正義の味方
しばらく義経と雑談しながら、魔術指南をしていたときだった。
「なぁ、弥一。なんか、他の奴ら、随分、遅くねーか?」
「そうだな。いつもだったら、今頃、最低でも数人は集まって来ているはずだし」
俺と義経はその違和感に気づいた。
この隠れ家は義経を筆頭とする不良軍団のたまり場として、愛用されている。そして、あいつらは基本暇なので、ほぼ毎日集まる。
なのに、今日は日が暮れて大分経つというのに、誰も来ない。そもそも、義経の魔術指南は、あいつらが来るまでの暇つぶしも兼ねているので、大抵は三十分程度で終わり、俺はお役御免ということでさっさと退散していた。退散する前に、義経と不良軍団がしつこく引き止めるのが、少々面倒くさかったけれど、嫌ではなかった。それが、そいつらが、いつもは頼んでも居ないのに湧いて出る奴らが、今日に限って来ない。
「義経、ケータイにメール着てるか?」
「いいや、着信履歴もねぇ」
背筋に悪寒が走る。
懐かしい既視感。
爆弾を体に巻きつけたテロリストが飛び込んできたとき、遠距離からRPGを撃ち込まれたとき、民間人の中から少年兵が襲い掛かってきたとき、似たような悪寒を感じたことがある。
けれど、その悪寒を否定するかのように、階段から、のんきな足音が聞こえてきた。
「な、なんだ。ちょっと心配したじゃねーかよ」
義経は引きつった顔をほぐし、胸を撫で下ろす。そして、階段から上がってくる仲間を迎えるため、この階層の入口、つまり階段の方へと歩いてく。
…………本当にそうか? 確かに、足音は間抜けなほど音を立てて階段を上っている。もしも、俺目的の刺客だったら、足跡を立てるなんてヘマは犯さない。だが、不可解な点がある。あの不良たちは基本に群れて団体で行動しているのだ。この隠れ家にくるときだって、決まって数人単位の集団で集まってきている。なのに、この足音は、なぜ、たった一人分なのだろう?
再び、けれど、今度は背骨を捕まれるような悪寒。
理屈よりも本能で確信した。
アスファルトを蹴り飛ばし、跳躍。
「ふっ」
短く息を吐き、一瞬で義経との距離を肉薄。説明も合図も何もなしに、階段へ向かう義経の体を押し飛ばす。
「――――がっ!?」
義経はわけもわからず、俺の掌圧を腹部に喰らって吹き飛んだ。
そして――――
「は、知らなかったぜ。最近では、挨拶代わりにハイキックを叩き込む流行があったなんてよ」
義経を吹き飛ばした直後、俺の右側頭部に向け、鋭い蹴りが飛んできた。予想はしていたので、辛うじて腕でガードできたが、衝撃波殺しきれて居なかった。ガードした右腕が痺れ、軽く頭に衝撃が走る。
「…………」
無言で繰り出される二発目の蹴り。
今度はハイではなくて、ロー。俺の機動力を確実に削ごうとしている。
「ちっ」
ハイキックを繰り出した後だというのに、襲撃者はまったく隙をを見せずに二発目を繰り出してきた。相当のてだれだ。
俺はローキックを受けるのではなく、避けるように背後へ跳ぶ。できるだけ襲撃者から義経を隠すように、俺は立ちふさがった。
「……反応が良い。ただの不良ではありませんね」
「失礼だな。どこをどう見たら、俺が不良に見えるんだか」
会話の間に襲撃者を観察。
小学生ほどの小さな体つき、声の高さから察するに、女性。茶髪のポニーテイルに、犬のような太眉、幼さが残る顔立ち。恐らく、襲撃者は良くて中学生程度だろう。服装は紺色のジャージに紅蓮のロングマフラー。動きやすいんだか、動きにくいんだか、分からない格好だ。
「何者、ですか?」
丁寧だが、厳しい口調。
本来なら、無邪気な光が灯っていそうな瞳は、強く、燃え上がるような意志の熱を感じた。
さっきの動きといい、押し隠された魔力といい、これはかなり上位ランクの強さだ。親どもには及ばなくても、準する程度の実力はあるかもしれない。
「そりゃ、こっちの台詞だね。人の敷地に勝手に入ってきたんだろ、せめて名乗ったらどうだ?」
軽口と挑発。
乗ってくるとは到底思えないが、こちらは少しでも時間を稼がなければいけな――
「西島 葵。正義の味方です」
名乗りやがった!? しかも、挑発に乗ったんじゃなくて、こっちの時間稼ぎを見破った上でかよ!
