第0話 終わってしまった者達の物語
こちらは時系列的には本編前のプロローグ的なエピソードとなります。
本編前なので特にこちらを読まずとも本編は楽しめる形で作っています。序章の類が苦手な方はどうぞ飛ばしちゃって本編からお楽しみくださいませm(_ _)m
その場に対するは光と闇。
片や人類領域の希望の象徴とされる者、片や魔の存在を率い護らんとする者。
「――我は、我等は。本当に滅びるべき存在だったのか?」
「………」
「答えよ、神の代行者ァッ!!!」
今、我と勇者は諸共に時の狭間へと封じられ、最後の決着を迎えていた。
我の胸には聖剣が深々と突き刺さり、最早この身を灼き尽くすまでその輝きを曇らせることは無いだろう。
そして勇者。我へ聖剣による渾身の一撃を穿つという行為の代償として、彼の者もまた我の放った闇の魔力に飲み込まれ、その魂の奥底まで侵食され尽くしていた。
互いに致命傷。今代の魔王と勇者の戦いはここに終結し、世界はひとたびの安息を得る事となるだろう。
だが……我は、この最期の時にて一つの疑問を抱いてしまったのだ。
勇者は神の代行者、これは古より伝わる伝承である。また我自身、過去に天へと昇った際に神と呼ばれる者との会合でそれが事実である事も確認している。
だが、もしもあの時神に我を害するつもりがあったならばそれを実行するのは容易かった筈だ。神というものが実在するのであれば、何も代行者などを使わずに我を直接その手に掛ければ済んでいた話なのだから。
当時は勇者を含む人間達の軍勢による魔族の都市への急襲により、この戦争が始まった当初から和解という選択肢は既に奪われていた。以降数年間に亘る種族間の殺し合いが続いた背景から、それぞれの憎悪は募るばかりでそれを論ずる機会も無くここまで来てしまったが。
互いに残り僅かとなったこの時間こそ、腹の内を見せ合い、そしてその謎を解く切っ掛けが得られる機会なのではなかろうか?
「なぁ。だから勇者よ、いやさ勇者と呼ばれたただの一人の人間よ。我は、我等魔族には……お前達と共に手を取り合える道は無かったのかな?」
「……済まない。もっと早くに俺達が気付けていればっ!」
「――そうかぁ」
苦渋に満ちた勇者の言葉、そして表情で、我は何となしに察してしまった。
この時の狭間に封じ込められる直前に見せた、勇者の側に控えていた大神官の歪んだ貌。あの時は勇者一人に決着を押し付け、最悪でも我と引き分けに持ち込む為に非情な策を取らざるを得なかったが故の苦渋に満ちた表情かと考えていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「ごめんよ人間、君も被害者だったんだな。その闇の侵食を解いてやりたいが、そこまで深く蝕まれてしまってはもう我にもどうする事も出来ない。せめてもの手向けとして、我も共にこのまま大人しく滅びてやるよ」
「……ほんとうに、すまないっ!」
あぁ、魔を滅すると伝えられるこの聖剣だけれども。やはり此度の戦は本意では無かったのだろう。魔に属するこの身故にこうして我が魂までをも封じ始められてはいるが、同時にこんなにも暖かく包み込んでくれてもいる。
未だ神への疑念と不審は尽きないが、それを解き明かすのはきっと我の役目では無いのだろう。口惜しくはあるが次の世代へと役目を譲り渡し、我は大人しくこの舞台を降りることとしよう。
それが、今や残り滓となった我が魂に僅かに残る、最期の記憶だった―――
・
・
・
・
「――あー、やっぱり終わっちゃってるしー」
「むぅ。間に合わなかったか……」
全てが終わった後、何人たりとも入り込める筈のない時の狭間にはいつの間にか二つの影が立っていた。その影の様子からは入り込んできたというよりは、まるで元からその場に居たモノが動き出しただけのような、そんな奇妙な印象を受ける。
「ここに迷い込んだモノ達を救い出して欲しい、ってあの神から要請を受けてきてみたけどー。ミッション失敗かな、これはー」
「うーん……あ、でもこっちの男の方は辛うじて息があるね。呪詛に塗れて今にも死にそうだけれども」
影の片割れが指摘する通り、男――勇者からはそうと思って集中せねば分からぬ程度の弱々しい生命の鼓動が未だ微かに響いていた。
「もう一人の方は完全に焼き尽くされちゃっててちょっと無理かなー。そっちの人だけでも祓っとこうか。そういうの、得意でしょー?」
