四十一章 陰陽師
近藤さん達との話し合いも終わり、江戸へ向けての支度が始まった。
少し沖田さんの背中が寂しく見えた。
尊敬する近藤さんと鬼副長の土方さん達との
しばしの別れが辛いのだろう。
あたしには沖田さんの背中がそう謂っている様に感じた。彼の部屋へ入ろうと、手をかける山南さんが文を片手にやってきた。
『おはよう御座います山南さん』
『沖田君…智香さん、おはよう御座います』
『おはよう御座います』
山南さんは沖田さんの表情を見ると
何かを感じ取ったのか”あまりご無理なさらないで下さい”と謂い近藤さんと土方さんの
居る部屋へと向かった。
『流石山南さん…いつも通りにしてても
判っちゃうなんて』
『え?』
『さ、支度しよう』
沖田さんは風呂敷を広げると必要な物を
取り出す。あたしの私物はバックの中に
入ってるけど限度がある。
『あたしも支度して来ます』
『うん』
『あっ!飼育小屋!』
『僕も行くよ?』
『大丈夫です。平助君見つけて手伝って貰う約束してるので』
『ふふ。本当にやってるんだ』
土方さん直々に頼まれている平助君
それを思い出したのだろう。
あたしは飼育小屋へ行きながら平助君を
見つけ、向かった。
『わぁーブヒブヒだなぁ…』
『わぁーブヒブヒですね』
『さ、早く済ませないとな!』
『あぅっ!』
『おぅっ!』
一方、山南さんは近藤さんと土方さんから
沖田さんの事について知らされていた。
『…そうでしたか…あの先程の違和感の理由が判りました。まさか…沖田君が労咳とは…』
『いつ何処でか判らんが念の為松本良順さんに健康診断をやってもらおうと
考えて居るんだが…どうだろう?山南君?』
『その考えには私も同感です。労咳は移ると訊きますから、早い方が良いでしょう』
『隊士等には詳しい事を伝えない方が良いか?近藤さん』
『そうだなぁ。混乱を起こしかねんだろうし』
『もし、他の隊士が労咳を患ってしまっていた場合は休養して貰いましょう。決して外へ漏れない様気を付けないといけません』
『『ああ』』
『…話が変わりますが、あの方から文が届きました。明日には此方へ着くそうです』
『そうか。判った明日の予定を少し変更せんとなぁ』
『変更しなくても明日は大丈夫じゃないか?』
『そうか?』
『そうですね』
『うわー食うなこの豚ぁ?』
『産んで間もないですからね体力つけようとしてるんですよ』
『おいトン子!子育て頑張れよ?』
『トン子?』
『こいつの名前』
『へぇ…それじゃこの子は?』
『トン』
『…………』
『…………』
『ぷっ!きゃはははっ!』
『何も笑わなくても…』
『だって…なま…ぶっ!』
『お前…キャラ変わったな…』
『何謂いますか素ですよ』
(もう笑ってないし…)
飼育小屋を終わらせると同時に知らせの
鐘が鳴った。
あたしと平助君も広間へと向かった。
入ると左から山南さん、近藤さん、土方さんが皆と向かい合って座って居た。
『よし、全員集まったな?』
『コホン…ええ、それでは…あーなんだ皆に大切な話が二つある』
『なんすか?大切な話って?』
『馬鹿か平助?それを此から謂うんだろ?』
『新八さんに謂われたくないねぇーだ』
『静にしろ…ったく』
『では、一つ目…明日此処へ
陰陽師氏が来ると山南君の元へ文が
送られた。昼には着くそうだ。呉々もそそうの無い様にな』
『明日来るんですか?』
と、あたし。
『ああ。出発はどうする?』
土方さんはあたしに訊いてきた。
出発の時間はまだ決めていなかった事に
気づいた。
『う〜ん…』
『今日は僕の班が巡察だから明日にしようと考えてますよ』
『そうか…あまり無茶するんじゃねぇぞ?』
『はいはい。全く過保護なんだから』
『総司』
『しませんよ。この通り元気ですけど』
『どうしたんだ?』
斉藤さんが二人の会話に入ってきた。
『まぁ、二つ目の話何だが…明日から総司は江戸へ行くことになった』
『またなんで?』
原田さんが目を丸くして
近藤さんへ訊く。
新選組の仲間なだけあってか心配なんだろう…。
『極秘です』
山南さんが謂う。
『極秘?俺達にも教えてもらえないって事ですか?』
『原田…心配ない。いずれ戻って来る』
土方さんが原田さんへ謂うと
彼は沖田さんを見る。
『いずれって…』
『なぁ?総司…それ、隊務何だよな?』
『うん?』
『うわぁー始まった…』
平助君も気になる様子だ。
だけど沖田さんが労咳ということは
フセる執拗がある。
歴史の本を詠んでも新選組に”労咳”になった者は沖田さんしか書かれていないし
まして、池田屋の出来事で吐血したとあるけれど色々な説がある。
相手の血が沖田さんの口元へ付着したとか
。その事件後も京の町で巡察や夜の見張りだとか…。なのでその池田屋での吐血は無い。労咳も悪化していなかったと。
確かに彼は病死と記載されてる。
『総司…絶対戻って来いよ』
『はい』
斉藤さんも腑に落ちないでいる。
それは平助君も原田さんも永倉さんも
同じだ。
『それと明後日、松本氏が来る事になりました。沖田君は不在となるので
今日松本氏に健康診断を受けて貰って下さい』
『何だよぉ?二つじゃなく三つじゃないっすかぁ…』
『悪い悪い。まっ、そういう事だ』
『総司が居ない間何だが、こいつの班は
前と同じく俺が預かる事になった』
『トシ、その事何だが彼に頼んだらどうだ?』
『彼?』
『前に智香君が謂っていただろう?
