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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第096話 月夜の討伐

『アァ……デェ、ルゥゥゥ……』


 頭上に真円を描く月の静かな光が照らし出す中、地上には異質の姿。

 その頭部を構成するパーツの所々が腐り落ち、半分以上は骨とむき出しの筋肉の名残を露出させている凡そ尋常では無い造形。だがしかし確信を以って言える、アデルさんに酷似したその造形。それは変わらず俺達……否、アデルさんへと猛烈な殺気を放ち続けていた。


「アデルさんほら、あんなこと言ってますよ知り合いとかそういった線じゃないっすかね!」

「頼太、もしかして混乱効果にまで冒されちゃったのかい?つい十日前までこの世界を知りもしなかったわたしに、あんな不可解な知人など居る筈がないだろう」


 その凄まじい様相を見てテンパってしまった俺に対し、アデルさんは若干呆れた顔を向け諭してくる。俺だって似た様なものだしそんな事は分かってた、分かってたけどさ!


「ですよねー!ところで何故にフルアーマーなアンタが軽装の俺の後ろに位置取って、力一杯背中を押してくれちゃっているのか納得のいく理由をお聞かせ願えはしませんでしょうかねぇええ!?」

「ちょっと、ああいう手合いは苦手でね……ほら、にちゃっとしてて、殴るとわたしの装備が錆びちゃいそうじゃない?」

「アンタ絶対碌な死に方しねぇぞ!」

「大事なのは死に様ではない、今をどう生きるかなんだよっ」

「その生き方として、仲間を盾にするっていうのはどうなんだあっ!?」


 場に描かれるは、ひよっ子の中衛を盾代わりにしようと前に押し出すガチムチタンクの図。武装的にこんなのはどう考えてもおかしいだろ!

 そんな身内の醜い争いを尻目に迫り来る、ヤツの身体から噴き出すオーラは辺り一帯を腐食させ、今も屋敷の崩壊により地上に散乱した金属片や硝子すらも溶かしながらこちらへと突き進んでいた。

 アデルさんの大戦槌とドレスアーマーはどうやらセット品の魔法装備らしいが……神秘力の解析に長けたピノとサリナさん曰く、あの生物かどうかも怪しい粘性物質は周囲の魔力や精霊力をも取り込み吸収し続けているそうだ。であれば確かに、ご自慢の魔法装備と言えども直に触れてしまえば致命的な効果を受ける恐れが高いか。今回ばかりはアデルさんでも白兵戦をするのは危険という判断の表れではあるのだろう。


「触れる事が叶わないというだけならば、精霊力を弾代わりに撃ち出したりとまだやり様もあったのだけれどもね。精霊力に魔力も吸収されてしまうのであれば、お手上げかな……と、いう事で残念ながらわたしも今回はリタイアさ。サリナの僧侶系魔法の方はどうだい?」

「難しいですわね。神力による結界は変わらず機能しますし、それで封じ込めれば何れは倒す事も可能でしょうが……世間一般に知られている神聖なイメージの攻撃魔法って、実は火や光系統の魔導・精霊系魔法な場合が多いのですよね。聖光系を撃ち出す魔法はありますものの、コレは見た目こそ腐り落ちてはいますが、まだアンデッドではなく生きた存在ですし」


 (わたくし)も火力としては員数外となりますわ、と続けるサリナさん。そうすると二人と同じ理由で釣鬼とピノも相性が悪いか。


「アイツ、精霊力だけじゃなくって周囲の精霊そのものも取り込んじゃってるんだよネ。ライコの姉ちゃん以外、もう近くの精霊は全部喰われちゃッタ。ライコの姉ちゃんも怯えてるから、ちょっとボクも何も出来ないカモ……」

「俺っちはまぁ、多少の傷程度なら戦えるがよ。あの見た目からすれば、もし捕まっちまえばそのまま喰われそうだなぁ……精々が露払い位じゃねぇか」

「そうか……」


 まずいな、ピノの力学魔法には期待していたんだが。

 ピノの操る力学精霊魔法の本質は精霊魔法を基点として発生する、力学法則に基づいた副次的かつ強力な物理作用だ。魔力や精霊力が喰らい尽されるこの状況であろうとも純粋な物理作用ならば通じると思ったのだが、言われてみればその物理作用を発生させる基点となるモノを作る為に精霊の力を借りているのだったな。思わぬ所で力学魔法の欠点が浮き彫りにされてしまった形となる。


「いっそサリナさんの結界でこのまま抑え込んでおいて、ヘルメスさんに要請して遠距離砲撃部隊でも出して貰う?あの人なら重火器とかもこっそり作ってそうだしさ」

「どうだろうな、今もヤツは周りのモノを取り込み続けて肥大している。ブレア、あれがこのペースで膨らみ続けたとして、結界のみでどこまで抑えられる?」

「攻撃をせずに、となりますとあれを消耗させる手段がありませんから、良い所あと一時間といったところでしょうか……申し訳ありません」


 俺も扶祢の意見に賛成だったが、そこにジャミラが否定的な見解を示し、そしてその問いかけにサリナさんも頭を項垂れ無念そうに同意をする。


「ならばやはりこの場でどうにかしないとならない、か……扶祢、頼太」

「はいっ!」

「何だ?」


 サリナさんの返答を受け、少しの間何かを考えていた様子のジャミラが俺達二人を呼ぶ。何か作戦でも思い付いたのだろうか?