「おいおい、正義の味方ですか。俺たちは何も悪いことした覚えはないんですがねぇ? 最近の正義の味方っていうのは、だらだらたむろっているだけの若者も駆逐するのかよ?」
「貴様ら不良ほど、自分の罪に鈍感な生物はいません。なので、とりあえず不良っぽい人間を見かけたら、一通り根絶やしにするまでに半殺しにすることにしているのです」
嫌悪を抑えず、言葉にして吐き棄てる西島。
ああ、ダメだ。こいつは敵と定めた奴の話をとことん聞かないタイプの人間だ。説得するだけ無理っぽいな、こりゃ。
「そんな力を持っていながら、やることは弱い者いじめか? 随分立派なご趣味をお持ちだな、正義の味方って奴はよ?」
「そうですね、貴様の言うとおり、これは趣味です。本業は別に有り、これは正義の味方としての趣味なのです。私は、地方に出張するときは、とりあえず、その地方の不良を根絶やしにすることにしているのですよ」
「…………もしも、あんたが不良と断じた中に良い奴が居たらどうするんだよ?」
「不良に良い奴は居ない……と切り捨てたいのですが、残念ながら彼らの中にも善良な人間は居ます。なので、私はこう答えましょう」
西島は、外見相応の笑みを浮かべて俺に言った。
「その人はきっと、運が悪かったんですよ。ああ、もしかしたら、ここに来るまでに相手してあげた人の中にも居たかもしれませんね、そんな人が」
西島の言葉で、背後から義経の巨体が飛び出した。
「ばかっ、やめろ!」
俺の制止の声も聞かず、義経は西島に駆け寄って、その胸倉を力任せに掴み上げる。
「てめぇ! 一体、何様のつもりだよ!?」
力任せに西島を掴み上げ、犬歯をむき出しに怒る義経。その姿はまさに鬼神というあだ名に相応しい。
けれど、そこまで怒っていても、義経は善良な人間だった。
「ふむ、あなたもどうやら稀に居る、善良なタイプのようですね」
西島を掴み上げ、拳を構えた姿で制止していた。拳を震わせ、歯を食いしばり、それでも、自分より小さな、小学生ほどの体躯の少女へ、拳を振るうことはできなかったのである。
西島はそんな義経を見て、微笑み、
「なので、優しく飛ばしてあげましょう」
義経の腕を振り払って、強烈な回し蹴りを義経に叩き込んだ。叩き込まれた巨体は、小学生程度の体格に蹴られたとは思えないほどの勢いで、吹き飛ばされる。
「くっ、義経ぇ!」
こままではビルの壁にぶつかってしまいそうなほどの勢いで飛ばされた義経を、俺は何とか受け止め、優しく床へ下ろす。
タフネスには自信があると豪語していた義経は、目を回して気絶していた。
「…………おい、どうして善良だと分かっていた義経を蹴り飛ばした?」
「善良そうでない貴様を倒すのに、邪魔でしたので、彼」
ああ、なるほど。確かに、俺を本気で倒しにかかるときに、義経に絡まれていては邪魔だろう。
だが、邪魔なだけだったんだろう?
お前の趣味っていうのは、善良な人間を傷つけてまでやらなきゃいけないほど崇高なのかよ?
「一つ訊く。お前は正義の味方を自称しているが、一体、どうしてお前はそんな物を名乗れるんだ? どうして、こんな真似をしていて正義なんて名乗れる?」
答えは、迷うことなく返ってきた。
「愚問ですね。私の意志が正義だから、私は正義の味方なんですよ」
「………………ああ、確かに愚問だったな」
忘れていたよ。
自分で正義を自称する奴は、大抵がろくでもない人間だってことをさ。
「お前が何だろうが、どこの組織の人間だろうが、俺の親友を蹴り飛ばした時点で、お前をぶちのめすことは確定してるんだからよ」
「ふん、出来ないことを喚くのはみっともないですよ」
空気が音を立てて軋み、弾ける。
西島は瞬間移動のような歩法で俺との距離を肉薄、獣の牙を連想させる手の形、肉を抉らんばかりの両手の牙が俺に襲いかかかる。
防御は不可能。
オドによって練り上げられ、マナを取り込んだ西島の体は、既に凶器だ。受けに回った瞬間、肉を抉り飛ばされる。かといって、退けば追撃で勝負は決まる。
ならば、答えは『インファイト』だ!
