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フリークス・ガール  作者: 六助
世界の終わりを願う者
17/24

幸せは終わる

 そんなわけで、色々台無しにするような形で、この事件は幕を下ろした。

 鈴木の力を上に預けるには、申請やらなんやらで三日ほどかかるらしく、その間は西島が監視に入り、無事、世界を壊すほどの力が無くなったら抹殺命令を撤回、監視は【委員会】の方でしばらく継続することで落ち着いたらしい。

 そもそも、最初から鈴木が力を上に置いて来れば事件にすらならならなかったのだが、その事について鈴木は「すみません、いつも現世に顕現するときは力とセットでしたので」とのん気に笑って答えた。ああ、うん。そういえば、お前の役割は世界の終末だからな。ついつい、忘れちゃったんだろうな、はは、ふざけんな。

 まぁ、だけど、これでやっと終わるわけだ。

 あの放課後から続いていた、俺の非日常が。

「つーことで、今日からはいつも通り、だらだら平穏をむさぼるぼっちとして過せるってわけだ」

「ん、そりゃ、なんつーか、大変だったな……」

「ああ、ものすごい徒労感だった」

 あっけない幕引きがあった翌日、俺は平常運転に戻り、屋上で義経と一緒に弁当を食べていた。

 屋上から見上げる空は、どこまでも澄んだ青空で、やっと取り戻した平和を象徴しているかのよう。

「結果としてはさ、誰も死んでないし、深刻な怪我を負った奴も居ないみたいだし……被害らしい被害なら、俺とお前ら不良軍団が西島にボコられた程度だったわけだが、結局、どうなったわけ? 不良会議の方は?」

「あの『正義の味方』が現れたら即、逃げる。戦おうとしない、復讐も考えない。月一でボランティア活動に参加する」

「うん、それが懸命だ」

 苦々しく顔を歪める義経の肩を叩き、俺は生温かく笑う。

 不良としては、舐めた真似をしてくれた相手には借りを返したいところだが、相手は余りにも強大。加えて、見た目は小学生だ。ただ強いぐらいだったら、義経は怯まないかもしれないが、さすがに、童女は殴れない。

 義経曰く、不良は意地とプライドだけで出来た存在で、だからこそ面子というモノにこだわったりする。外見、小学生の女の子にボコられるのなんて持っての他。けれど、その女の子を殴るよりは数段マシなんだとか。

 やれ、とことん漢だよなぁ、義経は。

「と言っても、あの『正義の味方』に会うことはもう無いと思うけどな。鈴木の件が終われば、あいつは次の任務に移るだろうし。この町に来ることも、無いと思うぜ?」

「そうであってほしいな。もう、あんなに理不尽な想いをするのはこりごりだ」

 重々しくため息を吐く、義経。

 どうやら、随分と西島の襲撃が堪えたらしい。圧倒的な力に、為す術も無く蹂躙される。今まで自分が持っていた力が、まるで紙くずみたいに感じてしまう。

 こういう経験をした人間が取る行動は、大体、二つに絞られる。

 一つ、戦いの虚しさを理解し、出来るだけ戦いから避けるように生活を送る。

 一つ、圧倒的な力に恐怖し、それに対抗で来うるだけの力を求めて、修羅となる。

 義経の場合は、前者だった。

「あと、俺から頼んでおいてわりーけど、魔術講座もやめにしておくわ。なんつーか、下手に力を付けると、余計にああいう輩を呼びそうで…………こえーんだよ」

「珍しいね、義経がそんなこと言うなんて」

「はんっ、正直、俺自身もなさけねーと思ってるぜ。けどよ、なんつーかさ、『こういう事』に対して意地張ってちゃいけねー気がするんだよな。意味が無いっつーより、その内、取り返しのつかないことになりそうでよ」

「…………そうだな、お前の判断は正しいよ」

 本当に、鳥崎義経という男は勘が良い。

 義経が言っていることは、おおむね真実だ。『本当に怖い事』を怖いと認めず、意地を張っていると、取り返しが付かなくなる。

 修羅になってしまう。

 怪物になってしまう。

 力を求め続け、どうしようもないあの――――

「っつぅ!」

「ん? どうした、弥一」

 針で頭蓋を貫かれたような、鋭い痛みが走る。

 思考回路を焼き切り、俺が『それ』に辿り着かないよう、強制的に思考を途切れさせるセーフティ。

 思い出すな。

 思い出すな!

 思い出すな!!

「気にすんな、いつものフラッシュバックだよ」

「いや、気にするわっ!」

 軽口で誤魔化せ。

 意地でも誤魔化せ。

 義経じゃない、自分自身を誤魔化せ!

