思わぬ助け、そして車中問答
「いかん!逃げろ!」
絶体絶命のリュウジと茉莉歌。
だが次の瞬間、奇妙な事が起きた。
しゅん。
T-REXの姿が緑色の光に包まれると、一瞬にして消え失せたのだ。
消えたT-REXの背後、リュウジ達の正面には、高価そうなスーツに身をつつんだ眼光鋭い初老の紳士が立っていた。
茉莉歌が通う、聖痕十文字学園中等部の理事長、炎浄院大牙だった。
「理事長先生!」
「水無月君、怪我はないかね?そちらは保護者の方かな?」
「茉莉歌の叔父の如月といいます。炎浄院さんですね。今のは一体...?」
炎浄院理事長はうなずくと、二人に事の顛末を話しはじめた。
「うむ、例の『声』が聞こえたあとにすぐ、レザースーツを着たバッタの怪人に襲われてね、思わずこう願ってしまったんだ。『飛んでいきな』……と」
怪人は光に包まれて理事長の前から消え去った。そして理事長は知ったのだ。自分が、目の前の相手を望んだ座標に『転移』させる能力を得たことを。
「するとさっきの恐竜も同じように…………」
「日本の地理は完全に把握しているからね。今頃奴は我が国最後の魔境、埼玉県熊谷市に飛ばされているはずだ……奴にふさわしい」
理事長は得意げに答えた。
「望んだ座標に『転移』……」
リュウジは、目の前の霧が晴れて行くような感覚だった。
彼の中で、姉と義兄の安否を確認する算段が次々に組み上がっていった。
「その『転移』は……人間でも可能なんでしょうか?例えば俺でも?」
「できない事はないが、いくつか問題があるんだ」
リュウジの期待を察したのかどうか、理事長は頭を掻いて答えた。
「まず他者を『飛ばす』ことはできても、私自身が『飛ぶ』ことはできない。転送先で危険に巻き込まれても、帰ってくることは出来ないのだ。
次に、この能力は、緯度と経度は正確に指定できるのだが、標高の精度がいまいちでね。転送先が地上100mの空中だったり、関東ローム層の真ん中だったりするかもしれない」
「あーそれはきついですねー」
リュウジはガクっとなった。
それにしても……リュウジは目の前に毅然と立つ理事長の姿を見て思う。
この混乱の最中に、これほど冷静に立ちふるまえる人間に、早々と出会うことが出来るとは。
名門、聖痕十文字学園の理事長の肩書にたがわぬ人物とリュウジは見た。
しかも危機回避においては、ほとんど『万能』とも思える能力を伴っているのだ。
自分のアパートで画策していた当ても無い算段に、可能性という光明が差したようで、リュウジは嬉しくなった。
「そんなことより如月くん、ここも安全ではない、水無月くんと早く避難するんだ」
「でもどこに?安全な場所なんて……」
いぶかるリュウジ。
「地域住民の避難場所として、我が聖痕十文字学園を開放した。災害時の蓄えも十分にあるからね。それに……」
理事長がニヤリと笑った。
「わが校の生徒を危険にさらすような奴がいたら、私が片っ端から『飛ばし』まくってやるよ。」
不敵に煌く理事長の目。
「うーん……」
リュウジは首をかしげた。
理事長の話はもっともだ。それに、このままここに残るより、この人物の元にいたほうが遥かに安全、それだけは間違いなさそうだ。
だが……気になるのは茉莉歌のこと。
一刻も早く両親の安否を知りたいだろうに、学校に一時避難では気持ちの整理はつくだろうか?
