ようこそ高天原学園へ③
「うわぁ……………………」
なんて間抜けな声を上げてしまう僕なのだった。
先輩と並んで高天原の大鳥居をくぐった僕の目の前には、幾何学模様の石畳を敷き詰めた参道が広がっている。
車が十台くらい並んで走れそうな幅広の参道は視界の真ん中を一直線に貫いて島の遙か反対側の端、国之常立神を収めた荘厳な祭殿へと通じている。
遮る物一つなく続く参道の両側には見事な枝振りの桜並木がどこまでも連なり、舞い落ちる無数の花びらが春の盛りを告げている。
石畳に散った花びらは風に吹かれる度に舞い上がって、澄み切った青空に色鮮やかな紋様を描き出す。
だけど、僕が一番驚いたのはそこじゃない。
参道のそこかしこには、いかにも神社のお祭りっていう雰囲気の幾つもの露店。
綿飴だの、射的だの、たこ焼きだの、くじ引きだの。祖父ちゃんの神社の秋祭りに似てるけど、店の数も種類も桁違いで規模がまるで違う。
立ち並ぶ大きな幟にはどれもこれも数枚の神符が貼り付けられていて、光る文字や紋様で煌びやかに彩られている。
賑やかなのは店だけじゃなくて、玉砂利が敷き詰められたあちこちの広場では派手な装束の人たちが飛んだり跳ねたり電子雅楽端末を演奏したり、あるいはぴかぴか光る式神を花火みたいに空に舞わせている。
楽しそうに談笑しながら参道を行き交う、制服や狩衣姿の学生たち。
祖父ちゃんと見た古い映画みたいな騒々しさ。まるでカーニバルだ。
「先輩、ここっていつもこうなんですか?」
隣を歩く先輩にちらっと横目を向ける。氷川先輩はすらっと背が高いから、こうやって並ぶと僕の方がちょっとだけ見上げる格好になる。
「春祭りと秋祭りの時期は特別さ」
巫女装束の先輩は楽しそうに周囲の喧噪を見渡して、
「地上の学校の風習に『文化祭』とか『学園祭』とかいうのがあるのを知っているよね? 高天原ではそれに相当する行事として、一年に二回、春と秋に祝祭が行われるんだ。学生だろうと教師だろうと研究者だろうと、ここに住む者なら誰でも店を出したり自分の趣味の成果を披露したり出来る。稼ぎ時だよ」
言われて初めて気がついたけど、露店で焼きそばを焼いたり呼び込みの声を張り上げたりしてるのはほとんどが学生だ。僕より小さい子も混ざってるから、たぶん中等部とか初等部とかの子も店を出してるんだろう。
中には大学部とか研究所とかから来てるらしい大人の人もいて、そういう人が出してる店は立派だ。小さな家くらいあるお化け屋敷とかどうやって作ったんだろう。
「御厨君、ご覧。あれが私の店さ」
「え?」
先輩が指さす先に視線を向け、思わず「うわ」って声を上げてしまう。「鯛焼き」って書かれた紅白の派手な垂れ幕の下では、人間の三分の一くらいの背丈の式神が狩衣とエプロンをひらひらさせながら魚型の鉄板にせっせと生地と餡子を流し込んでいる。
甘い匂いを漂わせる露店の前には長蛇の列。
大盛況なのは良いけど、店先の幟に輝く「料理部」っていう文字はいったい何だろう。
「あれ、全部式神にやらせてるんですか?」
「そうだよ。春祭りの二週間、私が毎日店に立つわけにはいかないからね。調理担当の式神が二体と売り子担当が一体。調整には苦労したよ。餡の量を自動で最適化させたり、焦げを検知させて火加減を変えさせたりね」
思わず目を丸くしてしまう。そもそも式神とか全然扱えない僕からしたら何でもすごいんだけど、それにしても自動制御の式神を三体、そんな複雑な作業をやらせながら二週間も顕現させっぱなしなんてどう考えても普通じゃない。
「売り上げの確認は後にしよう。御厨君、こっちだよ」
「あ、はい!」
先輩が参道をぷいっと左に逸れて、鎮守の森の中を抜ける脇道へと入っていく。
脇道って言ってもちゃんとしたメインストリートの一つらしくて、参道と同じくらい幅広の道は石畳で丁寧に舗装されててお祭りに向かう学生とか白衣の大人とかとすれ違う。
「……おい、あれ」
「氷川執行役員? って、隣のあいつ誰だ……?」
