魔法技術
「これは、ものすごい技術力ですね」
キーツはナオヒトの機体に手を触れながら感嘆の声をもらしていた。
「これだけの大きさで精度も申し分ない。これに人が乗って動くなんて、本当にすごい」
「私からすると君達の魔法のほうが驚異的だ。瞬間移動まであるとは」
「アーリエさんのは魔法ではないですよ。あれは超能力と呼んで魔法とは区別しています」
「超能力、まさかそんなものまであるのか」
超能力を知っているらしい反応にキーツは意外そうな表情を見せる。
「ナオヒトさんの世界にも超能力があるんですか?」
「創作の中ではな」
「それじゃあ、本物と会ったのは初めてですね。最近は会ってないんですけど、違う能力を持った人もいるんですよ」
「本当に、この世界は想像を超えているんだな。そろそろ人口知能と話してみないか? あいつも君とは話したがっている」
「はい、そういうことなら是非お願いします」
二人はレイヴンの前に移動すると、ナオヒトはレイヴンの外部モニターを軽く叩く、するとすぐに声が響いた。
「初めまして、私はレイヴンです」
「こちらこそ初めまして、キーツと言います。あなたが、人工知能ですね。こうして話せて嬉しいです」
「私にとっても、全く違う知識体系を持った人と話すのは非常に興味深いことです。キーツさん、あなたは技術者なのですね?」
「そうです。主に魔道具の開発をしています」
「魔道具とは、魔法の力を利用した様々な道具のことですね?」
「はい、例えば実働部隊の方達の装備は大体がかなり高度な魔道具と言えますね。それ以外にも例えば調理器具や冷暖房等、移動手段や連絡手段にも利用されています」
「大変興味深いですね」
キーツとレイヴンの会話は盛り上がり、横でそれを聞いていたナオヒトは後ろから右手を引っ張られて振り向く。そこにはアライアルにケイツと呼ばれた少女が立っていた。
「おじさん達は異世界から来たんでしょ」
「ああ、そうらしい」
「それならちょっと来て」
ケイツはそう言うと、体格には見合わない力でナオヒトを引っ張り出した。ナオヒトがとりあえずそれに従って歩いていくと、ケイツはキャンプから少し離れた場所で立ち止まった。それからケイツは空を指さす。
「あそこを見てて」
「わかった」
ナオヒトはうなずいてケイツが指さす方向を見上げた。ちょうど十秒後、その空間が歪んだように見えた。
「見える?」
「ああ」
「最近ああいうのをよく見るの。たぶんあなた達がここに来たのにも関係ある」
「あれが何か知っているのか?」
「良くないものなのはわかってる。でも、それだけ。あれくらいならすぐに消えるから、お兄ちゃんのところに戻ろう」
そう言うと、レイヴンと会話しているキーツの方に歩き出した。ナオヒトはそれについていく前にもう一度空を見上げたが、すでに空間の歪みのようなものは見えなくなっていた。
それから数時間後、パイロフィストの増援と技術チーム数十名が到着した。その中の一人、白衣をまとって眼鏡をかけた老人、ストッフェルにアライアルが近づいていく。
「元気そうじゃないかよ」
「そうでもありませんよ。最近は足腰が弱くなってしまいましたし、目もだいぶ悪くなってしまいました」
「ああ、わかったよ。それより例の連中の診察をするんだろ」
「もちろんですよ。紹介してもらえますか」
「はいよ。ヤルメル、他の連中の案内は頼んだ」
一声かけてからアライアルはストッフェルをナオヒトのところに連れていく。
「ナオヒト、ちょっと紹介したい爺さんがいてな」
「ああ、その方は?」
「この爺さんはパイロフィストの前の団長なんだが、今はただの医者でな。お前達の健康管理のためにこうしてやってきたわけだ」
アライアルが紹介すると、ストッフェルはゆっくり頭を下げた。
「ストッフェルといいます。どうぞよろしく、異世界の方々」
「こちらこそよろしくお願いします。医者ということですが、やはり我々の検査のために?」
「ええ、異世界のことはわかりませんが、こちらの世界の病気に関しては調べることができますからね。診察の準備が出来たらすぐに始めてかまいませんか?」
「わかりました」
「準備ができたらお呼びしますから」
終始にこやかな表情のまま、ストッフェルは背中を見せて去って行った。それを見送ってから、アライアルはナオヒトの機体の近くで何かをやっているキーツとケイツの二人を見る。
