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堕落と出会い

初投稿となります。

主人公の月凪君の成長を書こうと考えています。

名前など読めないものが多いので、ルビをふりました。ふってないものは、あまり重要な役ではないキャラクターです。

誤字脱字を見つけたら教えてください。

悪い子は、いらない。悪さばかりして、皆に迷惑ばかりかけて困らせる子なんか必要ない。

「とても双子とは思えない。」

そう言われて、双子の一人が居場所を奪われた。そして、その存在を抹消された。



朱羅しゅらは大人しくて、賢い子なのに…。どうしてあの子だけ…。」

有名な家の後継ぎとして生まれてきた双子の兄弟。一人は大人しく、人の言うことも聞く良い子だったが、もう一人の子はそうではなかった。歩くのも、話すのも、文字を書くのも、朱羅より遅かった。それはそれぞれペースがあるから仕方がないと思えても、そうはいかないこともあった。

「ダメだって言ったでしょ!」

何度その言葉を言ったことかわからない。あの子にはお手伝いを頼んでも、いつも失敗してしまう。お皿は割ってしまうし、すぐ転んで怪我をするし、言ったことはすぐにできないし…。朱羅なら2.3回で理解することを、あの子は何度言ってもわからなかった。いつも首をかしげていた。いつしかそれが、わざとやっているように思えてしまい、余計に強くくってしまう。ときには手を挙げることもあった。しかし、あの子は涙を流し、小声で「ごめんなさい」というだけで、やはり理解しなかった。

「あの子は、いつも悪さばかりして…」

昨日の出来事が頭をよぎる。


朱羅の泣き声と、階段から転げ落ちたような音が聞こえて、慌てて階段へと駆けつけた。

「朱羅!大丈夫?」

見ると、朱羅の右腕から出血し、骨が折れているようだった。

「突然、後ろから突き飛ばされたの…。」

右腕を強く抑えていう朱羅。堪えているようだが涙が零れている。

「バキッって大きな音がして、多分、右腕折れたんだ…。」

「骨折…」

慌ててそばにいた使用人に頼み、朱羅を病院へ連れて行ってもらうと、彼女は二階へと駆け上がった。

「出てきなさい!朱羅が骨折ったのよ!」

そういうと、カーテンの奥から男の子が出てきた。朱羅とよく似た顔立ちの、朱羅より少し小柄な子である。母はその子に向かって言った。

「どうして階段から朱羅を突き落としたの。」

「しゅら…ずるい。」

「ずるいって、何が?」

「ぼくは…、」

そう言って彼は自分の手を見つめている。それは真新しい傷跡だった。欠けた指を見つめながら、彼は呟いた。

「手…。しゅらは…なんで…」

「それは、あの子は悪いことをしないからよ。貴方だけでしょう。そんな風に人を怪我させる子なんて。この前だって、朱羅を突き飛ばして痣作らせたじゃないの。そう言うことをするから…」

「……ひどい」

「酷いのはあなたの方よ。朱羅に大けが負わせて…。かわいそうに、朱羅は」

「しゅら、ばっかり」

「羨ましかったら、貴方もちゃんと私たちの言うこと聞きなさい。」

「……」

その子は泣きそうな目で母を見つめていた。そんな彼を見て母は呆れるように言った。

「朱羅とはもうちょっとまともな会話ができるのに。貴方とは普通の会話すら成り立たないのね…。」


彼らが双子だからこそ、朱羅と比べてしまう。時を同じくして生まれてきたのに、どうしてこんなに成長に差が出るのだろう。どうしてあの子だけ……。

このまま二人を一緒にさせていたら、いつしか悪い所ばかりが朱羅にも移ってしまう。朱羅がそうなってしまう前に、離すしかない。そう思った。

「この家の子として相応しくないのよ。」

「ぼくが…?」

「あなたはもう、この家の子ではないからね。」

「え…?」

首を傾げる小さな男の子。しかし、小さいながらに言葉の意味は理解していた。俯きながらその子は言う。

「しゅらは…?」

「あの子はとてもいい子よ。貴方の何倍も。朱羅とあなたが双子だなんて思えない。どうしてあなただけこんなに…」

「ぼくは、しゅら、より…ダメなこ、なんだね」

「正直言うと、そうよ」

その強い母の言葉に、その子は項垂れた。泣きたいのに、涙が零れない。母に抱きつきたいのに、体が動かない。この前切り付けられた両手がひりひりと痛む。その手を合わせ、右手で左手を包み込むようにしながら、その子は母親を見上げた。

