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フリークス・ガール  作者: 六助
世界の終わりを願う者
16/24

間抜けな解決法

 鈴木の空腹状態を定食屋で癒し(経費は俺持ち)、なんとか理性も戻ってきたようなので、俺はとりあえず、初めてまともに対話を試みることにした。

「でさ、鈴木。お前が天使だって、この西島さんが言ってるんだけど、それって本当?」

「もぎゅ、もぎゅ。うん、本当ですよ。私は間違いなく天使で、管理者の手によって造られた存在です。主に世界の終末を取り扱っていますねー」

 テーブルに並ぶ料理に手をつけながら、あっさりと鈴木は、俺の言葉を認めた。よし、とりあえずこれをはっきりさせておかないと、話が進まないからな。

 俺は幸せそうな顔で、白米を掻き込んでいる鈴木へ、質問を重ねていく。

「じゃあ、その天使様が、どうしてこんな田舎町に光臨しているんだ? そろそろ上の奴が痺れを切らして、この世界を終わらせようとしているのかよ?」

「もぐ、違いますよ? まだまだこの世界には試験的価値があるので、廃棄したりはしないようです」

「んじゃ、なんで?」

 鈴木は口内の食物を全て咀嚼し、お冷で流し込む。ぷは、という満足げな吐息の後に、満面の笑顔で答える。

「この世界の観光と、学校生活を満喫するため、です」

「……そういえば、そんな事言ってたな、あんた」

というか、マジだったんだ、あれ。

いやいやいや、それ以前にさ、なんで天使が観光で光臨してんのさ? そんなお気軽に光臨して良いものなのかよ、天使。

「そんな目で見ないでくださいよ、七島君。これでも私ってば、働き者で、かれこれ体感時間で千年ぐらい働きっぱなしなんですよ。同僚からも「労働厨乙www」とか言われるし。だから、たまには溜まった有給を使おうと思って、きちんと申請して、八十年くらいお休みを貰ったんです」

 はふぅ、と感慨深げにため息を吐く鈴木。

 気のせいかもしれないが、話の内容が仕事場の愚痴を零すOLと大差無いんじゃね、これ。

「まぁ、有給取ったのは分かった。観光するのも分かった」

 でも、どうしても俺にはわからないことがある。

「けどよ、なんで学校生活なんだ? 観光目的っていうなら、まだ分かるんだけど、どうしてわざわざ時間が拘束されて、めんどくさい制限が多い学生なんかになったんだ?」

 話の流れからすれば、鈴木は心身をリフレッシュするために有給を取ったはず。なら、なんで面倒事が多い学生なんて身分を選んだんだ? いや、そもそも天使ならいくらでも身分偽造できるだろうし、わざわざ学校に通う意味も分からない。

 しかし、鈴木は思考を巡らせる俺を、どこか疲れた笑みを浮かべながら笑う。

「ははっ、若いですね、七島君は。学校生活の面倒くささこそ、青春の証だっていうのに……青春は、取り戻せないのに」

「……青春、取り戻したかったのか?」

「………………はい」

 天使にも学校みたいな施設があるのだろうか? そして現在、鈴木の言動はもはや、完全に『新入社員の愚痴』になってしまっているのだけど。

 俺が生温かい視線で目の前の天使を見下していると、それに気づいたのか、鈴木は顔を赤く染めて抗議してきた。

「あー、なんですか、その目! 別にいいじゃないですか、有給を好きに使ったって! 青春をエンジョイしたって! それに……七島君だって、私と同じじゃないですか」

「俺はお前みたいに、最終形態になれないぞ」

「そっちじゃなくて!」

 ずびしぃ、と鈴木は俺に人差し指を突きつけると、犯人を追い詰める名探偵のように指摘する。

「七島君だって、私と同じように青春を取り戻そうとしているってことです!」

「…………はぁ?」

 一体、何を言い出しやがる、この怪物。

 よりにもよって、この俺がそんなことを――――

「なら、どうして楓ちゃんにイメチェンを頼んだんですか!? 青春を楽しもうとしてないなら、高校デビューなんて考えないはずですよ!? ずっとぼっちのまんまで、楓ちゃんたちと関わろうとしなかったはずじゃないですか!?」

 答えるのは簡単だった。

 全ての元凶はお前なんだと。お前が放課後、正気が下がりそうな形状に変化しているのを目撃したのが、事の始まりなのだと。皆川と友達になったのも、お前の情報を得るためで、ギブアンドテイクなだけの関係で、断じて青春なんかのためではないと。

 完璧に反論することが出来た。

 なのに、なんで俺の口は動かない?

