傭兵団
砂漠を移動する巨大陸上要塞、そのブリッジの艦長席で髭を生やした中年の男が顎を撫でながら口を開く。
「アイザックだ。第一小隊、ミュータルの様子はどうだ?」
「こちらアシュトン、影も形もありません」
「そうか、念のために聞くが、ナオヒト達の痕跡は何か見つかったか?」
「それもなしです」
「はぁ、あいつらはどこに消えちまったんだかな。どうなったにしても少しくらい手がかりがあってもよさそうなもんだ。なあ、アレクシア」
アイザックは戦略コンソールの前に立つ女、アレクシアに声をかけた。
「ナオヒトの性格を考えれば現場を放棄するとは考えられないし、撃破された形跡もまったく確認できない。正直、消えたとしか言えないのがな」
「だよなあ。まあ、あいつらはタフな連中だ、何があっても生きてればなんとかするだろ。それはそうとして、最近はミュータルの動きが見当たらんな」
「連中の考えなどわからん。だが、嫌な予感はする」
アレクシアはそう言ってからコンソールに集中した。アイザックは肩をすくめると、再び通信を開く。
「第一小隊、とりあえず戻ってこい」
「了解」
短い返答を聞いてからアイザックは立ち上がる。
「さて、俺もちょっと一回りしてくるかな。ここは頼んだぞ、アレクシア」
アレクシアは無言で手を上げてアイザックを送り出した。そのアイザックは要塞内の通路を歩きながら、団員達に声をかけていた。
「お前はそろそろ休暇だろ、荷物をまとめておけ。そっちは休暇上がりなんだからもっとキリキリ動けよ」
そして格納庫まで到着すると、自分の機体に近づく。
「すぐに出るぞ!」
そう宣言してからアイザックはコックピットに乗り込み、機体を起動させる。ライフルを手に取ってリフトまで歩くと、背中をそれに向けた。そうするとすぐに機体が固定され、天井が開く。
「よし、上げろ!」
リフトが上昇し始め、すぐにアイザックの機体を要塞の屋上まで運んだ。アイザックは機体の背中に装着されているバックパックを起動し、背中に航空機のような翼と巨大なブースターを展開した。
「アイザック、飛ぶぞ!」
機体が全速力で走って屋上から踏み切ると、ブースターによってその巨体はしばらく地面と平行に進みながら、全員に対して通信を開く。
「団長のアイザックだ、これから飛行パトロールを開始する。スワロー、サポートをしっかりな」
「了解しました」
それからちょうど三十分、アイザックは何も発見できずに退屈してきていた。
「おいスワロー、何も反応はないのか」
「全くありません」
「本当にミュータル共はどうしちまったんだろうな。いや、ちょっと待て」
そう言いながら、アイザックはカメラの倍率を上げて地表の一点を拡大した。そこには一見したところ何もなかったが、かすかに空間が歪んでいた。
「スワロー、今映している場所だが、何か空間が妙だろ」
「確認しました。確かに光の歪みが観測されています」
「降りて観測する。要塞に連絡を入れておいてくれ」
「了解しました」
アイザックは旋回しながら高度を下げると、速度も落として空間の歪みの側に砂煙を上げながら派手に着地をした。
「さて、あの妙な場所はなんなんだ?」
ライフルを構え、アイザックは慎重に歪みに近づいていく。そして五メートルほどの距離で停止すると、それをよく観察する。
「計器には何の反応もなし、だがこいつは普通じゃないぞ」
「団長、そこで待機。第一小隊を派遣したから、到着までおかしなことはしないで欲しい」
アレクシアから通信が入り、アイザックはため息をつく。
「わかったわかった、何もしやしない」
そう言ってアイザックは歪みから距離をとった。しかし数分後、アイザックは背中に寒気を感じて機体を後退させた。
「これは嫌な予感しかしないぜ」
次の瞬間、空間の歪みが一気に拡大する。
「ちっ! 久しぶりでこれか!」
アイザックがライフルを構えると、その銃口の先では、空間の歪みから紫色のものが押し出されるように出てきた。
「ミュータル出現! 時間稼ぎをするから急げよ!」
そう言いながらアイザックは紫色のものに背を向けて走り、空に飛びあがった。
「団長、少し一人で粘れ」
「そんなにかよ! まあ、せいぜい引きずり回してやるよ」
アイザックは機体を旋回させながら地面のミュータルを観察する。それは徐々に形を作っていき、アイザックの機体のような姿になっていった。
「スワロー、あれの様子は見えているな」
「はい、確認できています。今までに観測したことがないミュータルですね」
「見るからにな。って、あの野郎まさか飛ぶ気か!?」
その言葉通り、ミュータルはアイザックの機体と同じように翼を展開すると、地面を蹴って飛び上がった。
