第095話 深夜の屋敷捜索
「――此処か」
時刻は夜の十時過ぎ。俺達は再び、先日の偽使節団が入っていったあの屋敷の前へとやってきた。
公都側との実質同盟とも言える和解が成り、サカミと公国との一触即発と思われた状況は回避された。偽使節団が告知してきた三日後の期限という文言が気にはなるが、まずはサカミへと帰る前にやらねばならない案件が残っている。
「……居るネ。沢山」
「う、これは私にも判るわ。屋敷の地下から嫌な気配が山盛りね……」
屋敷の入り口付近にまで入った時点でその存在を感知したのだろう、神秘力感知能力の突出した二人が早速そんな事を言い始める。
「ヘルメスさんからの情報ですと、人造人間派の勢いが衰えてよりここ数年間というものは、人造人間を基にした合成獣の研究が秘密裡に行われているとの事です。街中でもまことしやかに噂されているそうですけれども」
「何れにせよ、サカミへ戻る前の大掃除だ。その為にわざわざ、この時間になるのを待っていたのだからね」
「違いねぇ」
そう、今宵は満月。恐らくは出現が予想される合成獣達の中にも月齢に応じて強化されるモノが居るかもしれないが、それは我等が釣鬼先生にも同じく言える事だ。そして、今宵は満月。何と言っても狼男モードのゴウザの強化が著しい時間だ。
「ぬははははっ、これぞ我が人狼族の真骨頂!」
既に狼男への変身を果たしていたゴウザは、誇らしげに笑いながらアデルさんにその大戦槌で殴ってみるがいいなどと挑発をかましていた。それに本気で応じる方も大人げないとは思うが、この期に及んでそんな幼稚な張り合いをする辺り、泡沫の新天地本部庁舎への襲撃事件の際に大怪我をさせられた事を相当根に持っていたんだな、と思う。
しかし流石は伝説に謳われる狼男、自身の巨体が丸々地面に埋まってしまう程の衝撃を受けてもなお平然としている辺り、自信満々にその姿を見せ付けてくる訳だ。
「取りあえず、そこから自力で這い出てこれたならお見事と言ってあげるよ」
呆れながら最もな指摘をするアデルさんに対し、えらく悔しげな表情を返していたのはちょっとばかり哀愁を誘ってしまったが。幾ら無傷でも身動きが取れなくなるようではなぁ……俺達もこれを教訓に、改めて気を引き締めるとしよう。
ちなみにだが、釣鬼は特に満月だからといって再生能力が上がったり、力が大幅に上乗せされるといったことはない様子。いつもの夜通り元々冴え渡る技が更に鋭くなり、そして陽の出ている間よりも全体的に動きが若干速くなるだけだ。その『若干』がこいつの場合、膨大な戦闘経験値と相まって恐ろしいまでの差として響くのだがね。
「掛け合いはその位にしておけよ。昨日の時点で既に公都内の勢力図が入れ替わっていたというのであれば今現在首謀者達がこの館に残っているとも思えんが、どんな置き土産を残しているかも分からんからな」
「了解だ」
ヘルメス達は公都の外へ逃れたらしき連中の追跡と公都全体の守護がある為に、大っぴらに動く訳にはいかないらしい。故にこの場に揃う面子は、俺達サカミ組だけだ。そして全員の準備が整ったのを確認した後に、ジャミラを先頭に屋敷の中へと入っていった―――
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「――やはりもぬけの殻、か」
「ヘルメスさんの部下達より既に報告が上がっていましたし、概ね予想通りではありますわね」
「なら、後は資料の類を集められるだけ集めて、下の連中をどうにかするだけかぃ?」
「うぅっ……下行くのやだなぁ」
当初に予想されていた通り、屋敷の中、少なくとも地上部分には動く者の影は見当たらなかった。それを確認した後に、各自分散して適当にピックアップした紙の束を集めていく。
「うん?何だ、これ……」
書斎らしき広い部屋を捜索していた際に、棚の上へと無造作に置かれていた紙の束を発見する。はて、これは全く見覚えの無い文字だな?
この三つの世界は数百年前まではアルカディアとほぼ同じ歴史を辿ってきた背景から、言語に関しては大部分が類似をしている。だからこそこの世界へと訪れたばかりの俺達でも大概の文字であれば読めもするし会話も通じている訳だが、この資料に書かれている言語については全くと言っていい程心当たりがなく、単語の意味を読み解く事すら出来ないな。
「なぁ。この文字って誰か解るか?」
「……何だこりゃ?俺っちにゃ読めんな」
「頼太が読めないんだったら、私も読めないんじゃないかなぁ」
「ウ~ン、ボクも見た事無いヤ」
だよな。僻地で使われた独自言語、もしくは言語が統一される前に書かれた古代語の資料の類なのだろうか。
「皆さん、そちらの首尾は如何です?」
「サリナさん」
「頼太が妙な言葉で書かれてる紙を見付けたみたいナノ」
お、良い所にサリナさんが来たな。知識豊富そうなサリナさんならこの文字も読めるかな?
