とりあえずの休息
「しかし、とんでもないものを見たなあ」
自分の機体の脚に寄りかかっていたカロンゾは水を一口飲んだ。その向かい側には地面に座ったユウが地面の草をむしったり撫でたりしていた。
「ここで寝たい」
「いや、そうじゃなくてな。おいデレク、お前はさっきのすごいと思ったろ」
立って周囲を見回していたデレクは振り返ると、地面に寝転がろうとしたユウを起こしてカロンゾの機体の脚に寄りかからせた。
「そうだな、驚くことばかりだが。今は出来るだけ早くここに適応して、帰る手段を探すしかない」
「そりゃ難しそうだな。セレン、お前の意見はどうだよ」
少し離れた場所で空を見上げていたセレンはゆっくり振り返ると、口を開く。
「隊長が答えを出すまで待とう」
「ま、そうなるかね。とりあえず、今はこのほこりっぽくない空気を楽しんでおくか」
カロンゾは着陸したレイヴンに目を向ける。そこでは、ナオヒトがレイヴンのパイロットである人工知能と会話をしていた。
「レイヴン、データの収集はどうだ?」
「順調です。それでわかったのですが、どうもここは我々のいた宇宙ではないようです」
「まさに異世界というわけか。それで、彼らは」
「驚くべきことに、ほぼ同じ人間のようです」
「それなら、食糧の心配は必要なさそうだな。あのアライアルという男はどう見る」
「好人物であると思います。ただ、部下は苦労するでしょうね。まるで我々のリーダーのようですから」
ナオヒトはレイヴンの言葉に苦笑いを浮かべると、レイヴンの外部モニターを軽く叩いた。
「周囲の警戒とデータ収集を続けてくれ」
「了解しました」
ナオヒトがうなずいてそこを離れると、ちょうどどこかに飛び去っていたアライアルが荷袋をかついで戻ってきた。そのアライアルはレウスに一声かけてから、ナオヒトに近づいてくる。
「だいぶ落ち着いたか?」
「君達のおかげで皆落ち着いてきた。今は見ての通りくつろいでいるよ」
「そいつはよかった。とりあえず周囲に変わったことはなかったし、資材は確保できたから、もうすぐここにキャンプができる。本当は街に案内してやりたいところだが、あのでかぶつをいきなり持っていくわけにもいかないんでな」
「いや、援助をしてもらえるだけで十分だ。それにしても、パイロフィストというのはずいぶん動きの早い組織なんだな」
「まあ、俺達は国とかじゃないし、緊急事態だからな。それに、相手が何者でもどんな脅威からでも、それを守るのが仕事だ」
それからアライアルは荷袋をその場に置いて、中からリンゴのような果物を取り出した。
「そういうわけだから、まだここでじっとしててくれ。口に合うかどうかは知らないが、食い物も持ってきたし、テントはもうすぐくる」
ナオヒトはアライアルから果物を受け取ると、それを一口かじる。
「うまいな。食糧はあるが量が少ないし、テントがあるならあいつの中で眠るよりはずっとましだ。ありがとう」
「礼はいいさ。ところで、あの円盤に乗ってる奴は出てこないのか?」
「いや、あれは無人だ。動かしてるのは人工知能、つまり人工の脳みそだな」
「よくわからんが、大したもんなんだな」
「隊長!」
ヤルメルから声がかかり、アライアルは振り返る。
「どうした」
「本部から技術チームの派遣が決まりました。増援も三名」
「誰が来るんだ」
「技術チームは元団長が率いてくるそうです。増援は新人が二名、隊長はジョシンということです」
「相変わらず元気な爺さんだな。まあ増援はありがたいが」
つぶやくように言ったアライアルはほほを指でかいて口を開く。
「そっちの受け入れ準備は頼む」
「わかりました。周辺の住民の避難はどうしますか」
「増援が来るまでは避難させておいたほうがいいかもしれないな。それは俺が一声かけてくることにしよう」
「お願いします」
「じゃあ、すぐに行ってくる。しばらくここは頼んだぞ」
「はい」
レウスはナオヒトに軽く手を上げてから、白く光るマントを発生させて飛び去って行った。それを見送ったナオヒトは笑顔を浮かべて口を開く。
「君達の隊長は活動的だな」
「困ることのほうが多いですけど、助かることもありますね」
「確かに、我々もそれに助けられた。なにか手伝えることがあればなんでも言って欲しい。出来ることならなんでもしよう」
「いえ、まだ結界がないので 、今は動かないようにしていてください。このあたりは私がすでに掌握したので危険はありませんから」
「掌握?」
ヤルメルは返事の代わりに自分の右方向を指さした。
「ちょうど魔物が来ました。見えますか」
ヤルメルが指さす方向を見ると、かなり距離のあるところに地中から這い出してきた四足の獣のようなものが見えた。ナオヒトがヘルメットをかぶってそれをズームしてみると、なにか黒いもやのようなものがその周囲を漂っていた。
「確かに、普通の動物ではなさそうだ。それほど危険そうにも見えないが」
「あれでもそれなりの危険はあります。よく見ててください」
それからちょうど三秒後、四足の魔物は地面から突き出た鋭い氷によって貫かれていた。ナオヒトはそれを見てからヘルメットを外し、ヤルメルに顔を向ける。
「あれは、君がやったのか」
「そうです。今のようにこの周囲は全て私の魔法の有効範囲なので、安心してください」
「わかった、お言葉に甘えよう。仲間にもこのことを伝えてくる」
「はい、どうぞごゆっくり」
ナオヒトはヤルメルに見送られて、仲間が待機している場所に歩いていく。
「隊長、さっきのはなんだよ。なんか変な動物がいきなり氷で串刺しにされてようだけど」
まずカロンゾが口を開くと、起き上がっていたユウもうなずく。
「あれも魔法でしょ」
「ユウの言う通りだ。彼女、ヤルメルはこのあたりを掌握したと言っていた。あの程度の距離なら彼女の魔法、さっきの攻撃の範囲内だそうだ」
「つまり、我々も彼女の手の上というわけですか」
「デレクの言う通りだが、そう不安に思うことでもない。彼らは我々の来訪を予期していたようだし、すでに増援がこちらに向かっているそうだからな」
「大体、あれだけの力があって害意があるなら、私達はもう生きてないですね」
セレンが言うと、全員がうなずいた。それからナオヒトが手を叩く。
「とにかく、今は待機だ。全員機体のチェックをしておけ。もしまたミュータルが現れたら、彼らだけに戦わせるわけにもいかないからな」
「了解」
それぞれ自分の機体に戻っていき、ナオヒトもコックピットに座ると、ハッチを閉じてヘルメットをかぶった。
「レイヴン、お前もそのまま待機だ」
「了解しました。データ収集は続行しますが、特に重要なものはありますか?」
「それはお前の興味に任せておく」