昔話2
『ハロー、愛しい我が息子』
「ハロー、くそったれな我がおふくろ殿」
『ご機嫌いかが? そちらはなんだか、とても大変そうだけど』
「うん、すげぇ大変だよ。どっかの誰かがむちゃくちゃな封印施してくれたおかげで、折角、男子高校生として暮らせていたのに。阿呆な天使や、狂った幼馴染の所為で、全部パーだぜ」
『それはそれは、大変だったわね。ところで、その天使さんって強そう? ちょっと、おかーさん、興味出てきちゃったなー』
「頼むから、マジで、あんたら夫婦はこっちに来るな。むしろ、もう二度と日本に帰ってこないでくれ。こっちはあんたらみたいなバトルジャンキーが来るような国じゃねーから」
『確かにそうね。まったく、テロの一つや二つでも、起きればいいのに』
「はっはっは、世界のために死んだ方がいいんじゃねーの?」
『あら、ひどくないかしら? 仮にも貴方の母親なのに』
「母親と呼べる存在は、自分の息子に、あんな封印を施さないと思うんだが?」
『母親だから、施したつもりよ?』
「…………一応訊くが、今更まともな母親ぶるつもりだったのか? あの封印っていうのは」
『んー、半分、半分かしらね。確かに母親としての責務も感じていたけど、貴方のプランが成功していたら、私たちが生きてく上で、とてもつまらなそうだったから』
「まぁ、そういう人だよな、おふくろ殿は。ちなみ、親父殿は息災かよ?」
『ええ、今日も元気に、イージス艦を叩き割っていたわ』
「清々しいほどの破壊神っぷりだよなぁ、親父殿。とりあえず、元気そうでなによりだぜ。死ねばいいのに」
『我が息子ながら辛辣ね』
「多分、教育がよかったんだよ」
『ふふふっ、そうかもね。それじゃ、グッバイ、我が息子。また会う日まで』
「あいよ、バッドバイ。もう二度と会わないことを祈って」
さて、【委員会】の助力もあってか、世界の終末を止める程度の策は用意できた。
日没まで、時間はまだ十分ある。
腹ごしらえはもう済ませた。
なら、そろそろ別れの挨拶にでも行こうか。
俺は真っ白な廊下を歩いていき、目的の部屋の前まで、辿り着く。コンコンっ、と軽くノック。
「……誰?」
しばらくして、返事が来たので、ドア越しに声を掛ける。
「よう、元気にしてたか? 皆川」
俺の言葉が終わるか否かのところで、ドアが急に開け放たれた。そこには、目元を真っ赤にして、よれよれの制服のまま、不安に顔を歪めている皆川の姿だった。
皆川は俺を見た瞬間、くしゃくしゃに顔を歪め、ボロボロと涙を流して俺に抱きつく。俺は、拒むことなく受け入れ、くしゃくしゃの頭に手を置いてやる。
「……えぐっ、ううぅ、な、七島ぁ……」
「よしよし、怖かったな」
「あのね、花ちゃんがね、化物みたいになってね。赤い髪の女が、襲ってきてね、皆が倒れてね、変な集団が来てね」
「うん、分かっている。つらかったな、皆川。お前は強いから、皆のために、気を失わないようにしていたんだよな?」
「ぐずっ、ううぅ……七島ぁ」
「もう大丈夫だ、皆川。頑張ったな」
幼子のように泣きじゃぐる皆川の頭を撫で、少しでも安心させてやる。俺には、それくらいしか、出来なかった。災害指定されるほどの力を手に入れた俺は、その程度のことしか出来なかったんだ。
「う、ひっく……」
やがて、皆川の鳴き声が止む。
今まで俺を強く抱きしめていた両腕が緩む。そして、ゆっくりと俺の体から離れて、俺の目を見て――――
「ぐふぅっ!?」
皆川はなぜか、俺の鳩尾に右ストレートを叩き込んできた。
おい、照れ隠しにしちゃ、いいパンチ過ぎやしないか?