「扶祢、お前は神力の亜種の様な力を使えたな?お前達と初めて会った時、俺に放った妙な術に込められていたアレだ。それは今でも使用可能か?」

「え――あ、はい!いけます!放出型の術は消費対効果(コストパフォーマンス)が悪いから、使う形は変わると思いますけどっ」

「そうか……良し。頼太、お前の使うイヌガミとやらはあらゆる生物へダメージを与えられるのだったな?あのゴウザですらイヌガミによる傷は暫く治らなかった程だからな」


 ん……あぁ、そうだな。狗神(ミチル)による瘴気攻撃は、生ある者の天敵らしいからな。昨日の扶祢や釣鬼の例に見られた通り、触れた全ての生命系へ深刻な傷害を刻む、凶悪極まりないモノらしい。対物理的に無敵モードである今夜のゴウザに対しても、恐らくはその気になれば回復不能なダメージを与える事が可能だろう。


「……アイツが今でも『生物』であるならば、かな。狗神(ミチル)を纏えば肉弾戦も多分、いけるとは思う」

「それについては問題は無いだろう。かなり歪ではあるが、俺の天冠(センサー)には未だ奴の生体反応が見えているからな」

「それッテ、センサーだったんダ?」

「その役割もする、が正しいな。では、作戦を説明するぞ――」


 そしてジャミラは自身の奥の手の内の二つについての概要を語り始める。


 まずは一つ目。

 何でもジャミラは、力の波長といったものを可視化する事が出来るらしい。過去にシェリーさんとの死闘を繰り広げ、必殺である筈のシェリーさんの魔法攻撃を(すんで)の所で避け切ったり、また幾度にも亘り逃げ果せる事が出来たのは偏にこの能力に依るものが大きいのだとか。

 当時ジャミラは本当の目的の為に、シェリーさんを本気で殺しにかかる事が出来なかった。故にそれに頼ってやり過ごすしかなかったという背景もあるのだが、それはまた別の話なので今は置いておくとしよう。


 そして、もう一つの能力が―――


「物理的なものに限るんだがな。俺はモノの繋がりを『解く』ことが出来る。一個の生物として成り立っている存在に直接的な影響を及ぼす事は出来ないが、今の奴は周囲のあらゆる力を取り込み自らの生命力へと変換する事により、自壊し続ける命をどうにか保っている状態だ。その『命』となる前の純粋な力の繋がりを解けば、あるいは――」

「……理屈の上では、可能ですわね」

「そうか、ではその方法で行く。ヤツの周囲全ての波長の把握と、それに対する解除式の構築に最低でも十五分程かかる。その間の時間稼ぎと、出来ればあまり動き回らなくなる程度に痛めつけてくれ……出来るか?」


 凄いな……正確には繋がりを「絶つ」のではなく「解く」のであって、繋がる前の状態に戻すだけとは言うが、今回の場合に限ればその能力が齎す効果によりヤツは自壊を止める手立てが無くなってしまう。それにより訪れる結果は正に即死効果。天響族という存在は皆、こんなとんでもない能力持ちなのだろうか。


「分かった。その間の足止めをすれば良いんだな?」

「頼むぞ」

「了解っ!」


 作戦が決まれば後はそう気負う事も無い。危険自体は勿論あるが、俺達は飽くまで足止め担当だ。サリナさんの結界により拘束効果もあるし、釣鬼が付近で露払いにも徹してくれる。そう考えると気も軽くなり、扶祢と顔を見合わせお互いに力強く頷く。そして―――


「ああ。時間を稼ぐのはいいが――」

「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」


 似た者同士と言う無かれ。見事なコンビネーションでどこかで聞いた様な台詞を交互に言うと同時に、俺達は目の前の化物へと共に突撃をしていった―――








 ―――まぁ、こちらの世界の人間には分からないだろうと高を括り、どこか油断してしまっていた部分はあったと思う。

 ジャミラの解除術式が完成しアデルさんと瓜二つの顔を持つ化物が消滅した後、高まったテンションのままハイタッチを交わし俺と扶祢は意気揚々と皆の元へと戻っていった。しかしそれを迎える皆の反応と言えば……俺達が必死で足止めをしている間、やる事も無く暇を持て余していたらしきピノによる布教活動(ネタバラシ)で事実を赤裸々にされてしまっており、晴れて全員から生暖かい目を向けられ二人して身悶える羽目になった事をここに記しておこう。


