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フリークス・ガール  作者: 六助
正義と怪物
8/24

変わる日常

 昼休み。

 俺はいつも通り、教室の喧騒から逃げるように、義経の待つ屋上へと赴いていた。

「お、俺は今、すげぇ、感動している……」

俺が髪を切った姿を義経に見せると、なぜか、義経は目頭を抑え、声が震えていた。

「あのどうしようもないほどのコミュ障で、人間嫌いの弥一が、髪を切り、自らをさらけ出す覚悟を決めたなんて。おまけに、俺以外にも友達ができるなんて」

 目からだばだばと涙を流し、義経は優しく俺に微笑みかける。

「今日は、お祝いだな。うまいもの、なんでもおごってやる」

「……お前な、俺はただ髪を切って友達ができただけだぞ? なにをそんなに喜んでんだよ」

「これが喜ばずにはいられるかよ!」

 がしぃ、と義経は俺の手を掴み、力強く握った。

「正直に言おう! 散々言ってきても、全然コミュ障が直らないお前は、もう俺以外に友達とかできないと思ってた! そんなことが起こるなら、天地がひっくり返った方がまだ現実味があると!」

「ひでぇな、おい」

「そうだ! それっくらい、お前のコミュ障はひどかった! でも、それも今日までだぜ! これからはお前の光に満ちたリア充ライフが始まるんだ!」

「始まらねぇし」

 つか、皆川と友達になったのも、鈴木対策で仕方なくだからな。友達っていうのは、仕方なくなるもんじゃねーだろ、多分。

 だというのに、なぜか義経はしたり顔で俺に言う。

「いや、きっかけさえ出来てしまえば、案外さらっと直るもんだぜ? コミュ障なんてよ」

「言うね、義経」

「まぁ、体験談だからな」

 そう、偉そうに語っているこの義経も、昔はコミュ障だったらしいのだ。

 小学校時代は生まれ付いての強面の所為でイジメを受け、中学校時代はそれがトラウマでぐれていて。とにかく、手が付けられないほど暴れまわっていたらしい。近隣では、『鬼神』という大仰な二つ名が付くほどに。

 誰も信じず、孤高を貫き、気に入らない奴をひたすら殴り続けた日々。そんな義経のコミュ障時代は、義経曰く、『とある人物と出会ったことにより、終わりを告げた』らしいのだが、その人物が誰かのかは、未だに教えてもらえない。

 確かなのは、義経は今、そいつのおかげで、数多くの仲間――といってもおおむね不良どもだが――手に入れることが出来たということ。

 そんな凄い奴なら、俺のコミュ障もそいつなら直せるんじゃねーの? と、冗談交じりに義経に言ったことがあるのだが、

「ははっ、そりゃ無理だ」

 と、おかしそうに笑うだけ。

 まったく、何がなんだか分からないよ。

「とにかくだ、弥一」

 さっきからずっと上機嫌な義経は、にやけた笑みを浮かべる。

「これをきっかけに、少しは前向きな青春を過ごしてみたらどうだよ?」

「ま、怪物の件がどうにかなったら、検討するさ」

 義経は俺にリア充ライフを過ごして欲しいようだが、あいにく、それはまだ不可能だ。

 だってそうだろ? 隣の席に怪物が居るリア充ライフなんて、聞いたときが無い。というか、こんなデッドオアアライブな青春なんて、いらないっつーの。



 髪を切り、皆川と友達になってから、俺の教室内でのポジションは、強制的に変更された。なんというか、無駄に人に話しかけられるというか、皆川の友達に絡まれたりとか、鈴木が時々、妙に鋭い目つきで話しかけてきたりとか。

 つまり、ぼっちではなくなってしまったのである。

「七島ぁー、これってどうやって証明すんのー?」

「ええい、お前はどうして授業が終わる度に、いちいち俺に訊きにくるんだよ。先生の話、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてもわかんないから、七島のところに来てるんじゃん」

