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フリークス・ガール  作者: 六助
灰色の向こう側
23/24

邪神よ眠れ


 時間は日没。

 場所は寂れた教会。

 かつて、羽喰飛鳥が殺され、邪神と成った場所だ。

「ぎゃははははは、やっぱり来てくれましたねぇ、弥一君」

 既に陽も差さない、薄暗い空間。

 木製のテーブルたちは、腐れ、ボロボロと木片を落としていた。本来、あがめるべき女神の像には首が無く、教会という言葉が持つ神聖さが欠片も残っていない。

 しかし、だからこそ、神を喰らった鮮血の少女には、この場は馴染みすぎていた。

 不吉に、馴染み過ぎていた。

「ああ、どんなにこの時を待っていたか! どれだけこの瞬間を待っていたか! やっと、やっとですよぉ、弥一くぅん!」

 ぎゃは、と口角を吊り上げ、悪魔のように笑う。

「やっと世界が終わりやがります!!」

 飛鳥は笑っていた。

 心底、愉悦に満ちて笑っていた。

 そりゃ、楽しいだろう。嬉しいだろう。

 だって、こいつはあの時からずっと、この時のために生きてきたようなものだから。

 ずっとずっと、この世界を呪い続けてきたのだから。

「ねぇ、弥一君は『もしも世界が終わるとしたら何がしたい?』っていう、問いかけを知ってますかぁ?」

「まぁな。つか、知らない方が珍しいだろ」

「ですよねぇ」

 もしも世界が終わるとしたら何がしたい?

 子供が暇つぶしに尋ねる、心理テストにもならない、愚かな問い。

 どんな答えを返そうが、暇つぶし程度にしかならない、意味を持たない問い。

「私はですねぇ、その問いかけがだいっきらいだったんですよぉ。だって、その質問をしているゴミ野郎は、世界が終わらないと確信しきって質問してきてやがるんですよ? 明日、自分が絶対に死なないとうぬぼれているゴミが、よりにもよってそんな事を訊くんですよ? ちゃんちゃら、笑っちゃいますねぇ!」

「そうだな、まったく同感だよ」

「ふふん。まぁ、あえてそのクソみてーな質問に私が答えるとしたら、やっぱりこの一つだけ」

 飛鳥は腰のホルターから、ナイフを引き抜き、逆手に構える。

 真っ赤な舌が、朱色の唇を艶やかになぞり、業火が込められた瞳で俺を見る。

「好きな人と一緒に居たい。例え、殺してでも!」

 飛鳥の動きは早かった。速いのではなく、早かった。一切、タメを作ることなく、一瞬で最高速へ到達する歩法。ほとんど、初見の相手なら、まるで瞬間移動でもしたかのように思わせることが出来るだろう。

 加えて、邪神の魔力がたっぷりと込められた特製のナイフ。それは、上位の魔術師が纏う魔術障壁でさえ、紙切れのように切り裂いてしまうだろう。

 音速で振るわれるナイフが、俺の首を刈り取らんと襲い掛かり――――きぃん!