「あっはっはっは、傭兵やっていた頃に鬼みたいに復讐者に会ってさ。なんか、戦争をしている人間を全員殺す、みたいな信念を持っていた奴で、いやぁ、空から幾千の剣が降ってきたときは、死ぬかと思ったね」

「笑いながら話すことじゃねーよぅ。きっちりトラウマになってんじゃねーか」

「ちなみにそいつ、あっさり親父に瞬殺されてやんの。あれだよな、上には上が居るってああいう時に使う言葉だよな」

「強すぎるだろ、お前の親父……」

 親父に強さに義経がドン引きしている。

 その様子を見て、俺は誤魔化せたと安堵した。いくら、勘が鋭い義経でも、俺が俺自身に誤魔化されている状態なら、鼻が鈍くなるらしい。語った言葉も、嘘ではなく、まだ心の内に残るトラウマを曝したのが良かった。義経は本当、嘘にだけは、異常なほどの嗅覚を発揮するからな。

 ふぅ、ほんとよかったぜ。

 俺が何を誤魔化したのか、誤魔化した内容すら、さっぱり、これっぽっちも覚えていないけど、本当によかった。

「でも、最近はフラッシュバックする回数が減ってきたんだぜ、義経。昔は、そう、お前とあったときは夜中に布団を蹴り上げて、わけも分からず叫んでいた時がったし」

「だからやめよーぜ!? そういう、暗い過去を暴露すんの! 弁当食っている途中なのに、もうお腹いっぱいだ!」

「はっはっは、そりゃ悪いな」

 けどな、義経。

 お前には悪いと思っているけど、お前のおかげで大分俺は助かっているんだぜ? 少なくとも、こうやって、過去を笑い話に出来るぐらいには。

「お詫びに、夕飯おごるから勘弁してくれ。今日は奮発して、駅前の『毒蝮亭』でいいぜ」

「ああ、あの、毒々しい看板の店な。あの看板さえなかったら、毎日行列が出来てもおかしくないくらいメシうめぇのになー。でも、今日は遠慮しておく」

「ん? 何か、用事でもあんのか?」

「というより、野暮な真似はしたくねぇってところだ」

 首を傾げる俺に、義経はにやりと笑いながら屋上の入り口を指差す。この屋上は、義経が愛用している所為で、めったに人が寄り付かなくなってしまっているのだが、なぜか、その入り口にいくつかの人影と、話し合う声が。

 その声は、耳を澄ませると、いとも簡単に聞き取れてしまった。

「あー、どうしよう? マジで七島の奴、あの義経と一緒に弁当食べてるよぅ。不良と友達って話、本当だったんだ……」

「どーするのー? 楓ぇー。教室に戻ってきてからお話するー?」

「や、そしたら、なんかダメって気がする! 確かに義経はこの学校の番長みたいな存在だけど……でも、あの七島の友達なんだ! ここで避けたら七島に失礼だって!」

「ううー、楓ってば、こういう時に限って勇気を振り絞るー。やめようよー、危ないよー。亜実もなんか言ってよー」

「…………良く見ると、義経っていう人。アタシのストライクゾーンかもしんね」

「ふえーん、亜実が発情してるよー」

「発情言うなし! ああもう、とりあえず美衣子は引きずっていくよ、楓」

「りょーかい! ほらっ、座り込んでないでさっさと立つ!」

「あー、引きずらないでぇー」

 …………何やってんだ、あいつら?

「くっくっく、随分、面白い連れが出来たじゃねーか、弥一」

 何が愉快なのかさっぱり分からないが、義経は急に上機嫌になり、笑い出す。

「確か、怪物のことが終わったら、検討するんだったよな? 前向きな青春」

「あー、確かに、言ったね、そんなのこと」

 俺は「たのもー!」と威勢良く屋上のドアを開ける皆川を横目に、苦笑する。

 どうやら、俺は当分、ぼっちには戻れそうにないらしい。



 放課後、それぞれ部活動が終わった後、昨日、行けなかったカラオケに行くことになった。基本的には昨日と同じメンバーなのだが、鈴木が珍しく谷沢を誘ったらしいので、男二人に女子四人という構成でカラオケに行くことに。

 谷沢は、普段、交流が少ない俺に対しても嫌味のない、爽やかな笑顔で接してくるし、飲み物の注文や歌う順番をさりげなく調整したり、遺憾なくそのイケメンっぷりを発揮した。おまけに、歌もはやりのJポップやバラードなどを、イケメンボイスで熱唱したりなど、もう、さすがすぎる。

