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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
弐ノ舞

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ようこそ高天原学園へ②

 先輩が数枚の神符を目の前に放り投げると、光る文字が空中に年表とか世界地図とかを描き出した。

 僕は器用だなあって感心してから、日本人形みたいな端正な顔を横目にちらっと見上げた。


「あの……ちょっと聞きたいんですけど」

「何かな、御厨君」

「今から真面目な話をするんですよね?」

「もちろんだよ。大事な歴史の勉強だからね」

「どうして膝枕のままなんですか?」


 そう。僕の頭は相変わらず、先輩の柔らかい足の上。

 さっきから何回か起き上がろうとしてるんだけど、その度に的確に体を押さえられてしまってどうしても逃げられない。


「まあ良いじゃないか、御厨君」

 先輩はどうしてだかものすごく嬉しそうな顔で僕の髪をほわほわ撫で、

「まず手始めになんだけど、御厨君は東方神域戦争の顛末についてはどのくらい詳しいかな? 量子神道の歴史とか、私の……氷川家のこととかは」

「あんまり。中学の教科書に載ってることと、後は祖父ちゃんにちょっと教わったくらいです」


 よろしい、ってうなずいた先輩が指を動かすと年表に次々に光が灯り、


「そもそも量子神道の発見は今から五十年以上も前、西暦二〇四〇年代にさかのぼる。もちろんそれまでも神職は神に祈ったり邪気を祓ったり、中には人知れず魔を退治したりなんてことを千年以上続けていたわけだけど、祝詞や儀礼の効果っていうのは科学的には証明出来ないからインチキだって思われることも多かった。──それが、ある日突然ひっくり返ったわけさ」


 最初の基礎理論を築いたのは、由緒ある神社の家に生まれた物理学者の青年だったって言われてる。

「素粒子一つ一つに名前を与えることで神に見立て、願いを叶えてもらう」っていう当時としては目茶苦茶なこの発想はたったの一年で実用化にたどり着いて、開発された祈願炉のプロトタイプはエネルギー保存則も運動量保存則もぶっちぎってしまった。


「その物理学者は世界平和のためにって量子神道を世界に公表したんですよね」

「よく勉強しているね御厨君」


 なんて真面目な話をする間も、先輩は細い指で僕の前髪をくるくると巻いたり解いたりして遊んでる。くすぐったい上にちょっと、いやかなり恥ずかしい。

 ていうか、こういう話って膝枕で聞くものだっけ。

 なんとか首だけ動かして逃げようとすると、くすくすと笑った先輩が急に真面目な顔で、


「波紋はすぐに世界中に広がって止まらなくなった。きっと、その物理学者はとても優しい人だったんだろうね」


 既存の科学が全部過去の物になって、産業とか軍事とか何もかもが新しい形に置き換わった。何しろ信仰心がクリーンな無限のエネルギー源になるわけだから、石油を燃やしたりウランを核分裂させたりしてる場合じゃない。

 それまでの世界が抱えてた問題がいっぺんに解決して、世界は平和に──ならなかった。

 当たり前だけど、量子神道の力の源は宗教で、世界には本当に様々な形の宗教があった。


「当時の世界の覇権を握っていたのは米国とか欧州とか中東とか、つまり『一神教』の国が大半だった。そして悪いことに、量子神道の概念は『多神教』──それも自然その物に神を見出す精霊信仰アニミズム的な宗教と相性が良かったんだ」


 例えばキリスト教の国なんかは「素粒子一つ一つを天使に見立てる」みたいな形で量子神道の概念を取り入れようとしたけど、多神教との力の差は歴然だった。

 世界のパワーバランスが一瞬でひっくり返って、昨日までの弱小国家が一夜で軍事大国になった。

 そうなったら、あとはもう簡単。

 力を得た国は人類全体の幸福よりも前に、まず自分の優位を最大限に生かすことを考えた。


「確か、アフリカとか東南アジアとかの国がヨーロッパとアメリカを全力で攻撃したんですよね」

「そうだよ。長い長い時を超えた植民地支配の意趣返し。因果応報というやつさ」


 先輩の指が僕の頬をそうっとなぞる。

 くすぐったさに思わず首をすくめると、悪戯っぽく笑った先輩が光る文字の地図を描き換え、


「色んな国が色んな所でとんでもない戦争をやったけど、最終的に焦点になったのは量子神道誕生の地、この日本だった。当時の政府は諸外国を侵略するつもりはなかったらしいんだけど、外からは大層な覇権国家と見なされたんだろうね。……日本に味方する国と敵対する国と、全部の戦力がこの小さな島国で激突した。これが『東方神域戦争』さ」


 西暦二〇五〇年頃に始まって四十年近く──ほんの十年前まで続いた長い戦い。

 先輩の説明によると、この戦争がちょっと変わってたのは「一神教と多神教の戦い」みたいなわかりやすい構図にならなかったことらしい。


 例えば多神教の国の中でも、インドなんかは「神様を武器として使う」っていう量子神道の技術を不敬だって敵視して、日本と戦う側に回った。その名残が神格解放戦線みたいな組織で、だからあの人たちは「神を神の姿のまま顕現させて力を借りる」っていう戦い方に今でもものすごくこだわってる。