ひそひそとした話声が耳に届く。参道を歩いてる時から気がついてはいたんだけど、氷川先輩は有名人らしくて行き交う人たちがちらちらとこっちを振り返っては何かを囁き合っている。
というか、先輩の隣に立ってる見知らぬ学生を、つまり僕の存在を不審がってるのをびしびしと感じる。
高天原学園は幼稚園からのエスカレーター式で、高等部にもなればほとんど全員が顔見知り。
今さら気がついたけど、僕は新入生と言いつつ、実質は孤独な転校生とかそういうポジションなんじゃないだろうか。
「そういえば先輩、執行役員って何ですか?」
なんてことを考えつつ、ふと疑問を口にする。最初に会った時にも先輩が自分で「生徒会執行役員」って名乗ってたけど、会長とか副会長とかでもないし聞いたことがない。
「色んな名家が、生徒会に口を出すためのシステムだよ」
先輩はどうしてだか整った唇の端を皮肉っぽくつり上げ、
「高天原の学生はある意味でそれぞれの実家の代弁者だからね。名家の出ともなればこの島ではかなりの発言権を持つんだ。その代表である生徒会は学園の運営その物に関与するし、市政府とだって交渉できる。」
一息。
「だけど生徒会の役職は数に限りがあるし、中には『運営に口は挟みたいけど仕事はしたくない』なんて不心得者もいるだろう? そういう人間が名前だけ生徒会に所属するためのポストが執行役員というわけさ」
なるほど、って感心。田舎の学校でたった一人の生徒として小学一年から中学三年まで過ごした僕には縁遠い世界だけど、確か祖父ちゃんが見せてくれた古いアニメにそういう学校が出てきた。
正直、ちょっとわくわくする。
と、先輩が唇に指を当てて視線を上に向け、
「まあ、高等部の役員についてはすぐに紹介することになるよ。何しろ私たちは今、その生徒会室に向かっているんだからね」
「……あー」
そうだった、ってちょっと顔をが引きつりそうになる。
先輩がこうやって僕を案内してくれてるのは学園内を紹介するためじゃなくて、一緒に高等部の生徒会室に出頭するため。
高天原に到着次第、天鳥船の事件の説明に来るようにっていう、生徒会長からの厳しいお達しなのだ。
「あの……どんな人なんですか? その生徒会長って」
「面白い人だよ。真面目で堅物で融通が効かないけど」
「本当に面白いんですか!?」
頭の中で怖いイメージがどんどん膨らんでいく。
と、あはははは、なんて笑った先輩が生い茂る森の向こう、通りの先に開けた広場を指差し、
「ほら、噂をすればだ。ちょうど、生徒会主催の演舞の真っ最中だよ」
「え?」
細い指が示す先に僕は目を凝らし──
透き通るような風切り音。
巨大な人型のシルエットが、陽光の中に優美な弧を描いた。
*
大慌てで駆け寄った僕の目の前で、とんでもない光景が展開されていた。
木々の間を抜けた先は広大な芝生。遠くに校舎らしい四角い建物がいくつも並んでいて、そこが学校の校庭とか運動場とかなんだろうっていうことはすぐにわかった。
僕が住んでた村がすっぽり収まりそうな広い校庭では、たくさんの学生や大人たちが人垣を形成している。歓声をあげる人々の真ん中、百メートルくらいの領域が神符で編まれた光の結界で区切られていて、円形の舞台みたいになっているのがわかる。
そんな舞台を所狭しと駆け回るのは、輝く金属の装甲に包まれた二体の巨人。
大きさはどちらも僕の身長の三倍か四倍──だいたい六メートルくらい。向かって左の巨人は鮮やかな緑の装甲に四本の腕を備えていて、右の巨人は真っ黒な装甲で背中に漆黒の弓を背負っている。
ほっそりとした優美なシルエットが互いの手足をぶつけ合わせるたびに、弾けた神性が眩い光の粉を散らす。激しい戦いでありながらわずかも澱むことのない優雅な足運びは、祖父ちゃんに習った奉納の神楽を思い出させる。
「いやあ、いつ見ても見事だね。会長と副会長の供骸の操作は」
と、隣に追いついた先輩の声
全然聞いたことがない言葉に、僕は思わず日本人形みたいな端正な顔をまじまじと見上げて、
「先輩……供骸って何ですか?」
えっ、って珍しく驚いた声。