「スワロー! 奴の動きをしっかり記録しておけ!」
それだけ言うと、アイザックはフルスロットルで高度を上げていく。それから背後をモニターで確認すると舌打ちをした。
「ついてきてやがるか、どうやらこっちよりも高性能らしいな。それにライフルもコピーしてるってことは!」
そこでアイザックが回避行動をとると、ミュータルのライフルから放たれた紫の弾丸がかすめていく。
「射撃も当然するわけだ。空中戦はまずいな」
アイザックは回避運動をしながら高度を下げていき、勢いよく着地して地面を滑りながら機体を反転させる。
「だが、動きは直線的だな!」
そのままライフルを構え引金を引くと、弾丸はミュータルの右肩に当たり、バランスを崩させて派手に墜落させた。
「団長、こちらアシュトン、ミサイルの射程範囲に入りました」
「そうか! すぐに撃て!」
「了解。ロングレンジミサイル、一斉発射。着弾まで十秒」
アシュトンの低い声を聞きながら、アイザックはライフルを構えたまま後退していく。そして土煙の中で動くミュータルに的確に弾丸を撃ちこんでいき、動きを封じる。
「最初は驚いたが、逆に動きがわかりやすくていいな。それに、パイロットの腕として考えれば素人みたいなもんだ。スワロー、アシュトンのミサイルの軌道計算は出来たか?」
「データを送ります」
スワローから送られたデータがモニターに表示され、アイザックはそれを読み取ると機体を走らせ始める。そして数秒後、ミサイルが着弾を始めるが、アイザックの機体にはかすりもしない。
「こいつはあまりいい気分じゃないな。直撃はしなくても爆風でダメージはくる。だが、あっちは避けられてはいないな」
アイザックは爆風の中でも冷静にミュータルの位置を把握し、それが回避運動をとらずに爆発に巻き込まれていくのを観察していた。
「おかしい、まるでこれを待っていたような気が」
そして着弾が止んだ瞬間、ボロボロになったミュータルが一気に膨らみ、鳥のような形になって飛び上がった。
「第一小隊! ミュータルがそっちに向かった! スワローは情報のまとめを急げ!」
指示を出しながら、アイザックもすぐに地面を蹴って空に向かう。一方、第一小隊はアシュトンとスワローの情報を受け取って動き出していた。
「シャオ隊長、まずは俺が前に出ます」
ミレックはそう言って重武装の機体を前に出そうとする。
「そうですね。敵は空を飛んでくるようですから、最大火力で迎え撃ってください」
隊長のシャオはそう言うと、すぐに自分は後ろに下がる。
「フィーロザ、あなたはいつでもミレックのサポートを出来るようにしておいてください」
「了解」
特に武器を持っていないが、一回り背が低くずんぐりした機体に搭乗しているフィーロザは短く返事をした。
「アシュトンは離脱。情報収集に集中してください」
「了解しました」
こうして前衛にミレックの重装備の機体。そのサポートにフィーロザ、二人を援護できる位置にライフルを構えたシャオの機体。そこから離脱するアシュトン機となった。
「ミュータル、あと三秒で接触予定です」
それぞれのモニターに、スワローから送られてきたミュータルの予測進路が表示された。その方向にミレックは大型のマシンガンと両肩のロケットポッドを向ける。
「ファイア!」
一斉に武器が火を吹き、ミュータルに向かっていった。だが、鳥型のミュータルは被弾しながらも一気に速度を上げて急降下してくる。
「どけ」
ミレックの機体を押しのけるようにフィーロザの機体が前に出て、両手を突き出す。右手からはレーザー、左手からは散弾が発射されミュータルに命中するが、それでもミュータルはその右手を切り裂いて地面に墜落する。
シャオはすぐにそこにライフルを向けようとしたが、それよりも速く爆風が巻き起こってミュータルの紫色の体が巨大な柱となって立ち上がった。
「撤退します」
初めて見る光景にシャオは瞬時に撤退を決断する。だが、柱のようになっていたミュータルが上から裂けると、三機を囲むようにして地面に突き立ち、一気に紫色の被膜を発生させ、ドームを形成していった。
「クソ! なんだっていうんだよ!」
その光景を空から見たアイザックは悪態をつきながらも、アシュトンだけは逃れていたのを発見する。
「アシュトン! お前のほうから何かわかるか!?」
「いえ、わかりません。スワローも全く観測したことがない反応だとしか」
「要塞を持ってきたほうがよさそうだな。アレクシア」
「映像は届いている。すでに進路は向けているから、そこで観測していてくれ」
「早めに頼むぞ!」