「ぼく、どうなる?」

そう言った男の子の額に、母の手が当てられた。そして、母は呪文を唱えた。その呪文は、幼い男の子には理解できなかった。しかし、母の口調から闇の呪文だと察した彼は、小さな目を閉じて呟いた。

「堕ちるんだね…」

そう言って彼は口をつぐんだ。母の放ったその呪文は、相手を地獄に突き落とす呪文だった。そう、母は息子を地獄に落とす決意をしたのだ。その気持ちを察した彼は、もうそれ以上何も言わずにおとなしく立ち尽くしている。


それほど自分が悪いことをした。この前朱羅を突き落として骨折を負わせた。2回目だった。その前にも父の書斎に入って本を破った。それも5冊ほど。大事な本だと知っているものをわざわざ狙って…。その他にも、祖父が大事にしていた壺を割り、その破片を庭に埋めた。母が大事にしていたアクセサリーを盗み、川へと捨てた。

そんなことを毎日繰り返していた。何のため?その理由は彼自身にもよくわからなかった。しかし、寂しく、そして朱羅ばかり可愛がられることが嫌だったからやっていたのだろう。そんなことが、誰にも許されないことだということも知っていた。


彼の小さな身体は、大きな暗い闇の中へと落とされた。そして、深く、深く堕ちてゆく。冷たいのか暖かいのかもわからない漆黒の闇。目を開けることもできないほどの高速で、どんどん下へと落ちてゆく。どれほど堕ちているかなんて分からない。

バタンッ!

大きな扉が開く音がして、彼の体は固くて冷たい床へと叩きつけられた。

(痛い…)

歯を食いしばりながら目を開けると、そこは暗い闇の中だった。猛烈に足が痛い。立とうとしたが立てず、彼ははいはいの体制になって右手を付いた。左手はまだひりひりして、うまく指が開かない。開いたとしても、きっとうまく使うことができないだろう。歪な形に歪んだ指が、それを象徴している。その新しい傷口からは、痛々しく血が指を滴ってゆく。

(ここ、地獄…?)

良く見えない眼をこすりながら、薄らと見える光に目を凝らす。

(光…)

とりあえず進むしかない。彼は黙ってはいはいして進んでゆく。右手と、痛む両足を引きづって。その両足から出血していることなんて、暗闇の中では気付けなかった。

(呪文、強い、かった)

自分を地獄の世界へと突き落とした堕落の呪文。それは同時に自分の体も傷つけている。背中が切られたように痛み、酷く頭痛がする。そして強い吐き気に眩暈がし、時々彼はその場に倒れ込むような体制になりながら、ゆっくり、ゆっくりと進んでいった。だが、光は近づくことも遠のくこともないように見えた。それは彼の視力がぼやけていて、距離感が掴めなくなっていたからだろう。光との距離はだんだん狭まっては来ているのだが、元々の距離が遠いため、ちゃんと見えていたとしてもあまり実感はわかなかっただろう。右手と両足に冷たい感触が続き、段々と皮膚が痺れてくる。それと同時に感覚もマヒしてきた。時々激しく血を吐きながら、その血も見えない状況で彼は進んでゆく。

(ぼくは…わるい子。だから、地獄堕ちた……。)

母の前にいたときは出なかった涙が、一人きりになってやっと溢れ出してきた。強い苦しみと悲しみが、何も言わないのに雫となって溢れ出してくる。しかし、声をあげて泣く気力もなく、彼はただ涙を零すだけだった。声を上げるのは弱い証拠。そんな気がした。そして、出そうと思っても声が出ないと、心のどこかで気が付いていたのだった。

(つかれた…。)

彼は何故か、今すぐ地獄に扉に辿り着かねばならない、今すぐ地獄の世界に行かねばいけない。そう思っていた。疲れたとは思ったのに、不思議と休みたいとは思えなかった。疲れがこみ上げるのに、休むという行動が失われてしまったかのように。止まって血を吐いて、それでも進んで、休まずに足を引きづって右手で必死に床を這ってゆく。足はもう感覚がなくなって、もう右手にしか頼れなくなっていたから、彼の右腕は悲鳴を上げていた。それで仕方なく、痛み続ける左手を使うのだが、中々左手ではうまく力が加えられない。指先に力を入れると、傷口が痛むし、手全体に体重をかけても痛みが襲う。仕方なく彼は、少々右手に重心を傾けながら、両手で進むことにした。