「はいはい……」
一方の影の丸投げな言葉に呆れた風に返すもう一方の影。その手に持つ得物が縦横無尽に振るわれた直後、魔王自身でも解く事の叶わなかった闇の魔力はいとも容易く斬り裂かれ、虚ろな空間内へと雲散霧消していった。
「はい、おしまいっと。で、そっちはどうすんの?」
「んー、せめて輪廻の輪に戻してあげようかー。でも同じ世界だとまたアレの信奉者に目を付けられそうだしー、ほとぼりが冷めた頃にうちらの近しい世界にでも適当にぽいっと?」
「……良いけどね。あんたの適当さは今に始まった事じゃないし」
「まぁまぁー。そんじゃその人を元の世界に送り届けて依頼完了といきますかー」
その言葉を最後に、二つの影と勇者の姿はその場から忽然と消え去った。後に残るのは魔王であったものの遺骸のみ。それも時を置かずに主無き場の崩壊に巻き込まれ、虚無へと散っていく―――
「――妹よ、本当に行ってしまうの?」
「姉ちゃんだって爺共のあの顔を見続けてきてたんだし分かるでしょ。巫女守が奉ずる巫女以上に精霊への親和性を持つのは有り得ないんだって。精霊なんてただ共に在るだけのモノだってのに無駄に神格化しちゃってさ。くっだらないよね、ホント」
妹と呼ばれた娘はひとしきり里の長老を罵倒した後にようやく落ち着いたのか、姉の問いかけにそう答えた。対する姉は浮かぬ表情で逡巡し、躊躇いながらも告白するように口にする。
「……本来ならばあなたが巫女になるべきだったのにね」
「べっつにー?あの爺共の物言いはムカツクけど、巫女という立場である以上自然への畏敬を持てっていうのはある意味間違っちゃいないからね。ボクは確かに精霊達の声が五月蠅い程にはっきりと聞こえてしまうけど、それが日常過ぎちゃってその分畏敬の念とかは薄いからなー」
「――くすっ。あなた、本当にそういう所は妖精らしくないわよね」
「うっせ!」
その飄々とした態度を姉に笑われ、顔を紅らめむくれながらも旅支度の手は止まる事が無く。やがて双方沈黙の中、妹はその準備を終えた。
「……そんじゃ姉ちゃん、行ってくるよ。姉ちゃんも爺共に虐められないように気を付けてね!」
「ふふふ。爺様方は巫女自身も神聖視しているからね、そこは心配しなくても大丈夫よ。あなたの方こそ、気を付けて。絶対に無理をしたら駄目よ?」
「あーい!」
そう言って荷物を背負った妖精族の娘の傍らには、娘と共に育った相棒であり弟分でもある、白銀色に光る美しい毛並を持つ狼が行儀良く控えていた。
「そんじゃー、出発だ!行くよっ!」
「わぉーう!」
その背に勢い良く飛び乗った娘の号令に、狼は応えるように一声吠えて走り出す。
こうして巫女守の役目を終えた妖精の娘は未だ見ぬ外の世界に焦がれ、自らが生まれ育った故郷をただの一度も振り返る事無く飛び出していった。その背に唯一、不安気に妹を見送る姉の視線を受けながら―――
「――貴様、本気でそれを言っているのか?」
「あぁ。もう傭兵はやめだ、やる気が無くなっちまった」
その若者は、生まれ故郷にてとある決別の儀に臨んでいた。
今、若者の前には何処となく若者に似た印象を受ける風貌を持つ壮年の男と、更に一回りも大きな体躯を持つ白髪の老爺が座っている。壮年の男は険しい顔付きで若者を睨み付けており、対し老爺の方は若干の戸惑いを感じさせる表情でその言葉を聞いていた。
「ふぅーむ……ま、それに関しちゃお前個人の問題だからのう。儂等傭兵業を営む者としちゃ些か勿体無くは思うが仕方が無ぇか」
「叔父貴っ!?まだ郷を出る齢にもなっていない若造相手に何を言っているのですか!」
「つぅてもこいつの今までの修練はお前も見続けて分かっておるじゃろうが。若造なのは間違いねぇが、今やこいつの実力は現役世代を含めても上から片手で数えられる程の域に達しとる。未熟者とは言え、郷の外に出しても恥になる事はねぇだろよ」
目の前に座す老爺の言葉通り、この若者は同世代の者達がそれなりに息を抜く間も脇目も振らず修練に打ち込み続け、結果若年にして後の郷を代表する期待株の筆頭とまで目されていた。
それ故、翌年に控える旅立ちの儀の後には正式にこの郷を背負う者の一人として、今まで以上に戦場での活躍を期待されていたのだ。