 女子グループなんかは、鈴木を除いて、谷沢が歌うたびにキャーキャー言ってたし、目が蕩けていたし。まぁ、俺が女でも似たような反応をするだろうし、馬鹿には出来ない。

 後のメンバーの様子は、特にいつもと変わらず、鈴木は合いか笑う完璧に歌っている途中で噛むし、皆川は元気ハツラツといった風に熱い歌を歌って俺を無理やりデュエットに誘うし。まったく、俺はアニソンかレクイエムしか歌えないっ言ってたのにな。んで、佐々木は見た目の通り、歌うときでも半音送れて歌っている感じで、意外にも木嶋はこのメンバーの中では一番上手かった。なんというか、鈴木よりも天使の声って感じだった。俺? レクイエムを歌ったら、なぜか鈴木を除いた全員を泣かせてしまったよ。そんなにひどい歌声だったか?

 こうして、二時間、たっぷりと俺たちはカラオケを楽しんだのだった。

「いやぁ、楽しかったね、皆!」

 カラオケ屋から外に出ると、既に陽は落ち、空は漆黒に染まっている。眩い星たちが夜空に幾つも浮かび、今にも落ちてきそうた。

 今日は雲ひとつ無い晴天だったし、夜空も目を見張るばかりに美しかった。都心の方とは違い、こっちの田舎町は空気が澄んでいるので、とても良く見えるのだ。

 もっとも、皆川を筆頭とした女子四人はそんなの目に入らない、といった風に雑談を楽しんでいるようだが。

「あの、七島。ちょっといいかな?」

「……ん?」

 俺が女子四人の馬鹿騒ぎを観察していると、珍しいことに、谷沢が話しかけてきた。

「何か用か? あんまり、俺とお前は仲が良いと言い難い関係だったはずだけど?」

「あは、いきなりひどいね」

「事実を言ったまで、だぜ?」

 俺の嫌味をさらりと受け流し、爽やかな笑顔を浮かべる谷沢。

「いや、いきなりこんなこと訊くのは本当におかしいと思うけどさ、悪い、俺もちょっと焦っているからさ」

「……はい? んだよ、めんどくさい前置きしやがって」

 谷沢は今まで見た中で、一番、真摯な目で俺を見つめ、俺だけに聞こえる声で訊ねてきた。

「七島ってさ、花さんのこと、好きなの?」

「え? 普通に嫌いだけど……なんでそんなこと聞くんだよ。そして、さりげなくガッツポーズを取るんだよ?」

「ああ、ごめん。実は俺、花さんのことが好きで―――ー」

「それはクラス全員がわかっているから、俺に質問してきた意図を説明しろ」

「ばれてたのか……」

 谷沢が露骨に肩を落とす。うん、お前は良くも悪くもわかりやすいからなぁ。

 しかし、落ち込んでいたのも数秒だけ。あっさりと元の爽やかなイケメンに戻ると、どこか申し訳なさそうに言う。

「ごめん、実はさ、花さんってよく君の事気にしていたみたいだから、ちょっと嫉妬してたんだよ。もしかしたら、花さんは君のことが好きなんじゃないかって」

「あー、そうだな。ちょっと、こっちはこっちで色々な事情があったんだよ。でも、そういうことは無いから安心しろ。むしろ……いいや、さすがにこれは自重するか」

「ちょ、なんだよー」

 言い澱む俺の肩を、谷沢が気安く叩く。こんな動作でも、まったく嫌な感じを抱かせないのだから、天然というのは恐ろしい。

 そして、鈴木はこっちを睨んでくるな。わかっているから、お前の攻略計画を邪魔するようなこと、言わねーよ。

「でも、あれだよなー。よく考えたら、君にこんな質問すること自体、間違いだった気もするよ」

 おう? 爽やかな笑顔で何言いやがる。ま、確かに俺はぼっちだったし、恋愛関係の事情からは一番遠い存在――――

「だってさ、七島が好きなのは楓みたいだし」

「…………………………は?」

 いやいや、いきなり何を言ってやがるんだ、このイケメンが。お前ののん気な恋愛観を俺に当てはめてるんじゃねーよ。そもそも、なんで俺があんな馬鹿のことを好きにならなきゃいけねーんだよ? 確かに、あいつは性格良いし、運動神経もなかなかだし、俺みたいなぼっち野郎の相手も根気良くやる奴だけど。よく見るとたまに、栗色の大きな瞳が可愛らしい時もあったりするけど! だからって、なんで俺があいつのこと、好きになるんだよ!!

