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目通り

 随分と夜も更けて来たが、成氏の使者は新九郎を何と思ったか飽きずに懇ろに相手をしている。いや、新九郎が相手をしているのかもしれなかったが、思わぬ長丁場に宿の主人が焦れて来ていた。

「お二方、今一服如何でございますか」

 と、これは社交辞令。濃茶から薄茶に変えたとは言ってもそうそう飲み続けられるものではない。ただ、眠気覚ましにはもってこいの飲料ではある。

「いや、もう結構だ」

 蔵人がそうぶっきらぼうに言った。新九郎も同じ心境である。さほど水気の感じられない濃い茶でも、何度も飲むとさすがにきつい。また、茶菓が出るには出たが渋を塗ったように苦くなった口を戻す程の効果はなかった。

「したが」

 新九郎の声に、宿屋の主人を見ていた蔵人が振り返った。

「鎌倉様は素性の知れぬそれがしに、蔵人殿ほどの身分の方を使わされた。これは何時ものことにござるのか」

 成氏の、この軽率とも言える行動に対していつもこの様にしているのだろうか。新九郎にしても思わぬ行動に多少は頓狂な人物なのではないかとの思いが過る。

「いつもの、と言えば何時もの事ではござるが、おそらくお手前の考えておられる様なお方ではない」

「ほう。違うかね」

「違う」

 蔵人は戸惑う事無く断じた。

「上様はご自分のお心に正直にありたいだけなのだ」

「正直と?」

「さよう。上様は鎌倉の公方になられてからこの方、父(持氏)に殉じた関東の諸将に報いようと様々にお心を砕かれておる。また、室町とは敵対している素振りを見せているがその本音は……」

 蔵人はふと言葉を途切らせると、膝前に於かれていた茶碗を手にとった。どこかいつくしむかのようなその素振りは自らの主、成氏を思っての仕草だったのかもしれない。

「本音はいかに」

 しずかな、新九郎の問いが蔵人の心を手の内にある碗から現実に戻した。

「まず一つ目の本音は、ご自分に関わる全ての者に対して、本心と本当を知らしめようとしておる」

「はて、どのような」

「お手前は永享のおりから続く乱の因縁と結城の合戦をご存知であろう」

「多少は」

「ご尊父持氏公に頼られた関東の豪族が戦に負けた後どのように扱われたかもご存知か」

「いや、それは知らぬ」

 蔵人は再び碗を膝前に置いた。

「かの乱(永享の乱)で先代持氏公とご長子義久様が討たれ(自刃)、更にもう二人のお兄君であられる春王様、安王様までも結城合戦の後に囚われ討たれてしまった。これで鎌倉公方は断絶したが、何かの縁であろうか、万寿王と呼ばれていた上様が鎌倉に立つ事が出来たのだ。これで上様は先代持氏公と共に戦い落ちぶれて行った関東の諸将に面目を施そうと考えて居られた」

「ふむ」

「始めに手を伸ばされたのが千葉孝胤、結城氏広、那須資実、梁田持助などを側近として手元に置かれた事」

「乱の首魁達ですな。管領方(山内上杉憲忠)にしてみれば面白くはないでしょうな」

「しかしな、その乱で上杉方の太田や長尾等が横領した土地を自分の配下達に返せと、管領殿に迫ってくれたのも上様さ」

「ほほう、で上杉は素直に土地を返還しましたか」

「する訳が無い。なんども催促を繰り返したが憲忠殿が煮え切らず、結局は上様の言葉を無視する結果になった。上様と憲忠殿のお仲も始めのうちは宜しかったのにのぉ」

「それが故の憲忠公謀殺でござるか(享徳の乱)」

「詳しく申せばそれだけではないが、その事が元になったのは確か。上様としてみれば先代様(持氏)の影響で没落していった者達を助けたいがための行動であったのだ。そんな性格ゆえ、お手前への筋を通そうとの行動よ」

