対策会議
俺の記憶に、新たなトラウマが刻まれた翌日。とりあえず、俺は対策を考えると同時に、鈴木と顔を合わせて不自然な挙動しないよう、精神を安定させることにした。といっても、精神を安定させるのに、最低三日はかかるので、学校には風邪をひいたということにしてしばらく休みを取ることに。
そして、俺が仮病を使って家に居ると、両親は俺を責めるどころか「んじゃ、戦場行こうぜ」と良い笑顔で誘ってくるので、俺は早々に自宅から非難した。
両親はすぐにまた戦場に旅立つだろうから、夜まで図書館で時間を潰しつつ、対策を考えることにしよう。
と、そんなことを思っていたのだが、
「おう、待っていたぜ、この仮病野郎」
「…………なんで、義経がここに居るのさ?」
町内の図書館前で、俺は義経に捕まった。
義経はただでさえ怖い顔を歪め、低い声で俺に説教をかましてくる。
「お前が風邪引いたって聞いたから、わざわざ見舞いに行こうとしたのによ。家に行ったら、お前の親父が『ああ、なんか仮病使って図書館行ったけど?』とかナチュラルに答えてくるし……」
「あー、悪かったな。折角心配してくれたのに」
「誰が心配するか!」
ぐるる、と唸り声を上げる義経。
ああ、もう。義経は自分が不良の癖に、やけに俺の素行不良には厳しいんだから。
「にしても、反応早すぎない? 今、一時間目が終わるかどうかって時間帯だよ?」
「うっせ。なんか、嫌な予感したから、お前のクラスに行ったんだよ。したら、お前が風邪で休みとか中村が言ってたからな」
「ああ、それでお見舞いに来てくれたんだ」
「はんっ、お前の調子が悪そうな面を拝みに行っただけだ」
「はいはい、ツンデレ、ツンデレ」
「誰がツンデレだっ!?」
とまぁ、俺ら二人が揃うと、どうしてもうるさくなってしまうので、場所を図書館からファミレスに変更。
二人揃ってパフェつつきながら、事の経緯を説明することに。
「で、お前は何でわざわざ仮病を使ってまで学校を休んだんだよ?」
「別に。義経だって、たまにだるくなってサボるじゃん。俺だってそういう時ぐらいあるよ……とか、嘘吐いても、どうせ君にはあっさり見破られるんだよねぇ」
「たりめーだ」
何気に、義経は物事を見る目が良いので、嘘や悪意といったものを看破する能力が高い。妙に勘が鋭いところもあるし、ひょっとしたらこいつにはスカウトの才能があるのかもしれないな。
「はぁ、仕方ない。一応、遭ったことは全部説明するけど、最初に言っておくぜ? 俺の頭は今のところ、正常だ」
俺は、事の始まりから現在に至るまで、包み隠さず語った。
鈴木花が、正真正銘の怪物だったという事実を。
「……マジかよ?」
「マジだよ、残念ながら」
「いや、でも、そんな、だが、ああ、そうだ、お前は嘘を吐いていない」
「そうだよ、俺は嘘を吐いたりなんかしてない。それは、お前が一番よくわかってんだろ? 義経」
「…………」
義経はがしがしと乱暴に頭を掻くと、大きくため息を吐く。
「信じるよ、弥一。お前は、意味の無い嘘は吐いても、こんな、つまらない嘘は吐かない。なら、お前が言っている通り、鈴木花って奴は怪物なんだろうよ」
すっぱりと、清々しいまでに言い切る義経。
俺は、意外とこいつのこういうところに救われていたりするのだ。多分、今も。
「しかし、そいつが本物だとすると、状況は厄介だな。まず、そいつは俺ら程度の戦力、もしくは国家権力で駆逐できそうか?」
「難しいね。見た限り、不定形っぽい感じもあったし、なにより、あの触手が動くところを、俺は見えなかった。銃弾ぐらいだったら、何とか軌道を見ることができる、俺が、だ。つまり、あの怪物は人間の動体視力を超える速度で攻撃ができると仮定した方が良い」
