表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリークス・ガール  作者: 六助
灰色の向こう側
18/24

絶望

 今から考えると信じられないことだが、羽喰飛鳥という少女はとても善良な人間だった。

 常に相手のことを思いやり、自分が傷付くのを恐れず、誰かを救い続けるような人間だった。聖女という存在が居るとしたら、間違いなく、彼女だったろう。

 しかし、不運だったのは彼女の環境だった。

 俺の両親が子供を戦場に連れまわす馬鹿親だったとしたら、飛鳥の親は外道。ただ、その一言に尽きた。

 飛鳥の両親は、飛鳥が生まれた時から既に来るっており、『邪神』とやらの召喚を本気で実行するつもりだったらしい。

 自分の娘を生贄にして。

 飛鳥が小学校を卒業する年頃、ついに飛鳥の両親は『邪神』召喚の準備を全て整えた。今から考えると、ずさんな魔法陣だったし、魔術理論なんかはもう矛盾だらけのものだったと思う。けれど、召喚できてしまったのだ。飛鳥の心臓を繰り抜いて、それを捧げることによって、『邪神』とやらは降臨してしまったのである。

 飛鳥の亡骸の中に。

 ずさんな魔術だったんだろう。結局、召喚された『邪神』は肉体も精神も持たない、ただの力の塊だった。そして、力の塊はもっとも入りやすい器を、そう例えば、ついさっき死体になったばかりの飛鳥を選んだ。

 俺がその瞬間を目にしたのは、よほど運が悪かったのだろう。

 偶然、その時俺は戦場から実家に帰ってきていて、偶然、飛鳥の両親が儀式をしていた教会を覗いてしまった。

 全身を赤く染め上げた飛鳥が、両親を肉塊に変えている姿を見てしまった。

 飛鳥は、俺にその行為を見られていたことなどまったく意にも解せず、陽気に挨拶する。本当に、飛鳥なのかと思ったくらい、口汚く両親に対する罵詈雑言を口にした。そして、その後、狂ったかのようにいかに人間が救えないかを語り続け、最後に、ポツリと呟く。

「そうだ、世界を終わらせよう。そうしよう」

 これが、後に第一級災害指定テロリストとして、全世界に指名手配される狂人が誕生した瞬間だった、



「西島さんっ!」

 俺は飛鳥の存在を認識した瞬間、この場に居ないはずの人間の名前を呼んだ。

 本来だったら、とち狂ったかのように思われる行動で、当然、応える声などありはしない。

「――――了承」

 その相手が、次元魔術を得意とし、ずっと俺の同行者である鈴木を監察していた西島でなければ。

 俺の一言で状況を理解した西島は、素早く空間転移魔術を発動。俺と飛鳥を巨大な空間の切れ目に引きずり込む。転移の瞬間、唖然とする皆川たちの姿と、「ちょ、ま――」とか言っている鈴木の姿が見えたが、今は無視。

 後で何か文句を言われるかもしれないが、黙示録の獣と、終末主義者である飛鳥が出会ってしまうことと比べたら、まったく問題ない。

 転移した先は、いつぞやの結界の中。誰も存在しない無人のコンクリートジャングル。もっとも、現在は鈴木が暴れた所為で、ジャングルではなくて、瓦礫の山が積みあがっている。

 ……さて、とりあえず緊急回避には成功したようなので、そろそろ目の前の凶事をどうにかするとしよう。

「飛鳥」

「うん」

 俺が呼びかけると、飛鳥は満面の笑みで頷く。

「久しぶり。できれば、もう二度と会いたくなかった」

「ぎゃはははっ、そりゃ残念! 私は、君に会いたくて、会いたくて、こうやって、なんかうざったい結界も突破してきたんですけどねー」

「結界?」

 俺が首を傾げていると、空間の切れ目から西島が登場。野太刀を肩に乗せながら、俺の疑問に答えた。

「我々【委員会】が作成したんですよ。ある一定以上の力を持った者は、天使に近づけないように。しかし、鳴子程度にしか役に立たなかったようです」

「あいつ相手には充分すぎるさ」

 視線は飛鳥の方へ向け、一瞬たりとも逸らさないよう、俺と西島は会話を続ける。

「あんたの他に、【委員会】の増援は?」

「フェンリルが引き連れてきた狂人どもの相手をしていますよ。こっちの増援は見込めませんが、あっちの増援も無いはずです」

「そうか、じゃあ――」

 口元を三日月に歪め、悪魔のようにこちらへ微笑みかける飛鳥。彼女と俺たちの戦力差を冷静に、かつ客観的に判断した。

「状況は最悪だな」

「ぎゃはははははははは」

 哄笑。

 何がおかしいのか、犬歯を剝き出しに、獣のように笑う。

 笑う。

 笑う――――――――その音が、いつの間にか消えていた。いや、笑い声だけじゃない、飛鳥の姿も……

「ちゃお♪」

 一瞬たりとも、俺たちは目を離していなかったはずだ。いや、瞬きすらしていなかった。

 なのに、どうしてだ!?