紙一重の見切り。文字通り、髪を数本持ってかれながらも敵の牙を避け、カウンターを叩き込む。
相手は魔力による純粋な肉体強化系。それに特化したタイプだろう。なら、俺は属性付加で対抗する。
カウンターの拳には、時間稼ぎによってストックしておいた魔術を一つ付加。触れることにより、対象の魔力を奪う闇属性の魔術だ。純粋強化系には、こういう魔術が一番効果的なのである。
「――ちぃ!」
しかし、西島の顔面に叩き込まれるはずのカウンターは、紙一重の見切りで避けられた。こちらは過去の経験によっての見切りだが、あっちは反射神経を強化した上の見切り。そして恐らく、西島も経験則による見切りも可能なはず。
こちらもシナプスをいじって、多少思考を加速しているが、それもあちらの方が上手だろう。このままインファイトに持ち込んでいたら、明らかに不利。
状況判断。
戦い方を、スイッチを押すように、切り替える。
インファイトから、時間稼ぎしていた分のストックを全て注ぎ込んだ短期決戦。
「炎心火山」
お互いに拳を外した体勢から、俺は短く詠唱する。紡がれた呪文は、体に灼熱を纏うためのもの。お互いを抱きしめんばかりの距離に居た西島は素早く、俺から距離を取った。
それにより、さらにもう一つ、詠唱のための時間が出来る。
「烈風林火」
紡がれた呪文、二つ目の魔術は風を呼ぶためのもの。
召喚された突風は俺が纏う灼熱を紅蓮の渦へ変えていく。
――――これで、ストックは最後だ。
西島はさらに身体強化の魔術を使い、灼熱ごと俺を貫くつもりだろう。このチャンスを逃せば、その一撃からは逃れられない。
「風より生まれいでよ、紅蓮の炎蛇!」
二つの中級魔術を経て、組み立てられた上級魔術。俺の体を纏っていた灼熱は風により姿を変え、蛇を模す。
鋼鉄ですら、バターのように溶かしてみせる、灼熱の蛇。
完全に殺すつもりの一撃だが、それくらいでなければ、相手を倒すことなどできはしない。いや、俺と相手の力量差からすれば、殺す気の一撃で、やっと相手を行動不能に出来る。
灼熱の蛇は大顎を開け、俺へ距離を詰めようと一瞬のタメを作っていた西島を飲み込む――――――と、同時。
「なるほど、貴様、なかなかやりますね」
西島を飲み込んだ蛇が、内側から爆散した。
紅蓮がまるで散っていく花びらのように宙を舞う。
何が起きたのか理解した時には既に、西島の五指が俺の鳩尾にめり込んでいた。とっさに防御術式を発動させて威力を殺いだが、それでも何とか意識を保っていられる程度。
痛みではなく、猛烈な脱力感が俺を襲う。
「非礼を詫びましょう。貴様は善良ではありませんが、決してぬるま湯に浸かって腐ったゴミクズどもではありません。これは、貴様には不要の痛みでしたね。むしろ、貴様に必要なのは痛みを癒す存在でした」
もはやまともに立っていられず、俺は西島の体へ体重を預ける。
「私は正義の味方。つまり、痛みしか与えられない存在です。なので、私は腐ったゴミクズを叩いて直すやり方しか知りません。痛みを知らない人間に痛みを与える、これが私の正義なのです」
西島は、小さな体で俺の体重を支え、淡々と言葉を紡いでいた。
「貴様の親友を傷つけたことも詫びましょう。彼もまた、痛みを必要としない人間でした。ですが、彼の中にはまだ甘えがあったので、嗜めるために痛みを与えたのです」
なるほど。
俺は西島の話を聞いて、やっと西島の言う『正義の味方』という定義を理解することが出来た。
恐らく、この西島という少女は、俺と同じく、闘争の過去を持っており、それ故に生ぬるい世界で腐っている不良どもが許せないのだ。人が傷付くということをまるで理解していない、この国の人間が許せなかったのだろう。
この俺が、そうだったように。
だからこの西島という正義の味方は、『痛み』を与えることで、人が傷付くことを教えたかったのかもしれない。
本来なら、義経は傷つける対象でない義経も、新たに得た魔術という力に夢見ていた部分があり、そこを見透かされ、『痛み』を与えられたのだろう。過ぎた力がどういう結果を生み出すかを、教えるために。
ああ、なるほど、確かにあんたは正義かもしれない。間違いなく、そして、少なくとも、あんたと俺にとってはその行為は正しいだろうよ。理解は出来た。
けどよ、
「腹の虫は収まらないな!」
俺の声に反応し、思わずこちらを向いた西島に、そう、俺の蒼眼を見てしまった西島へ、俺は叫んだ。
「例えお前が正義で、俺が悪だろうがよ! 親友を傷つけられて何も出来ない奴はゴミクズ以下だ!!」
そう、全ては確実にこれを当てるための布石。
封印解除。
制御無用。
クソ親どもから与えられえた、生まれついての魔眼を解放する。
「――っく! これは、吸気の魔眼!?」
初めて、西島の表情が焦りによって崩れた。
俺の蒼眼が西島のオドを根こそぎ奪い取らんと、その効力を発動し続けている。
「視線を逸らせない? そうか、これは吸気に加えて魅了まで付加されているんですね!?」
魅了によって相手の視線を固定し、吸気により相手のオドを奪い取る。これが、つい最近まで気づかなかった俺の魔眼にして、現、切り札だ。
うん、今、初めて両親に生んでもらったことを感謝している。
後、皆川、髪を切ってくれてありがとう!