「そうか、でも、悪いな、飛鳥。俺の答えは『デートの予約があるから、世界を救う』だよ」

「……てんめぇええええっ!」

 俺の首を刈り取ろうとしたナイフは、一本の小太刀によって止められた。

 紅蓮のマフラーをなびかせ、世界を切り裂いて、西島葵が、飛鳥の凶刃を止めたのである。

「ちなみにさ、俺はこんなところで足止めされてるわけには行かなくてさ。お前の相手は、この正義の味方がやってくれるから、せいぜい遊んで貰ってくれ」

 ぎょろり、と赤い目が俺を睨む。

「どんなおふざけなんですかねぇ、弥一君? ここは普通、私と君が因縁のケリをつけるところじゃねーんですかねぇ!?」

「はっはっは、悪い。俺、超忙しいから」

 西島さんとつばぜり合いを続ける飛鳥へ、懐に忍ばせておいたハンドガンの銃口を向ける。

「……もしかして、まだ、守れるとか、そんな幻想を抱いているんですかー? 君が、誰かを、世界を、守れるのだと!? 破壊を巻き散らかす君が!?」

 今更、銃口を向けられた程度じゃ、視線も逸らせないか。

 俺は無言のまま、ハンドガンに魔力を込め、弾丸に刻まれた呪文と反応させる。そして、躊躇うことなくトリガーを引いた。

 撃ち出されるは、ありとあらゆる魔を祓う銀の魔弾。闇属性の飛鳥なら、さぞかし堪えるだろう。

 もちろん、当たれば、の話だが。

「ぎゃは、怒りましたか!? 図星でしたか!? 胸糞悪くなりやがりましたかぁっ!?」

 魔弾は飛鳥にかすりもしない。銃弾が放たれるより前に、飛鳥は地面を滑るように後方へ移動していたのである。

 飛鳥ほどのレベルに達した相手には、もはや、銃器程度では遅い。音速程度では、話にならない。それくらい、今の俺にはちゃんと理解できている。飛鳥と本気で戦うなら、それ相応の武装を持って応じなければいけない。

 しかし、威嚇程度なら、けん制程度なら、これでも充分だ。

「でぇも、ざーんねーんでしたっ! もう、黙示録の獣は完全に覚醒しちまいましたよーっと!」

 狂気の笑みと同時に、世界が震えた。

『――――――――――――――――――――』

 なんて、澄んだ声。

 否応が無しに、抵抗する気すら起きずに心を振るわせる、文字通りのエンジェルボイス。

 終末を知らせる、澄み渡る青空を連想させる鈴の音。

 やばいな、これ。今の俺でも、ある程度心構えしておかなきゃ、涙を流して感動していたところだ。世界の終末を、素晴らしいものと受け入れるところだった。

 飛鳥は両手を掲げ、ボロボロの屋根の隙間から、空を仰ぐ。

「すぅばらしい!! あれこそが、このくそったれな灰色の世界を駆逐する、天使! 我らが天使! どうです!? これでわかったでしょう!? もう、どれだけ弥一君があがこうが、誰がもがこうが、世界は終わりなんだって!!」

