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フリークス・ガール  作者: 六助
怪物顕現
5/24

ドジな怪物

 義経のおかげで、俺は随分早く学校に復帰できた。

 まぁ、義経以外、俺が休もうがどうしようが、興味なんて無いだろうけれど。

 一応、マスクは口元に付けていて、それとなく咳き込みながら、俺は登校した。一日ぶりの教室は、休む前と変わらず、無色透明だったと思う。

 俺がよくわからない虚しさを感じながら、自分の席に着く。

「あ、七島君、風邪治ったんですね」

 と、背後から鈴の鳴るような澄んだ声が響いた。

 振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた鈴木(怪物)が。

 フラッシュバックする場面。

 背中から生えた触手。

 頬まで避けた口。

 鮮血に染まった美少女。

「う……」

 俺は思わず口元を抑え、吐き気を堪える。

「だ、大丈夫、七島君? 保健室に連れて行きます?」

 鈴木が心配そうに声をかけてきた。

 鋭く、美しい目元をしているというのに、鈴木の性格はのほほんとしたお人よしらしい。見た目だけなら、知的なクールビューティなのだが、クラスメイトとの会話を聞く限り、ちょっと天然が入った完璧超人みたいな感じなようだ。

「大丈夫。ちょっと、むせただけ。熱はもう無いよ」

 俺は心配そうに眺めてくる鈴木へ、できるだけそっけなく言葉を返す。

 だというのに、

「そっか。うん、ならよかったです」

 なぜ、鈴木は花が咲いたような笑顔になるのだろう?

 というか、よく、俺の名前を覚えていたなぁ。多分、クラスメイトの何人かは俺の名前を覚えていない奴居るぞ?

 疑問に思ったので、訊いてみた。

「そういえば、名前。よくわかったね」

「ん? 名前って七島君の名前? やだなぁ、隣の人の名前ぐらい、ちゃんと覚えてますよー。変な七島君」

 お前だけには変だと言われたく無い。

 けれど、少しだけ予想外だった。

 てっきり、一週間前に一言挨拶しただけの相手なんて、名前すら覚えていないと思っていたのだが。鈴木は記憶力が良いから、クラスメイト全員の名前と顔を覚えているのだろうか? もしくは、ただ単にお人よしだから。うん、そうだと良い。俺に興味を持っていた、なんてことだったら、今後、動きが取り辛くなってしまう。

 だが、俺の心配は杞憂だったらしい。

 今日の俺と鈴木の会話はこれだけ。後はいつも通り、鈴木は谷沢や女子たちと会話をしながら、楽しげに過ごしていた。もちろん、いきなり怪物になって教室で大暴れ、なんてことにはなっていない。その代わり、なぜか弁当は女子とは思えないほど重量感溢れるものだった。

 相変わらず、今日もクラスの人気者だった。

 みんな、笑顔で鈴木の周りに集まり、楽しげに談笑していた。

 もしも、このクラスの奴らが、鈴木の正体を知ったら、どんな反応をするだろう?

 恐れおののき、逃げ出すのだろうか?

 それとも、友情やらなんやらで、まるで児童向けの漫画のように、あっさりと和解して解決するのだろうか?

 爽やかイケメンの谷沢は、どうするのだろうか?

「まぁ、俺には関係の無いことだ」

 俺は鈴木が面倒事を起こさなければ、それで良い。

 この退屈な平穏を愛して、だらだらと青春を潰して生きよう。

 ――――――とまぁ、そんな風に鈴木のことなんか無かったことにして、いつも通りの日常に戻れたらよかったんだけど。

 事件は、俺が日常に復帰した二週間後ぐらいに起きた。

 はっきり言って、その時の俺は油断していた。

 復帰してから二週間、何事も無く無事に過ごし、鈴木の顔を見ても吐き気も覚えなくなった。変わったことといえば、放課後、きらきらと目を輝かせる義経相手に、魔術を教えることぐらい。

 だから俺は、いつも通り、気だるく授業を受けていたんだ。

「えー、それじゃ、この英文を……皆川、和訳してみろ」

「は、はいっ!」

 ドスの効いた低い声。

 英語教師の高木は、昔、中村とタメを張ったほどの不良で、今でも地元に影響を及ぼす硬派な中年である。俺が苦手な教師だ。

 対して、皆川はバレー部に所属する運動大好き、勉強大嫌いという典型的なアウトドアタイプ。俺が苦手なタイプの女子だ。

 そして、両者の相性は最悪である。

「おい、皆川ぁ。ちゃんと予習してきたんだろうな?」

「え? あ、はい、もちろん」

「なら、どうしてそんな名詞で止まる。文法が分からないならともかく、単語だったら辞書引けば分かるだろ、誰でも」

「あ、はい、あの……」

 英語は予習、復習が肝心だと高木は言う。うん、間違いなく正論であり、ごもっともだ。この場合、悪いのはきちんと予習をやってこなかった皆川であり、こうしてしかられるのは仕方ない。

