日常に気づく
翌日、俺は何とか登校することが出来た。
西島にやられた傷については、義経が軽い脳震盪で、俺が鳩尾にくっきりと指の痕が残った程度。日常生活を送るには支障無い。
どうやら、俺たちは随分、西島に手加減されていたみたいだ。後から義経と回収した不良たちは、意識を失ってこそいたけれど、眼だった外傷などは無かったし。
「……しかし、天使か」
昼休み。
本来だったら、義経と一緒に屋上で弁当を食べるところだが、現在、義経は俺が無理やり病院で検査させているため、学校には来ていない。かといって一人で屋上へ行くのも虚しいので、仕方なく雑多な音が溢れかえる教室で弁当を食べていた。
俺は箸を進めながらも、昨日、西島が告げたことを思い出す。
天使。
神の使い。
人に導きと恵みを、あるいは罰を与える者。
親父曰く、『管理者』の元で製造された、世界を構成するプログラムの一つ、だとか。
俺は今まで、そんな存在を目にした時はないが、親父とお袋が無理やり語って聞かせた戦歴の中に出てきた気がする。確か、俺が生まれる前、親父とお袋が戦った中で、一番強大な力を持っていて、世界の危険因子である二人を殺そうと光臨したところを、返り討ちにしたらしい。もっとも、さすがの二人も半死半生といった風体だったと聞いたけど。
それがもう一度光臨した。
何のために? 再び親父とお袋を殺すためか? いや、そうだったら、西島は『力を借りる』なんて言い方をするはずが無い。
そして、それよりも、だ。
「…………どうも、引っかかる」
俺は、ちらりと隣で重箱の中身をかっ食らっている鈴木を見る。
よほど空腹だったのか、一心不乱に白米を搔き込んでいるのだが、そんな姿ですら、一枚の絵画のように鈴木は美しい。その美しさは神秘的な雰囲気すら漂わせている。
そして、その隣で谷沢が困ったような顔で鈴木を諭そうとしていた。
「花さん、あのね、弁当は逃げないんだから、もう少しゆっくり食べても良いんじゃ――」
「にふぇる(逃げる)」
「逃げるの!? というか、物を食べながら話しちゃいけません!」
なんというか、最近、あの爽やかイケメンの谷沢が鈴木のオカンみたいな感じになっているんだが。まぁ、なんだかんだ言いつつも、谷沢は地道に鈴木の好感度を上げているみたいだし。まったく、天然ジゴロの癖に一途で努力家かよ、頭が下がるぜ。
…………けど、想いを寄せているそいつの正体が、人外の怪物だって知ったらどうするんだろうな? 谷沢って唯一、オカルトがらみの話が苦手らしいし。学校の怪談で、気絶するらしいし。
俺としては、谷沢がどうなろうと関係ないんだが、精神衛生上、身近な人間には死なないで欲しいものだ。
「よーう!」
「ごふっ!?」
人の背中をいきなり叩いてきたこのバカ以外は。
バカ、もとい皆川は、俺の背中に手を置いたまま喧しく話し出す。
「何、一人寂しくメシ食ってんのさ? こっち来て、一緒に食べたらいいじゃん!」
「あいにく、人がメシを食っているときに背中を叩くような危険人物と机を囲みたくないんでね」
「うっわ、人が誘ってあげてんのに、その態度。まったく、とことんあんたって、コミュ障なんだね」
「暴力女がよく言うよな?」
「ほほう、喧嘩? いいよ、買っちゃうよ?」
俺と皆川はお互いの頬を引っ張り合うという、高度な駆け引きとと強い忍耐が必要な戦いを繰り広げていると、さらに、姦しい奴が二人追加された。
「うわー、なんか微笑ましいねー、亜実」
「なんだろーな? 美衣子、こいつら付き合ってんじゃね?」
頭の中まで緩そうな佐々木と、頭の中が腐ってそうな木嶋が、もはや定番の如く俺と皆川の争いにちょっかいを出してくる。
「おまへら、なにかっへはこほを(お前ら、何勝手なことを)」
「ひょうらよ! られは、ほんな!(そうだよ、誰がこんな!)」
「いや、何言ってるか、全然わかんない」
ええい、皆川、一時休戦だ、先にこいつらを叩くぞ、と視線を送ると、皆川は視線で『了解、対象を殲滅するぅ!』と返してくる。
不思議なことに、いつの間にか皆川とはアイコンタクトで会話できるようになっていたのだが、今は深く考えないようにしよう。
「しゃげー」
「ふしゃー」
俺と皆川は同時にお互いの頬を離し、奇声を上げて佐々木と木嶋に踊りかかった。
「「何、そのコンビネーション!?」」
そんな風につっこまれる程度に連携する俺と皆川。
うん、今更だが、大分こいつらとじゃれ合うのにも慣れてきたと思う。
「で、七島はどこ怪我してんのよ?」
じゃれあいの後、仕方なく俺は三人娘と一緒に机を囲んでいた。