 満面の笑み。

 無邪気に笑う狂人の笑顔。

 本当に、本当に、どうしようもなく世界が許せなくなってしまった、終末思想の少女の叫びと、祈り。

 本来ながら、これにケリをつけるのは、俺でなければいけない。

 狂ってしまった幼馴染から、今までずっと逃げ続けてきた俺の義務だ。

 けど、俺はその義務を放棄する。

 逃げるのではなく、真正面から否定して、義務を破り捨てる。

 本当に大切な者を守るために。

「……後は頼んだぜ、西島さん」

「了承しました、七島弥一」

 俺は足元に転移用のゲートを発動させる。次元関係の魔術はそれほど得意ではないが、鈴木が喚きまわっている場所ぐらいまでなら、余裕で転移可能だ。

 ずぷりと、俺の足場が混沌の闇へ変わり、足元から俺を飲み込もうとしている。

「――――何してやがるんですか?」

 そんな俺の姿を、飛鳥は信じられないといった目で見ていた。

 さっきまでの興奮ぶりが嘘のように、その目は冷め切っていた。

「え? まさか、本当に? 世界を助けに? あの灰色を知ったのに? この世界が本当にどうしようもないって知っているに?」

 冷め切った目に浮かぶのは、純粋な疑問。

 怒りや悲しみを通り越して、もはや、飛鳥には疑問しかない。

「ねぇ、答えてくださいよぅ。本当に、本当に、世界を救うつもりなんですかぁ?」

「うん、そうだよ」

「破壊しか出来ないってわかっているのに?」

「うん、分かっていても、やるんだ。大切な人がいるから」

「大切な人を守りたいから、世界を救うんですかぁ?」

「そうだな、大切な人のために、世界を救いたい」

「あの天使を殺して?」

「あの天使も殺さないで」

「今までたくさん殺したくせに?」

「おう、今までたくさん殺したくせに、だ」

「――――私のことは、守ってくれなかったくせに?」

 目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、幼い頃の思い出。

 幼馴染のお姉さんと遊んだ、楽しい思い出。

 一番大切だった、あーちゃんとの日々。

 かけがえのない、七島弥一の大切な物。

「ああ、そうだよ」

 目を開ける。

 俺の目の前には、まるで裏切られように俺を見る飛鳥が。

「俺はお前を守れなかったけど、今度は守り抜くよ。ずっと、一緒に居たい大切な人を、大切な日常を見つけたから」

 ゲートが、足元から俺の体を包み込んだ。

 混沌の闇が俺の視界を全て覆いつくす直前、俺を掴もうとする飛鳥の姿が見えた。

 業火の瞳からは、ありえないはずの雫が零れ出していた。

 その姿を心に焼き付けて、罪を背負って、俺は行く。



 薄暗い、闇の中に『それ』は浮かんでいた。

 田舎町の上空五十メートルぐらいの空間で、ありとあらゆる世界の法則から浮かび上がっていた。

 果たして、『それ』をなんと形容すれば良いのだろうか?

 天使と言うには、余りにも人の姿を保っていない。

 獣と言うには、あまりにも醜悪すぎる。

 『それ』には何もかもがあった。

 天使の翼も、獣の牙も、黒曜石のような瞳も、強靭な脚も、甲殻染みた触手も。

 全部あった。

 鈴木の姿は、まるで、獣と人と化物をごちゃごちゃに混ぜたような、肉塊に近い。近いだけで、決して肉塊と呼べる代物ですらない。肉の塊、部位の寄せ集めにしては、余りにも醜悪で、美しすぎる。

 ありとあらゆる生物を冒涜するような醜悪な姿が、なぜか、俺には吐き気を催すほど美しい思えた。

『七島君、逃げて』

 直接頭に響く声が、目の前の鈴木から発せられる。

『今の私は、自分の意志で自分を止めることができません。あの邪神の所為でプログラムが暴走しているの。このままじゃ、私は、この世界を終わらせてしまう……だから、逃げて』