 なにを躊躇う要素がある? 無いだろ? さぁ、言え。顔を真っ赤にしている鈴木を泣かしてやれ。

「さ、最近では楓ちゃんとなんか、良い雰囲気だし! 隣でいちゃいちゃ、いちゃいちゃいちゃいちゃ。嫌がらせか!?」

「いちゃついてねーよ。つか、お前には谷沢がいるじゃねーか、妬むぐらいならデートでもしてやれよ」

「わかってませんね、七島君。あの手のタイプの天然ハーレム男は、あくまで追われている立場をキープしておかないと、いつ何時、横から掻っ攫われるか分からんのですよ!」

「まぁ、確かに谷沢はモテるからなぁ」

 ほとんどの男子が、一度は『死ね、谷沢』と呟いたことがあると噂されるほどだしなぁ。

 さて、変な方にずれてきたし、そろそろ話を戻そうか。

「そんな感じで、鈴木本人から光臨の理由を訊いてみたわけだけど、西島さん、一言どうぞ」

「くっだらない」

「今までの会話を一言で切捨てられたっ!?」

 さすがプロ。甘えた新入社員をあっさりと切り捨てた。

「せ、青春をくだらないなんて――――」

「黙りなさい、天使。世界の危機と隣り合わせの青春なんて、ライトノベルだけで充分です。現実には不必要です」

「だ、誰が一体、青春よりも世界が重いなんて――――」

「黙りなさい、元凶」

「うぅ…………人間のくせに、天使を苛めるなぁ」

天使のくせに、人間に苛められるなよ。

 鈴木は涙目になりながら、ぐちぐちと文句を言い始める。

「ふぐぅ。だ、大体貴方は私が真面目に事情を説明しているのに、何なの? その態度! というか、七島君との位置関係!」

「別に、おかしなことは無いですよ?」

「おかしいことだらけだからっ!」

 まぁ、鈴木の言葉にも一理ある。いや、傍目から見たらおおむねその通りかもしれない。

 現在、俺たちは定食屋のお座敷に座っているわけだのだが、西島のポジションが俺の膝の上なのである。正確に言えば、俺が胡座をかいている上に、ちょこんと、まるで子供が親に甘えるような体勢で座っている。

 確かに、この体勢から真面目な言葉を言われたとても、ふざけていると取られてしまうだろう。

「待て、鈴木。このポジションにはちゃんとした理由があるんだ。決してふざけているわけじゃない」

 今にも食って掛からんばかりの鈴木をどうにかなだめ、俺は説明する。

「この西島さんが属している組織はな、お前の抹殺を最優先事項として命令しているんだ。本来だったら、こうやってのんびり会話できるような間柄じゃない。ぶっちゃけ、負傷が無ければ、いや、負傷があっても、今この瞬間にでも、西島さんはお前を殺しにかかるはずだ」

「…………物騒ですね」

「しかし、それでは話が進まない」

「そこで妥協案というわけです」

 西島の最優先目標は鈴木の抹殺だ。しかし、現在は負傷していて、戦力差は明白。ここで戦うのは利口じゃない。だが、立場上、抹殺対象が目の前に居るというのに、見逃すことは出来ない。

 だから、俺は西島に妥協案を提案したのだ。

「負傷した上、第三者の介入により、戦闘が困難な状態である。そういうことにしておけば、『仕方ない』から、西島さんは話をするしかない」

「そして、現在の体制は、私が七島弥一に拘束されているという状態を表しているわけです。分かりましたか? 低脳天使」

「うぐぐぐ、無知無能の人間のくせにぃ」

 鈴木の苛立った視線もまったく意に介せず、西島は俺の胸に寄りかかり、ふぅ、と一息。

「まぁ、拘束状態とはいえ、この体勢に関しては悪い気はしませんけど。ふふふ、まるで女王様気分です」

 そうかい、こっちは子守りを頼まれた親戚の兄ちゃんの気分なんだが。後、マフラーが地味に暑苦しい。

「ですが、その女王様気分もそろそろおしまいでしょう。この天使がくだらない理由でこの世界に留まり続けるつもりなら、我々【委員会】は死力を尽くして殲滅します。それ以外の選択肢など、私たちは持っていませんので、あしからず」

