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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第094話 公都側との和解

 ジャミラ達サカミ組と公国の将軍達の会談はその日の夕方になり一応の決着を見たらしい。騎士団よりそれが伝えられた公都の民草は、皆一先ずは安堵の表情で自宅への帰路へ着き、あるいは酒場へと繰り出していた。そして俺達はと言えば――何故か王城の一室へと押し込められている現状だ。


「おい、何で俺達までこんな場所に来なきゃならないんだ?」

「君達もサカミの実働部隊なのだろう?しかも裏事情もきちんと説明された上で動いていたみたいだし。妙な事をされる前に詳細部分の擦り合わせをするのは当然の事じゃないの」

「そう言われりゃ、その通りなんだけどよ」


 御覧の通り、押し込められているとは言っても幽閉されたなどという深刻な状況ではないのだが、ジャミラ達とは未だ合流出来てはおらず、目の前のヘルメスは相も変わらず俺達の質問をのらりくらりとやり過ごすばかり。どうやらジャミラ達はこの公国の王との緊急の謁見に臨んでいる最中らしい。


「本当にあいつ等への危険は無ぇんだな?」

「それは勿論、僕の部下達も控えているし、何より将軍は僕の同盟者だからね。人造人間(レプリカント)信者を追い出す事に成功したのは、偏に将軍の協力あってなのだよ。それに、君達の連れは人造人間(レプリカント)も居ない人間だけの場で不覚を取るようなタマなんかじゃないだろ?」


 まぁ、アデルさんは向こうではそういった儀礼にも通ずる貴族の出ではある訳だし、公の場での対応は慣れたものだ。ジャミラにしても本人の生き残り性能のみならず、ゴウザまでが脇に控えている以上はそうそう俺達が心配する様な最悪の事態に陥る恐れはないとは思うがね。


「ところでですが、天響族の脅威に晒され明日をも知れぬ生活を強いられていると聞くにしては、随分と豪華絢爛な造りの部屋ですわね。街中も予想していたよりも随分と賑やかでしたし」


 俺達が憂慮する一方で、そんな心配など無用とばかりにサリナさんはのんびりとした動作で壁際や棚に飾られた調度品を手に取り吟味などをし、そんな感想を零していた。


「言われてみれば、悲壮感といったものを全く感じませんね」

「市場もサ、新鮮な品が並んでたし活気があったよネ?」


 これはクシャーナに寄った際にも感じた事だったのだが、皆の指摘する通りあまり危機感を感じていない様子というか、何処も当初予想していたよりは随分と普通な街並みなんだよな。実際にジャミラやサカミの砦町で見た天響族とそのハーフである子供達を目の当たりにしていなければ、天響族という存在が居る事自体、未だ半信半疑だったと思う。


「これでも三十年程前までは酷いものだったんだよ。天響族はこの公都付近にまで襲撃をかけてくる時もあったし、それに対する当時の公国上層部が調整もままならないままに出撃させた人造人間(レプリカント)達が暴走して、天響族による被害よりも更に深刻な打撃を街へ与えた事もあった。それが切っ掛けとなり結果、人造人間(レプリカント)の生産に歯止めをかける流れを創り出す事が出来たんだけれど」

「当時は正に生き地獄でございました」


 年齢不詳のヘルメスの副官らしき執事さんが続いて言葉を添え、場には少しばかり重苦しい雰囲気が降りてしまう。ヘルメスも昼に遭遇した時には胡散臭い印象を強く受けたものだが、こうして過去を振り返る顔をしたこいつは、紛れも無く世界の現状を憂う者といった様相であった。


「さて、君達もこの世界の謎や神々(ぼくたち)の事情など聞きたい事もあるだろう。彼等が戻って来る前に、僕に答えられる事であれば今の内に話しておくとしようか」

「では私めは室外の監視へ参ります」

「いつも悪いね、頼むよ」

「何、我等一同御身へ信仰を捧げた身に御座います。御身は些末事などお気に病まず、我等にお任せ下され」


 ヘルメスが俺達へ事情の説明に入ろうとしたところで執事さんは完璧な礼を俺達へ振る舞い、部屋の外へと出て行った。


「……恰好良い」

「惚れ惚れしてしまいますわね」


 ナイスミドルと言うには少々年嵩ではあるが、これ程までにこの言葉が似合う人はそう居ないな。同性の俺から見ても少しばかりその仕草に見惚れてしまう部分があったぜ。


「彼はああいった仕様を生き甲斐にしてるからねぇ。そういう意味じゃあ充実した人生を送れているんだろうね」

「あらら」


 しかし続くヘルメスの解説に少しばかり場の空気が砕けてしまう。あれ趣味を兼ねてたのか。


「では何か聞きたい事はあるかな?昼からの話を聞くに、地球出身の君達二人以外は皆、トートの世界からやってきたようだけれども」

「その言い方からすると、やはりアルカディアと三つの世界(トリス・ムンドゥス)は相似世界だという事なのか?」

「でもトート……神様?ってヘルメスさんと同一化された神様ですよね?今の言い方だと別のひと、みたいに聞こえますけど」


 その後改めて質問タイムが設けられ、早速とばかりに扶祢がその言葉に生まれたばかりの疑問を投げかける。そうなんだよな、トート神とヘルメス神が合一化されたのがこうして俺達の目の前に座る【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】なのではないのだろうか。