「えーっと、逃げるってどこへ? 世界が終わるなら、どこにだって逃げられないんじゃないか? 別の位相にある世界に行こうにも、俺はそんな魔術知らないし」

 俺の質問に、鈴木が微笑んだような気がした。もうすでに、鈴木の顔は原型が保っておらず、人間というよりは獣のような顔つきをしているので、表情を正しく認識できない。

『それならご心配なく。私はこれから、ちょっと自壊プログラムを発動させますから』

だが、なぜかその時、俺は鈴木があの完璧な笑顔を浮かべているつもりで、その言葉を口にしたのだと分かった。そう、確信した。

「…………ちょっと待て」

『うふふ、大丈夫ですよ。出来る限り空の方へ、いえ、いっそのことそらの方へ飛んでから自壊しますから。世界に与える影響は限りなく零です』

「いや、そういうことじゃなくてだな。なぁ、鈴木。それだとお前、死ぬんじゃねーか?」

『死にはしません。ちょっと数百年ぐらい、顕現できなくなるだけです』

 なんでもないように、鈴木は俺に告げた。皮肉なことに、それは俺が考えていた予想と、ほぼドンピシャだった。

 俺はため息を吐きながら、鈴木へ訊ねる。

「なぁ、スクールライフを楽しみたかったんじゃねーのか?」

『あはははっ、無理ですよ、こんな状況で』

「谷沢の奴とラブコメするんじゃねーのかよ?」

『だから無理ですって。私の正体、知られちゃいましたし。もう、とっくに私のことなんて嫌いに……というか、正気に戻ってますかね? 彼』

「大丈夫、大丈夫。意外にタフだから、あいつ。ただ、許容量が少ないだけで」

『そうですか……よかった』

 心底ほっとしたような鈴木の声。

 しかし、その声が発せられた瞬間、鈴木の周りの空間が、音を立てて軋み始めた。

『すみません、うっかり気を抜いた所為で、そろそろ我慢するのも限界です』

「また、うっかりか! つーか、そもそもこの現状は、お前がうっかり上に力を置き忘れてきた所為だからな! 反省しろよ!?」

『うあー、ごめんなさいー』

 間延びした声と相反するように、軋む音が大きくなっていく。

 どうやら、本当にそろそろ限界らしい。

 俺は手元に、西島から預かった転移用のナイフを召喚する。

「そうか、なら、今度からは気をつけろよ?」

 そのナイフで空間に切れ目を入れ、鈴木ごと空間転移。

『なっ!?』

 転移先は、【委員会】によって作られた特製の結界の中。毎度おなじみ、灰色のコンクリートジャングル。

 ただし、この前とは少しだけ中身が違う。

『何をしているんです!? どうして、私ごと転移を!?』

「ん? いやさ、ここなら、お前が暴れても問題ないからな」

 この結界の中には、マナが存在しない。結界によって、完全に世界から隔離して、マナの真空状態にしているのだ。この空間ならば、どんな魔術に長けた者だとしても、己のオドから魔術を使用することしか出来ず、強力な魔術なんて使えしない。

『馬鹿な! こんなことをしても、何の意味も――くっ、避けてください!』

 自らの体内に、膨大な魔力を貯蔵する、天使以外は。

 幾重にも展開される。巨大な魔法陣。

 放たれるは、神の怒りを具現化する、雷。

 ちっぽけな人間なんて、一瞬で消し去ってしまうそれを、

「混沌魔術――暗い海」

 俺は全部受けきった。

『んなっ!?』

 鈴木が驚いたように声を上げる。

 無理もない。これは俺が死に物狂いで作り上げた、世界でたった一つの魔術なのだから。

 この世界に存在するモノ、全てを飲み込む混沌なのだから。

 俺の体には、混沌を表す黒い泥が纏わり付いており、それがあの雷を受けきり、吸収したのである。

『ぐぅ!』

 鈴木の肉体から、黙示録の獣として、無意識に放たれる触手。一つ一つが必殺であり、かすりでもすれば、体が半分ほど吹き飛ぶ。

「混沌魔術――明るい空」

 受け入れたものを反転、外へ吐き出す。

 黒い泥は溜め込んでいた雷を解放することにより、鈴木から放たれた触手を全て消し飛ばした。

 多少、痛いかも知れないが、そこは我慢して欲しい。

『……七島君。確かに君の魔術は素晴らしいです。天使とだって戦えるかもしれない。けど、それは――――』

 俺だって、かなり痛いの、我慢しているんだからさ。

 混沌魔術。

 それは対象を混沌の中に受け入れ、自らの糧とし、時にはその糧を反転させ、相手に返す攻防一体の魔術だ。

 しかし、これには一つだけ欠点がある。

 それは、

『ただのやせ我慢じゃないですか』

 自分が許容できる以上の魔術は、受け切れないということ。

 つまり、まぁ、ちょっと自分の体を見たくない程度には、ボロボロになっているわけで。

「いやいや、大丈夫。これでも結構タフだから。どんと来て良いよ。鈴木の攻撃全部を、素直に受け止めるつもりもないから」

『無理ですよ、その行為は意味ありません』

「意味があるかどうかは、俺が決めるさ」

 幾度とも放たれる雷。

 空間を破裂させて繰り出される、触手。

 稀に変形し、巨大な顎と成って喰らいにくる不定形の肉体、しかも高速で飛ぶ。

 マナの真空状態で、ここまでの性能を発揮するのか。なるほど、さすがは黙示録の獣といったところだ。

『…………もう、もう止めてくださいよ、七島君』

 ほとんど、懇願するように鈴木が呟く。

 あっはっは、そういわれて、やめるようなら、最初からやってないってーの。

『止めてください、本当に。周囲に人間がいなければ、何とか体を抑えられますから。早く、逃げて』

「えほっ、えほっ! あー、でも、そうするとお前、宇宙とかに行って、星になるだろ?」

『そうするしか、方法がありません』

「はん、ばぁか。そうさせないために、俺が今、気張ってるんだよ」

『…………でも、貴方はもう、ほとんど死んでいるようなものじゃないですか! 体はほとんど炭化して、四肢がやっと付いてるようなもので。生きていること自体、奇跡みたいなものなんですよ!?』

