カラオケには行けない
放課後、義経が病院での検査も終え、異常が無いこともわかった。なので、いつも通り、あの隠れ家に集合しようとしたのだが、
「ねー、七島。帰りにカラオケ行かないー?」
「どうしても七島が歌を歌う姿がイメージ出来なくてさぁ、なら、実際に歌わせてみようってことにになってぇ」
佐々木と木嶋がおかしなことを言い出した。
カラオケ、だと? リア充どもが良く集まってやる、アレか。義経がよく不良仲間と一緒に行っているアレか。そして、何度もしつこく俺を誘ってくるアレか。人間を密室に閉じ込めて二酸化炭素で酔わせるというアレなのか。
ふん、冗談。誰が行くものか。学校での時間はもう終わった、こいつらに時間を拘束される義理は無い。が、ここで無愛想に断るほど、俺もガキじゃない。ここは、無理やりにでも愛想笑いを浮かべて、機嫌をとりつつ――――
「いよっし、それじゃ、この四人で今日はカラオケだー!」
俺が断ろうと口を開くと、言葉を紡ぐより先に皆川が俺に無理やり肩を組んできた。
「ちょ、何を勝手に」
「え? 私たちとカラオケ行くの嫌なの?」
「嫌ってわけじゃないが、俺にも予定があってだな……」
俺が義経を出汁にこの場から抜け出そうとすると、ケータイからメールの着信音が。
この着信音は、というか、俺にこの三人娘以外でメールが来る相手といったら、義経しか居ない。うん、なんだか嫌な予感がしてきたが、とりあえずメールを確認する。
『わりー、今日は『正義の味方襲来事件』で、色々思うところが出来たから不良同士で反省会やることにしたんだぜ。今日はお前、学校の友達と遊んでくれ』
義経、お前、肝心なときに裏切りやがって。
「お、ラッキー。その予定無くなったじゃん」
「てめっ、人のケータイ勝手に覗くんじゃねーよ」
「覗き防止のシール貼ってない方が悪い」
うるさい、そもそもケータイを覗き見される状況に陥ったことが無かったんだよ。
「大体、お前ら部活はどーすんだよ? 皆川と木嶋はバレー部で、佐々木は美術部だったろ?」
「あー、私の部活、やっと覚えてくれたんだー」
「最初の頃は、アタシらの名前も覚えてなかったしなぁ」
「ふふん、私がプロデュースしたからね、とーぜん!」
佐々木と木嶋は、なぜか子供の成長を喜ぶような親の顔でこっちを見てくるし、皆川にいたっては、ものすごいドヤ顔で胸を張っていた。くそ、佐々木と木嶋はまだいいとして、皆川のドヤ顔が凄くうぜぇ。無い胸張りやがって。
「ちなみに、私たちはちゃんと部活休むって連絡しているから大丈夫。バレー部の部長も美術部の部長もすっごい良い人なんだよ? 『心を閉ざして誰とも触れ合おうとしない一人の少年を救うため』って言ったら、あっさりオッケーしてくれたし」
「お前、その少年って、もしかして……いや、もしかしなくても俺のことかよ? つか、計画的犯行か?」
「ふふふ、その通り。言ったはずだぜ、七島。この私と友達になるからには、しっかりプロデュースさせてもらうって。これはその計画の一部なのだよ」
…………なんか、最近、この活発バカ娘にしてやられてばっかりな気がする。
「ふふん、分かった? 七島。あんたに逃げ場は無いの! 大人しく、私に感謝しながらカラオケに付いて来なさい!」
だからまぁ、たまには反撃してやっても良いだろう。
俺は皆川の言葉に、素直に頷き、言葉を返す。