 また……黒歴史が増えてしまった……。


「それにしても。ヤツの最期の台詞、何とも言えなかったですね」

「『結局、わたしがアーデルハイトとなることは叶わなかったな』か……わたしへ対する発言ではないと分かってはいても、少しばかり胸に刺さるものがあるね」


 そう、アイツは戦いながらも懺悔をし続けていたんだ……アーデルハイトとして生み出されたにも関わらず、そう生きることを許されなかった自分。『親友』である『サリナ』の光を奪い同時に自身の心にも大きな傷痕を残す事となった、シェリーさん襲撃事件。そして――その一件により自身の身体も崩壊した事により結果「不良品」の烙印を押されてしまい、合成獣(キメラ)用の廃棄材料としてモノ扱いをされた日々。

 実際に対峙してようやく判ったのだが、あのアデルさんの複製(コピー)は首謀者の手に依って既に壊されてはいたものの、あの様な状態となってすら決して狂ってはいなかった。

 その目には確たる意思の光が宿り、はっきりとジャミラを見据えその準備している術式を捉えていたにも関わらず、それを止める気配すら見せずに自身の嘆き、憤りを俺達へとぶつけ続けていた。自分という存在が確かに在ったことを、少しでも誰かに記憶して貰おうと足掻いているかの如く―――


『サリナ……本当に済まなかった……』


 やがてジャミラの術式が完成し、巨大合成獣(キメラ)としての身体の自壊が後戻り出来ない程に進み消滅していくその際に。囁く様な最期の懺悔を聞く事が出来たのは、恐らくその時近くに居た俺と扶祢だけだったと思う。だからこそ、哀しみに引き摺り込まれそうな自身の心を奮い立たせる為にも敢えて意気揚々とした雰囲気を作り戻っていったのだが……あの幼女め。最後の最後で見事にぶち壊してしてくれやがったぜ……。

 ともあれ、あの巨大合成獣(キメラ)は消え去った。そこに一抹の哀愁といったものを感じながらも戦闘の影響で跡形もなく瓦解した屋敷址を振り返り、ようやく一息吐く事が出来た。


「やっぱり、あのひとも無理矢理合成獣(キメラ)に合成させられちゃったのかな……」

「かもしれないな。だが、元より人造人間(レプリカント)は長くは生きることが出来ないものだからな。あれもヤツなりに、生き足掻いた結果だったのかもしれん」


 何処か寂し気に言う扶祢に対しジャミラがそう語りかける。生き足掻いた結果、か……。

 今の世の中、どれ程の人間達が苦難から目を背ける事なく立ち向かい、もがき苦しみながらも足掻いて足掻いて、より良い結果を目指し続ける事が出来るのだろうか。身勝手な欲望により生み出された歪んだ生ではあったが、あの合成獣(キメラ)――いやアイツも、自らのどうにもならない一生を最後まで足掻いて生き続けたのかもしれないな。

 皆、一様に神妙な顔で屋敷址へと視線を向け、ある者は自らの信仰する神、または祖霊へと祈りを捧げる。それから暫しの間、場には静寂の時が流れていった―――






『――やぁ、無事終えた様だね。一度そちら方面から妙な反応が検出されたから心配したけれど、一人も欠ける事なく戻れて何よりだ。皆、ご苦労様』


 公都の中心部へと戻る途中、ジャミラの持つ簡易型紋様通信玉へと通信が届く。これは、サンプルとして渡したキルケーの宝玉を改造してヘルメスが半日かからず作り上げた物だ。流石は最古の錬金術師、正規品の紋様通信よりは範囲が狭いとはいえ、良い仕事をしてくれるな。


「こちらジャミラ、屋敷の件は片付いた。上も、下もだ。興味深い資料を発見したので次第お渡しする。恐らく、近々サカミへ向けて天響族と合成獣(キメラ)による混成部隊が襲撃してくる事になりそうだ」

『そうか……分かった、カルノスには直ぐに伝えておくよ。どうにか余裕を作ってサカミへの増援も検討してみる』

「いや、それには及ばんよ。うちの連中はそんなに柔な鍛え方はしていないからな。天響族の一般兵程度が相手ならば、たとえ千を超える軍勢だろうと俺達が戻るまでは十分耐え切る事が出来るだろう。今のサカミにはシェリーとクロノも居る事だしな」

『そうだったね。何れにせよ話は一度こちらへ戻って来てからかな、道中短いが気を緩ませず、無事な帰還を願うよ』

「あぁ、では王城で」


 やはり、サカミへの襲撃は近い内に行われるらしい。夜空の頂点で輝く物言わぬ満月に照らされながら、俺達は公都の王城で待機するヘルメスの下へと急ぎ戻っていった―――

 この章は舞台設定の関係上全体的に暗い感じなので、たまに雰囲気を変えたくなってしまいますね。

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