「え? マジ? 目が霞んで、ほとんど何も見えないんだけど」

 どうりで、体が思うように動かないはずだ。

『目が見えないのに。どうやって戦い続けてたんですか?』

「そこはほら、戦士の勘だよ」

『どんだけ凄いですか、戦士の勘』

 軽口を叩きながらも、何とか雷で触手を消し飛ばしていく。

『もう止めてください、死にますよ』

「死なねぇよ。俺には待っている人がいるからな」

『急に死亡フラグを立て始めた!?』

「いやぁ、思い切って楓に告白したらオッケーもらっちゃってさー。次の週末、デートの約束してんだよねー」

『違った! ただの惚気でした! そして、おめでとうございます。リア充爆発しろ!』

「現在進行形で爆発してるっつーの」

 一体、どれだけの時間が経ったのだろうか?

 まだ十分も経っていないようにも感じるし、とっくに一時間は過ぎているような気もする。

 ただ、時間の感覚を失っても、これだけは分かる。

 もうすぐだ。

『……本当に、貴方は、一体何を考えているのですか?』

「はんっ、俺は年頃の男子高校生だぜ。エロいことしか考えてないに決まっているだろ?」

『もう、なんだかどうでもいいです』

 鈴木の声が悲しみを通り越して、呆れ果ててくる頃、それがやっと起こった。

『うあっ!?』

 高速で空中を移動していた鈴木が、急に高度を落とし、ビルに衝突した。

 二度、三度、ビルにぶつかりながら、やがて地に堕ちる。

『――――魔力低下。プログラム実行不可。自己保存のため、コストを最小にします』

 機械的な鈴木の声を聞き、俺は無理やり目を強化。一時的に視覚を復活させた。

 アスファルトに転がった鈴木の肉体は、機械的な音声とともに、その姿を変えていく。怪物の姿から、人間の、美少女姿の鈴木へ変化していく。

『これは……』

 やがて、鈴木は完全に人間に成った。

 ボロボロの制服を纏った、美少女に、戻った。

「なるほど、マナが真空状態のここなら、いずれ魔力に限界が来る。そうなれば、私はあの形状を保っていられない。少なくとも、終末プログラムを実行できない、というわけですか。まったく、無茶をしますね」

「うる、せぇよ」

 鈴木はほとんど魔力が尽きたらしく、アスファルトに仰向けで大の字を作っている。ちなみに、俺はその近くで、うつ伏せになって倒れているぜ。多分、死んでいない。

「……ねぇ、七島君。私、これからどうしたらいいんでしょうね?」

「とりあえず、皆に謝れ。まずは俺に謝れ」

「ごめんなさい」

「よし、許した。許したから、次は、ちゃんと学校に戻って来い。じゃねーと、上まで探しに行くからな。谷沢を連れて行くからな」

「はは、七島君はともかく、谷沢君は肉体のままじゃ来れないですって」

「んじゃ、魂抜いて連れてく」

「やめてっ! 谷沢君をそっち方面に引きずり込まないで!」

 だらだらと、俺たちは取り留めのない話を続けた。

 他愛の無い世間話を続けた。



 忘れてなんか無い。

 むしろ、やはり来たという感じだった。

 夕闇よりも明るい夜。月下にて、鮮血の少女が目の前に現れた。

「……みぃーつけたぁ」

 死にかけの俺と、満身創痍の鈴木の前に現れたのは、ボロボロの軍服を纏う飛鳥。軍服に幾つも大きな穴が空いており、そこから赤黒い汚れが広がっていた。

 おーい、正義の味方さーん。仕事してくださーい。

「つか、お前もすげぇよな、飛鳥。鈴木を捕まえてから、インターバルをはさんで西島さんとの激闘だろ? あの人、周りに守る対象がいなければ、第二級災害指定ぐらいの実力はありそうなのに。まったく、よく俺のところまで来れたな」