 逆にイギリスなんかは信仰度外視で日本に協力して、その友好関係は現代まで続いてる。

 世界の全部を巻き込んだ戦い。

 そういう戦争に勝利して、日本は名実ともに「量子神道を支配する最強の国家」になった。


「神職が貴族みたいになったのも戦争の最中なんでしたっけ」

「そうさ……何しろ軍隊一つより優秀な陰陽師一人を派遣する方が遥かに強いんだからね。政治家も国民も認めざるを得なかったのさ」


 前に観た古い映画にちょっとだけ似てる。

 魔法使いの家系が普通の人を見下すみたいな話。だけど、こっちは神様っていう後ろ盾があるんだからもっとすごい。


「そうして、神職たちは量子神道研究のための島を空に浮かべて、自分達の技術を独占した。それが『高天原』──古事記に書かれた『天地あめつちのはじめに神々の生まれ出る場所』というわけさ」


 ふと祖父ちゃんの顔を思い出す。すごい神職だった祖父ちゃんは東方神域戦争でとんでもない戦果をあげた英雄なんだって村の人たちはこっそり噂してたけど、祖父ちゃんはそんなことは一言も教えてくれなかった。

 望めば高天原で貴族みたいな暮らしだって出来たはずなのに誘いを全部断って、東北の田舎の小さな神社で宮司としてみんなに慕われて、僕を拾って育ててくれた。

 ただ良いことを良いと思い、悪いことを悪いと思える大人になれって教えてくれた祖父ちゃん。

 そんな人が、どうして死ぬ間際に、僕に「自分が死んだら高天原に行け」なんて言い残したんだろう。

 

「御厨君。きみ、余計なことを考えているね?」

「わ!」


 急に、先輩の細い指に鼻をつままれてしまう。

 驚いて目を丸くすると、先輩は楽しそうに笑い、


「さて、そんなとんでもない力を備えた神職の中でも、一番有名なのが『三名家』だ。天照大御神あまてらすおおみかみを奉る度会わたらい家と、月読命つくよみのみことを奉る押見おしみ家。それから、須佐之男命すさのおのみことを奉る我が氷川家だね」

 

 日本神話によれば、天地開闢の最後に生まれた神「伊邪那岐イザナギ」は妻である「伊邪那美イザナミ」と死に別れた後で、禊ぎによって多くの神を生んだ。

 その中でも最後に生まれた三柱の神を、イザナギは「自分が生んだ諸神の中で最も貴い神」と呼んだ。


 それが三貴人みはしらのうずのみこ──昼と太陽の神「天照大御神」、夜と月の神「月読命」、嵐と戦の神「須佐之男命」。

 この三柱の神を奉る三名家こそが現代の神職の最高峰、って確か祖父ちゃんも言ってた。


「三貴人はね、それぞれが一つの代にただ一人だけ依代を選ぶんだ。そのたった一人と共に戦場を駆け、資格を失えば次の誰かに引き継がれる。……そして、当代の依代が他ならぬこの私というわけさ」


 そう言って、先輩は巫女装束の長い袖をゆっくりとめくる。

 白くて滑らかな、人形みたいな細い腕。

 その表面に、神符と同じ光る文字で編まれた紋様が描かれている。


「スサノオの神性は強すぎるからね、普通の神卸みたいに神符と祝詞だけじゃ足りない。そこで私自身が常世とこよ隠世かくりよの狭間で眠る彼の神に呼びかけるための扉になる。……私が生まれたその日に託宣が下ってね、依代の資格ありということでこの紋を刻まれたんだ。腕だけじゃなくて足とか背中とか、他にも、きみにはまだ見せられない場所にもね」

「見せられないって……」

 

 うっかり変な想像をしてしまい、途端に顔が熱くなる。

 それに気づいたらしい先輩が「おやおや?」ってものすごく意地の悪い顔をして、


「御厨君、さてはえっちなことを考えたね?」

「な、なんでそういうこと言うんですか!」


 思わず膝枕から飛び起きる。

 先輩は、あははは、ってなんだか子供っぽい声で笑い──


 急に、声が途切れる。

 日本人形みたいな端正な顔に、ほんの少しだけ影が差す。


「だけどね、困ったことにスサノオは十年前の戦いを最後に呼びかけに応えなくなってしまったんだ。この私が幾ら頼んでも返事もしやしない。おかげで父も母も親族一同も大弱りというわけさ」