また年末に来ると』
『…樋口』
『彼が着たら頼んではみたらどうだ?』
『そうだな…』
『あいつか…狐野郎』
『左之さん…自分だって狐野郎じゃないの?』
『何だって?何か謂った平助?』
『副長、俺も局長の意見に賛成です。貴男の隊務にも支障が…』
『そうだな。此処へ着たら頼んでみる』
巡察の時間も近い事もあり
話は此処で一度終わる。
沖田さんと斉藤さんは隊士等と
巡察の為出て行った。
『あー』
あたしは部屋でチビと隆夫の包帯を
新しい物に取り替える。
『うわー』
瓦で怪我をした部位が痛そうだ。
青くなっている。
『どわぁ…』
『静かにやれないのかよ…』
『だって此っ!本当痛そう何だもん!ホラッ!』
『痛そうじゃなくて痛いんだよ…』
『チビ、軽傷で良かったね』
『俺の心配はしてないのかよっ!』
『え?幻聴かな?』
『こいつ…』
『ふう…ねぇ隆夫』
『あん?』
隆夫は両足を伸ばし両手を畳に
着ける姿勢を取った。
『あたし、明日から江戸へ行く事になったから』
『江戸?』
『うん。その事について昼食の時に
近藤さんから話があるそうだから』
『ふぅん…判った』
『それと明日、陰陽師氏が来る事になったって』
『え?そうなの?』
ー翌日ー
朝餉を済ませると
沖田さんと平助君の班は巡察へ出掛けて行った。
『今日は風が弱いなぁ?』
『そうだね。庭履きも楽だから良かった』
隆夫は縁側でチビと一緒に座り
庭履きをするあたしと何気ない会話をする。
今日は陰陽師氏が此処へ来る事になってる。あたしと隆夫は初めての経験だ。
会うのだって初めてなので朝から
そわそわしている。
『なぁ、沖田さんが京を離れる理由って…もしかして…』
『え?』
『まさか歴史を変えるなんて考えて無いよな?』
『…まさか…』
『土方君、おはよう御座います。今日は雪が降るかも知れませんね』
『山南さん。ああ。出来れば降らない方が有り難いんだが…』
『そうですね…』
『どうした?山南さん?』
『いえ…実は智香さんが昨夜遅く、私の事を話してくれました』
『山南さんの事を?』
『はい。私は自刀をすると…』
『まさか…何で…』
『それは私の行動にあるそうです。私はこの新選組を抜け出し、愛する人と
見つからぬ様逃げ回るそうです。
けど私は沖田君に見つかり此処へ連れ戻される…
そして局長…いえ…私は切腹をする。この新選組は脱退を認めていないでしょう?
余程の事が無ければ脱退は認められない。
それが原因なのか、どうかですが…私の最後は…』
『その歴史もあいつは変えようとしているのか…』
『はい。そう仰っていました…日高の目的と匹敵してるそうですし』
『…そうか…なぁ、山南さん…あんた…本当に新選組を抜け出そうなんて…』
『彼女のあの目の涙を見ては…仮に実行なんて出来ませんよ』
『それを訊いて安心したよ。俺もあんたが切腹する様なんざ…見たくねぇよ』
土方は寂しそうに呟いた。
太陽が空高く上がった昼。
新選組の門を潜る一人の男性が居た。
あたしは土方さんと彼を迎えた。
陰陽師氏。
紫の瞳は何かを見透かす様に
あたしを見る。というか観察しているのか…?
『山南さんから事情は訊いています。問題の井戸と灯籠の場所まで案内して頂けないでしょうか?』
『あた…僕が御案内させて頂きます』
『俺も同行する』
『お願いします』
陰陽師氏は此処へ来るなり何かを
感じていたらしい。
案内中、彼はこう話した。
まず、新選組自体が良くない方へ傾きかけていると。このままだと最悪な結末を
迎える事になるだろうと。
『けど…現在の新選組には、小さな救世主が居る様です』
『救世主?』
『はい。”彼”は何か知っている様です』
この瞬間、心臓が激しく波打った。
陰陽師氏はあたしの後ろを歩いているけれど、その後ろであたしを見ている。
視線を感じる。やっぱり…見透かされてる…?井戸へ着くと隆夫が顔を洗って居た。陰陽師氏が一緒だと判ると挨拶を簡単に済ませ、あたしの隣へ着いた。
『こ、此方が事故があった井戸になります』
『ありがとう御座います。では…』
陰陽師氏は右手に青い数珠を巻き付けると
井戸へ翳す(かざす)。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
今回も詠んで頂きまして
有り難う御座います(*^-^*)
遂に陰陽師登場です!
彼は智香が何者なのか気づいてしまった?!
そして山南の脱走や切腹は本当になくなるのか?土方の安心は本物になるか?
陰陽師氏の結果は…。。。




