理事長の演説
聖痕十文字学園に到着した一同。
校庭には、リュウジ達のように避難してきた生徒やその家族が、着の身着のままで、何百人も集まっていた。
皆一様に、不安と混乱で疲れ切った顔をしている。
街を恐竜達が闊歩し、パルスライフルで武装した100体の白銀の骸骨軍団がそれらと戦っていた。
各所で火の手が上がっていた。消防隊や警察も手が回らないのだ。
「お母さん来てないね…」
「そのうち迎えに来てくれるから。それまで待ってよ。」
茉莉歌は雹の手をひいた。
「お集まりの皆さん。」
朝礼台に立った理事長が、マイクを取って言った。
「皆さんの不安はよくわかります、ですがここにいれば安全です、落ち着いて行動してください。災害時の備えは十分にあります、事態が収束して救助が来るのをわが校で待つのです。」
「でも『やつら』がここまでやって来たらどうするんです?警察も手一杯みたいだし。自衛隊はゴシ"ラと戦ってますよ!」
前列に立つ、生協の黒石さんが不安そうに質問した。
「安心なさい黒石さん、不肖炎浄院大牙、我が身かわいさに恥ずかしい願いごとをしてしまいましてな」
理事長が自嘲的に言う。
「もしわが校に不逞の輩がやってきたならば……くまがや!(ピカッ)」
マイクの音を聞きつけて、空から理事長に襲いかかってきた翼竜『プテラノドン』が、一瞬で消え去った。
「これこの通り!私が片端から、人外魔境の地底獣国に島流しにしてやりましょう。そんなことより……」
理事長は続けた。
「皆さんの中で、既に『願い』を果たされてしまった方がいたら教えていただきたい。」
ポツポツと手が上がり始めた。数十人といったところか。
それが本当ならば……リョウジは思った。
残りの人は、まだ何もしていないということだ。
「……分かりました、皆さん、私からたってのお願いがあります。
まだ願いを果たされていない方は、本当に必要な時が来るまで、絶対にそれを使わないでいただきたい。そして、願いを果たされた方は、差し支えなければその内容を教えていただきたい。」
理事長はみんなの顔を見渡して、切々とした顔で言った。
「みなさん、例の『声』が聞こえてから一日がたちました。一部の不埒な輩の不用意な願いが、世の中を混乱に陥れています」
周囲の人々の表情は依然として暗かったが、理事長は力強い声で続けた。
「ですが絶望することはありません、我々が、各々の願い事を理性的に行使して、災禍の根を摘み取っていけばいいのです。狂ってしまった世界に、我々がパッチを当てて行くのです!」
理事長にそんな思惑があったとは……リュウジは驚いた。
「教えてください。いったいどんな願い事をしたのか……。」
壇上から下りた理事長が、手を挙げた人たちに次々と質問していく。
「肩こりが治りました。」
「それは何よりですな、きみは?」
「円周率をどこまでも言えます。」
「パスワードとかに使えそうだね、きみは?」
「東大に合格しました。」
「いま夏なのに時空をゆがめるなよ、きみは?」
「一万円札(UN066957Y)を好きなだけ出すことができます。」
「ちり紙に困らなくなるな、きみは?」
「1日20時間眠れるようになりました」
「気持はわかるよ、きみは?」
「真剣白刃取りを会得してござる。」
「何と戦う気だよ、きみは?」
「ラーメンを無限に食べ続けることができます」
「業の深い男よの、きみは?」
リュウジにも理事長の意図は見てとれた。
理事長自身と同じく、災禍からの護身や救援に役立ちそうな人物を探しているのだ。
だがなかなか簡単には見つからないようだ。
……みんな意外と他愛ない事考えてるんだな。
リュウジは拍子抜けしたが、同時にホッとした。たいていはこんな感じなのだ。
と、その時。
「リュウジ? リュウジじゃないか! 無事だったのか!」
聞き覚えのある声に思わず振り返ったリュウジ。そしてすぐに振り返ったことを後悔した。
この場所で、最も出会いたくない男が立っていたのだ。