最初の夜
結局日中は何も起こらず、車で運ばれてきた物資やテントで簡易なキャンプがあっという間に出来上がっていた。
ナオヒト達はトラックのような車と、想像以上にしっかりしたテント群や物資に驚いていたが、レイヴンだけはそうでもないようだった。
「あれだけの力を使えるのですから、これだけの文明レベルがあっても驚くことではないと思います」
「そうだな、この世界の都市を見てみたいところだ」
ナオヒトはそう答えると、三人の隊員を引き連れて近づいてくるアライアルに片手を上げて挨拶をする。
「うちの隊員を紹介しようと思ってな。よければそっちのほうも揃えてくれ」
「わかった」
ナオヒトが隊員達を集めに行って戻ってくると、いつの間にか折りたたみだが大きいテーブルの上に人数分のマグカップが置かれていた。それと同じマグカップを持ったアライアルはそれに口をつけてから全員を見回す。
「とりあえずあんまり堅苦しいのはなしだ。これは単なる水だが、まあ飲んでくれ」
ナオヒト達はそれぞれマグカップを手に取り、テーブルを挟んだアライアル達の反対側に陣取った。
「さて、それじゃこっちから紹介するか。ヤルメルは紹介済みだからいいとして、こいつら三人が遊撃隊の隊員、アイダン、お前からだ」
「はい」
アライアルの隣に立つ体の大きな男が返事をして一歩前に出て、両手を腰の後ろで組む。
「パイロフィスト遊撃隊所属のアイダンです。どうぞよろしくお願いします」
「こいつは防御系魔法に関しては一流だ。実際見たら驚くぜ。じゃあ次だ」
今度はその隣の小柄な若い男が片手を上げて口を開く。
「僕はインジット、炎系の魔法が得意ですね。それから、風の精霊とも相性がいいです」
「こっちは攻撃系だな。それで最後の一人が」
インジットよりも背が高い若い女が微笑を浮かべて軽く頭を下げた。
「エルディです。武器を使った戦闘が専門です」
「こいつは単純なパワーだけなら俺より上だな、まあこの隊の壁だ。それじゃナオヒト、お前達のほうを紹介してくれるか」
アライアルにそう言われると、ナオヒトは水を一口飲んでからマグカップをテーブルの上に置いた。
「そうだな、まずは私だが、この小隊の隊長をやっているナオヒトだ。機体は標準的な装備の万能型だ」
それからナオヒトがデレクに向かってうなずくと、そのデレクは一歩前に出た。
「デレクです。重装甲の機体で主に近接戦闘と壁の役割を担っています」
次に前に出たのはカロンゾだった。
「俺はカロンゾ。遠距離支援型の重武装の機体に乗ってる。ここはいい世界だから気に入ってるぜ」
そう言ってカロンゾは隣のユウの背中を押した。
「ユウです。機体は軽装、偵察と遠距離攻撃が主体です」
最後にセレンが前に出る。
「エネルギー系の兵器を搭載した援護系の機体に乗っているセレンです」
「あとはあのレイヴンが私達の小隊のメンバーだ」
そう言ってナオヒトがまとめると、アライアルが水を飲み干してから口を開いた。
「さて、最後はレウスだな」
アライアルはいつの間にか背後に来ていたレウスに顔を向ける。だが、レウスは空を見上げて杖を右手に持ち替えた。
「それは後ですね。新手が来ますよ」
次の瞬間、何もなかった空に紫色の染みのようなものが現れた。それはアライアル達の頭上を覆うほどのサイズにまで一気に広がる。
「またミュータルとかいうのが来ると思うか?」
「同じ気配を感じますね。しかも複数」
レウスの言葉にその場の空気が緊張した。アライアルはその中で手を叩いて自分に注目を集める。
「相手が複数でもこっちは全員揃ってるんだ、ちょうどいいじゃないか。ナオヒト、お前達はあれに乗って待機していてくれ」
「わかった」
ナオヒトはうなずくと小隊のメンバーに指示を出し、それぞれの機体に走っていった。それを見送ったアライアルはヤルメルを加えた四人に向き直る。
「さて、敵の戦力がはっきりしないことだし、防御も固めておきたい。ヤルメルとアイダンにそっちは任せる」
「了解しました。アイダン」
「はい」
ヤルメルと一緒にアイダンはその場を離れていく。
「エルディは武器を用意しておけ。インジットは状況を見て援護だ」
「了解です」
インジットは簡潔に返事をし、エルディは黙ってうなずく。それからアライアルはレウスと向き合った。
「レウス、お前は自由にやってくれ」
「わかりました」
レウスは杖を鞘に収まった剣に変化させ、その場で空を見上げた。その視線の先では紫色の染みが三つに分かれ、塊となって何かの形を作り始めていた。
「まあ、待ってやる必要はないよな。インジット、派手に挨拶してやれ」
「了解、でかいのをいきますよ」
インジットは左右の腰に差していた棒を手に取り、それを一つにして長い杖に変化させると、空に向かって構える。