「いや、俺はお前がそんな芸当ができるってところが、まず驚きなんだけどな?」
「昔取った杵柄って奴だよ、気にすんな」
義経がなんだか釈然としないといった視線を送ってくるが、今はスルーだ。
「戦闘はまず回避しよう。あっちが人間を積極的に襲ってくるということは無いみたいだし」
「なんでそう言いきれる?」
「俺の話を思い出してくれ。あの時、恐らく鈴木は休憩を入れるために、わざわざ校舎の隅までやってきたんだ。人目を極端に気にしてな。そして、空腹時に食べたものは鴉、鳥類だ。わざわざ、人間よりも狩りにくい獲物を、触手を使って獲ってたんだぜ? あれっくらいの力があったなら、人一人ぐらい、誰にも気づかれずに喰らうことぐらい可能だったのに、だ」
「そうか、そもそも、それくらいの力を持っていて、最初から襲ってくるのが目的だったら、わざわざ人間に擬態してくる必要がない」
「ま、それでも、絶対人間を襲わない、っていう保障はないけど」
あくまでこの考えは希望的な推論でしかない。考えようと思えば、幾らでも鈴木が人を襲う理由も、可能性も出てくるのだ。
なんにせよ、油断はできない。
過剰に反応しずぎるのも、問題だけど。
「とりあえず、現状は様子を見ながら、情報収集という形になると思うぜ」
「情報収集って、あの怪物のことを調べるのか? そりゃ、ちょっとリスクが高くねぇかよ?」
「もちろん、表立って鈴木とは接触しない。情報収集といっても、図書館の資料を漁るようなもんだ。昔学んだ教訓でね、無知っていうのは死すべき大罪なのさ」
「……予想外に、お前の過去が重くて、正直、俺はどうしたらいいのか、分からないんだけどよ」
「気にするな」
俺の過去のことで、義経が気を使う必要はまったく無い。それに、過去は過去のことなのだ。俺は、今、こうやって退屈な平穏をむさぼれることに意味があると思う。
「あ、でもよ。過去で思い出したんだがな、その元凶、お前の両親だったら、どうにかなるんじゃねーのか? 中学の時から見てきたけど、あの人たち、なんか普通じゃねーし」
「ふむ」
確かに、可能性はあるかもしれない。基本的に、うちの両親は無敵キャラみたいな人たちだし、あの怪物相手でも遅れを取らないだろう。実の息子が言うんだから、間違いない。
「いや、止めておこう。確かにさ、あの人たちに頼めば、なんとか事態は解決するかもしれない。けど、問題点が二つある」
俺はパフェに刺さっていたチョコスティックを抜き、義経に向けて一本、立たせて見せる。
「まず一つ。あの人たちがこの事態に介入すれば、この町は間違いなく、戦場と化す。街は焼け、人々は倒れ、甚大な被害が出ることは間違いないぜ」
「お前の両親って災害か何かかよ!?」
まぁ、ある意味災害よりもひどい。
それはさておき、二本目のチョコスティックを立てる。
「そして二つ目。俺たちは散々、鈴木のことを怪物と断じてきたが、その怪物が『善良』だった場合の話だ」
義経は僅かに目を剝き、しばらく硬直する。そして、ぼりぼりと頭を掻きながら舌打ちを一つ。
「ちっ、バカかよ、俺は。考えてみりゃ、そうだよな、その怪物は――鈴木は、『まだ何もしてない』じゃねーか。それを、話を聞いた程度で悪と決め付けるなんてよ。直接見たはずのお前の方が、よっぽど恐怖が染み付いてるだろうに」
「仕方ないよ、義経。俺らは怪物といったら悪っていう価値観で育てられて来たんだからさ。でも、俺は幼い頃の経験で学んだんだよ。大切なのは外よりも、その内側にある心って奴なんだって」
俺は幼い頃の記憶を思い返しながら、チョコスティックを齧る。
「弥一……」