「……う~ん。現存するどこの種族の固有文字とも綴りの類似点が見当たりませんわね。御免なさい、私にも皆目見当もつきませんわ」
「そっかー」
「サリナが解んないんジャ――アデルとゴウザに聞いてもネェ」
俺達が盛り上がっていたのに気付き、後ろに回り込んで同じくこの文字が書かれた紙を見ていた二人だが、肩越しに一度視線を向けてから残念そうに言うピノの言葉に何かを主張しかけ……言葉に詰まり、そして無言のままに揃って捜索作業へと戻っていってしまう。お二人さん、その背中が物哀しさを醸し出しているぜ……。
それにしても見た目を別とすれば今の反応と言い、思考が似通ってんなぁこの二人。普段あそこまでいがみ合っているのは、脳筋同士で同族嫌悪でも起こしちゃっているとでもいった所なのかね。
「屋根裏の隠し部屋の類も外から探ってはみたが見当たらないな。お前達の方は――どうした?」
「ジャミラさん、こんなのが見つかったんですけど」
二階部分の窓から戻ってきたジャミラへと謎の紙束を扶祢が渡す。それを受け取り中身を確認していたジャミラだったが、何枚目かの紙をめくった直後にその片眉が僅かに跳ね上がる。
「――当たり、だな。チッ……すぐに下の連中を片付けて、ヘルメスの館へ戻るぞ!」
その資料に書かれている内容を理解出来たジャミラによれば、人造人間信者達は裏で天響族の長老衆と繋がっていた節があるそうだ。天響族の固有言語らしき文字で書かれたその資料には、これまで作成された人造人間のサンプルデータや過去に天響族が攻めて来た具体的な期日、戦場のデータ諸々のやり取り等が事細かに書かれていたという。
そして、これからサカミへ攻め込む期日も記載されていた。
「恐らくヘルメスならば、ここに書かれている全容が解読出来るだろう。この文字は天響族の中でも相当な古株しか使わない様な古代文字だ。俺でも良い所、七割程度しか理解出来ん」
天響族の使う固有文字。しかもかなり古い時代の特殊文字というのであれば、確かに連中が無造作に置いていったのも頷ける。誰でも見てすぐ解るような物であれば、幾ら脱出に急いでいたとはいえ処分しない筈が無いからな。
「ならこの資料をヘルメスに送り届ける面子を見繕って、下の処理班と分担するかぃ?」
「……いや、ここに書いてある内容が虚偽でなければ、まだ時間的には若干の猶予がある。今のサカミにはシェリーとクロノも居るし、俺が育て上げた防衛隊はこの国の騎士達よりも余程戦い慣れているからな、暫くは持ち堪える事も可能だろう。今は戦力を分散させる愚を冒したくはない、全員で地下の処理に当たるぞ」
確かにジャミラの言う通りだな。急いては事を仕損じるとも言うし、まずは目先の手につく所から始めていこう。
「――ア、何か喰ってル」
「「「……え?」」」
しかしそう思い行動に移そうとした矢先、ピノの漏らした言葉にその場の空気が凍り付いてしまう。
「うげぇ……比較的大きなモノが他の小さいのをどんどん取り込んでるっぽい!?」
ピノの言葉に恐る恐る地下へ続く階段の前まで行き奥を覗き込んだ扶祢も、珍しくその七尾を逆立てて似たような事を言い始めた。ピノに次いで神秘力感知能力に秀でた扶祢まで詳細に地下の状況を感じ取っているという事は、それ程の変異がこの地下で起こっているという現れか。見ればミチルにピコも鼻と耳をひくひくと動かし、ソワソワとして落ち着かない様子。
「何かさ、地鳴りがし始めてないか?」
「……確かに、揺れているね」
「全員、今直ぐ資料を持って屋敷の外に出ろっ!来るぞっ!!」
そんなジャミラの号令を合図としたかの様に、初めは小刻みだった地鳴りが目に見えて大きくなっていき、今や床が崩落しそうな状態に達しつつあった。もうここまでくれば俺にでも感じ取れる、とんでもないのが出てくるぞ!?
