昼下りのハンティング
「焼き鳥ー、焼き鳥はいらんかねー」
うだるような真夏の昼さがりだ。
ウルトラマリンを流したような紺青の空に、かき氷のような入道雲がくっきりとそそり立っている。
じらじら燃える夏の陽にあぶられた人影のない多摩市の住宅街を、アスファルトに揺らめく陽炎を割って一台の車が走っていた。
黄色い車体に、かわいらしいニワトリのイラストをあしらった、どうやら焼き鳥の移動販売車だ。
「ほっこり美味しい焼き鳥ー、ハートフルな焼き鳥はいらんかねー」
車は後部のキッチンを開け放して、スピーカーからの呼び込みの口上と共に、ゆっくりと路地を流していた。
「ピチュルルルッ!」
路傍から小鳥のような鳴き声が聞こえた。
緑道の生け垣の中から、焼き鳥の匂いにつられたらしい、これまたニワトリほどの大きさのトカゲの様な生き物が一匹、二匹と顔をのぞかせる。
急に、生け垣が膨れ上がった。緑道に潜んでいた小型恐竜『コンプソグナトゥス』が、中からわらわら、何十匹と沸いてきたのだ。
路上を駆け移動屋台を追いかけるコンピーの群れ。次いで、巨大な鉤爪の数匹の大蜥蜴が一群を追う。
興味に駆られたヴェロキラプトルが路地裏から走り出てきたのだ。
「目標ヲ捕捉、破壊!破壊!」
パルスライフルを構えて恐竜をつけ狙う白銀のサイボーグ骸骨、T-900型もやってきた。
「ギャオーン!!」
公園の雑木林をかきわけて、巨大な影が現れた。
まるで船の帆のような背びれを揺らしながら、血に飢えた大型恐竜『スピノサウルス』までが追跡の列に加わったのだ。
「おいでなすったぞ、こっちだ!」
車中でハンドルを握った青年が、バックミラーに目をやった。
日焼けした肌に精悍な顔だち、二十半ばの自由業、鳳乱流だ。
女の子でもなごめる、ほっこり優しい焼鳥屋を開業することが夢だった彼は、己が城、移動屋台『てば九郎』のアクセルを踏んだ。
市街を時速120キロで疾走する『てば九郎』。追いかける恐竜と鉄人兵団。
向かう先には、高々とした鉄柵に囲われ、さながら要塞と化した聖痕十文字学園があった。
「今だ、門を開けろ!」
朝礼台に立った理事長が、風林火山の軍配を揚げて叫んだ。
ぎぎぎぎぎ。
軋んだ音をたてながら、巨大な校門がゆっくりと開いた。
命からがら校庭に突入する『てば九郎』。
次いでコンピーの一群がなだれ込んでくる。
だがどうしたことか、コンピーは芳香放った移動屋台から、その眼先を変えて校庭に四散した。
校庭には、百個以上のばね式捕鼠器が用意されていたのだ。捕鼠器にはポンジリや鶏皮、中にはスズメまで仕込まれている。
茉莉歌と雹が前日から頑張って仕込んでおいたのだ。
ぱちん!ぱちん!
次々とネズミ捕りにハサまって、身動きとれないコンピーたち。
「いいね、茉莉歌ちゃん、雹ちゃん!何事も仕込が肝要だぜ!」
乱流は『てば九郎』から顔を出すと、満足そうに笑った。
だが、喜ぶのは早い。
次いで学園に走り込んだヴェロキラプトルとT-900型が、停車したてば九郎を取り囲んでいるのだ。
「ギシャー!」
鋭い鉤爪で車体を引っ掻き、頭突きで小突きまわすラプトルども。
がちゃり! サイボーグ骸骨がライフルを構えた。
絶体絶命、だが、その時だ。
「てば九郎! モード『ローダー』!」
そう叫んで乱流は、ハンドルを手前に引いた。
ギ ガ ゴ ゴ ギ
金属の擦り合わさる奇怪な駆動音。
『てば九郎』が人型の作業機械、『パワーローダー』へと変形したのだ。
乗りこんで操縦しているのはもちろん鳳乱流。
ギュイーン、ボコッ!
その剛腕でラプトルとT-800型を次々に叩きのめすパワーローダー。
『てば九郎』は土木作業や貨物の運搬、さらにはモンスターとの格闘にも役に立ち、平時は焼き鳥も焼けるすぐれものなのだ。
「ギャオーン!」
最後に大物が現れた。
校門を悠々とくぐって姿を現したスピノサウルスの身長は、『てば九郎』のおよそ三倍。これでは敵わない。
獲物をいたぶるかのように、ゆっくりと『てば九郎』に迫る巨大肉食竜。
だが……その時、
ボコン!
耳を圧する轟音とともに、スピノサウルスの右足首に大穴があいた。
おお見ろ。
朝礼台の下に身を潜めて虎視眈々と恐竜狩りのチャンスを狙っていたのは、猟銃を構えた齢七十を超えようかという隻眼の老人。
多摩市猟友会の物部豪毅老人の放った、ゾウ撃ち銃の一撃が恐竜の足に命中したのだ。
「ギャオーーーーン」
堪らずに土煙をあげて転倒するスピノサウルス。
「勝負あり!そこまで!」
理事長が軍配を上げた。そして朝礼台を下りて、校庭の真ん中でダウンした恐竜と鉄人兵団に近づいていく。
「理事長、仕上げをお願いします!」
そう言って『てば九郎』から降りた乱流。
「うむ……くまがや!」
頷いた理事長が、恐竜どもに手をかざす。
ぴかっ!
一瞬で煉獄に飛ばされる恐竜と鉄人たち。
「これで五戦目か。みんな、だいぶ手慣れてきたな。」
理事長が満足そうにうなずいた。