殺意を君に
そこはどこにでもあるような荒野だった。
草木がろくに生えておらず、大地は茶色と灰色に染まっていて、それと相反するように、空は鮮やかな蒼。
雲ひとつ無い晴天。
こんな日なら、何か良いことがあるかもしれない。などと、無条件に幸福を期待する者も居るだろう。ああ、そういえば、俺の故郷はもう梅雨の季節に入っていたな。梅雨の時期に、こんな良い天気なら、こんな俺でも、少しは心躍るのかもしれない。
――――――もっとも、目の前にこいつが居なければ、の話だが。
「どうしても私の思想に賛同しねーんですか? 相棒」
「誰が相棒だ。確かにお前と組むこともあったし、お前とはそれなりに長い付き合いだけどよ、少なくとも、相棒と呼べるような仲ではなかったはずだぜ?」
「おやおや、随分、ひでー言い草ですねぇ。小便臭ぇガキみてぇに泣き叫んじまいそうだ」
目の前の少女は、世界中を嘲笑うかのような嘲笑を浮かべる。
赤。
そう、少女は『赤』だった。
荒野の風が梳く長髪はまるで、鮮血を浴びせかけられたかのようなブラットレッド。瞳は地獄の業火をそのまま固めたような、ファイアレッド。
見る者の精神を、否応が無しにざわつかせる、不吉の赤だった。
「黙れよ、泣き叫びたいのはこっちの方だ」
赤い少女に向かって、俺は苦々しく顔を歪めて言う。
「分かってたぜ。お前が信用ならないことぐらい。分かっていたぜ? お前が何を望んでいるのかも、全部。けど、これはねぇだろ? 俺のことを相棒と呼びたかったのなら、これだけはしちゃいけねーことだっただろうが!」
俺の慟哭は、どこまでも虚しく空へと消えていった。
こんな荒野では、声が響く物など何も無い。
そして、響く者も。
「あー、あー。やっぱ、アレ? 弥一君、怒っちゃってます? いや、怒るかなー? って思ってやったんだけど、やっぱ、怒っちゃってます?」
「…………外道が」
こんな場所でもなければ、どこにでもあるような、別れ話にでも聞こえるかもしれない。俺たちがまだ、十五歳にも満たない子供であることを考えれば、そうかもしれない。
俺がボロボロの迷彩服を着て、アサルトライフルを携えていなければ。あいつが、鮮血に染まった軍服を着て、両手に無骨なダガーを携えていなければ。
「だって、しょーがねーじゃんかー。あいつらの村があると、弥一君がずっとここに縛られちゃいますしー。大体、図々しいんだよな、あいつら。無力だったら強い奴に頼っても良いとか、本気で思ってやがるような、人の皮に糞を詰め込んだだけの、生ゴミどもだったぜ」
「――テメェ!」
俺の怒りに呼応し、荒野の風が暴れ始める。
感情が強く揺れ動いてしまったために、無意識に魔術が発動してしまったらしい。が、そんなこと、今は些事だ。
俺は燃え上がりそうな理性を御し、拡散するオドを意識して練り上げ、アサルトライフにマナを集める。
近距離狙撃用魔術『踊る魔弾』。
俺が引き金を引けば、どこに銃口を向けていようが、放たれる魔弾は踊るように軌道を変え、魔力障壁をぶち破り、あいつを血肉の塊に変えてやれるだろう。
それはあいつも分かっていることだ。
しかし、それでもあいつは言葉を止めない。
むしろ、笑みを深め、口元を三日月に歪めた。
「何より、むかついたのが、そんな生ゴミの一員の癖に、人の相棒にちょっかいかけてきたガキがいたことだ。ったく、困っちゃいますよねぇ? ガキって奴は身の程を弁えないから。だから、ちょっとね、キレちゃった♪」
べろん、と赤く、長い舌を出し、あいつは俺を嗤う。
「ちょっと、村ごと、あのガキ消しちゃいました♪」
ここは荒野だ。
だが、ここには元々、小さな村があった。
戦争から逃げてきた小さな部族が、やっとのこと、作り上げた場所だったのである。
決して、裕福ではなかったけれど、傭兵一人ぐらいだったら、雇える程度の貯えがあった、そんな村だった。
こんな俺にも笑いかけてくれる子供が居る、そんな村だった。
しかし、今は見渡す限り荒廃した大地しかない。
村があった場所には、もう、何も無い。
「――――――アァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――っ!
喉が張り裂けんばかりの叫びと共に、俺は引き金を引いた。
確かな殺意と、憎悪を込めて。
「ぎゃははははははっ! いいねぇ、いいねぇ! 最高だねぇ!」
銃声に混じるは、嬌声。
この状況が楽しくってたまらない、というあいつの顔が、前髪越しに、魂に焼きつく。
狂気の炎が、俺を焼く。
こうして、かつての友は、俺の宿敵となった。