 どうして飛鳥が俺の隣に居て、西島の腹を手刀で貫いている!?

「んー? どーしたー? 反応鈍いぞぅ、目ェ開けてるー?」

「……貴様、どうや――」

「うるさいよ、お前。私は弥一君と話してんの」

 飛鳥は腰のホルターから、ハンティングナイフを引き抜き、西島の喉に突き立てた。西島の口から吐息と血液が零れ、紅蓮のロングマフラーが、より鮮やかに染まっていく。

 そして、動かなくなった。

 あっさりと、西島葵は絶命した。

 ――――忘れていた。そういえば人って、割とあっさり死ぬんだっけ。

 飛鳥が西島の腹から手刀を、喉からナイフを引き抜くと、西島の体はアスファルトに倒れ伏し、赤い血だまりを作っていく。

「いやー、わりー、わりー。こいつがちょっとうるさくて。うん? おーい、弥一君? やーいちくーん?」

 ぺちぺちと飛鳥が俺の頬を叩いた。

 西島の腹を貫いた、真っ赤な手で。

「え? ひょっとして、こいつが死んだのに、ショック受けやがってます? 君が? あの弥一君が?」

 呆気に取られたような顔で、飛鳥は小首を傾げた。

 んだよ?

 ショック受けちゃ、悪いかよ?

 確かに親しい仲でも、友達でもなんでもなかったけどよ。それでも、俺が知っている人間が死んだんだぜ?

 テメェに、殺されて!

「風を纏いて」

「おせーですよ」

 ぱぁん、という破裂音が鳴ったと思ったら、視界が変わっていた。

 いつの間にか、俺はアスファルトを背に、赤い瞳に見下ろされていた。

「風属性の中級魔術を詠唱なんて、ほんとどーしやがったんですか? そんな、下位魔術師じゃあるまいし。お得意の、視線を送っただけでオドを枯渇させる魔眼は? 君の魔術特性を使った混沌魔術は?」

「な、何を言ってやがる……?」

 くそ、わけわからないことを口走りやがって。いや、それよりも今はいち早くこの状態から回復しなければ。

 何をされたかさっぱり分からないが、俺は今、仰向けに倒れている。体中の感覚に異常は無い。異常は無いのに、まったく、力を込めることが出来ない。

 落ちつけ、こういう時にこそ、落ち着くんだ。落ち着いて、飛鳥が使う魔術について思い出せ……っぐ!?

「が、あっ! てめ、一体、何を、しやがった!?」

 鋭く針で頭蓋を貫いたような頭痛。

 この悪趣味が、俺を痛ぶる気――――待て。何か、おかしくないか? この痛みに覚えは無いか? そう、ごく最近に味わったことはなかったか?

「話にならないレベルに弱体化。欠損している記憶。復元を妨げるセーフティ。ああ、なーるほどねぇ」

 俺が答えに到る前に、飛鳥が解答する。

「弥一君。君、お父さんとお母さんに封印を施されやがりましたね? しかも、神様とか封じ込める類のおもっくるしい奴。でなけりゃ、あの弥一君が、こうはなりゃしねーですよ」

「封印、だと? テメェ一体、何を――――んむっ!?」

 口を塞がれた。

 手ではない。

 恐らく、唇で。朱に染まった唇で、塞がれていた。

 避ける暇なんて、無かったと思う。

 気づいたら、飛鳥の顔が目の前にあって、その瞬間にはもう、口を塞がれていた。

 柔らかな軟体の感触。

 唇の奥から這い出てくるナメクジのようにぬめぬめとした、粘膜を帯びた肉の塊。

「んむぅうう!?」

 口内に侵入してくる舌を妨げようと口を閉じようとするが、飛鳥の舌はまるでゴムのような感触を返してくるだけ。口を閉じることも、このまま舌を噛み切ることも出来そうにない。

 舌は俺の口内を蹂躙し、舌を絡めさせ、そして、喉の奥に『何か』を押し込んだ。

 生理的反射で俺の喉はそれを飲み込む。

 喉から鼻腔に、それの匂いが充満する。

 生臭い、鉄の匂いが。

「ぷはぁ」

 長いくちづけが終わり、飛鳥は満足げに息を吐く。そして、蛇の如く舌なめずりすると、その言葉を口にした。

「思い出しやがれ、弥一君。あの戦争の果てで、君が手に入れた『灰色の風景』を――」

 灰色の風景。

 その言葉を理解した瞬間、俺は、俺は――――――

「それじゃ、弥一君。色々思い出した後、世界の終末でまた会いましょうぜ」

 飛鳥の声を、辛うじて聞き取れた。

 けど、それだけだった。

 遠ざかっていく足跡を追うことも、何かを言い返してやることもできない。

 ただ、俺の意識が深い穴へ落ちていくのを自覚する。

 それだけしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