 とか、叫んでやっても良いんだが、さすがに俺も空気を読む。

「マジかー、そんな風に見えるかよ、俺」

「そんな風にっていうか、ほら、最近、七島って印象変わったから。今まで『関わってくんな』オーラ全開だったけどさ、そのオーラが楓と一緒に居るようになったころから、薄れてきたんだよね」

「……へぇ」

「あの頑なに孤高を貫いていた七島がさ、こうやって俺たちと遊ぶようにもなったし。もしかしたら、楓のことを好きになったことで、変わってきたのかなーって」

「あっはっは、そりゃ面白い解釈だな、谷沢」

 けらけら、俺はスケルトンのように乾いた笑みを漏らす。

 俺の態度で、自分の考えが間違いだったことを理解したのか、谷沢は曖昧に笑って頬を掻く。

「あ、あれ? ひょっとして、俺、かなり的外れなこと言ってた?」

「あっはっは、別に的外れとは言わねーよ。確かに、皆川には感謝してるけど、それを好意と言い切るには、ちょっとな」

「そっか……ごめん、いきなり変なこと言って」

「気にするな、二酸化炭素で頭をやられただけだろ?」

「さりげなくひどい!?」

 まったく、谷沢にも困ったもんだぜ。自分が絶賛恋愛中だからって、それの価値観を俺にも適用させるなっつーの。

 大体、人嫌いの俺が、まともに恋愛なんて、な。

「そぉい!」

「こふっ」

 俺がたそがれて夜空を見上げていたら、皆川の奴が背後からクロスチョップを食らわせてきやがりました。

「よー、よー! 谷沢君と何、コソコソ話してたんだよー! 私にもちょっと教えてくれよー!」

「……テメェは元々、頭がやられた人間だったな、皆川」

「あう、七島がいつも通りにひどい!」

 泣いちゃうぞー、とか良いながら、皆川は無理やり俺と肩を組んでくる。なんだろうな? こいつの気安さは一体、どこから来ているんだろうな?

「ねぇ、お姉さんにちょっと教えて。男子の内緒話って、ちょっと興味あるんだよねー」

 カラオケのテンションがまだ続いているのか、どこか酔ったような口調で言う皆川。まったく、アルコールも摂取せずに、ここまでハイになれる奴、こっちじゃ一人も居なかったぞ。