強面でよく誤解され、あらぬ罪を被せられることが多い義経は、自分の境遇とさっきの言葉を重ねたのか、俺を呼ぶ声が震えていた。
「そうだ。そうだよな……お前は、戦場でいろんな経験をして学んだんだよな。人種差別とか、宗教差別とかの愚かさを」
「いや、幼い頃に読んだ『泣いた赤鬼』で学んだ」
「ソースは絵本かよ!? 感動して損したわっ!」
「なんだよ。良い話だろ、『泣いた赤鬼』は」
「良い話だけどさ!」
何か勘違いしているようだけど、俺の人格形成がすべて戦場で培われたかのように思われては不本意である。これでも俺は読書家で、今までに出会った素晴らしい本によって、この人格が培われてきたのだから。
だから、その結果が灰色の青春を送るぼっちだったとしても、後悔なんてあるわけがない。
「てなわけで、鈴木が良い奴かもしれないので、あの人たちには何も知らせません。というか、あの人たちはバトルジャンキーなので、強そうな相手が居ると絡みに行くから、絶対に教えません」
「なんか、お前、その、頑張れ?」
「おう、月一のペースであの人たち関係の刺客が放たれるけど、頑張るわ」
無言でパフェのチョコスティックを進呈してくれる義経。
俺はその優しさを素直に受け取り、ありがたくチョコスティックをパフェのアイスと一緒にいただく。
そして、大体話もまとまったので、ここら辺で肩の力を抜き、一息吐くことにした。
「いやぁ、しかし、今まで色んな体験してきたけど、まさかあんな怪物が居るとはね。正直、今でも信じられないよ」
「お前がそう言うなら、相当なんだろうな」
「うん、心が弱い人が見たら、間違いなく発狂するね、アレは。前に見たケルベロスは基本的に犬だったから大丈夫だったけど、今回は人に加えて触手、さらに不定形っぽかったからさ。ワーウルフとか吸血鬼の類だったら、弱点属性の魔術があるからそれでなんとか対処できるけど、アレは無理だわ。そもそも、弱点を持っているかどうかわかんねーし」
「え?」
「え?」
俺が朗らかに笑っていると、義経が『何言ってるんだ、こいつ』みたいな目で俺を見てくる。
は? なに? 俺なんか変なこと言った? 鈴木の話をしたときでさえ、そんな目で見てこなかったのに。
「あー、悪い。俺の聞き違いかもしれねーが、弥一。お前、ケルベロスとか魔法とか、魔術とか言ってなかったか?」
「言ってたけど?」
「それは二次元じゃなくて、三次元の話か?」
「極めて現実的な話だけど……え? 俺、おかしいこと言った?」
義経は俺の言葉を噛み締めるように頷くと、かつてないほど真剣な眼差しで俺に告げる。
「いいか? よく聞け。俺が知りうる限り、一般的な常識ではな、この世界にケルベロスや吸血鬼、そして魔術は存在しない」
俺の十六年を覆す、衝撃的な事実を。
「はぇ?」
多分、俺はこれ以上なく間抜けな声を出していたんだろう。だってほら、義経が無言で目を逸らしているもん。
「だ、だって、え? うそ、マジで? え? なんで、ちょ、そんな、えぇえええええええええええええええええええ!!?」
「落ち着け! ここは店内だ! 落ち着け、弥一ぃ!」
すぱーん、という頭に走る衝撃。
その衝撃で、俺はなんとか正気を取り戻す。
「わ、悪い、義経。ちょっと、俺の世界観が覆ったというか、今まで見てきた世界は何だったのか? とか、思っちゃって」
「つーか、その、あれだ。マジでお前、そんな化物を見たときあるの? つか、戦ったときあるの? いやいや、それよりまず、魔法って使えるのかよ?」
「や、そりゃ使えるよ?」
「さも当然そうに言いやがったぜ、こいつ……」
な、なぜ? どうして頭を抱えるのさ、義経!?