「あいつらは何やってるんだ」
「我々の武器に興味を持ってずっとあの調子なんだ」
「なるほどな。何を考えてるのかちょっと聞きに行ってみようぜ」
「それは私も気になるな。レイヴンとずいぶん話し込んでいたようだし」
二人は揃ってキーツのところに行くと、ケイツがそれに気がついてキーツの服の裾を引っ張った。キーツはそれに反応して振り返ると口を開く。
「お二人とも、どうしたんですか」
「お前が何を考えてるのか聞きにきたんだよ」
「実はさっき設計図を見せてもらったのですけど、すぐに強化できそうなところが思いついたんです」
それを聞いてナオヒトは思わず身を乗り出した。
「強化とは、一体どういうことなんだ?」
「ナオヒトさんの武器は爆発力を利用して弾を撃ちだすものですから、その弾に魔導回路を仕込むんです。うまく弾を炸裂させれば打撃力を上げることができます」
「それは面白い。ぜひ試してみたいな」
「でも、それはどうやるんだよ」
アライアルの疑問にキーツは一本のペンを取り出した。
「これは魔導回路を描いて作ることが出来るペンなんです。インクには魔力も含まれているので、これだけで魔法を発動できます」
「それもお前の発明品か。また便利なものを作ったな」
「商品化にはまだ時間がかかりそうですけどね。でも、僕が使うのには問題ありませんから。どうですかナオヒトさん、やってみませんか?」
「特別な危険がないのなら、私は構わないが」
「安全性は問題ありません。資料は見せてもらいましたからね。ただ、手作業なのであまり数は用意できませんが」
「それならちょうどいい武器がある。少し待ってくれ」
ナオヒトはコクピットに乗り込むとハッチを開けたまま大腿部に内蔵されている拳銃を取り出し、そのマガジンを抜くと拳銃を地面に置いて、その手に弾を乗せキーツの前に差し出した。
それからナオヒトはコックピットから降りてきて、キーツと一緒に自分の頭ほどのサイズの弾頭を見つめる。
「これならかなりの威力が出せます。では、早速始めましょう」
キーツはペンのキャップを取ると、弾頭にそれを走らせ始めた。そこに描かれていく銀色の線を見ながら、それがまるで電子回路のようだと思っていた。数分後、キーツはペンのキャップを閉めて振り返る。
「できました。威力は抑えめにしましたけど、試してみてもらえますか」
「だが、目標は」
「それなら任せておけ。ヤルメル、試し撃ちをするからてきとうに氷の塊でも作ってくれ」
アライアルが通信で伝えてから数秒後、五十メートルほどの距離に高さ五メートル、厚さ一メートルほどの氷の板が地面からせり上がってきた。
「よし。やってみせてくれよ」
ナオヒトはそれにうなずくと、コックピットに乗り込みハッチを閉める。
「下がっていてくれ」
外部スピーカーでそう言うと、ナオヒトはマガジンからもう一発弾を抜いてから、キーツが加工した弾とその弾を装填した。
「あれはかなり強度がありそうだな。レイヴン、記録は頼むぞ、一発目は通常弾を使う」
「はい、準備は出来ています」
ナオヒトはゆっくり照準を合わせると、トリガーを引いた。銃口を飛び出した弾は狙い通りに氷の壁に激突したが、半分ほどめり込んで止まってしまう。
「次は加工された弾だ」
照準はそのままで再びトリガーを引く。今度は氷の壁に当たった瞬間、その弾が爆発して氷の壁を大きく砕いた。さらに、その衝撃で氷の壁が後方に倒れていく。
「驚いたな、打撃力がとんでもなく上がっている」
「はい、かなりのものでした。打撃力は十倍はあるのではないでしょうか」
「これは使えるな」
ナオヒトは機体に膝をつかせると、ハッチを開けて地面に降りた。そこにキーツが駆け寄ってきてくる。
「成功ですね。思ったよりも威力がありました」
「ああ、驚いたよ。あの威力なら切札になるが、あれでも威力が抑えめだとはな」
「完全なものも作ってみましょう」
「マガジン一個で八発装填できるんだが、そのぶんだけ作ってもらえるか?」
「いいですよ。一発ずつ並べて置いてください」
「ありがとう。すぐにやろう」
ナオヒトは再びコックピットに戻ると、予備のマガジンを手に取って弾を一発ずつ取り出して並べていった。