「何をそんな、当たり前のように……」

 皆川と友達になってから、本当に皆川は遠慮という物を知らず、ことあるごとに俺に勉強関連で尋ねてくる。くそ、せめて十を聞いたら三ぐらいは理解してくれよ、マジで。

「大変だねー、七島」

「よく、楓の馬鹿さ加減に付き合えるよねー?」

 皆川の友達である、佐々木と木嶋は、俺が苦しんでいる姿を嘲笑うかのように笑みを浮かべている。知っているぞ、この目は。絶望を知る者が、他の者の行動を無謀と見下す目だ。

「うがー、七島ぁー。二人が私を苛めるよー、ひどくない?」

「ひどいのはお前の頭の出来だ…………が、安心しろ。俺はお前がどれだけバカだろうが、見捨てたりはしない」

 契約と約束だけは破らない。

 例え、それがどうしようもないバカだとしても、俺は皆川を見捨てるという選択肢は選びたくないのだ。昔のトラウマのせいかもしれないけれど、助けられる奴は助けたいし。

「おー、熱いねー、お二人」

「お前は俺を見捨てたりしない、だってよ。はぁ、一度でいいから言われてみたいわー」

 なぜか二人が好奇と嫉妬を織り交ぜたような視線を送ってくる。おい、皆川、翻訳してくれ。俺はこういう感じの目は知らないんだ。

 俺はさりげなく、皆川へヘルプのサインを出す。ちなみに、このサインは数種類あり、俺の瞬き、指の動きなど、さりげない動作を採用している。なんでこんなサインがあるかと言うと、俺が不安だったからに他ならない。皆川の奴は不必要とか言っていたが、バカ言うな、保険の一つや二つかけないで、どうしてコミュ障がまともぶれるというのだろう?

「あー、気にしないで、七島。美衣子も亜実も、今、彼氏が居ないからちょっとひがみ気味なんだ」

「んふふ、言ってくれるねー、楓ぇー」

「お前も彼氏居ないくせに、ちょっとかっこいいボーイフレンドが出来たからって、調子乗ってない?」

 おい、なんで油を注いだ? 小火を消してくれって頼んだところに、どうしてガソリンぶち込んだ?

「へっへーん。これでも私は男友達結構居るもんねー。君たちと違って、ちゃあんと、本命攻略への布石も張っているのだよ」

 得意げに鼻を鳴らす皆川。

「んー、私だって、頑張って合コンとか言ってるもん」

 頬を膨らませていっているのが佐々木。

「あ、アタシなんか前に上級生からラブレター貰ったときあるしぃ」

 そう言って胸を張っているのが、木嶋。

「はぁ? 美衣子は合コンに行った後はいっつも、『ダメだったんだよぅ』って泣きべそかいてるじゃん」

「むぅー、亜実のラブレターってそれ、女子の人だったよー。しかも、『私たち、姉妹になりましょう』っていうわけわかんない内容の奴だー」

「ううー、楓だって前に告白した人から、って言うか谷沢君から『ごめん、正直、友達としか見れない』って言われたくせに!」

「ぎゃー、実名を出すなぁー!」

ちなみに佐々木の外見はゆるふわ系小動物で、木嶋がスイーツ系肉食獣という感じだ。活発大型犬の皆川の三人で、意外と良いトリオなのかもしれない。

こうやって取っ組み合いの喧嘩をしつつも、三人の言葉の中に悪意はほとんど感じ取れない。ただ、売り言葉に買い言葉でじゃれているだけである。まぁ、俺と義経も似たようなものだし、よくわかるのだ。