「うーん、やっぱりまずはそこからかー。時に君達【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】の伝説はご存知かな?」


 ここに居るのはシズカから伝説を直接聞いた面子だ、ヘルメスのその質問に対し特に疑問も無く皆頷く。


「うん、それじゃあヘルメスとトートが同一視された存在だというのは既に理解しているね。それは裏を返せば元々は別々の存在だったという事になる訳だ」


 そうだな。二柱は元々の伝承では存在どころか発祥した地域すら全くの別物だ。地球の神話ではそれらが文化の交流等によりいつしか混ざり合い、結果【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】たる概念、そしてヘルメス思想というものがが生まれたと記憶している。


「――先程僕はトートを三人称で呼んだ。表向きは僕もあいつも【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】である事には間違いない。だが実際には、僕はヘルメス。今の僕は錬金術師として肉の身であるが故に三人目などとも呼ばれているが、この世界は遥か昔に僕が神であった頃に同じ素体から新たに創った、トートの奴との鏡合わせの世界なんだ」


 つまりこいつは紛う事無きヘルメス神で、【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】というのは表向きのブランド名のようなものという事なのか。

 俺達としてはシズカの一件もあり、並行世界なんてのはその辺にぽこぽこ湧いて出るものかと思っていたが、本来はそこまで軽々しく出逢えるものではないのだろうな。あの時シズカが世界の数値がどうのと妙に訝し気な様子で話していた理由が、ここにきてようやく理解出来た気がする。


「そういえばシズカがよく転換点、って言葉を使ってたな。ならこの世界とアルカディアの転換点は、結局のところどういったものなんだぃ?」

「遥か昔の御伽話で、人が天へと昇り自らその姿を天使を模した形へと作り替えた伝承は、あの世界の住民ならば知っていると思うけれども……」


 本人としては興味本位での質問だったのだろう。ふと思い出したかの様にそう問いかける釣鬼へ対し、ヘルメスは――そう、重い口調で話し始める。


「あの時が来るまでは、三つの世界(トリス・ムンドゥス)理想郷(アルカディア)もほぼ同じ歴史を辿っていた筈なんだよ。当時の人間達に神であった我等が知識を与え導いて、ね」

「その天に昇った人間がイコール天響族で、その際に何かの差異が発生したという事なのでしょうか?」

「その通りさ……トートの奴は世界の存続を第一に考え、当時の主要な種族達が共倒れになる形を選んだ。結果天響族は余力も無く封印され、君達の世界では今も地の底で眠り続けている。だが、僕は――」


 悔恨の念とはこういった様子を指すのだろうか。ヘルメスは辛酸を嘗め尽くしたかの様な表情を形作って一度言葉を切り、僅かな間を置いた後、恐らくこの世界の謎を解く鍵となるであろう真実を語り続ける。


「僕はね。御覧の通り軽い奴だし調子も良くて、地球の神話にも伝えられている通りに節操の無い女好きと、決して褒められた性格をしている訳じゃない。だがね、世界の父として育てた我が子達の誤りを、悔い改める機会も与えずに断ずる事は……どうしても出来なかったんだ」


 そう語るヘルメスの今の心境は、そういった経験の無い俺達には精々が想像を馳せる他にないものだ。苦渋の色を見せるヘルメスに皆、無言で次の言葉を待つ。


「……トートの奴は何れそれが災いとなる、なんて予言までしてくれたけれども。ハハ、その結果が今のこの世界の有様なのだろうね。自ら地に降り人の真似事までして人間の(サガ)を知り尽くしたつもりになってはいたけれど、今日の状況を読み通す想像力と覚悟に欠けていたという事なのさ」


 そうか、こいつは当時世界中を戦乱に陥れた天響族すらも、父として、そして創造主として見捨てることが出来なかったんだな。結果、三つの世界(トリス・ムンドゥス)では数百年前に天響族が復活してしまい、再び世界が荒れ果ててしまったという事か。

 当時のヘルメスは一縷の望みを託し、天響族のみを弱らせること無く封印した。いつの日か我が子達と分かりあえるその時を夢見て――その選択をどうして非難する事が出来ようか。


「以来トートの奴とは世界ごと袂を分かち、それっきりでお互い行方も知れずさ。それが、君達の世界アルカディアと、この三つの世界(トリス・ムンドゥス)との転換点であり、分岐の始まりという訳だね」


 全てを話し終えたヘルメスはソファへと埋もれ、焦点の合わぬ眼で天井を見上げていた。その様子は、敢えて表現するならば人生に倦み疲れた老人のそれに近いだろうか。

 ヘルメスの語った真実の大きさに俺達は言葉も無く、場には再び沈黙が降りるかに思えた。






「――だが。そのアンタの決断のお陰で、今日此処に我等の共闘が成り立った。お初にお目にかかる、遠い昔の親父殿」


 ―――不意に場へ木霊するは男の声。その背に見えるは嘗て神の座へと最も近付き、そしてその父に背信した一族の証でもある白き翼。


「聞けば我等の世界と似て非なる、この戦乙女殿の世界では天響族そのものが未だ封印されているという。それは我等人類領域にとっては善き事なれど、同胞(はらから)となれるやもしれぬ機会を奪われたとも言えよう。何が良くて何が悪いかなどは後世の者達が好きに語るだけの事、俺は現在(いま)を生きる為に貴方に悔いる暇を与える気は無いぞ、黒幕(フィクサー)殿?」