痛み、苦しみ、悲しみ、今までの負の感情が心いっぱいに溢れ出してくる。それを必死で堪えながら、彼は黙って涙を零す。誰も助けてはくれない。だから、もう誰にも頼らない。

生まれてきたから。自分が、生まれてきたから。朱羅と一緒に、生まれてきたから。きっと、朱羅にもお母さんにもお父さんにも、たくさんの迷惑をかけた。色んな人、世話してくれる人、お手伝いさん、おじいちゃん、おばあちゃん、従兄弟、おじさん、おばさん、友達……。色んな人に、自分はたくさんの迷惑をかけた。だから、生きてはいけないんだ。泣いてはいけないんだ。自分がたくさんの人を泣かせた分、自分がたくさんの人を傷つけた分、自分は悲しみ傷ついて、全てに耐えよう。そう、自分が傷つけた分自分が傷ついて。因果応報。自分がしたことはいつしか自分に返ってくる。

自分が傷ついて苦しむ分、朱羅や朱羅の家族が幸せで笑顔になれるのなら…。もう、自分は朱羅と双子じゃない。あの家、光藍家こうあいけの息子でもない。

もう、自分は誰の子供でもない。見捨てられ、見放された存在なんだ…。手を差し伸べられることも、支えてもらうことも、教えてもらうことも、もう、なくなった。だってこんな暗闇の中、光もどこか遠くで距離もわからないのに、光る希望なんていったいどこに見当たるのだろう?絶望に打ちひしがれて、悲しみと孤独に(さいな)まれながら、彼は不意に立ち止まる。

何か空気が変わったような気がして、彼は左手を前に伸ばしてみた。

(…扉?)

何か硬くて冷たくヒンヤリしたものに手が当たる。それを、直感的に扉だと思った。この先に、何があるのだろう。やはり、あの世界だろうか。入ったら二度と出られないといわれる暗黒の闇。非道なる世界に。彼は深く深呼吸をすると、全てを諦めてその扉を強く押した。




バタッ

誰かが扉を開けようとしていた。さすがにもう音でもわかる。今まで何百、何千、いや、10億くらいの魂がここを通った。いや、さすがにそれは多すぎだろうと言われるが、46億年も時代が続き、たくさんの生き物たちが誕生し栄し、そして滅んで行った。そして、今や1億年も人類が命をつなぎとめていることを考えたら、10億なんぞ少ない数だろう。軽く、もう一つ0を加えたいところだが、膨大な数になりすぎるのも困るので、ここら辺でやめておこう。

自分の背丈を少し超えるくらいの大きさの鎌を持った青年、風弥衛かぜやまもるは門の前で見張りをしていた。とは、言っても、人を追い払うことはほとんどなく、取りあえず条件さえ満たしていれば通していた。根本的に、ここにきて追い払われるのなら、初めからここに辿り着くことがないのだが。

彼はそっと扉の前にいるものに近づく。暗がりで、自分の姿が見えなかったのだろう。それはよくあることで、しかし人ひとりの力では開かない構造なのであまり心配はいらない。まあ、入りたければ入れ、その代わり二度と出られないからな、そういう感じだ。

「どうした?」

「ぇっ?」

声をかけて、ふと疑問に感じた。相手の声がとても幼いということに。風弥はそっと相手に触れる、すると相手はビクリとして身を仰け反らせた。

「大丈夫。私はこの門を守る門番だ。」

銀に光る鎌の刃を地面におろし、風弥は相手の前にしゃがみ込んだ。

「…なか、いれて」

「お前、ここがどこだかわかるか?」

「…地獄」

「そう、その扉だ。お前のような小さな子が来る世界ではない。戻れ」

そういうと、その子は俯いて、泣きそうな声で言った。

「地獄、呪文、堕ちた…」

「ん?」

彼はハッとして、今彼が言った単語をつなげてみた。

(誰かに闇の)呪文を放たれ地獄に堕ちた。

こんな小さな子供が、どうして地獄に落とされるのだろう。それほど悪逆なことをしでかしたのか?いや、見た目そうは見えない。見た目での判断も正確ではないが。それ以前に、酷く怪我をしているのが目についた。罪や悪よりも、彼の体のことが気になる。どうしてこんな大怪我を?誰が?その闇の呪文でか?誰が彼を地獄へと(いざな)った?何故彼は地獄に堕ちた?