既に地上部分の揺れは激しく、大量の資料を持ったままの移動は困難だ。自前の翼や翅で飛行が可能なジャミラとピノが資料を抱えられるだけ抱えて二階部分の窓からダイブすると共に、俺達は障害物競走の如く倒れ込んでくる家具を避けながら屋敷の外へと駆け抜ける。
「……うぉおおっ!?」
今は釣鬼が吸血鬼形態である状況。この中では一番の巨漢であるゴウザが少しばかり皆に遅れて最後に屋敷のドアをくぐった直後、屋敷の地面が内部から抉られる様に渦巻きながら落ち込んでいく。暫しの崩落劇の後に残ったのは、屋敷ごと渦状に様々な物を飲み込み、蟻地獄を彷彿とさせる沈んだ地面のみ。
「あっ、危なかった……」
「む。何だ、あれは?」
俺達が脱出の余韻に胸を撫で下ろす中、一つの異形が地の底より染み出てくるのを目の当たりにする。
そこから現れ出でたモノは、緑と紫の毒々しいマーブル模様に染まるゼラチン状の何か。腐臭を撒き散らすそれの至る所から取り込まれたと思わしき人造人間の顔達が浮き出し、皆一様に怒りとも嘆きとも言えぬ呻き声を上げていた。
「うっぷ」
「きもいぃ……触ったらぶにょんって変な粘り気がつくやつだこれ!」
「触るの前提なんかぃ……」
その見た目の醜悪さとすえた臭いに中てられてしまい嘔吐く俺とは対象的に、悍ましそうな顔をしながらも扶祢は割と平気そうな様子で謎物体をまじまじを見つめていた。狐って嗅覚も犬と同じ位にあったと思うんだが……何故こいつは平気なんだ?
「頼太、ダイジョブ?――火ト水ヲ司ル者達ヨ、彼ノ身ニ快イ安ラギヲ」
「……ふぅ~、サンキュ」
ピノによる吐き気緩和の体内調整のおかげでどうにか気分は落ち着いてきたが……この蚯蚓のようなどぎつい配色の化け物は、辺り一帯を腐食させながら地上へを這い上がって来る。その際自重に耐えきれなかったらしく、地面付近の顔が牽き潰される度に金切り声という表現が似合いそうな断末魔の絶叫が鳴り響く。この臭気といい、長い間こいつと対峙していると頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ぐぅ、うげぇえ……」
「ぐるる……ぎゅぅぅ」
実際に、ゴウザやピコなどは既に調子を崩し始めている。他の面子は割と平気そうではあるのだが……この臭気にも関わらず、扶祢やミチルは平気そうな顔をしているのはどういう事だ?いや、もしかすると―――
ここで俺は、一つの仮説に至る。
俺→精神C
扶祢→精神A
釣鬼→夜なので精神A+
ピノ→精神A
ピコ→精神C、ただしその後進化しているので上がってるかもしれない。
ここまでは以前の鑑定結果で判明している。そして残る面子だが……。
ジャミラ→基本落ち着いた性格で紋様による精神支配も無効、つまり精神高そう
ゴウザ→狼男
サリナ→大賢人の精神が低い訳が無い
アデル→主張しまくっているお胸様以外、色々と鉄壁に過ぎる。ついでに言えば仮にも耳長族なんだから、きっと精神も高いに違いない
そして残るミチルに関しては、元々狗神という凶の極みだからそういうものは効かない感じがするからな。
「皆っ!コイツ恐らく精神異常効果を常動してるっ、気を付けろッ!」
ここに展開した通り、恐らく正しいであろう推論を根拠として皆に注意喚起をする。だがしかし、それに帰ってきた反応はと言えば―――
「頼太さん。そういう事は女性の胸を見ながら言うものではないと思いますわ」
「そっか、頼太は大きいのが好みだったんだね。ふふ、その様子だと魅了効果もついでに付与されちゃったのかな?」
「「おっぱい星人ー!」」
……酷くね?そりゃ確かに最後に視線を移したのはアデルさん相手だったし、ちらっと、ほんのちょっとは目が動いたかもしれないけどさ!
「お前達っ、げぶっ。何をこんな時に…うぉえぇ……戯けた事を、オロロ……」
「……ゴウザ、お前ももう良いから下がっておけ」
「兄貴、すみませっ……うげぇっ」
一方のゴウザはそんな場違いな空気を叱責するも、どうやら各種精神異常でまともな戦力になりそうにもない様子。とんだ無敵モードの狼男も居たものだ。
そんな益体も無いやり取りをしている内にも、完全に地上へと這い上がってきたワームもどきは此方を認識したらしく、同時に強烈な殺気を放ち始める。それを受け急に吐き気や悍ましさが緩和される辺り現金ではあるが、本当に悪足掻きスキル様様であります。
『……アデェェエエルゥッ!!』
「――む?」
その化け物が不意に蛭の様な牙だらけの口を開け、その中から怒りの形相をした人の顔――いや人造人間の成れの果てが姿を見せる。
「え――アデル、さん……?」
見るも無残な変わり果てた姿と化していたが、化物の口の中から覗くその怒りの形相は、間違いなく俺達の横に立ち並ぶ、アデルさんと同じ造形を成していた―――
いきなり現れたボス的存在。それにしてもこうして表にしてみると、こいつらなんて精神力の高いパーティなんだろう。




