最後の夏休み
『あれ』が起きてから、既に六日が過ぎていた。
テレビとネットは相変わらず、各地で多発する怪奇現象や災害を報じていた。
自衛隊は、どこからともなく現われる怪獣を追い払うのに手一杯で、状況が好転する気配はなかった。
政府の発表も支離滅裂だった。総理大臣にしてからがつい昨日、
「疲れた……」
そう言い残して箒に乗ってどこかに飛んで行ってしまったのだ。
米軍第七艦隊は佐世保に出現した大ダコと交戦中。
諏訪湖上空にはUFOの大群が飛来してバサーを誘拐しまくっていた。
だが、リュウジと茉莉歌の周辺、聖痕十文字学園に身を寄せている人々の間には、ある種の、奇妙に弛緩した空気が流れ始めていた。
まず電気、水道、ガスのライフラインが当初の危惧に反して、全く断たれる気配がないのだ。
学園に非常食の備蓄が豊富だったこと。またそうでなくても、願い事によって食料の調達が容易であると、みんなが気付いたのも原因の一つだった。
(とりわけ、初等部六年生、印弩神兵くんの悲願『無限にカレーの湧いてくる鍋(甘口)』『よそってもご飯の減らない炊飯ジャー』は、まさに皆の垂涎の的だった。)
もちろん、往来を危険な怪物や怪人が闊歩している状況は変わらなかったし、それを良しとする理事長ではなかった。
連日のように彼の募った『義兵』で組織された自警団が市街に繰り出し、怪物たちを着実に煉獄送りにしていった。
しかし、『討伐』とはまた違った兆候も見られ始めた。
学園に避難していない近隣住民の間では、各々の願い事で以って、怪奇現象に対する護身と、共存を図る人々が出てきたのだ。
例えば近所に住む七十歳無職、百田楼一さんは、特殊なきび団子で恐竜を飼い慣らしていたし、三十歳の会社員、栗栖ロイさんは、愛車を空飛ぶデロリアンに改造してスーパーに買い物に行っていた。
「先行きは全く見えないけど、今すぐどうこうなることは無さそうだ」
……そんな、なんだか投げやりだけど、妙に楽観的な雰囲気が漂い始めたのだ。
そんなわけで聖痕十文字学園の日常は、自警団の軍事教練や、避難者自治会での生活向上に関する各種課題を巡る丁々発止、『てば九郎』等の重機を用いたインフラ整備やバリケードの増設計画などが錯綜狂騒する、一種『終らない学園祭』の様相を呈していた。
学校の友達に再会した茉莉歌と雹も、一時は家族の事が頭から離れたし、リュウジは何故か自治会の食糧担当相を押し付けられてしまい、日毎のメニューに頭を悩ませていた。
「このまま、ここで頑張ってれば、どうにかなるんじゃないだろうか……」
リュウジと茉莉歌はそんな気分になり始めていたのだ。
その日が来るまでは。