「血塗れじゃないか…。来い、まず手当だ」

「いやだ…」

「どうして」

「ぼく…ひつよう…ないよ…」

悪い子だから手当てしないでほしい。そう訴えているようだった。子供に良くあるパターンだ。悪い子だから助けないで。誰がそんなことで放置できるか。それとこれとは別物だろう。

「悪いことをした子でも、手当てしなきゃダメなんだ。良いから行くぞ」

「いや…ぼく…」

嫌がる彼を左腕で抱きかかえ、彼は鎌を右手に持つ。そして少し離れたところにいる、もう一人の門番に言った。

「すまない、子供を手当てしてくる!その間頼んだぞ!」

「了解。」

答えが返ってくると、すぐさま風弥は彼を抱いたまま、その場を走り去った。

左に感じる彼の命。そして消えそうな灯を感じながら、彼は無言で走ってゆく。右手に持った鎌が、死の匂いを感じて輝く。この輝きが、消えてくれるように、この子の魂が刈られぬように願いながら、彼は自分の自宅へとたどり着いた。

「春風!!」

家に着くなり彼は叫んだ。

「子供が死にそうなんだ!助けてくれ!」

「子供…?」

そう言って春風と呼ばれた男が出てきた。彼は風弥の腕に抱かれた子を見て、風弥を問い詰めるように言った。

「門にいたのか?どうしてこんな大怪我を…!」

「闇の呪文、その上に呪いの呪文が加わったようだ。」

「!!分かった」

風弥からその子を預かると、春風は彼を救護室に運びそこに寝させた。服を脱がせ、ガーゼで血をふき取りながら春風は彼の容態を把握していく。

「酷いな……。両足はもう使い物にならない。中の骨を入れ替えれば何とかなりそうだが。内臓は抉り出されているし、肺には穴が開いている。そのため脳に酸素が行き渡っていないんだ…。」

そう言いながら止血する春風の横で、風弥は鎌を下に置き、酸素吸入器を彼の口に当てる。

「危篤状態だな。」

「…色々以前から怪我をしていて、その傷口に魔力が入り込んだ形だな。風弥、医者を呼んでくるんだ。」

「了解。」

そう言って風弥は鎌を拾い上げ肩に担ぐと、急いで自宅を出て行った。そんな風弥と、手当てを続ける春風の脳裏に、ある言葉が同時に浮かんでいた。

運ばれた小さな子供は、自分では呼吸ができないくらいに症状が重くなっていた。しかし、懸命に生きようとしているのが見て取れた。どんな状況でも、生死の境にいるときは生きることを選ぶのだろうか。



「遺伝子破壊ッ?」

と、白衣姿の青年が叫ぶ。

「我が見る限り、そうだった」

「え、ちょ、ちょっと、じゃあ誰かの遺伝子で補強してあげないと…って、うわあっ。風弥さん勝手に僕を連れて行かないで…!」

「急げ!子供を見殺しにする気かっ!?」

大人しい風弥の、あまりの豹変ぶりに、少々焦りながら彼は言う。

「え、あわわっ、分かりました!分かりましたから!ちょ、遺伝子補強適合者を探すための資料を……。」

「我がやれば十分だ!」

そんな白衣姿の青年の言葉を遮って風弥は叫ぶ。

「えええっ!?」

風弥の言葉に戸惑う彼の左腕を強引に掴み、彼は再び自宅へと急いだ。

あの子の生体反応は鈍く、免疫力も低下していた。呪いの呪文により、遺伝子が破壊されたのではないか。信じたくもないことが頭をよぎる。遺伝子が破壊されてしまえば、その人は生きてゆくことが出来なくなる。なぜなら人体の設計図が無くなるのだ。設計図なしで本体は作られないし、正常な働きもしない。そして、そうなってしまった場合、免疫不全や体内臓器の停止、破壊、そして、いずれ脳死や植物状態に陥ってしまう。