「風の精霊よ!」
インジットの杖を中心として風が巻き上がり、それは上空に達する頃には紫の塊全てを巻き込む規模になっていた。そしてインジットが杖を回し始めると、それは炎をまとっていく。
「ファイア! サイクロン!」
言葉と同時に風に炎が乗り、一瞬で巨大な炎の竜巻が夜空を焼いた。だが、その中からばらばらに三つの塊が飛び出していく。
「はっ!」
インジットは今度は杖の先端をそのうちの一つに向け、今度は杖と同じ太さに収束させた炎を撃った。その一撃は塊の一つを貫いて四散させる。残り二つの塊は数百メートルも飛ぶと地面に落ち、そこで大きく盛り上がると、巨大な四足の生物のような形に変化し、すぐにその足で迫ってきた。
それをモニタで確認したナオヒトにレイヴンからの通信が入る。
「あの二体からミュータル反応があります」
「だが、見たことがないタイプだな。まだ不完全なようだが、動物、いやさっき見た魔物というのに近いように見えるが」
「戦闘データのある個体ならば、彼らに情報提供できるのですが」
「それは仕方がない。我々も連中に関してはわからないことのほうが多いんだ」
「そうですね。引き続きモニターを続けます」
それからナオヒトは全機との通信を開く。
「彼らが危なくなったら動くぞ。準備だけはしっかりしておけ」
それだけ言うと、ナオヒトは戦況を見ることに集中した。
「一体は俺に任せろ! 後はヤルメルが仕切れ!」
アライアルはそれだけ指示を出すと、遠い方のミュータルに向かって飛んでいってしまった。ヤルメルはすぐにそれに応じて指示を出す。
「インジットは突っ込むな、アイダンは後方で警戒。エルディは私と一緒に奴の足を止めるぞ」
「はい」
エルディは大槌を肩にかつぐと、ヤルメルと同時に地面を蹴ってアライアルとは別のミュータルに向かう。
「副隊長、どう止めるんですか」
「足を引っかける。タイミングは私が合わせるから、そこを叩け」
「了解、思いっきりやりますよ」
エルディは大槌を肩から体の前に持っていくと、白く光るマントを展開して低空で一直線に加速した。ヤルメルはその場で地面に片膝をつき、エルディとミュータルの距離を計る。
「モードマイティ!」
エルディの全身に力が漲り、それと同時にミュータルの後ろ足が何かに引っかかりバランスが崩れ、頭部が下がる。そこに全身を回転させて振るわれた大槌が横殴りに直撃した。
その瞬間、爆音と衝撃波が発生しミュータルの巨体は弾き飛ばされ、わずかに宙を舞ってから地面に転がって地響きを起こす。
エルディは体勢を立て直しながら上昇し、地面に転がったミュータルに狙いを定めると、そこから大槌を思い切り投げつけた。その大槌がミュータルに激突した瞬間、巨大な爆発かと思えるほどの衝撃が巻き起こり、ミュータルはその爆煙に飲み込まれて姿が見えなくなる。
「避けろ!」
ヤルメルの声が通信機から響き、それとほぼ同時にミュータルが煙の中か
ら飛び出してきた。エルディはそれを避けようとするが、ミュータルの巨体を避けきれずに弾き飛ばされ、そのまま地面に墜落してしまう。
「姿が変わっているな」
ヤルメルの視線の先には四足の獣ではなく、鷹のような姿になったミュータルがいた。墜落したエルディも起き上がってそれを確認する。
「面倒臭い敵ですね」
それから背中に差してあった二本の棒を繋げて槍に変化させた。上空のミュータルはそのエルディを見つけ、降下を開始した。だが、それは背後からの火球の一撃で止められる。ミュータルは振り返るが、今度はその背中に火球が炸裂した。
「いいぞインジット、そのままあいつを落とすんだ」
「当然です。モードファイア!」
ミュータルの周囲にさらに無数の火球が発生し、それが不規則に動き出す。そして、火球は次々とミュータルに激突していき、徐々にその巨体を地面に近づけていく。
「よし、モードアイス! プリズン!」
ヤルメルの声と同時にミュータルを囲むように、太い氷の柱が一瞬で立ち上り、巨大な底のない籠のような形を作った。そのまま氷の籠は地面に落ち、柱を地中深く埋めてミュータルをその中に捕える。
「こいつを倒すには核を破壊する必要があるようだが、この巨体ではすぐにはな。インジット、レウスさんを連れてきてくれ」
「わかりましたってうわ!」
通信機の先でインジットの慌てた声が響いた。
「インジット! どうした!?」
ヤルメルが呼びかけるが、すぐに返事はなかった。だが、数秒して返事がくる。
「人間型の敵がこっちに突然現れました。今はレウスさんが応戦してます」
「お前はこっちに退いてこい。アイダンはそこの敵を封じ込めろ」
「了解。レウスさん一人に任せていいんですね」
「彼なら問題ない。隊長と同じだと考えればいい」