「え……」


 神格解放戦線のリーダーも「葦原の戦いで失われた」とか言ってた気がするけど、流石に教科書には載ってなかったし、祖父ちゃんも教えてくれなかった。

 だけど、ようやく納得がいく。


「……僕を夫にって、そういうことですか?」

「いやだなあ御厨君。面と向かって言われると照れるじゃないか」


 先輩は行儀悪く足を崩し、困ったみたいに笑う。

 さっきまでと何も変わらないはずのその笑顔は、やっぱりどこかぎこちない。


「けれど、そうだよ。今の氷川家には私の他に依代の候補がいないからね。父と母はいつか産まれる私の子供が次の依代になって、スサノオに認められることを望んでいるんだ。……見合いも数えきれないくらいやったけど、なかなか両親のお眼鏡にかなう相手は見つからなくてね。そこに現れたのがきみというわけさ」


 くすりと笑った先輩が、ゆっくりと顔を近づける。

 思わず後ずさる僕の腕を、白くて繊細な手がそっと押さえ、


「御厨君は私のことは嫌いかな? これでもなかなか優良な物件だと思うのだけど」

「そういうことじゃなくて!」

 

 慌てて抗議の声を上げるけど、聞いてもらえない。

 ふわりと花畑みたいな香り。

 心臓がどきって音を立てる。動けなくなった僕に、先輩の唇がゆっくりと近づき、


「……なんてね」


 急に、ぷっ、と吹き出す声。

 瞬きする僕に、先輩は「ごめんごめん」って笑い、


「大丈夫だよ御厨君。そもそも、きみがどうしてスサノオに接続できたのかもわからないんだからね。ただの偶然かも知れないし、あれ一度きりの奇跡みたいなものかも知れない。……そういうことを全部調べた後だよ、結婚だのなんだのは」

「そ、そっか! そうですよね!」


 思わずちょっと安心。先輩はすごい美人だし、本当に全然嬉しくないのかって言われたら困るけど、でもやっぱりいきなり夫だなんだって言われても心が追い付かない。

 それに、上手く言えないけど、なんか嫌だ。

 好きとか嫌いとかじゃなくて次の依代のために結婚するって、先輩はどう思って──


 ……あれ……?


 胸の奥に何かがひっかる。

 大事なことを誤魔化されてしまった気がする。

 さっきの話だと十年前の戦争でスサノオを駆って戦ったのは先輩だったみたいな口ぶりだけど、さすがにそれはおかしい。その頃の先輩はまだ小さな女の子のはずで、どんな天才だってあんなとんでもない神を卸せるはずがない。


 それに、さっき見た夢。

 どこかもわからない戦場を巨人と共に駆け抜けた名前も知らない少年。あの巨人が僕が呼び出した機械の腕の全身像なんだろうっていうことは朧げに覚えている姿だけからでもはっきりとわかる。


 線香花火みたいに散ったあの人の最期の姿を、僕はどうしてだか「本当にあったことなんだ」って確信してる。

 わからない。なんだかわからないけど、胸の奥がざわざわする。

 僕はこっそりと深呼吸し、ちゃんと問いただそうと口を開きかけ、


「──着いたよ、御厨君」


 遮る声。

 先輩の指が示す先を見下ろし、僕は息をのんだ。

 

          *


 幾何学的な完全性を備えた、巨大な島だった。

 地上からの高度二万五千メートル、彼方に広がるはずの海も陸地も見えない遥かな空の高み。眼下の遠くを覆う雄大な雲海を背景に、島は悠然と空を漂っていた。


 自然の島をただ浮かべたんじゃないっていうことは一目でわかる。何しろ、寸分の狂いもない完全な六芒星型だ。正三角形を二つ組み合わせた幾何学図形。伊勢神宮の灯篭に刻まれてることで有名なその文様を、島は正確に形どっている。


 六つある頂点の一つ、たぶん真南を向いた場所が港として整えられていて、天鳥船を小さくしたみたいな軍艦や観光船がいくつも停泊している。港の先には小さなビルほどもある深紅の大鳥居がそびえていて、そこから一直線に伸びる太い参道が島を南北に貫いている。


 参道の向かう先、島の北端には、天を衝く威容を備えた黒い祭殿。

 小さな都市を丸ごと飲み込むほどの規模を備えたその四角い建造物こそが、島の全てのエネルギーと物資生産を支える第三種永久機関──超巨大祈願プラント「国之常立神くにのとこたちのかみ」だ。


 参道の左右にはうっそうとした鎮守の森が生い茂り、島の大部分を覆っている。森の中には校舎や研究施設、市政府の庁舎らしき建物が点在してるけど、それらは木々の緑の中に埋もれて、島を彩る装飾にしか見えない。


 遠目に見下ろすだけでも、はっきりとわかる。

 ここは人のための場所であって、人のための場所じゃない。

 神を祭るために作られた広大な一つの神社、一つの神域だ。


 大鴉が翼を羽ばたかせ、降下を始める。港の石畳が見る見るうちに近づき、かぎ爪に触れて乾いた音を立てる。

 軽やかに跳躍した先輩が、ふわりと地面に降り立つ。

 正面には朱に燃える大鳥居と、荘厳な空気を漂わせる広い参道。

 巫女装束を翻して振り返った先輩が、僕に向かって恭しく一礼した。  


「御厨宗一郎君。──ようこそ、天空神学研究都市『高天原』へ」


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