「…………ぎゃは、ぎゃはははっ、殺すぅ」

 いくら不死とはいえ、失った体力は戻らないし。オドが回復するのにも時間がかかる。もはや、妄執だけで意識を保っているのだろう。それでも、俺より状態が良いことには変わりないんだが。

「ぐ……七島君!」

 はっはっは、悲鳴を上げられても、俺は動けないぞ、鈴木。

「ぎゃははははははっ!」

 不快な笑い声と、振り上げられたナイフ。

「殺す! 弥一君を殺して、私の物にする! 肉の一片も残さないで食べるから!」

「……やめとけ、焦げすぎていてまずいぞ」

「我慢する!」

「そうか……」

 月に照らされ、見上げる飛鳥の顔には満面の狂気。瞳からは雫が零れ落ちていた。月の光が反射した光は、吸い込まれそうなほど、綺麗だった。

「それで、弥一君の大切な人も殺してやる! 殺してやるから!」

 とす、というあっけない音。

 突き立てられた銀のナイフ。

「七島君!?」

 鈴木の悲鳴。

 暗くなる視界。

 遠ざかる意識。

 なるほど、これが死か――――――――――――ったく、何度経験しても胸糞悪い。

「混沌魔術――明るい空」

「つあっ!?」

 俺は僅かに残っていた雷を解放。飛鳥を、十メートルほど吹き飛ばした。

「あー、もう、いてぇな」

 胸に刺さったナイフを抜き、徐々に蘇生していく体を起こしていく。途中、西島さんから渡されたナイフが灰と化していたのに気づく。ふぅ、やっぱり備えあれば憂いなしだな。

 低下していた視力も、炭化した体も、全て蘇生完了だ。

「蘇生、魔術?」

「そうだよ、鈴木。天使の相手をするのに、保険の一つや二つかけないで出来ると思うか?」

「え…………それじゃ、さっきまでのやりとりは!? 実は余裕だったの!?」

「黙れ。残機が一つしかない状態で、初見殺しを何度も喰らいながら生き延びたんだ。余裕なわけねぇだろ」

 むしろ、蘇生前提で戦ってたんだからな?

死ななかったのは、マジで運が良かったからに過ぎないからな?

というか。残機があっても普通死ぬからな!?

「それと、まだ終わってねぇんだよ」

「……あ」

 俺と鈴木の視線の先には、幽鬼のように立ち上がる飛鳥が。

「ぎゃははははっ! 殺して、殺してや――――あ?」

 笑う飛鳥の心臓を貫く、一本のショートソード。

 飛鳥の背中から、空間を切り裂いて現れたのは、我らが正義の味方、西島葵。

「すみません、七島弥一。少し、遅れました」

「いいや、ちょうど良かったさ」

 飛鳥の心臓を貫いたショートソードは、その切っ先で闇の塊のようなものを抉り出していた。

 これが、飛鳥の心臓でもあり、邪神の力、そのもの。

「……はぁーあ、随分時間かけちまったよなぁ」

 俺はふらふらと飛鳥へ歩み寄り、闇の塊を握りつぶした。

「――――あ」

「混沌魔術――暗い海」

 混沌が、闇を侵食し、喰らい尽くす。もう二度と、哀れな少女が生き返らないように。

「う、あ、うあ、弥一、君」

 呻きながら、必死に俺へ視線を向けた。

 今にも泣きそうな俺の幼馴染へ、俺はそっと微笑んで、頭を撫でてやる。

「おつかれ、あーちゃん。今までご苦労様」

「……ぎゃは、は」

 最後に、笑って羽喰飛鳥は死んだ。俺は、その笑顔を生涯忘れることは無いだろう。

 忘れないまま、幸せになってやる。

「ふぅ、疲れたな。本当に、疲れた」

 そろそろ、弱音を吐いてもいい頃合のはずだ。

 このまま倒れたって、誰も文句を言いやしない。

 けど、その前に、

「これで、やっと終わったぜ、鈴木」

 そこで呆けている怪物仲間へ、弱々しく親指を立ててみた。


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