「う、ぐぐぐ」
西島の体から力が抜けていく。
ずるりと、しっかりと俺の鳩尾にめり込んでいたはずの五指が外れる。脱力感は消え、代わりに鳩尾がひどく痛み出したが、なんとか自力で立てるレベルには回復した。
使ってみてわかったことだが、なかなかこの魔眼の効果は戦闘向きかもしれない。対象からオドを吸い取る行為は、即ち、攻撃と回復を同時に行うということ。攻撃しつつ回復できるというのは、戦いにおいてかなりのアドバンテージである。もっとも、そのための発動条件もしっかりあるけれど。
さて、そろそろ西島のオドも底を着き始めたはずだ。その証拠に、西島の血色が薄れ、段々と青白いものへと変わっていている。
いよっし、このままオドを吸い尽くして気絶させ、顔の散々落書きした後に写メ撮って、後は適度に看病してやるぜ!
「見事、です」
が、やはりそんなにうまくいくわけがない。
両目に鋭い痛み、と同時に、魔眼の効果が切れる。痛みに耐え、涙で滲む視界には、クナイのような形状のナイフを握った西島が。
そのナイフからは、研ぎ澄まされた魔力を感じる。
ああ、なるほど、つまり、本当に魔眼の効果を『斬った』のか。
「これ以上は趣味ではなく、『お仕事』になってしまいますので、これで私は退散です」
西島がナイフを振るい、俺がとっさに後退する。だが、すぐに気づいた。ナイフを振るったのは俺を攻撃するためではなく、空間に切れ目を入れるためだったのだと。
くそ、空間自体に作用するほどの魔術って、どんだけだよ。
「最後に、貴様の名前を聞いておきます。名乗りたくなければ、別に良いですが」
「いや、名乗るぜ。俺の名前は七島弥一、『今は』ただの、男子高校生だよ」
俺の名前を聞くと、西島は納得がいったといった風に頷く。
「なるほど、貴様がかつて『スルト』と『シヴァ』、二つの災厄と共に世界各地を回った『災厄の子供』ですか。ふむ、その戦闘能力の高さは一般人ではないと思っていましたが、なるほど、得心しました」
ずるり、と西島は空間の切れ目へ入っていった。恐らく、転移系の魔術なのだろう。
ずるずると空間の割れ目へ入っていき、最後に顔だけ俺に見えるように残して、西島は俺へ告げた。
「我々、【委員会】は今のところ、あなた方家族と敵対する気はありません。今回の件は貴様と私の私闘ということで片付けていただきたい。その代わりと言ってはなんですが、【委員会】だけが掴んで極秘の情報をお渡しいたします」
「いや、別にいらな――――」
「この世界に天使が光臨しました。最悪の場合、あなた方の力を借りる展開になるかもしれません、ご留意ください」
天使?
俺が小首を傾げていると、「それでは、また会いましょう」と西島は完全に姿を消した。空間の割れ目は、西島が完全に入りきると、この世界自体の自己修復機能により、復元され、掻き消える。
「……ちっ、折角、だらだら平穏に暮らしてたのに、きな臭くなってきやがった」
西島の登場と共に、戦場に居たときの第六感が蘇った。
その、第六感が、数々の戦場で俺の命を救ってきた予言染みた感性が、連想させるのだ。
西島が言っていた『天使』という言葉と、恐ろしいほどの美貌を持つ、けれど怪物である鈴木を。