「そうだな、皆川。お前にはいつも助けてもらってばっかりで、本当に感謝しているよ。うん、カラオケにだって、ちゃんと行く。だって、お前がそこまでしてくれたんだからな、行かないわけねーよ」
「へ?」
皆川は目を点にして、あんぐりと口を開けていた。
ふふ、それもそうだろう。いつもの俺なら、ここで間違いなく憎まれ口や減らず口を叩く。だが、それではいつもと同じパターンに陥り、最終的には、なんだかんだで皆川に感謝しているという事実がある俺が押し負けてしまう。だったらいっそのこと、逆ベクトルで攻めてやることにしたのだ。
俺は精一杯の笑顔を作り、皆川へ語りかける。
「このクラスで孤立していた俺に、お前は手を差し伸べてくれたよな? なんだかんだ良いながらさ、あの時、俺はお前にすげぇ感謝していたんだぜ? お前らみたいな友達がいる今だから言えるけど、俺は多分、強がってたんだ」
「あ、あの、七島? なんで、いきなりそんな、キモイ笑顔を浮かべてむずがゆいことを?」
はっはっは、キモイ笑顔ゆーな。
「ははっ、むずがゆいとか言わないでくれよ。これでもさ、どん底に落ちそうになっていた俺を救ってくれたお前に、少しでも感謝の言葉を伝えようとしているんだぜ?」
「ひぃ、怖い! いつも減らず口ばっかり叩く奴が、いきなり褒めてくるとこんなに怖いの!? た、助けて、二人とも」
皆川は俺の言葉に耐えられなくなったのか、佐々木と木嶋に助けを求めた。
しかし、どうやらそれは無駄だったようだ。
「う、うぐ。やっと、素直になれたんだねー、七島」
「あんたらがお互いにツンデレだってこと分かってたし。でも、アタシたちには見守ることしかできなくてぇ……うぐ、よかったねぇ、楓ぇ」
「なぜ泣く!?」
佐々木と木嶋の二人は、なぜか、ハンカチを片手に目からボロボロ涙を流していた。まさか、ここまで効果があるとは思わなかったぜ。頭が緩み気味な佐々木と、携帯小説大好きな木嶋なら、こういう話に弱いかと思っていたんだけど、結果は予想以上。うん、むしろ俺も軽く引いたわ。
「な、なにこの四面楚歌!?」
皆川が混乱した様子で、俺に視線を戻す。よし、ちゃんと前に教えた四文字熟語を活用しているな、勉強を教えた甲斐があったぜ。
さて、悪ノリも長引くと取り返しの付かないことに成るので、これで最後にしよう。
「なぁ、みなか――いや、楓」
「な、名前に言い直した!?」
さすがにこれは俺も恥ずかしいが、効果は抜群。皆川は顔を真っ赤に染めて、茹蛸のようになっている。
「俺はさ、お前に凄い、感謝しているんだ……いや、それだけじゃねー」
「か、顔近い! 顔近い!」
はっはっは、我慢しろ。俺もきつい。
俺は自身もダメージを食らいながらも、最後の一言を、そう、この悪ノリのオチを口にする。
「楓、俺はさ、お前のことを――――――天使みたいに思っているんだぜ」
うっし、言ってやったぜ!
どうだ、この痛々しい台詞は! 正直、自分の黒歴史に刻まれるのは確実な言動だが、これでお前は一気に素に帰り、さっきまであたふたしてた自分を恥じるだろう! さぁ、俺相手にあたふた動揺していた事実を恥じるがいい。
「…………弥一」
あれ? どうした、皆川? なんでそこで瞳を潤ませた? ツッコミは? 冷めた目でのツッコミは? というかどうして俺を名前で呼んだ!?