 ―――翼の傍らへ共に立つは父の似姿。何時終わるともしれぬ戦乱に見切りを付け、大いなる決断をした紛う事無き人類領域の代弁者。


「わたしはあらゆる意味で部外者だけれども。傷付き苦しみ、それでも前へと進む事を選択したこの世界の意志を確かに見聞き、この心に刻み付けるとしよう」


 ―――その姿は交流の証。遥か昔に神の祭祀としての役目を終え、野に下った混血の末裔。


「……カルノスか。陛下への謁見は無事済んだ様だね」


 俺達も良く知る三人と、その隣に立つ大柄な武人が何時の間にかドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れていた。この人が公国の将軍か。若干髪に白いものが混じってはいるが、その鋭い目線からは上に立つ者としての自信、そしてその責務を全うせんとする強い意志が見て取れる。

 どうやら公王との謁見は終わったようだ。ジャミラ達が謁見をしている間にヘルメスから聞いた話では現在公都の実権を握っているのはこのカルノス将軍らしいから、あくまで周りへのアピールといった意味合いが強いらしいがね。


「陛下よりの認許は頂いた。このジャミラ殿を正式にサカミの長として認め、これを機にサカミを独立都市として扱い公国との同盟を結ぶ流れとなった……俺の担当分野には種を撒いたからな。後はお前の担当だぞ、黒幕(フィクサー)殿――いやヘルメスよ」

「えぇえっ!?それは幾ら何でも急すぎないかい?そこまでやっちゃうと保守派の連中が黙っちゃいないと思うんだけれども……」

「そこを裏から根回しするのがお前の仕事だろう。お前は昔から小難しく考え過ぎなのだ。もっと前を向け、前を」


 何だかヘルメスとこのカルノス将軍、随分と気安い仲なんだな。ヘルメスの正体を知る人達は皆あの執事さんのように荒人神として信仰しているのかと思っていたが、この二人のやり取りを見るにどちらかと言えば親友のそれに近いよな。


「あぁ、こいつとは幼馴染の腐れ縁だからな。ヘルメス神の生まれ変わりだというのは解ってはいるんだが、俺にとっては同時に親友でもある。信仰心も無い訳ではないが、だからと言って一々畏まっていては我が親友とは誇れんだろうさ」

「ったく、君は相変わらず神を敬う気持ちというものに薄いなぁ……仕方が無い、友としてしか扱ってくれないと言うのであればこちらもその期待に応え、人として僕に今出来る事をしようじゃないか」


 先程までの沈んだ顔は何処へやら、将軍の無茶振りに苦笑で返しながらも軽薄な雰囲気を取り戻したヘルメス。彼も人としての一生の中でこの将軍の様なかけがえのない親友を得る事が出来、救われた部分もあったのだろう。

 出会った当初は黒幕(フィクサー)を名乗っていた事もあり、人を何とも思わぬ神話の通りの神性かと警戒したものだが、先程の話といい情に篤い、気の良い奴じゃあないか。

 そんな親友同士の語り合いに場の空気も随分と和らぎ、皆で自己紹介を交えながら晩餐までの短い時間を和やかな雰囲気の中過ごす。それにしても途中で帰ってきた執事さんがヘルメスへ対する将軍の態度に激怒して、いきなり飛び掛かっていったは一同唖然としてしまったな。何でもこの執事さん、将軍の叔父さんらしい。


「貴様というやつはっ!この御方に向かって気安い態度を取るなと何度言ったら分かるのだ。この馬鹿者が!!」

「叔父上こそ失礼でしょうが!こいつは一個人として扱われたいと言っているのに、昔からその頑固な思い込みで一方的に信仰の対象とし続けて!」

「何をひよっこが!」

「あぁもう二人共、お客様達の前なんだから落ち着いて……」


 何時の間にやら見ていられなくなったらしきヘルメス本人がこの二人を宥める側に回ってしまう程に、二人の諍いはヒートアップしてしまっていた。だが、その表情は苦労性の体を見せつつも―――


「将軍に聞いていた話とは違って、随分と楽しそうにしているものだね」

「策士とは聞いていたが、いやいや賑やかそうな御仁じゃあないか。カルノスの奴まで一緒になって何をやっているんだかな」

「ふふ、ヘルメスさん。生き生きとしちゃってるね」


 全くだな。長きに亘り苦悩と後悔の連続であったらしきヘルメスの過去ではあるが、此度の人生では相棒とも言える相手をこうして得た事で生き甲斐ともなっているのだろうな。今を満喫している様子で何よりだ。

 これにて公都側とは一応の決着が付きまして。そろそろ舞台も終盤へ。

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