「……へぇ、そう」

 空気が変わる。

 さっきまでの緩んでいたものから、肌を刺すものへ反転する。

 頬を緩ませていた西島は、いつも間にか、焼け付くような意志を瞳に宿した無表情へ。

 さっきまで涙目になっていた鈴木は、口元を三日月に歪め、いや、口の端が頬まで裂けた三日月に変え、見るもの全てを凍りつかせる壮絶な笑みを浮かべる。

 正義の味方と、天使。

 二人の殺気は、この平和な定食屋の中を、戦場の空気にするのには充分すぎるほど。無意識に発せられた二人の魔力が、空気を軋ませ、キリキリキリキリと空間が悲鳴を上げた。

「気のせいかな? ついさっき、貴方は私にあっさり負けたはずだ

ったと思うんだけど?」

「気のせいです。失礼ですが、脳みその入れ替えを推奨します」

 二人の殺気はついに他の客席の人々にまで影響を及ぼし、殺気に当てられた人が次々と気を失っていく。

 しかし、二人はそんな物はまったく構わない。

 ただ、お互いの顔だけを睨みつけて、殺意を研ぎ澄ませていく。

「吼えるな、人間風情が」

「驕らないでください、怪物程度が」

 二人の啖呵が交差して、ついに何かが許容量を超えて弾け跳んでしまう――――その前に。

「はい、ストップ」

 冷水のように、俺が声を掛けた。

 正直、俺にはこの二人の闘争を止める力は無い。が、術はある。とてもとても簡単な、『会話』という方法が。

「西島さん、今から戦ってもあんたに勝機は無いよ。今は大人しておいた方が賢い。分かっているよな? 鈴木も少しは頭を冷やせ。俺は天使の事情には詳しくないが、有給中に問題を起こすと、まずいことになるんじゃないか? 例えば、上に強制返還とか」

 場の空気が急激に冷めていく。

 弾け跳ぶ寸前だったものの水位が下がり、張り詰めたものが弛緩する。

「……ふぅ」

「……はぁ」

 二人は、しばらくにらみ合った後、同時に息を吐いて、戦闘状態を解除した。まったく、ため息吐きたいのはこっちだっつーの。

「冷静になったか? 二人とも。頭が冷えたなら、今日はお互いに見逃すことにしようぜ。これ以上睨み合っていても不毛だ」

「ふむ、確かに。七島弥一の言うとおりです」

「不毛っていうか、私は放っておいてくれれば、何もせずに大人しくしているんだけどなぁ」

「それで問題が解決しているのなら、【委員会】はわざわざ、抹殺命令を出していません」

 空気が弛緩した後も二人は言い争っているが、今度は戦闘に発展しそうにないので放置。いざとなったら、西島の胸でも揉んで仲裁してやろう…………胸、揉むほどあるか? これ。

「ん? 貴様、何か失礼なことを考えていませんか?」

「いいや、別に。世界平和について考えていただけだけど?」

「ほう、それは良いことですね。では、一緒に、そこの天使をちょっと殺しましょう」

「うふふ、黙れよ、合法ロリ」

 ひょっとしたら、この二人は立場とかが無くても、普通に仲が悪いのかもしれない。

「はぁ……大体、黙示録の獣とか言われている天使を顕現させるなら、せめてその力は抜き取って置けよ、管理者。まぁ、神様って奴は大概、気が向かなくて不親切らしいけど」

 二人がいがみ合うのを傍目に眺めながら、俺はぽつりと呟いた。

 しかし、と言っても色々上にも事情があるんだろう。世界を破滅させる力そのものが鈴木なんだとか、鈴木自体が意志を持った『世界の終末』みたいな存在で、力だけ抜き取るのは無理とか、そんな

設定があるんだろう。でなければ、こんなはた迷惑な存在を、そのまま顕現させるわけが無い。

「あ、その手があったね」

 ――――わけが無い、のだが、気のせいだろうか? さりげなく鈴木が俺の呟きを拾って、さらりととても重大なことを言ったような?

「ふふん、そこのマフラーでもこもこになっている人間。貴方は確か、私に世界を滅ぼす力があるから、この世界で青春しちゃいけない、とかそんなことを言ってたよね?」

「ふむ? はぁ、確かにそう言いましたが?」

 疑問符を浮かべている西島と俺に、鈴木はこれでもかと言うぐらい、勝ち誇ったドヤ顔で言い放つ。

「だったら、その力を上に戻せば良い! これで私はちょっと不定形の女の子になるだけだし、世界を滅ぼす危険は皆無! ふふ、どうかな? この、逆転の発想っ!!」

 ………………………………………………はい?

 ちょっと待ってくれ、鈴木。お前、さっき、なんか本末転倒というか、台無しにする台詞を言わなかったか?

 主に俺の覚悟とか、西島の覚悟とかをあっさり無意味にする奴。

「これなら、【委員会】という人間たちに襲われる心配も無いし、スクールライフを満喫できる! ふふふん、どうかな? これが天使の発想力だよ!」

 ああ、うん。どうやら、勘違いじゃなかったらしい。ここまではっきり言うんだから、本当なんだろう。

 はい、それじゃ、声を合わせて――――

「「出来るんだったら、最初からやれぇええええええええっ!!」」

 俺と西島は一糸乱れぬ呼吸で、鈴木にツッコミを入れた。



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