そしてそれを防ぐには、一つの方法しかない。それが「遺伝子補強」と呼ばれるものだ。

穴の開いた設計図、破られた設計図に、以前と似た形の遺伝子配列を組み込み、体の一部と化す。遺伝子はもちろん、似たような種類でなければいけないし、親戚や近親者は遺伝子が近いため組み込みやすい。そしてその遺伝子を提供できるか調べ、提供可能となった人を「遺伝子補強適合者」と呼んでいる。しかし、あの子の身元が分からない今、探す時間などない今は、知り合いの遺伝子試料で探すしかない。

「本当に風弥さんで大丈夫なんですか?その子の遺伝子と照らし…」

「必要ない。大概の遺伝子に我は対応している」

「そ、そういう問題じゃないですってば…確かに風弥さんは…」

少々無謀ともとれる風弥の言葉に、多くの疑問を残しながらも、彼は時間がないということであきらめた。遺伝子試料で適合者を探している間に、男の子が死んでしまったら元も子もなくなってしまう。風弥がそこまでその子のことを救おうとする気持ちは、白衣姿の青年にも理解できた。師の世界に暮らし、人の死を深く知り尽くしているからこそ、彼は命あるものを大切にする。死にかけた命を、素早く刈ることもなく、最後の最後まで生きることを許す。そして必死で生きようとする命は、殺さずに命を繋ぎ止める手助けをするのだった。

そして自分は、そんな彼らにできるだけの支援をし、失いかけた命を元に戻すこと。

「もし足りなかったら、お前の遺伝子も組み込むけどな」

「あ…はい」

その言葉を聞いて、よほどの緊急事態だと察する。普段使わない術を使って、猛スピードで移動する風弥に腕を掴まれながら思った。


小さな子供の体。必死に生きようとしている体を、手助けしてくれる人々がいた。破壊された遺伝子の穴に、自らの遺伝子を組み込んで、骨を失ったところには代わりになるものを。機能停止した臓器は摘出し、新しい臓器を入れた。そして細かい検査を毎回行い、脳波や心電図、生体反応、そして遺伝子情報を常に確認した。少しでも異常が見られればその異常を切り取り、改善されればほっとする。


「まだ、眠っているんだね…。3ヶ月にもなるのに。」

風弥が彼を見つけてから、もう3ヶ月の月日が経った。しかし、彼はいまだ目を覚まさない。脳波は正常なのだが、時折軸がぶれる。そして心拍数は、ギリギリ60というところだ。

「冬眠のような状態だな。まあ、あまり気にしない方が良い。体温は保たれているし、他も異常がない。」

と、春風が言う。

「…あの、彼が目を覚ましたら、彼の家族とか、探してみようかと思うんですけど…」

「やめた方が良い。」

「え?」

意外な言葉が春風の口から出た。

「風弥の話だと、闇と呪いの呪文で地獄に堕ちたのだという。それが事実なら、私は彼の親を探してはいけない気がするんだ。それは、彼のためにも、彼の両親のためにも。」

「そんな、探していますよ…ご両親も」

「もし、突き落としたのが彼の実の親だったら…?そんな親にわざわざ会わせたいか?」

「え?」

「風弥が言っていた。彼の両手の小指を根元から切り取り、更に左手は第一関節をすべて切り落としたのは、彼の両親なのではないかと。普通、誰かに自分の子供がけがを負わせられたらどうする?手当てして相手を追及するだろう?彼の手には、手当てした痕跡が何一つなかった。それはつまり、彼が両親に切り落とされ、手当てもされずに放置されたということを、表しているのではないか?」

「っ!!」

はっとしたように彼は息をのむと、そっと掛布団をめくり、彼の左手に優しく触れた。今はちゃんと形も整えられ、布で保護されている小さな指。その前は無残に切り取られ、そのまま放置されて傷口が膿んで血が出ていた歪な形の指。曲げ伸ばしもできないくらい、神経が千切れていた指。

「親に裏切られるなんて…。春風さん、両親を探さないとなると、彼に養子縁組をしてくれる方を探さないと。」

「そうだな。」

「誰が良いだろう…。」

そう呟いて、彼はあることを思いつく。

「あの、僕の、兄弟では…ダメですか?」

「兄弟?いや、たくさんいるから…、誰を候補者に?」

すると彼は、ちょっと遠慮しがちに言う。

華乃宮かのみやさんは、育ててくれそうなんですけど、縁組できないし。だから……あの、なぎさん、だと、断られちゃいますかね…?」

その意見に、春風は驚いたように彼を見つめる。

「まさか、君がそのような考えを持つとは…意外だ。」

そして眠り続ける男の子を見つめて、考え込みながら言った。

「凪…。あの子もまた複雑だった からな。このこと境遇は近いし、話せば聞き入れてくれるかもしれない。けどなぁ…あいつ何仕出かすか分からないし、不安なんだよ。」

「いや、子供相手なら何もしない…と、思いますよ。多分」

「多分って…やはり不安なんだろ、羅紗(らじゃ)