 こういう姿を見ていると、不覚にも、友達というのも悪くないと思えてしまう…………のだが、さすがに少し騒ぎすぎだ。

「こら、お前ら」

「いたっ」

「ふえっ」

「んぎゃ」

 すぱぱぱーん。

 俺は野獣三人娘の頭を、丸めた教科書で軽く叩いた。

「お前ら、周りの迷惑考えろ。つか、そろそろ授業が始まるぞ、自分の席に戻りやがれ」

 三人娘は揃って頭を抑え、不服そうに俺を見てくる。

「うー、七島にしかられたー」

「うわーん、少し前までぼっちだったくせにー」

「っていうか、ナチュラルに女子へ攻撃すんなよ」

 悪いな、あいにく俺は男女平等主義なんでね。

 渋々席に戻っていく三人娘を眺め、俺はため息を吐く。

「ふふ、随分、楽しそうですね、七島君」

 そのため息を見逃さず、鈴木が穏やかな微笑みを俺に向けてきた。

「どこがだ。明らかに疲れ果てたため息をしていただろうが」

「そうですか? 私にはなんだかんだで、楓ちゃんたちに振り回されて楽しそうに見えますが?」

「そりゃ大変だ、眼科に行くことをお勧めするよ」

「ふふふ」

 このように、時々、鈴木は男女問わず、思わず見惚れるほどの微笑を携えて、俺に絡んでくる。どうやら、あの一件から、俺は完全にマークされてしまったらしい。

 ただ単に魔術が使える人間が珍しいから観察しているのか? それとも、捕食対象として狙っているのか、わからないが、どちらにしろ、精神衛生上、とてもよろしくない。なにせ、隣の席の美少女が極上の微笑みを向けてきているのだ。しかも、正体は怪物。もう、色んな意味で心臓がバクバクだ。

 ひょっとしたら、このままずっと俺は鈴木の視線に怯えながら学校生活を送るのだろうか? いや、それは無い。席替えだってあるし、学年が上がればクラスが分かれるかも知れないし。第一、鈴木の興味が俺に対して、そんなに続くとは思えない。というか、そうであってくれ。

「はぁ、どうしてこうなったんだか」

「何がどうなったんですか?」

 俺の小さな呟きも、逃さす拾ってくる鈴木。おいおい、人間に擬態しているなら、常人が聞き取れない呟きを拾うんじゃねーよ。

 とりあえず、俺は肩を竦めて誤魔化しておく。

「別に、あんたにゃ関係ないさ。ところで、あんたもそろそろ授業が始まるから、手に持っているそれ、早めに喰っておいたら?」

「ん、そうですね。ご忠告ありがとうございます」

 鈴木は右手の中にある、お握りを早送りのような速度で食べつくすと、上品にペットボトルのお茶を飲む。

 ちなみに、現在はちょうど昼休みが終わってから二時間目に入るぐらい。だいたい、午後三時ほどだ。

 昼休みに、重箱のような弁当を食い尽くした後の行動だ。

 …………ちょっとばかり、小腹が空くのが早くないか?

 俺の視線に気づいたのか、鈴木は若干頬を赤く染め、唇を尖らせた。

「もう、七島君。レディーが食事するところを、まじまじ見てはいけないんですよ」

「へーい」

 周囲の男子が顔を真っ赤にして呆然とするぐらい、鈴木の仕草は可愛らしかったが、正直、俺は未だに、鈴木が物を食べているとトラウマがフラッシュバックするので、逆に顔が青くなってしまう。

 まぁ、ちょくちょく鈴木が間食するので、段々と耐性が付いて慣れてきたけど。

「つーか、レディだったらもう少しおしとやかに食べろっての」

「ふふ、聞こえてますよ、七島君?」

「聞こえるように言ったからな、当然だ」

 こんな感じに、鈴木に軽口を叩くことが出来る程度には。

 あと、ここしばらく、俺が吐き気に襲われそうになっても、鈴木を前に緊張していると勘違いした、皆川が助け舟を出してくれていたから。そりゃ、いい加減慣れるさ。

 俺は口をへの字にしながら教科書を机に並べている皆川を眺め、声には出さず、「サンキューな」と言ってみた。

 うん、友達も悪くないかもしれない。

「はんっ」

 なんて、柄にも無いことを思うぐらいには、皆川に感謝しているということで。


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