「わ、私も、ちょっとだけどね、弥一のこと…………」
顔近い近い近い! やばいって、皆川! これ以上はアウトだ! 取り返しが付かないことになる! なんかもう、お互いの息遣いとか分かるぐらいまで近づいてるじゃん! やばいやばいって、ていうかこれはもう――――
「へぶんっ!?」
俺と皆川が危うい一線を越えそうになる、その直前、なにやら椅子から滑り落ちるという、日常生活ではなかなか難しいドジをやらかした音が。俺と皆川は揃って音がした方を向くと、なにやら、ひどく慌てたように、額から冷や汗を流している鈴木の姿が。
あ、居たんだ鈴木。
「みゅわっ!?」
鈴木の存在に、というか、ここが教室で、俺たちの他に、結構残っている生徒が居ることに気づいた皆川は、奇声を上げて後ずさった。
「「ちっ」」
そして、佐々木と木嶋の二人は、舌打ちをしつつ構えていたケータイを下ろす。お前ら、写メだな? 写メを撮ろうとしてやがったな、この野郎。
まぁ、それはさておき、
「あわわわわ、ち、違うし! そう、違うんだって! 七島が、その、変なことを言い出すから! さっきのは不可抗力で!」
見ている方が恥ずかしくなるほど、顔を真っ赤に慌てふためく皆川をどう慰めよう? 俺は苛めるのとか貶すのは得意だけど、誰かを慰めるのなんか、めったにしたとき無いからなぁ。
「えーっとだな、皆川。さっきのはな、ほんのジョークというか、悪ノリしちゃっただけからな?」
「だ、だよねー! ジョークでもなきゃ、七島が、私のことを、天使とか、そんなバカみたいな例えしないもんねー!」
「ふぐぅっ!」
俺たちの会話に割り込むうめき声。
声の主は探すまでも無く、鈴木だった。どうやら、椅子に手をかけて立ち上がろうとしたところを、机の角に頭をぶつけたらしい。
ぷるぷる震えながら、頭を抑えているが、とりあえず、無視して話を続けよう。
「あー、でも、感謝しているのは本当だぜ? お前のおかげで、こう、なんとなくだけどよ、教室で息がしやすくなったんだ」
「な、なによ、それ。わけわかんない」
ふい、と俺から視線を逸らし、皆川はそっぽを向く。
照れているのか、怒っているのか。コミュ障の俺にはなかなか判別しづらいところではあるけど、ここまで言ったら、毒を食らわば皿までってことで。
たまにはやけくそ気味で素直になるのも悪くない。
「天使、はわざと恥ずかしく言った例えだけどさ。少なくとも、俺は、俺に手を伸ばしてくれたお前を、まぁ、その、さ、マジで、友達だとか、思ってんだけど」
「七島…………」
「ひうあっ!?」
再度、悲鳴。
もはや何があったかわからないが、鈴木は床に倒れ伏し、ぴくぴくと小刻みに痙攣していた。
なんだろうな? もはや、鈴木がわざとやっているとしか思えなくなってきたんだが…………あ。
少し思い当たる節、というか勘があったので、俺は両手でメガホンの形を作った。そして、魔術で音響を操り、鈴木にだけ聞こえるように囁く。
「鈴木マジ天使?」
「ひむぅっ!?」
倒れ付したまま、びくんっ、とこれ以上無く分かりやすく動揺する鈴木。
うん、まさかお前が釣れるとは思わなかったぜ。つか、釣れんなよ、これっくらいで。
「…………っ!」
鈴木がこっちを睨みながら、『どうして私の正体をっ!?』という思念をバリバリ送ってくる。そうだな、どうしてだろうな? 俺はむしろ、どうしてお前がここまで分かりやすいのか聞きたい。そして、あんな怪物ビジュアルなのに、天使かよ。天使が実は怪物だったという事実を知ったら、一体、どれだけの人の幻想がぶち殺されるんだろうか?