 しかし、問題なのはこの後だ。

「えーっと、と、来年の悪魔がジョークで笑う?」

「来年のことを言えば、鬼が笑う、だ。次、長文の中のこの文を和訳してみろ」

「は、はい、えっと……」

 この通り、高木は皆川が答えられるまで、問題を出し続ける。だが、かといって予習やってこないことを素直に謝っても、それはそれで五分ほどのお説教が待っている。

 どちらにしろ、皆川はある程度被害を受け成ればならない。のだが、皆川の方も頑固で、意地でも予習をやってきたと嘘を吐く。結果、泥沼のような戦いが繰り広げられるのだ。そして、戦いが長引くほど、教室内の空気は悪くなる。

「ふあ、あ」

 ま、俺には関係ないことだし、勝手にやってれば良いと思う。

 そんな風にいつもは思考遮断してだらけるところだが、ふと、こんな場面で、隣の鈴木はどう動くか、気になってしまった。

 俺は、こっそりと隣の席へ視線を向ける。

「…………」

 鈴木は、無言で高木と皆川の様子を見ていた。

 観察していた。

 いつもは緩めているその鋭い目を、鋭いままに、ただじっと、俺たちより高い視点で二人を見下ろしていた。

 なんとうか、その時の鈴木は、実験結果を眺める研究者みたいな、プログラムのデバックするプログラマーみたいな、そんな超越者じみた目をしていたと思う。

 やっぱり、こいつは俺たちとは違う次元の存在なんだな。

 わかりきっていたことだが、余りにもこの二週間、クラスに馴染んでいたから忘れかけていたのかもしれない。

「へぷっ」

 と、いきなり鈴木が可愛らしいくしゃみをする。

 その音はとても小さく、高木と皆川の騒動の所為でほとんど掻き消されていたので、気づいたのは鈴木の注意を向けていた俺ぐらいだろう。

 そして、鈴木の額から、一本、見事な『角』が生えたのに気づいたののも、俺だけだったようだ。

「………………………………角ってなんだよ」

 俺は思わず、口元を抑え、小声で呟く。

 くしゃみ? くしゃみ程度であんたの擬態は解けるもんだったのかよ、鈴木ェ……つか、気づけ! めきょ、って生えてきたのに、どうして気づかない!? とんがりコーンが数倍でかい三角錐の奴が生えてきたのに、どうして気づかない!? 鋭い目つきで観察するの止めろ! もう、滑稽以外の何者でもなくなってるから!

 くっ、とはいえ、ここで鈴木の正体がばれるのはまず過ぎる。正体がばれてしまったとき、鈴木が何をしでかすのか、わからない。

 なら、ここは俺がなんとかしなくては。俺が、角が生えていることに気づいていない振りをしながら、さりげなく自主的に鈴木に気づかせる手段で! ……無理じゃね? いや、諦めるな、俺。

 とりあえず氷属性の魔術を使って、角を軽く冷やそう。角に神経通っているのか分からないけど、違和感ぐらいは持つはず。つか、持ってくれ。

 俺は息を整え、集中する。思えば、日常生活で魔術を使うのは、ゴミ箱にゴミをシュートするときぐらいだ。ああ、後、缶ジュースを冷やしたりとか。というか、現代は電化製品で何でも解決するので、無駄に疲れる魔術はめったに使わないし――――っと、集中だ、集中!

 微妙な威力の魔術を無詠唱で行使するため、俺は細心の注意と割と集中力を込めて――――

「っ!?」

 魔術を行使しようとした瞬間、鈴木の顔が突然、こちらを向いた。

 まさか、あんな低レベルの魔術行使ですら、感知することができるのか!? そんな芸当、お袋でも不可能だっていうのに!

「うおっ」

 というか、余りの驚きで俺の体勢が崩れ、豪快な音を立てて椅子ごと床に倒れた。

 しまった、と思いつつ鈴木を見るが、その額には既に角は無い。

 とりあえず俺は胸を撫で下ろす。

 が、しかし、その代償として教室中の視線が俺に集まっていた。もちろん、教師である高木のも。

「七島、どうした?」

「すみません、寝落ちしたら、椅子から落ちました」

「よし、皆川と一緒に放課後残れ。眠気が覚めるようなプリントを出してやる」

「うへぇ」

 多分、このクラスになって初めて、教室中を沸かせたと思う。後、皆川が露骨な顔で嫌がっているのが、割とむかついた


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