 しかし、経験上、ここで否定を繰り返すとかえってしつこく聞いてくるだろうし、あんまり強く拒絶するのも、さすがにかわいそうだしな。

 しょうがない、と俺はため息を吐く。

 谷沢の部分は個人情報保護のためにカットして、俺関係の部分だけ教えた。

「別に、大したことは話してないぞ。ただ、俺がお前のことを好きなんじゃないかって、谷沢が訊いてきただけで――――」

「え?」

 じわじわと皆川の顔が赤く染まっていく。

 大きくまん丸な目が、更に丸まって、見開く。

 口元がわなわがと動いたかと思うと、何かの限界が来たのか、わけの分からない奇声を上げ始めた。

「みゃー!」

「みゃー!?」

「みゃー! みゃみゃっ、みゃみゃー!」

「落ち着け、皆川! 正気に戻れ! いきなりどうした、ついにおかしくなっちまったのか!?」

 顔を両手で押さえて、悶えるように皆川はうずくまる。

 どうしたもんか、と悩んでいると、佐々木と木嶋がにやついた笑顔で近づいてきた。

「むふー、青春ですなー、お二人さん」

「いやぁ、あちー、あちー」

「……わけわからんこと言っている暇あったら、こいつをどうにかしてくれ」

 佐々木と木嶋はなぜか揃って方を竦めた。

 なんで、『だめだ、こいつ』みたいな顔してやがんだよ。

「まー、でもー」

「楓もこうなってるし、お互い様っしょ」

 二人はうずくまる皆川に優しく寄り添うと、一閃。左右から高速のツッコミが皆川の頭に入る。

「ふぅー、これで大丈夫ぅー」

「コツは四十五度くらい角度つけて叩くことじゃん」

 いや、お前ら、一昔前の家電じゃあるまいし……

「はっ、私は一体何をっ!」

「治るのかよ!?」

 お前、マジで頭の出来が家電並みって。うっかり、憐れみそうになっちゃったじゃねーか。

 その家電並みの皆川は、再起動から数秒かけて、やっと壊れる前の記憶を取り戻したようだ。

「そ、そういえば七島が私のこと、好きって、言って……」

「言ってねーよ。そこのイケメンから質問されただけだ。ちなみに、無難な答えを選んでおいたから心配するな」

「へ、あ、そう、そうなんだ…………」

 ん? どうして落ち込むんだ? 皆川。

「だよねー、だよねー」

 皆川の目尻が下がり、目が伏せられる。肩がぷるぷると震え、今にも、倒れてしまいそうだ。

 だというのに、皆川はへらへらと引きつった笑顔で、笑う。

「うん、分かってるから。勘違いしないから、大丈夫。私は馬鹿だけど、ライクとラブを間違えたりはしないから! ほ、ほら、私ってば七島の、人間関係の師匠みたいなものだし! そこら辺は、ね。ちゃんとしないと、ね」

 なぜだろう? その笑顔が、皆川の笑顔が、どうしようもなく俺の心を苛立たせた。

 馬鹿が、お前はのん気に笑っていればいいんだ。

 いつもみたいに、無責任に。

 馬鹿みたいに笑ってれば、いいんだよ。

「…………皆川、俺はごらんの通り、人の心の機微というか、自分の心もさっぱりわかんねぇダメ人間だけどさ、これだけは確かに言えるからな」

「え、あ、何?」

 最初に言っておくと、俺は笑顔というものが苦手だ。

 それはもう、苦手中の苦手だ。特に、愛想笑いなんて、顔が引きつって痙攣するほど、苦手なんだよ。

だから、これが愛想笑いじゃなかったのが、唯一の僥倖だろう。

「俺は、お前が馬鹿みたいに笑っている顔が、一番好きだよ。多分、ラブな感じで」

「――はぇ?」

 さぁて、俺は一体、どんな顔でこんな台詞を言ったんだろうな?

 ただ、分かっていることは皆川の顔がさっきよりも赤いことと、

「はぁ……もう、あちーよ、くそ」

 こうやって手で仰がなきゃいけない程度に、俺の顔が熱くなっていることぐらいだ。周りの奴らがにやにやと、生温かい視線を送ってくることはスルーさせてもらう。

 皆川はそっぽを向く俺の顔をじーっと、まるで赤ん坊のように見続けたかと思うと、いつも通りの、あの馬鹿みたいな笑顔で、そっと囁いた。

「私もね、七島のさっきの笑顔、好きだよ。ラブな感じで」

「…………お、おう」

 誰かー、冷却材持ってませんかー? 俺の顔面に思いっきりぶち当ててくれませんかー?

『ひゅー、ひゅー』

「ええい、騒ぐな、外野」

 俺たちは、綺麗な星空の下で、馬鹿みたいに騒ぎ続ける。

 笑って、泣いて、騒いで。

 俺がまるで、普通の高校生みたいに騒いでいた。

 青春って奴を、楽しめていた。

 ああ、これじゃ、本当にぼっちには、もう戻れそうにないかもしれないな。


 「久しぶり」


 たった一言。

 けれど、絶対に聞き間違えるはずが無い、その声。

 こんな場所に居てはいちゃいけないはずの、あいつの、あの冷たい刃みたいな声。

 それが、今まで浮かれていた俺の心を両断する。

 ――――どうして、忘れてしまっていたのだろう。絶望というのは、決まって、こういう時にやってくるのに。

 誰かの幸せをぶち壊すために、やってくるのに。

 声の主を探す必要は無かった。

 だって、そいつは、探すまでも無く、俺たちの――俺の目の前に佇んでいたんだから。

 田舎町の街灯に照らされ、この平和な田舎町から拒絶されるかのように、存在自体が浮いていたのだから。

 夜風に靡く鮮血のロングヘアー。

 病的なまでに青白い肌。

 血を啜ったかのような、朱に染まった唇。

 身に纏うは『既に存在しない国』の軍服。

 煉獄の炎を瞳に込めたかのような、ファイアレッド。

 ひたすら負の感情しか植えつけない、微笑。

 そいつは笑っていた。

 嗤っていた。

 哂っていた。

 俺をワラッテいた。

「みぃ――――つけたぁ」

 かくれんぼはもうお終いだと、鬼が言う。

 私からは逃げられない、言葉にせずとも存在全てで語っていた。

 なんで? どうして? なんて事は言わない。分かっていたはずだ。分かっていたはずだろう? 七島弥一。

 逃げているということは、追われているということだと! 

 足を止めたら、必ず追いつかれるということを!

 赤い少女。

 俺の幼馴染。

 終末主義者。

 フェンリルの名を冠する第一級災害指定テロリスト。

 羽喰はくい 飛鳥あすかがそこにいた。


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