「えーっと、七島? ど、どうしたの? いきなり挙動不審になってさ」
「なんでもないよ、皆川。さぁ、皆でカラオケ行こうぜ。と言っても、俺はアニソンとレクイエムしか歌えないけどな!」
「何、その組み合わせ!?」
俺と三人娘はわいわいと騒ぎながら、帰り支度を整える。心なしか、俺が素直に皆川のことを『友達』と認めたことで、三人娘との距離が縮まったような気がする。いや、違うか。元々、俺が一人で勝手に距離を作っていただけなのかもしれないな。
「…………」
というわけで、こっちは友情物語で忙しいから、お前のことは放置の方向だからな、鈴木。はっはっは、そっちがいかにも『ちょっとお話があるんですが?』みたいな視線を送ってきても、正体が天使っていうなら、もう、お前を構う必要は無いのだ。
天使、それは世界に組み込まれたプログラムであり、時々、親どもや、第一級災害指定の人間を排除するために光臨したりする存在。そして、原則として、一般人への殺傷行為は認められていない。
ま、何事にも例外があるかもしれないが、とりあえずは一安心ということで、人生初のカラオケにでも挑戦してみるとするか。
「あ、花ちゃん。どしたの? こっちをじーっと見て?」
「え? あ、うん。ちょっとね、七島君にお話したいことがあったんだけど……ううん、ごめんね、なんでもないの」
「そんな、遠慮しないで! あ、どうせだったら、一緒にカラオケ行かない!? 部長には私から話しておくからさ!」
「えっ、でも」
「私は賛成だよー」
「アタシも良いと思うな。花っちの歌って、マジ最高だし!」
「そ、それじゃ、お邪魔しちゃおうかな?」
…………皆川ェ。
こうして、俺は否応が無しに、天使(怪物)の鈴木とお話しなければいけなくなってしまった。
「七島君のご両親って何をなさっているんですか?」
「絵本作家とバリバリのキャリアウーマンだよ」
「七島君の瞳って、とても綺麗な蒼ですね。ハーフかクォーターなんですか?」
「この目は、今は無き親友から譲り受けた魔眼なのさ」
「魔眼、ということは魔法という存在を信じているのですか?」
「いやぁ、最先端科学ってもう、魔法みたいなもんだよなー」
「…………あの、わたっ、私に何か言うこととかありませんか?」
「谷沢はなかなか優良物件だぞ。あんまり焦らし過ぎて、逃がさないようにしとけよ」
カラオケに行くまでの間、それはもう、鈴木が怒涛の勢いで俺に質問をしてきた。表面上は冷静を装っているけれど、言葉の端々から焦りや困惑が感じ取れる。
しかし、それらに俺が付き合う義理は無い。もはや、鈴木が無害な存在だと理解したので、適当に流しておくことにする。
もっとも、鈴木が本当に天使だとして、なぜ西島があんな言い方で俺に忠告してきたのか気になるところだが、それを差し引いても、鈴木は今まで人間を傷つけるような行動をとっていない。様子を見るとしても、警戒レベルを少し引き下げても良いはずだ。
…………あれ? そうなると、皆川たちと友達で居るメリットも無くなるよな?
「なーに、首を傾げてんのさ!」
「こふっ!」
もはや定番とばかりに、油断している俺の背中を叩く皆川。
思わずむせ返り、皆川を睨みつけるが、睨みつけられた本人は悪びれもせずに笑っている。
本当に、楽しそうに笑っている。
「ふふんふーん♪」
「機嫌良いよねー、楓」
「ほら、やっと七島の奴を誘えたからうれしーんじゃね? あと、花っちが付いてきたのもでっかいな。楓、花っち大好き系だし」
皆川が鼻歌を歌っている姿を、佐々木と木嶋が和やかに見守っている。ほんと、この三人娘は仲良いな。
なんというか、こいつら三人が姦しく騒いでいる光景が、平和そのものみたいに思えてきた。
だからなのかもしれない。俺が、俺みたいな奴が、損得勘定抜きで、友達を続けてみたいと思ってしまった。
「七島君、七島君」
と、俺がそんな風に、柄にもなく和やかな気持ちになっていると、呼び声と共に、鈴木ががっしりと俺の腕を掴む。
なんだ、また質問かよ、と俺は辟易しながら振り返った、のだけれど、振り返った瞬間、後悔した。
がっしりと俺の腕を握った鈴木は、後光が差しそうな良い笑顔で「嵌めましたね?」と訊ねてくる。そして、その更に奥には、空間の切れ目から半身を出し、鈍く光る鎖で鈴木をがんじがらめに絡め取っている西島の姿が。西島はこちらに気づくと、「あちゃー」と無表情のまま呟いた。
「おま――――」
ずるり、と世界の景色が流れていく。
為すすべも無く、みちづれで空間の切れ目に引き込まれ、あっという間にこの場から消えてしまう。
「く、そ」
悪い、皆川。カラオケはまた今度な。




