今日の給食はカレーだ!
「如月食糧相! 『三日連続カレーはさすがにきつい』と、民草から苦情が寄せられてます!」
「確かにカレーと非常食のローテじゃ、いい加減飽きるよな……鳳君、どうしたもんだろ?」
「うちの『てば九郎』は、なんぼでも焼き鳥を焼けます。ご飯に乗せて焼き鳥丼というのはどうでしょう?」
「うーん、カレーとか焼き鳥丼とか、メニューがお子様寄りになってきたな。栄養価もアレだし、茉莉歌ちゃんは、どんなメニューがいい?」
「塩鮭、納豆、ほうれんそうのお浸し、わかめの味噌汁」
「はい、よくできました。誰か、そーゆーのの調達を願った人はいないのかな?」
「地味飯は敬遠されてるみたいです、みんなラーメンとかピザとか食べたがってますよ」
「勝手だなーみんな、てゆうか何で俺がこんなことを……栄養士のタニタさんは何処に行ったんだよ?」
「外に恐竜狩りに出てます。今夜はティラノサウルスのステーキだって、張りきってましたよ」
「ワイルドなのはいいけど昼飯の事も考えてくれよ……(きんこんかんこーん)いかん!もう昼か、茉莉歌ちゃん、カレー鍋を取ってきてくれ!」
「……またカレーですか」
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カレーの湧く鍋を取りに給食室へ向かう茉莉歌。
「こんなことしてていいのかなー。」
そんな疑念が頭をよぎる。
だが、他に行く場所はない。
両親の安否を確かめたいが、それは危険すぎる行為だった。
新宿、渋谷、秋葉原の三地域は、今や日本で最も荒廃した場所となっていた。
自衛隊が何度追い払っても、すぐにまた、新しい怪獣やロボットが暴れだす。夜には妖怪や吸血鬼が跋扈しているという噂もあった。
それだけ、激しい感情を喚起する土地だったのだ。
渡り廊下を歩いて行く茉莉歌。
「ちょっと、いいかな」
背中から呼び止めれて、振り返った茉莉歌の前には、一人の少女が立っていた。
浅黄色のワンピースになびいた長い黒髪に、紅い髪留めが印象的な、端正な顔をした少女だ。
高校生くらいだろうか。大きな瞳は茉莉歌をまっすぐ見つめているが、何を思うのか、その目から感情は伺い知れなかった。
「保健室を探しているんだけど、迷ってしまって……場所、わかるかな?」
少女が茉莉歌に言った。
保健室?
「保健室ならあっち行って、こっちですけど、あの……?」
彼女の言葉に妙な違和感を感じて、茉莉歌は聞き返した。
「お医者さんの診療なら、今は体育館でされてますよ、保健室には誰もいないと思うけど、いいんですか?」
「いいの、ありがとう」
少女は踵を返して廊下の角に消えた。
「なんだったんだろ?学園のパイセンかな? でも……」
茉莉歌は首をかしげた。
あの顔、はじめてなのにどっかで会ったような……誰だっけ?
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体育館裏では、コータがゲームボーイアドバンスで遊んでいた。
傍らには雹が座っている。
「おじちゃん、もう昼ごはんだよ!食器とかカレー運びとか手伝わないと……」
「給食当番なんて子供の仕事だろ。俺は大人だからいーの」
雹はカチンときた。
「でも他の人はみんな手伝ってるよ、働かざるものくう……働く……、てか、おじちゃん仕事なにしてるの?」
「映画」
コータがめんどくさそうに答えた。
「映画……? 映画監督? カメラマン? まさか俳優!?」
目を輝かす雹。
「ちがう、映画の勉強。」
「お弟子さん?」
「ちがうちがう、映画撮るために映画見て勉強してんの。」
「勉強って……見てるだけなんでしょ、普段の仕事は?」
「だから映画」
「あ、あえ……?」
雹は、触れてはならない何かに触れてしまったような気がした。
「でも見てるだけじゃさー」
「見てるだけじゃないぜ、今さ、ガンプラでストップモーションアニメの大作を撮ってるんだ」
コータが得意そうに言う。
「完成したらYouTubeにアップすんのさ、そしたらハリウッドデビューも夢じゃないぜ! 作り中だけど見る?」
コータは携帯を開いて動画を雹に見せた。
動画が始まった。畳の上で、ガンダムエイジⅡ(1/144)がカクカクと剣を振り上げた。
動画が終わった。3秒くらいだ。しかも最後のコマでは、頭のツノが取れていた。
「……おじちゃん、これじゃダメだと思うよ」
「うっさいな! お子ちゃまは黙ってろよ、これはオープニングなの!」
「こら小僧!そんなとこで何を油売っとるか!飯の支度を手伝わんかぁ!」
雹を見つけた物部老人が、ダミ声で彼に怒鳴った。
親とはぐれた子供たちを、何かと気に掛けるこの老人。人の子供でも容赦なく叱り飛ばすのだ。
「おわ!わかったよ物部さん!……あのお爺ちゃん怖いんだよね」
そう小声で言うと、首をすくめながら物部老人のもとへ駆けて行く雹。
「あーあ、つまんねーなー。」
残されたコータは石畳に寝っ転がった。
理事長が募った有志は、毎日のように怪物退治に繰り出しているのに、コータは参加させてもらえないのだ。
「絶対に願い事はするなよ!でないと絶交!」
リュウジにそう言われたからだ。
だがリュウジとの約束を破るわけにはいかない。
もう何年も、コータと遊んでくれるのは、リュウジだけだったからだ。
「あーあ、空とか飛べて、ビームとか撃ててーなあ。」
『特撮リボルテック』の『メタルマン』を弄りながら、コータは独りごちた。
「おじさん、『それ』が欲しいの? 私があげようか?」
頭上から声が聞こえた。コータは起き上がって、声の主を振り向いた。