俺は親どもが戦場に行っていて一人暮らしなので、必然的に食事も、弁当も自分で作ることになっている。自分ではそれほど美味いとは思えないのだが、三人娘は人の弁当を美味そうにつついてくるので、意外と平均よりは、俺って料理の腕があるかもしれない。
なんて、気を抜いていたときに、この一言だった。
「ん? なんで、驚いた顔してんの? だって、今日、明らかに動きが微妙にぎこちなかったし、時々、うっすら顔しかめてたじゃん」
言葉の主は、活発おばか系女子である皆川。
まん丸とした栗色の瞳で俺の顔を覗き、不思議そうに首を傾げている。
あー、マジかよ。
「えー、よくわかったねー、楓ぇー。私、全然、わかんなかったようー」
「ほんと、この子は時々凄い勘が鋭いからねぇ。あ、それとも七島のこと、それっくらいずっと見てたとか?」
「からかわないで、亜実。ほら、私って大家族の長女でしょ? だからね、妹や弟が病院行くのをぐずって、良く怪我とか病気隠しているところを何度も見てきたの。だからね、男子のつまんない強がりぐらい、私には分かるんだよ」
どこか得意げに皆川は言う。
うん、本当にどうしてばれたんだろうか? これでも注意深く隠していたつもりだし、表情には出さないようにしていたはず。傷だって、筋肉が多少傷付いているだけで、それほど深くない。
…………いい加減、俺も鈍ってきたのかもなぁ。戦場から帰ってきて、もう数年経つし。物音にもそれほど過剰反応しなくなったし、フラッシュバックも少なくなった。それに、西島と戦ったときも、かなり魔術の練りも、詠唱も、戦いの勘も鈍っていた。
でも、きっとこれで良いんだろう。
ずっと、過去に引きずられて暮らすよりは、多少、腕が鈍っていたって、平和で前向きに暮らしたほうが良い。
だから俺は、素直に白旗を上げることにした。
「よくわかったな、皆川。これでも頑張って隠してたんだけど」
「ばーか、バレバレだし。っていうか、やめなよ、そういうの! うちのガキ共にも言ってるけど、痛いときや辛い時は素直にそう言いなさい! 無理して我慢するのが一番悪い!」
「へいへい、わかりましたよ」
「返事ははい!」
お前は、俺の姉貴かよ?
結局、胸の怪我のことは、不良の喧嘩に巻き込まれたということにしておいた。多少、三人娘には引かれるかと思ったのだが、予想外に、本気で心配してきやがった。
「ふえー、だいじょうぶー? どうしよう? 先生に言った方がいいいのかなー?」
「ばっか、甘い! こういうのは、即、警察だっつーの! 国家権力を使うんだし!」
「待て、二人とも。俺の怪我はそんなひどくないし、警察なんて呼ばれたらかえって困る。それに、俺のダチはここら一帯の不良をシメてるからな、そいつに頼めばなんとかなる」
「ほんと? 無理してないー?」
「報復とかに巻き込まれんなよ」
ちっ、さりげなく俺が不良と繋がっているって言ってんのに、どうしてそんな顔するんだよ、お前らは。
やめろよ、そういうの。
俺は慣れてないから、どういう顔したらいいか、わかんねーんだよ、くそ。
俺の困惑が顔に出てしまったのか、皆川は無言で、いつになく真剣な顔で俺の頬を摘んだ。
「七島、本当に大丈夫?」
「らいひょうぶ、だ(大丈夫、だ)」
「無理しない?」
「むひふぃない(無理しない)」
「困った時は、すぐに私に相談すること」
「…………なんで?」
「友達だから」
ずい、と皆川は顔を近づけ、俺の目を見据えた。
蒼色の魔眼に惑わされること無く、澄んだ視線で俺の内側を見てきやがった。
わけわかんねぇ、なんでこんな目で俺を見るんだよ、お前は。
……くそ! わかったよ、わかりましたよ!
「はい」
俺は皆川の目に根負けし、渋々、返事をする。
すると、ころっと、皆川の表情が変わり、満面の笑みで俺の頭に手を乗せた。って、うおい!
「はい、よくできました」
「み、皆川? あのさ、なんか、凄い微笑ましい視線が周りから集まってくるんだけど?」
「うーん、実はちょっと私も恥ずかしい」
「んじゃ、やるなよ!?」
顔を赤らめるな、皆川! 佐々木と木嶋は口笛を吹いて冷やかすんじゃねー! そして鈴木! 慈しむような視線を止めろ、てめーは、黙ってデザートのバケツプリンでも食ってろや!
「あー、七島が赤くなってるー」
「るっさいぞ、佐々木」
顔が熱い。
クラス中から、なんか、からかわれている。そして、それを収拾しようにも、俺の声は震えていて、あいつらをうまく言いくるめることはできないだろう。
やめてくれ、こういうのぼっち野郎には辛いんだって。
ああ、どうにも俺は、本当に鈍りきっているみたいだ。




