幕間──亡国の影④
窓の向こうから差し込む星明かりが、真夜中を過ぎた教務部の廊下をかすかに照らした。
俺は息を殺して、薄闇の中に身を潜めた。
……まったく……
全身の疲労感は間違いなく昼間の馬鹿騒ぎのせいだ。カラオケにボウリングにゲーム大会。学園内に自然に溶け込むためとはいえ、連中との付き合い方は少し考えた方がいいのかもしれない。
だが、何より気に入らないのは、自分が度会梨玖の楽しげな姿に確かに安堵を感じたということ。
小娘だろうとアマテラスシステムの依代。祖国を奪った憎むべき敵であることに変わりはないはずなのに。
気に入らないといえば押見彩葉もだ。良家の娘が人前で恥じらいもなく男の腕に抱きついて。姉の澄葉も止めないし、俺が妙な気でも起こしたらどうしようと──
……なにを考えているんだ、俺は……
周囲に人気がないのを確認して物影伝いに進む。学園の敷地内でも国之常立神プラントに近いこの建物には中央会議室をはじめとした「神職の統治組織としての高天原」の機能が集中している。
目指すは最上階の学園長室。
手元のスマホに映るカメラ映像の向こうでは、篠村教諭と八雲学園長が来客テーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
『想定外だ。火之迦具土神と須佐之男命に加えて天照大御神との同時接続。しかも複合神性による三機神システムの神式駆動とは』
『御厨の血筋のなせる技──と言いたいところですが、それにしても彼の力は常軌を逸しています。秋葉大佐が彼の存在を隠したのも理解できるというものです』
この二ヶ月、二人はたびたびこうして深夜の学園長室に集まり、人目を忍ぶように話し合いを重ねている。話題はもちろん御厨宗一郎について。だが、その内容は断片的でいまだに理解できない。
宗一郎の祖父、秋葉直哉が篠村教諭の軍属時代の上官であったこと。二人と学園長、さらには菅原市長の間に何らかのつながりがあること──この点についてはおそらく間違いがない。
だが、それ以上の情報は盗聴を警戒してか上手く話題から外されている。それどころか俺が掴んだここまでの情報でさえ「渡して問題ない」という判断でわざと掴まされたきらいさえある。
……どうする……
ポケットに隠した小さな水晶片を握りしめる。記憶用の透明な欠片の中には俺が先日手に入れた情報──あの鴉に罠を仕掛け、後を追ってたどり着いたサーバーから拾い上げたファイルが量子化された状態で保存されている。
タイトルは「御厨血統における神性接続の並列性と、アメノミナカヌシシステムの初期構想について」。
いかにも物々しい文言に当初は期待も膨らんだが、蓋を開けてみればなんてことはない、中身はどこぞの研究者が残したほとんど日記のような覚え書きだった。
どうやら鴉に導かれて俺がたどり着いた場所は、不要になったファイルをただ集積しておくだけのゴミ捨て場だったらしい。
一年もかけて編んだ術式の成果がこれかと思うと情けなくなるが、逆にその程度の場所だから俺が無事に立ち入って生きて出られたのだとも言える。
今の俺にある数少ない手札。これを利用して学園と交渉し、スポンサーとの関係を切る足掛かりとする。
たとえ内容がとりとめのない日記でも、この資料には俺には理解できない価値があるはずだという確信がある。
何しろ、日記の最初の日付は西暦二〇四〇年四月──世界に量子神道が誕生するよりも前なのだから。
『戦争当時の軍と政府内部に妙な動きがあった。その事実に直哉さんが気付いていた。この二点はおそらく間違いありません。……問題は、それが宗一郎さんにどう関わるかです』
『そもそも、東方神域戦争の終結から軍を退くまでの大佐の動きは性急すぎる。大佐は何に関わっておられたのだ?』
……行くか……
ポケットから神符を取り出し、顔を狐面で覆って声も変える。挨拶は必要ない。どうせ俺の侵入も気取られているだろう。その上で警備が駆けつけてくる気配がないということは、少なくとも問答無用で消すつもりはないということだ。
深呼吸を一つ。学園長室に向かって堂々と一歩目を踏み出し、
「──あらあらあらあら。いけないわねぇ。こんな夜中に内緒でかくれんぼだなんて」
不意に、背後から声。
とっさに飛び退きざま振り返る俺の前で、だぼっとした白衣が星明かりに揺れる。
見事な金髪を肩のあたりで揃えた女だ。俺よりはかなり年上、若手の教員といったところ。青い瞳といい通った鼻筋といい、一見して西洋の血が入っているのがわかる。
口元にはにたりと薄気味の悪い笑み。
女は手にした神符をぴんと指で弾いて放り捨て、
「それとも仕事熱心って言った方がいいのかしら。わざわざ教務部に忍び込んでまで情報収集なんてご苦労様」
「……お前、あの鴉の仲間か」
神符は俺と女の周囲を囲んで防音と姿隠しの結界を敷く。
ゆっくりと息を吐き、剣の柄から手を放す。
俺の姿を見ても驚く素振りを見せず、加えてこの口ぶり。間違いない。こいつはこっち側の人間だ。
「やあ、上手く合流できたようだね」
いきなり、スマホから声。驚いてあやうく小さなデバイスを取り落としそうになる。
闇の中に響くのは聞きたくもない声。
画面にはご丁寧に翼を広げた鴉の写真が表示されている。なんて癪にさわるやつだ。
「……なんだ、こいつは」
「もちろん君の助っ人だよ」
鴉はご丁寧にスマホ越しにクチバシをかちかち鳴らし、
「御厨君の能力もある程度確認できたことだし、そろそろ次の段階に進もうと思ってね。君も忙しくなるだろうから、彼女と上手く分担してくれたまえ」
思わず舌打ち。理由の半分はそうかもしれないが、もう半分は俺に対する嫌がらせに決まっている。
「そういうわけなの。仲良くしましょう? 長い付き合いになりそうだし」
そんな俺に病的な細い手を差し出し、女がにたりと笑った。
「高科ミレイよ。二十四歳、英国出身。人材交流のために高千穂重工から派遣された補助教員。専門は供骸と祈願炉技術。好きな言葉は『真理』。…… よろしくね、黒川日向くん」
<神式駆動カーニバル 第二幕 完>
~第二幕、完~
第三幕は現在執筆中です。更新開始をお待ち下さい。