「いや、だって、怖いじゃないですか。何考えているか分からないし、華乃宮さんと兄さんたちとしか話しないし。僕らいつも無視されてますって。」

そういう彼の言葉を聞いて、春風はため息を吐く。

「じゃあ、何故凪を候補者にした」

「なんか、子供相手なら優しくするかなって…思って。あ、やっぱ、ダメですよね…」

「例の双子は?」

「いや、羅月らづきさんに連絡取って相談したんですよ。そしたら「凪さんの方が適役だと思うよ〜」って軽い感じで…」

「……」

「いや、だから、それで、凪さんが良いんじゃないかって、さっき。でも、僕は分からないです、正直。」

呆れたように息を吐く春風。

「理由を羅月に聞いて来い」

「あの、理由が、「とりあえず子供には手を出さないと思う」ってことでした…」

「……ったく、お前ら兄弟は。まともなやつは華乃宮ぐらいいないじゃないか。」

「あ、ちょ、ちょっと!そんなこと言うと刹那兄さんが、また呪い をかけますよ?刻那兄さんだってまた死亡フラグ立っちゃいますって…」

「だからそういうのがまともではない。そんな地味な呪いだのフラグだの…。お菓子に執着心あるやつとか、目の前にいる医者なんだろうけど良くわかんない子とか、もう、私は羅月でさえも信用できない。」

「ええっ…酷いなぁ、春風さん。僕わかんない子ですか?」

「とりあえず私は、凪の方が理解できる。」

「…酷い、毒舌だなぁ」

そう呟きながら羅紗は、可愛く笑った。

「じゃあ、誰ならいいんだろう…」

「羅月は候補から外す。凪を推薦した理由がおかしいからな」

「そんな理由ですか」

「華乃宮はもともと外されているから、あとはもういないな」

と、早口で言い切る春風。

「早っ!凪さんは?」

「理由がよくわからないし、相手が拒否しそうだ。とりあえず彼は保留。まあ、この子自身が凪を受け入れるかが問題だけど。」

「ちょ…それを言っちゃうと…」

と、彼が苦笑いをしていると。

ガラッ

ドアが開いて不意に誰かが入ってきた。

「保留でも何でも構わんけど、俺が拒否すると決めつけるな。」

それは、180を超える長身の、長い黒髪の青年だった。

「うわっ!!」

「!凪、どうして、ここに…?」

凪と呼ばれた子は、軽く首をふって言う。

「羅月に、あの子に会ってみればいいと言われた。それだけだ」

と、低い声で言う彼の体からは、鋭い殺気があふれ出している。

「あわわっ、ごめんなさい!僕、場違いなので帰りま〜す!」

そう言って鞄を持って立ち去ろうとする羅紗の襟首を掴み、凪は言った。

「とりあえず、養子縁組をしてくれる方を探すとかそういうところから聞いているからな。言い逃れするなよ、羅紗」

「あ、や、はい…し、失礼しま〜す!」

ガラッ

彼の鋭い目つきに押され、冷や汗をかきながら、彼は逃げるように部屋を出て行った。

「君は、いつもそういうタイミングでばかり登場してくるね。」

「……」

凪は頷きもせず、先ほど羅紗が座っていた椅子に座った。

「さて、羅紗君がいないから、話せるな。」

「……」

凪は何も言わずに頷いた。

「凪、あのときはありがとう。君の提供した遺伝子、ちゃんとこの子の体に組み込んでおいたよ。」

あの時…。それは、風弥が医者を呼びに行った帰りだった。風弥は羅紗を呼ぶとともに羅紗の兄弟である凪と華乃宮にも連絡を入れていた。しかし、連絡がついたのが凪だけだったので、風弥が彼に事情を話していた。そして、風弥は凪に言った。「遺伝子補強のために、遺伝子を提供してほしい」と。それに凪は同意し、遺伝子を彼の身体へと提供したのだった。