先輩は夜の星空みたいな瞳で何度か瞬きし、急に胸の前で一つ叩いて、
「そうか! そうだよね、ここでは幼稚園の子供でも知っているけれど、一応は軍事機密だからね」
そう言って、先輩が「ほら」って校庭の端っこ、神社の祭殿みたいな大きな建物を示す。
開け放たれた扉の奥に何体も並んでるのは、舞台の中で戦ってるのと同じくらいの大きさの、輝く人型のシルエット。
だけど、そっちは装甲も何もまとっていなくて、服屋の軒先にいるマネキン人形みたいな白い裸身をさらしている。
「あれが供骸だよ。神卸を補助するための祈願炉を内部に埋め込まれた人工の依代。量子神道の最先端技術の塊さ」
「えっと……?」
しばらく考えて、ぴんと来る。
僕は校庭の真ん中で優雅に舞い続ける青と黒の巨人を視線で示して、
「つまり、あの供骸っていうのに神を卸して神性を付与したのが、あっちで戦ってる二体ってことですか?」
「素晴らしいね。その通りだよ御厨君」
先輩はくすくすと笑い、少しだけ真面目な顔で、
「供骸に神を卸して武装させ、己の意のままに操る。これこそが現代の量子神道における神事の究極──『神式駆動』さ」
「神式駆動……」
僕はおうむ返しに呟き、
「なんか、巨大ロボットみたいですね」
「おや、御厨君は古いアニメが好きなのかい? 私と同じだね」
軽やかな先輩の笑い声に合わせて、緑と黒の巨人が陽光の下に流れるような弧を描く。雅楽の調べみたいに鳴り響く澄んだ金属音。歓声が一際大きくなる。
その光景を見ているうちに、ふと疑問が浮かぶ。
僕が呼び出した、巨大な機械の腕。
鯤を一撃で葬り去ったあの巨人は、供骸とは違うんだろうか。
少なくとも大きさは全然違う。ここにいる供骸は十メートルにも満たないけど、僕が夢で見た巨人は何百メートルもあった。
腕だけしか呼び出せなかったのも変だし、もちろん神を卸す前のマネキン人形みたいな姿も僕は見ていない。
結局、あれはいったい何だったんだろう。
先輩が「須佐之男命」と呼び、神格解放戦線のリーダーが「三機神、スサノオシステム」と呼んだ、あの──
「先輩、僕が呼び出したのって……」
「その先はまだだめだよ、御厨君」
鋭く遮る声。
驚いて見上げる僕に、先輩は初めて見せる厳しい顔で、
「きみが本当に須佐之男命に選ばれたのなら、きみの疑問はいつか必ず全部解消される。……けれど、あれがただの偶然で、本当にただ一度きりの奇跡だった場合、きみは知ってはいけないことを知ることになるんだ」
舞台を取り巻く人々の歓声が急に遠くなったみたいな錯覚。僕は先輩の顔を見つめたまま、無意識に喉を鳴らす。
汗が一雫、背中を伝い落ちるのを感じる。
忘れそうになっていた。どんなに華やかで、騒々しくて、楽しい空気に溢れていても、ここは量子神道の──軍事技術の最先端「高天原」なんだ。
「だからね……もう少しだけ我慢するんだ。いいね?」
と、急に先輩の優しい声。
細い指が僕の前髪をくるくると巻き取り、
「大丈夫。何があっても、きみのことは私が必ず守るよ」
ちくっと、胸の奥に小さな痛み。
僕をかばって飛び出した祖父ちゃんの背中が一瞬だけ目の前をよぎる。
「先輩、僕は……」
『──勝負あり!』
校庭に響く機械的な声。二体の巨人が互いの腕をまっすぐ突き出した姿勢で動きを止める。
黒い巨人の指先は、緑の巨人の喉元をわずかに逸れて空を貫いた姿勢。
対して、緑の巨人の指先は、黒い巨人の両目を正確に射抜く位置で静止している。
一際大きな歓声に拍手の音が重なる。ゆっくりと左右に開いていく人垣の向こうから、二つの人影が僕の方に近づいてくる。
一人は緩く波打つ茶色の髪を軽やかになびかせた、氷川先輩より少し年上っぽいセーラー服の女子生徒。
そしてもう一人は、さっぱりした黒髪に黒縁の眼鏡で、詰襟の制服を一分の隙もなく整えたいかにも真面目そうな雰囲気の──
「氷川執行役員、案内ご苦労」
低くて硬い、それでいてよく通る声。
眼鏡の奥の黒い瞳が、鋭く僕を見下ろした。
「高天原学園高等部、生徒会長、秩父伊織だ。初めまして、御厨一年生」