リュウジが悩んでいると、背中から声が聞こえた。
「学園に行きましょう。リュウジおじさん」
リュウジはふり返った。
憔悴しきった顔の茉莉歌が、力なく、それでも笑いながら立っていた。膝は小刻みに震えている。
「お昼ごはんもまだだしさ、学校に行けばさ、友達とか、お母さんが来てるかも知れないし、おじさんの知り合いとかも来てるかも」
朝方に起きた『あれ』から、たった数時間だ。
両親の安否は不明、怪物や暴漢に殺されそうになり、自分の家は恐竜の大立ち回りで半壊している。
それでも、なんとか笑っているのだ。
「……そうだな茉莉歌ちゃん、少し休まないと。これからどうするか、考えないといかんしな」
「決まりだな」
理事長は頷くと、スクールバスを呼び出すため、携帯電話を取り出した。
#
聖痕十文字学園は多摩丘陵に広がる巨大学園都市の一角だ。
数十分後、二人は、理事長の手配で行き来する避難者用送迎バスに居た。理事長も一緒だ。
「……なあ如月君、今回の『事件』、どう思う?」
「どう思う?あの『声』がみんなの頭に響いて、それでどこかの誰かが勝手な願い事をして……それで俺らが大変な目にあって……」
「印象だよ。個別に起こった怪奇現象にどんな印象を持った?」
リュウジはテレビの光景、そして実際に出会った連中の事を思い返した。
怪獣、巨大ロボ、ゾンビ、スーパーヒーロー、ティラノサウルス……
「……何ていうか、子供っぽいってゆうか、馬鹿ってゆうか……」
「私も同じ見解だ。キーワードは『ボンクラ』と『現状維持』だ」
どういうことだ?リュウジは考えた。だがさっぱり意味がわからない。
「『ボンクラ』と『現状維持』って……一体どういう意味ですか? 炎浄院さん?」
「如月君、例の『声』が聞こえて、各地で騒動が起き始めた時、私は恐怖した」
理事長は、窓の外に目を遣りながら答えた。
「極端な政治思想や宗教観を持った人間、あるいは心に耐えがたい孤独を抱えた人間の『願い』が、この世をメチャクチャにしてしまうのではないかと。
各国に核ミサイルが飛んできたり、ある宗派以外の人間が地獄の炎で焼かれたり、特定の人種がさらなる災厄に見舞われたりするのではないかと。
私の『能力』も、そんな事態への恐怖から発現したのかもしれない。だが少なくとも現在、そんな事態には至っていない……なぜだ?」
「大多数の人間はそんなこと望んでいないからでしょう?」
「そうだ。だが確率的に必ず『やらかす』奴はいるだろう。そいつの願いはどこで実現した?」
「うーん……」
「あくまで仮説だし、証明のしようはないが、こう考えてはどうだろう、その願いは『別の世界』で実現したのだ」
「……『並行世界』ですか?」
「こんなニュースが報じられている。世界各国の特定の都市で、大量の人間が同時に姿を消したというのだ……。彼らは、彼らの『救済』が実現した世界に移動したのではないか?」
「別の『スレッド』に隔離されたということですか?」
「そういう見方もできる」
各々が望んだ『破局』や『救済』が実現した世界が、この世界と並行して無数に出来上がる……リュウジは目眩がした。
「ん?でも待ってください、焔浄院さん。セカイオワタ系の願いが『ここ』で実現していないのは、上述で説明つくとして、現に今起きている災害はどうなるんです? 怪獣とかティラノサウルスとか、馬鹿っぽい願い事ばかり目立ってるような気がするのですが……実際に犠牲者も出ているし、彼らは『隔離』されないのですか?」
理事長に疑問をぶつけるリュウジ。
「如月君、私もそこが納得いかなくてね、考えてみたんだ、私は無神論者だが、今回の事件で考えに修正を加えざるをえなくなった。
神だか何だかは知らないが、明らかに明確な意思を持った何者かがこの世界に干渉し、我々の世界の法則を変えてしまった、
そこで、こう考えてはどうだろう? 『そいつ』の想定した願い事のカテゴライズには、『携挙』や『最終戦争』はあっても、『ゴシ"ラや巨大ロボによる大量破壊』なんてものが想定されていなかったのだ。あまりにボンクラすぎるからね」
「……ではこういうことですか? 『そいつ』が想定していなかった願望による災厄が、別スレッドに隔離されず『ここ』で実現していると……? でも、子供なんかはそういう願い事、しがちじゃないですか?」
リュウジの問いに、理事長は少しムッとした様子でこう答えた
「子供のこと馬鹿にしてるだろ? 未就学児童は暴力描写とか嫌いだし、学校に上がれば友達も増えるし、それなりに論理的に物事を考えるから、こんな事願ったりしない。要は三十路も間近のいい歳こいて、日曜朝から『ライダー』とか見てるようなボンクラが今回の災厄の原因なのだ!!」
……(´・ω・`)
自分の存在を否定された気がして、リュウジは悲しくなった。