「でもなー、こいつ、嘘は吐いてないんだよなー。怪物も居るっぽいしなー。なぁ、弥一。試しに魔術とか使ってみろよ」
「いいよ、ほら」
俺は簡単な光属性の魔術を発動。掌に蛍光灯程度の光量を持つ、光の玉を出現させる。
義経の視線が窓の外、遥かなる大空へ向けられた。
空。
それは全てを包む大いなる存在。
なんだかよくわからないが、義経の悩みぐらい、あの大いなる空は受け止めてくれるさ!
「もう、ゴールしてもいいよな? 弥一」
無理だった様です。
「どこへゴールする気だ、お前は? つか、魔術ぐらい普通だろ?」
「お前、なんで魔法がファンタジー(幻想)に分類されるか、よく考えてみろよ」
けどなぁ、使えるものは使えるし。
ウエイトレスのお姉さんが目を見開いて、こっちを見ている意味だって、俺には分からない。あ、お姉さん、料理落としますよ?
俺は光玉を消し、代わりに人差し指の先から、ライター程度の炎を出して見せる。これも魔術の一種で、火属性の初歩魔術だ。サバイバルとかに便利。
「だって、俺は事実、こうやってできるわけだし。お袋だって言ってたぜ? 『この世界じゃ、魔術を持っていない奴はまずいない。相手の魔術特性をどれだけ早く看破するかが、戦いの分かれ目よ』ってさ!」
「ちなみに、お前の母親って何者?」
「スルトの名を冠する第一級災害指定の魔術師だけど?」
「どんだけ危険人!?」
少なくとも、一晩で小国ぐらいなら焼き尽くす、とか言われてるよ、あの人。
「くぅ、んじゃ、原理は!? どんな原理で魔術ができるだよ!?」
「な、なに、ムキになってるんだよ、義経。まぁ、答えるけど。まず、自分と世界の繋がりをゲートとして感じて、そこから強固なイメージをオドで練りこんで、大気中のマナを――――」
「知らない単語のオンパレードだ、こんちくしょう!」
だんっ! と義経の拳がテーブルを震わせた。わからない、一体、どうしてここまで義経が荒ぶっているのだろう? むしろ、荒ぶりたいのは、今までの常識が崩されたこっちだというのに。
義経はぷるぷると震えながら、軽く涙目になりながら呟く。
「……子供のときから、一度で良いから魔術とか使ってみたかった。格好良く、呪文詠唱とかするのが夢だったんだ。けど、分かっていた。そんなのは無理だって。もう、俺は現実を知り、受け入れ、折り合いをつけながら生きてたんだ。なのに、なんで今更っ」
「あー、お前の中で色んな葛藤が生まれているのだけはよくわかった。でもさ、そんなに悩むくらいなら、試しに使ってみればいいんじゃねーの? 魔術」
「は?」
義経の目が点になった。
「いや、だからさ。別に魔術っていうのは、特別な人間限定で使えるものじゃなくて、科学みたいな技術なんだから、やり方さえわかれば、ある程度使えると思うよ? 魔術」
「…………マジか?」
あ、義経の目が穢れを知らない少年のように輝いている。
「人によって使える属性は違うけど、まぁ、性格的に火属性っぽいね、義経は。お袋と若干似ているところがあるし」
「ということは、サラマンダーとか、かっこいい二つ名付くかな!? かっこいい魔術とか使えるかな!?」
「ああ、うん。信じる心があれば、なんとか」
おーい、義経。なんだか、お前、急にキャラが変わってないか? 今までツンツンしてたのが、嘘みたいな少年っぷりだぞ?
ちなみに、二つ名、というか忌み名は第二級災害指定以上の奴にしか基本的に付かないから、むしろ無いほうがいいんだけどなぁ。
「おおぅ…………幼い頃の夢が、こんな形で果たされるとは。あ、そういや、お前はどんな属性使えんの?」
「ん? 大体の属性は使えるけど?」
「うっわ、ずりぃ!」
そんなこんなで、俺の精神は義経とじゃれあうことにより回復し、何とか明日ぐらいには登校できそうだった。