「なるほど。合点が入った。儂はまた町人同士の喧嘩程度にも顔を見せる公方なのかと勘ぐっておった」

 苦笑を堪えた蔵人だったが「顔に出ており申した」そう聊か申し訳が無さそうな素振りを見せていた。

「普通の御宮暮らしの公方様であらばそれが当たり前でござろうな。さて、そのような状況ではあれど、上様のもう一つの本音は室町との和睦にある」

 このとき傍らに座っていた店主を見た蔵人、下がって良いと一言を添えていた。

 店主にしてみれば手持無沙汰に違いないため少々ほっとした表情をぶら下げながらも、客商売の染み付いた店主らしく、重い体を揺さぶりつつ愛想よく退室していった。

 閉めた障子に煽られて緩い風が火皿を炎を揺り動かすと、茶室はゆらりと怪しく揺らぎ、そこに映し出されている蔵人と新九郎の二人の話はさらに深くなって行く。

「……和睦か」

「そう。都鄙和合とひわごうだな」

「室町はそうは思うまい」

「さて、それはどうか。義政公は既に政治に飽かれたと聞き及んでおる。それに京の町は乱で荒れたとか。ならば室町も以前のように関東に兵を送る事などそうそうできる状態ではあるまい。ならばこその都鄙和合」

「京に関東への出兵の余裕はないと読まれたか」

「いかにも」

 新九郎は蔵人の、おそらく成氏の言葉を借りたであろうこの言動に、関東には時勢を見る目があることを覚えた。

 成氏の政治的手腕はもしかすると、室町を凌駕するほどのものではあるまいか。腹で成氏の人となりを図る新九郎を前に蔵人は続けた。

「上様は下総、上総、常陸の他、武蔵、下野、上野の一部にも水郷の地の利を生かした拠点を築き上げておる。今までの合戦のように人数で押し合うだけの戦法から水上を素早く駆け抜けて知らせを各地に行きわたらせる兵法。これを実践されておる」

「と、いうと」

「お手前がどの街道を通られてここに来られたかは存ぜぬが、この古河の地から下総千葉の居城(本佐倉城)までは水上半日」

「舟か」

「さよう舟。古河も関宿も随一の廻船の地。舟の都合や水夫の都合はすぐにつく。また万が一居城である古河のたてを攻められても水運で繋がる各地に半日で知らせは届き、もう半日で落居することもできる」

「室町の命を受けた上杉が各地から攻め寄せても、それを凌ぎ切る事ができる。と、こう言われるか」

「凌ぎ切るのは無論だが、そこから逆討ちすることも容易い事」

 新九郎は蔵人の言葉を聞きながら腹の中で成氏像が次第に出来上がりつつあった。

成氏は時勢を読む能力以外にも戦略・戦術にも類稀な能力を持っているのではないか。こちらに来るまでには古河と関宿が繁盛の土地であり、その運上銭や広大な御領所から上がる年貢や税をもとにして室町(上杉)と長年鎬を削って来たと考えてはいたが、その実、成氏が長期にわたり室町勢力と渡り合えたのは成氏の高い政治能力に頼るところが大きいのではないだろうかと考えを改める事となった。

「鎌倉殿に一度会ってみたいものだな」

「それは、いかに鄙に落ちた公方といえど、目通りには身分が必要。お手前は室町に出仕されておる様な事を言われておったが、いまだ身分を聞いてはおらなんだな」

「儂の身分でござるか」

 一瞬ではあったが、新九郎は蔵人の目を覗いた。

 用心に越した事は無い、一応は他国である。だが、蔵人の眼には何故か新九郎を毛嫌いするかのような光は見られなかった。

 ならば、良し。

「さようよな、まず儂は備中荏原の地頭で足利義視公の申次衆であり、父は足利義政様の駿河申次衆をしておる。伊勢本家の総領は伊勢伊勢守でござる。これでよろしいか」

「なるほど、室町のお人で間違いはござらぬようじゃ」

「うむ」

 蔵人の顔は一気に明るいものに変わって行った。先ほどの都鄙和合の一文が室町政所へと繋がる者に、偶然にも伝わった事が近い将来良い結果を招くかも知れない、と言った腹の動きによるものだろう。

もちろん新九郎にも成氏に恨みがある訳でもない。室町に帰ったところで父盛定や義視に問われればありのままに語るだけである。万が一義視が室町に戻れなくなっていたとしても、義父貞道や実父盛定の口添えで細川管領や公方(義政)に関東の現状をつまびらかに語る事もあるだろう。

 新九郎の腹を知る事もない蔵人は笑顔を引っ込めると、

「上様は変わった人物を見るのが好きでな。お手前の事を具申いたせば喜んで目通りされるであろう」

 そう言って言葉を切った。

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