春風の言葉に凪は何も言わず、春風に一枚の紙を手渡す。

「名前を失っているのなら、と、華乃宮が名前を考えていた。」

春風はその紙を開いた。その紙には、華乃宮の丁寧な字体で書かれていた。

「騎鎖凪 月久未那 月凪  華宮一族」

そこには、彼の新しい名前とともに、凪の名字も書かれてあった。それはつまり、凪の息子になるということである。

「つきなぎ…良い名前だな。しかし、凪、お前、この子の親代わりになる決意があるのか?」

「…華乃宮が勝手に書いていた」

「華乃宮は、本当に凪に関してはそうだよな…。 …で、お前自身にその気はあるのか?この子、月凪の、親代わりになるということに。」

「構わない。」

「え…?」

意外だった。彼の口からそのような言葉がスムーズに出てくるとは思っていなかったから。

「本気、か…?」

確認するように凪に問いただす。春風の動揺に、凪は動じず頷く。

「何故、そうしようと思った?」

「俺と境遇が似ている。体の一部を失って、誰かの助けがなければ生きてゆけない…。そういうところが。…それに、遺伝子を提供した以上、血縁に近い縁ができ、その縁を容易く絶つことは出来ない。華乃宮の方が良いと思うのだが、やはり、仕方がないんだ。」

「そうか、分かった。あとはこの子が、どう反応するかだね。」

そう言って眠り続ける月凪の頭をそっと撫でた。冬眠に近い状態の彼が、そのことに気が付くこともなく…。




3か月もの間、眠りについていた小さな男の子は、夢を見ていた。


ここはどこだろう。そこは鮮やかな色の花が咲く美しい花畑だった。

(なんで…ここに…?)

そんな花畑にいる一人の男の子は、そう首を傾げていた。その前に、自分がどこにいたのか何をしていたのか、それどころか、自分がどこの誰だかも分からなくなっていた。

僕は誰?どうしてここにいるの?僕の名前は?このお花畑は何?

しかし、そんな疑問を一つ一つ解決するかのように、耳元で声が聞こえた。

「おいで」

自分のことを呼んだのだろうかと、男の子は首を傾げた。いつの間にそばに人がいたのだろう。赤紫色の髪をした、着物姿の女性 がそこにいた。彼と同じ目線に座り込んでいる。

「目が覚めた?」

(…ねてたのかな、さっき)

「大丈夫?」

「…うん。」

「じゃあ、そろそろ、行こうか」

そう言って彼女は彼をそっと抱き上げた。

(いく…どこ?)

暖かい温もり。それが、とても懐かしく感じられた。ずっと恋しがって、ずっと待っていたような、そんな気分。暖かくて優しくて、心がほっとして解放感に満たされる。この温もりの中で、ゆっくりと眠ることが出来たら、どれほど幸せだろう?そう思っていたら、その心を察したように声がした。

「眠っていいよ。遠いから。それに、疲れちゃったよね。ゆっくり休んで」

(…いい、の?)

その優しい言葉に、彼は嬉しくて頷いた。そして、ゆっくりと目を閉じる。まるで、眠るという行動を心からかみしめるように。暖かい、そして優しい。何ともいえない安らぎが、彼の心を落ち着かせてくれる。今まで感じたこともないような感覚。そして懐かしいような感覚。

「おやすみ」

その声が、耳ではなく心に響く。そして、彼は眠りについた。


きっと、この子は愛されたことがないんだ。

きっと、この子は抱きしめられたことがないんだ。

きっと、この子は褒められた記憶がない。

きっと、この子は名前を呼んでもらった記憶がない。

名前と居場所を失って、一人で彷徨ってしまうのは、とても孤独で寂しく孤独なんだ。

呼ばれる名前もなく、帰る家もなく、頼れる人もない。

きっと、この子は寂しいんだよ。

きっと、この子は甘えたいんだよ。

きっと、この子は…………から。

愛された記憶、抱きしめられた記憶、褒められた記憶、名前を呼ばれた記憶、今日からその記憶を心の中に。寂しい思い、甘えたい思い、孤独な思い、今日からその思いを心の外に。


愛してあげよう。守ってあげよう。小さな温もりが、彼女にその思いを強く抱かせた。

一人ぼっちじゃないんだよ。甘えてもいいんだよ。体を傷つけはしないから。君を守ってあげるから。幸せにしてあげたいから。


ここまで読んでくださりありがとうございました。評価やコメントなど、よろしくお願いいたします。

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