「よ、よく考えたけど、七島がこんなに優しいわけが無いじゃん! というか、なんか目が死んでいるし! 誰だ、あんた!」
「……犬にも劣る知能を持つテメェを、なんとか留年させないように勉強を教えてやっていた、親切な男子高校生だよ」
「ああ、よかった、本当に七島だー」
お前は、こんなときでも相変わらずだな、皆川。
やっと張り詰めていた物が解けたのか、皆川の体から力が抜け、そのまま俺に寄りかかってくる。
さっきのことがあるので、このまま避けてやってもいいのだが、仕方ない。俺は倒れてくる皆川の体を支え、病室のベッドに寝かせてやった。身長が俺よりある上に、バレー部で鍛えているせいか、割と重かった。
いつもだったら、文句の一つでも言うところだが、まぁ、今日だけは我慢してやろう。
「ん、ありがと」
「別にいいさ」
ベッドに寝かされた皆川は、今度こそ、照れ隠しにそっぽを向く。
頬はほんのり赤く染まり、口元が何か言いたそうにむずむずと動いている。
改めて眺めてみると、皆川楓という少女は可愛かった。
美少女、と言い切るほどではないが、それでも、灰色に近い黒髪セミロングは滑らかで、まん丸とした栗色の瞳が無邪気な大型犬を連想させる。胸は、まぁ、その、ちょっと残念な感じだが、手足が長く、スタイルだって悪くない。
極々個人的な意見になってしまうが、俺は、鈴木みたいな完全美少女より、こっちの大型犬女の方が、女性として好ましいと思う。
「……むぅ」
「どうした? 急に身を捩じらせて」
「んー。なんか、あんた、私のことをエッチな目で見てない?」
「そうだな。見れると良いな。いや、きっと見れるさ。俺が子供の頃の気持ちを捨てていなければ」
「笑顔で人の心を傷つけに来たよ、この外道!」
「ははっ、お前の薄い胸に発情したら、本当に道を踏み外しそうだけどなー」
「うああああっ、セクハラ! セクハラ!」
「セクハラに適用されればいいな? その、あれだけど」
「あれってなんだー!? 貧乳といいたければ、言えばいいじゃないかよー!」
「…………まぁ、散々言い訳しちゃったけど、ごめん。ちょっとエロい目で見ていたかも知れない。なんでだろう? 貧乳にでも目覚めたのかな?」
「見てたのかよ!? つか、謝っているのに、凄く失礼な言い草なんですけどー!?」
こんな状況でも、俺と皆川はいつも通りに言い争う。
全力投球のキャッチボールを行う。
不思議なことに、この時だけは、何も知らないガキのままで、会話できた。
「で、一体、何があったの? 七島」
唐突、けれども鋭い問い。
自分に何があったのか? ではなく、俺に何があったのか? という訊ね方をするあたり、さすがだと思う。
「まったく、時々お前は勘が鋭すぎるんだよ、馬鹿のくせに。それより、お前に何が起きたのかを知りたいと思わないのか?」
「んー、知りたいっちゃ、知りたいけど、花ちゃんがあんな怪物に変身したのは、私たちを守るためだったと思うし、それを私たちには知られたくなさそうにしていたからねー」
「お前は、お前が見た怪物が花とすり替わっているとか、思わなかったのか?」
「へ? 思うわけないじゃん。だってさ、あの声は紛れも無く、花ちゃんだよ。思いのほかグロくて、ちょっと精神的にやばい見た目だったけど、でも、中身はいつも通りの花ちゃんだったよ。多分、あの姿は私たちには見られたくなかったんだろうね、凄く悲しそうな、そう、今にも泣きそうな声で赤い髪の人と戦っていたもん」
なんて、強いのだろう。
もっと取り乱しても良いはずだ。
もっとわがままに叫んでも良いはずだ。
そんなに物分りが良くなくても良いはずだ。
皆川はただの高校生で、こんな能天気な世界でずっと生きてきた幸せ物なんだから、見たくないものから目を背けても許されるのに。
「あと、どーせ詳しい説明聞いても、私は馬鹿だからよくわからないと思うし。楓ちゃんが私たちを守るために頑張ってくれたってことが確かなら、それで良いじゃん……でも、今はそれよりさ」
そのまっすぐな視線が、俺を射抜く。
栗色の瞳が、俺の碧眼を逃がさないように捉える。