「来年まで待てば揉める事も無く郷を出られたんだろうがよ。まぁケジメってやつだ。傭兵業を廃して別の道を歩く。もうあんな思いをするのは真っ平だからな」
「この、馬鹿が……」
その偽り無き本心を受けた年嵩の男はそれだけを言うのが精一杯といった様子で言葉を切り、老爺は黙して語らぬまま。
そして屋敷の中には暫しの間、沈黙が支配する。
「――よし、儂個人としちゃ理由はどうあれ意向は理解した。だがよ、お前もこの郷の一員だ。この儂の前で掟を破るとわざわざ宣言するからには、やるべき事は分かっておるよな?」
「……おぉよ、やってやらぁ!」
斯くして掟破りの若者は、その半生の意義を終わらせるべく先達へと立ち向かう―――
「――ここもこれで見納めかぁ」
長年の住処であった部屋を振り返り、感慨に耽る事暫し。やがて娘は部屋を後にする。外に出れば幾多の視線と揶揄の声、そしてその陰に隠れた幾許かの悔やみの気配。
「……ふん。こんな閉鎖的に過ぎるちっぽけな連中なんか、私の方から願い下げよ」
見送る者は誰一人とておらず、しかし誰に恥じる事も無く胸を張り、娘は一人歩き始めた。
「うーん、どうせだし。心機一転、次は舐められないようなインパクトのある口上でも考えてみようかな?」
麗らかな春の日差しを浴びながら道なき道へと歩を進め、自らの役目を終えた娘は新たな舞台へと想いを馳せつつ独り言つ。
その先に待つのは如何なる運命か―――
―――サクラチル。
「……夢のキャンパスライフ、終わったな」
現実の桜の開花には少しばかり時期が早いが、志望大学の合格発表掲示板の前で俺は茫然と佇んでいた。
『お前は語学が壊滅的だからなぁ。お前の運動能力なら、いっそ何かしらのスポーツ推薦でも狙って体育大を探した方がまだ目は有ると思うんだが』
進路指導の先生のみならず担任にまでもこんな事を言われる始末な俺ではあったが、体育系ってむさくるしいんだよな。賑やかなのは好きな方ではあるけれど、どうにも教育者のエゴを押し付けられがちな縦割りスポーツ社会とでも言うのだろうか、そういったものは何か違う気がしてね。
修練としてただひたすらに打ち込むのであれば子供の頃からお世話になっている空手道場にいけば事足りるし、大学に入る為にスポーツをやる、ってのはやはり本末転倒だと思うんだ。
だから、履歴として箔を付けるついでに四年間のキャンパスライフを夢見て、高校の空手部を引退してからのこの一年はそれなりに勉強に打ち込んではいた。
だが結果は御覧の通り。生まれてから18年という歳月の大半を田舎町で駆けずり回って過ごしたこの身体は、見事に勉学というものに対してのコンプレックスを抱えてしまっていた。自己採点をするまでもなく語学の評価が軒並み足を引っ張ってしまったのは間違いないだろう。
「こりゃ親父に頼み込んでバイトでもしながら予備校コースしかねぇかなぁ……」
「いよう。お前も予備校決定か?」
「お前『も』って事はお前もか……引き継ぎが終わっても空手部に入り浸ってっからだな、大御所さん」
「ワハハ。部活を引退した後も道場で暴れ回ってた奴には言われたくねーけどな」
俺のは受験勉強の合間の気分転換を兼ねたストレス解消ですから。OBという立場を使って部活に入り浸っていた君とは違うのですよ、元部長!
その後は現実逃避に嫌味合戦などをしながら共に帰路へ着き、生まれ故郷の田舎町へと戻ってから『大御所』と別れ帰宅した。
そして浪人が確定してより数週間の後、高校の卒業式も終え晴れてすねかじり生活に突入してから数日程が過ぎたある日の事。
「……なんだ、これ?」
そこには俺の人生における転機となったあの異世界ホールと、そしてその後の長い付き合いになるあいつとの出逢いが待ち受けていたんだ―――
物事には必ず始まりが有り、そして終わりもまたいつかはやってくる。
どのような形であろうとその終わりに貴賤は無く、それは全てに等しく訪れる一つの事実の終焉だ。そこに至る道には出逢いと別れが付きもので……それでも、ヒト達はそれぞれ「次」を目指すべくその歩みを進めていくのだろう。
これは、既に終わってしまった者達の物語。
ある者は過去を引き摺って、またある者は振り返る事すら無く明日への希望を胸に前へ前へとひた走る。
今を思い悩みながらも未来を描き、今日を精一杯に生きる者達の物語だ―――
―――to be continued first episode