは生まれて初めての焦燥感といったものに駆られてしまう。瞬時に自身の戦力となりそうな要素を自己解析に回してみるも、時を視る眼は潰れ、身体も既に満身創痍。元より生き残るつもりなど毛頭無かったが故に、薬液の予備すら存在しない。
「……いや、どうせわたしはここまでだ。お前が何処の誰であろうと構わないか」
「おや、抵抗はしないのかい?情報にあった凄腕にしては随分と潔いものだね」
「その言い様からすると、差し詰め暗部の連中か?事実が知りたければ洗いざらいこの場で話すし、犯人を仕留めようと言うのであれば、抵抗する気などは既に無いさ。所詮この身は人造人間、ここまで酷使をし続けた身体は、もう長くは保たないだろうからな」
「――そうか。君が、新型と噂の……」
その後の事はよく覚えていない。首謀者である『主』の素性とその目的を全て話し二人を頼むとだけ言ってそいつと別れたが、何故かそいつは追跡してくる様子も無かったし、わたしももう体がまともに機能しなくなっていたからな。
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―――今、わたしは棄てられた屋敷の地下に繋がれ、度重なる非道な実験により命の灯が消えかけていた。
屋敷の地下に幽閉されたこの身では、あれからどれだけの月日が経過したかなどは知る由も無い。だがいつだか『主』が最後に此処へとやって来た際、お前のせいで人造人間計画が頓挫しかけているなどと口汚く罵られた事がある。
成程、道理で見知った顔が次々に合成獣として醜悪な融合をさせられていた訳だ。わたしの巻き添えを食った形となる彼等には済まないが『主』にははっきりと言わせて貰った。
様を見ろ、と―――
あの時の『主』の赤黒く染まった怒顔は傑作だったな、今でも時折思い出す度に笑ってしまうことがある。
今のわたしには既に人造人間としての身体は既に無く。融合させられた合成獣に残る僅かな生命力を繋ぎとし、かろうじて現世にしがみついている状態だ。
「だが、そろそろそれも終わり……か」
見れば合成獣としての身体の至る所が腐り落ち、既に生命としての限界を超えてしまった事実を否応も無く理解させられる。
「――お前達とは結局、まともに意思疎通もままならなかったな」
場にそぐわぬ苦笑を浮かべながら、わたしは最期に臭気に満ちた地下の光景を見回した。せめて人造人間達の顔を魂に刻み付けてから旅立とうという、我ながら女々しい理由ではあったのだが……。
「う…あぁ……」
「イヤダ……シニタクナイ」
「人間に、なりたい」
何、だと……?
今の今まで、それこそ自身に非道な実験が行われていた最中ですら、虚ろな顔で何の反応も見せる事のなかった人造人間達の成れの果てが、ここに来て一斉に感情を露わとし始めたのだ。そうか、お前達も本当は―――
「――このままで、わたし達が世界に存在した事を知られもせずに……終わる事など出来るものかあっ!!!」
あぁ兄弟姉妹達よ。もう少しの間だけ我慢しておくれ……たとえ化物として恐怖され拒絶されようとも、ただ何をする事も無く忘れ去られたまま生を終えてしまうなど、耐え切れるものではないっ!
わたしは変わり果てた兄弟姉妹達を全て取り込み、最後の活力を振り絞る。その際に感じ取る事の出来た周囲の気配から察するに、上に居る侵入者らしき連中は、間違いなく強い。こちらも現状で考え付く限りの対策を施しはしたものの、恐らくわたし達は敗れ、そしてこの地で命を散らす事となるだろう。
だが、それで良い。元より我等は人間同士による、血みどろの戦争の為の代理品として生み出された呪われし命。この昏い地下でただ無為に朽ち果てる事に比べれば、戦場で力及ばず果てる事が出来るなど余程上等というものではないか!
わたしは最早生命体とも言い難い身体で地上へと這い上がり、久方ぶりの空を見上げる。
「――これは、良い」
乙な事に今宵の空には淡く光る満月があり、わたし達の最期を静かに看取ってくれるらしい。
さぁ、行くぞ兄弟姉妹達……たとえ見苦しく思われようとも、我等人造人間としての最期の矜持、月夜の仇花を咲かせて見せようぞっ!
月夜の下に腐食合成獣が討伐をされ、その翌日の午後のこと。公都郊外にある屋敷址を臨む一角には、一人の男が立っていた。
崩壊し地割れに飲み込まれた屋敷址を暫し眺め、溜息を吐くその姿は純白の貫頭衣。見る角度によって若々しい青年にも、はたまた年老いた老爺にも見えよう不思議な雰囲気を醸し出す男は、既に此処には居ないであろう誰かへと語りかける。
「あれから数年。君は、まだ生き足掻いていてくれたんだね――昨夜報告を受けたんだ。あの時、君を救えなかった僕が言える義理では無いけれど、お疲れ様。君の誇りある行動とそして貴重な情報のお陰で、ようやくこの大陸も歪んだ人造人間思想から脱却する道を歩み始める事が出来たんだ。本当に有難う」
そう言った男はその何者かへ向けてだろうか、短い間を瞑目して祈る。
「総隊長、ジャミラ殿より提供されたデータと現場に残された波長が一致しました。彼等の報告は全て真実のようです」
「そうか、ご苦労様」
総隊長と呼ばれた男は屋敷址の詳しい調査を任せていた部下の報告を受けた後、さてそろそろ戻ろうかと踵を返し歩き始めたところで何かに蹴躓いてしまう。
「っとと、危ない危ない」
慣れぬ様子で体勢を整え直して後に、男はふと蹴躓いた原因となった地面に目を向けて――そこに埋まるある物を発見し、それを思わずまじまじと見つめてしまう。
「これは……そういう事か」
男はそれが何であるかを理解した様子でにんまりとした表情を作り、躊躇う事無くその品を拾い上げる。
「成程成程。君も存外にしぶといじゃあないか。この僕の知識と経験を以てすら、単純な成功率で言えば一割にも満たないだろうが。何、君の……君達のか。何かを遺したいと足掻くその強い意志があれば、きっと成功するだろうさ。本当の意味での人造人間、いや新たな人口生命体への再誕がね」
そして男は楽し気な様子でそれをポケットへと仕舞い、公都の側へと向かい歩き始める。
ポケットに入りきらず僅かに覗くその宝玉は蒼く晴れ渡る空を映し出し、時折自らも瞬きをするかの様に、淡い光を発していた―――
という訳で、ようやく人造人間が全く出てこなかった理由を説明することが出来ました。ヘルメスの暗躍もありますが、実質このひとのお陰で三界の人造人間計画が潰された様なものです。
ハッピーエンド派としては中身があれですが、生き残るだけが救いと言う訳でもないかなーと思いまして。