「今は、あんたの方が心配なの。一体、どーしたのさ、そんな目をして。なんか、辛いことがあった? 悲しいことがあった?」
「あ、いや、俺は――――」
「七島」
凛とした皆川の声。
「言ったでしょ? 困ったことがあるなら、私に相談しなさいって。私たちは、友達なんだから」
それは俺に偽ることを許してくれない。
本当だったら、適当に魔術関連の話題でもして、半信半疑にさせて、うやむやにするつもりだった。
誤魔化して、曖昧にして、俺の過去についてなんか、一切触れずに別れたかった。ただでさえ、義経との別れが残っているのに、ここで必要以上に時間を喰うわけにはいかない。
そんな打算なんて、皆川の声を聞いたら、あっさりと吹き飛んでしまった。
「……んじゃ、昔話をしようか」
「昔話?」
「そう、昔話。二人の災厄から生れ落ちた、哀れで愚かな子供のお話さ」
最後まで、話そうか。
封印されていた最後の結末まで、逃げることなく、話してみよう。
例え、その先に待っているのが、破滅だとしても。
昔話の続き。
俺は大切な物を守るため、守り抜ける日常を作るため、世界を永遠の平和で包むことにした。
そのために、世界平和を掲げる【委員会】とも手を組み、世界中のありとあらゆる組織と敵対した。
そう、俺の思想とは、世界を敵にしなければいけないほど、醜悪で間違っていたのである。
世界を平和にする。
口にするのは簡単だが、それはほとんど実現不可能な命題である。人は争うから進化し続けるのであり、争うから誰かが幸せになり、その隣で誰かが不幸になる。
幸せと不幸は背中合わせ。
光と影。
片方の存在があるから、もう一つも存在する。切っても切れない、対の概念。
俺はその概念を、世界のルールをぶち壊そうとしていた。
世界中を、一つの幸せな夢に閉じ込めようとしていたのである。
全ての人を、幸せな夢の中に捕らえれば、誰もが皆、幸せになると思っていたのである。
――――まぁ、その思想の先にあったのは、どうしようもない現実だったわけだが。
多分、あとほんの少しだったと思う。
後、ほんの数分あれば、俺の計画は成功していた。うざったく邪魔する世界中の組織も、終末思想の狂った奴らも、その全てを俺は出し抜いて、打破してきたはずだった。
けれど、忘れていた。
この世界には、俺の周りには、世界すら壊し、焼き尽くす災害どもが居るってことを。
あれほど望んで、手に入れた力は、クソ親どもにはまったく、通じなかった。まるで、どうしようもない災害のように、俺の全てを蹂躙し、奪っていった。
俺が必死に作り上げた張りぼてを、あっさり壊しやがった。
ボロボロになりながら見上げた空は、どこまでも鬱々とした灰色の空で、どうにもならない何かが世界を覆っていた。
うん、本当は気づいていたんだと思う。
自分が間違っていたことに、ずっと前から気づいていたんだと思う。間違えた瞬間から、気づいていたんだと思う。
あの時から、俺にはずっと大切な人なんて居なかった。
作れるわけが無かった。
奪われると分かっている者を、どうして大切に出来るんだろう?
傷付くと分かっているのに、どうして手を伸ばせるのだろう?
いや、そもそも、『ニーズヘッグ』の忌み名を冠せられたときから、分かっていたはずだった。
死者を食らって生きる、地獄の竜の隣には、生きている者なんて誰も居ないことに。
災害に寄り添える人間なんて、存在しないことに。
もっと、早くに気づけばよかった。
この世界はこんなにも、どうしようも無いんだって。
白黒はっきりしない、灰色なんだって。
もしかしたら、飛鳥の奴はあの時、鮮血を纏う人外になったとき、この事実に気づいていたのだろうか?
クソ親どもに封印を施されながら、ひょっとしたら、こんな俺を飛鳥は何処かで見ていて、嘲笑っているのかもしれない。なんて、意味の無い想像を働かせてみる。
気づく前だったら、はらわたが煮えくり返る想いだったかもしれないが、今はどうでもよかった。
全てが、どうでもよくなった。
これが、憐れで愚かな子供の末路。
世界を平和にしようとした、傭兵の結末。
どうしようもない、俺のエンディングだった。




