今日の日はさようなら④
「それではぁっ! ただいまより第一回スラプラアーケード高天原杯を開催します──ッ!!!」
賑やかなBGMが鳴り響く昼下がりのゲームコーナーに、中臣書記の実況というか絶叫が轟いた。
僕は梨玖ちゃんと一緒に拳を突き上げ、「おーっ!」とヤケクソ気味の雄叫びを上げた。
周りをぐるっと取り囲む野次馬から「いいぞー!」とか「やれやれー!」とか無責任な応援が飛ぶ。
お店の奥では店長さんがにこにこ。他のお客さんもけっこういるのに大会なんか開いて大丈夫なのかって思ったけど、「中臣書記が実況やる」って聞いたらあっさりお店の一部を貸切にしてくれたらしい。こんなところでも大人気なんだ、あの人。
そんな中臣さんの隣には半笑い、っていうかなんともいえない表情の戎さん。
あの二人が婚約者だってわかった上で見ると、なんだかものすごく面白い気がしてくる。
「試合形式は二人一組のタッグバトルッ! 神の采配に導かれし十人の勇士が! 今まさに雌雄を決しようとしていますッッッ!!!」
ボウリング場のレシートで適当に作ったくじ引きの結果、「僕と梨玖ちゃん」「会長と戎会計」「賀茂君と水瀬さん」「副会長と先輩」「黒川君と彩葉さん」っていう組み分けが決まった。
五チームあるから最初に一回どれかのチームが戦って、あとは四チームでトーナメント。つまり二回か三回勝てば優勝だ。
「御厨君と梨玖ちゃんずるい! 上級者二人チームは反則だよ!」
「そんなこと言われても……」
「残念だったね水瀬っち! 勝負の世界は非情なのさっ!」
苦笑する僕の隣で梨玖ちゃんがどやっと胸を張る。ぷくーって膨れた水瀬さんが相方の賀茂君にあれこれアドバイスを始めるけど、賀茂君はぜんぜんわかってない顔であからさまに困ってる。
なんて考えてるとさっそく第ゼロ回戦がスタート。
これまたくじ引きの結果、最初に戦うのは副会長・先輩ペアと黒川君・彩葉さんペアだ。
「黒川さんチャンスですわ! 夏乃様はともかく澄葉姉様はコントローラーを握るのさえ生まれて初めてのはず! わたくしたちに一日の長がありましてよ!」
「だね! ……まあ、本当に一日だけなんだけど」
二人ともバーベキューの時に何回かプレイしただけだから、その前にお泊まり会でも遊んでる先輩はさらに一日の長があるんだけど黙っておこう。
ピロリロリンって音がして対戦スタート。アーケード仕様だからレバーとボタンで遊ぶこともできるんだけど、四人とも付属のコントローラーを使うみたい。
よしよし。実は僕もアーケード版は初めてなんだけど、これなら家庭用と同じ感覚でプレイできそうだ。
「氷川さん、これはどのようにすればよろしいんですの?」
「おや、副会長は知らないのかい? いいとも、私がレクチャーしてあげよう。こう見えてもこのゲームにはちょっとばかり詳しいんだ」
いかにもご利益がありそうな紋様のカーソルが何回か右往左往してから使用キャラを選択する。
先輩が使うのは前と同じキノコ職人の鞠夫。
一方の押見副会長は……って、桃姫!? 花が大好きなお姫様っていういかにもヒロインっぽい設定のくせにカウンター主体で戦う玄人好みのキャラ。さては副会長、ぜんぜんわからないから見た目だけで選んだな。
「黒川さんそっちですわ! そこ! ……ああっ、惜しい!」
「ごめん彩葉さん! これなかなか上手くいかなくて!」
「その調子だよ副会長。なかなか上手いじゃないか」
「氷川さん!? この光ってるのは何ですの!?」
立体映像のステージに四人のキャラがわちゃわちゃ。正直、みんな適当に動き回ってボタンを連打してるだけなんだけどすごく楽しそう。祖父ちゃんと初めて遊んだ時のことを思い出すなあ。
「うわ!」
「黒川さん──!」
ぽーんとすっ飛んでいく黒川君の使用キャラ、庭師の蔵人。続けて彩葉さんのキャラもお星様になって、なんだかわからない感じで勝敗が決する。
「や……やったね副会長! どうだい? 初勝利の感想は」
「そうですわね……これがこうなって、あれをああして、それで……?」
ふう、って額の汗を拭う先輩の隣で、押見副会長が真剣そのものの顔でコントローラーとキャラ説明の画面を何度も見比べる。あれ? 意外とハマった?
「ああんもう! これなら澄葉姉様に勝てると思いましたのに! ……黒川さん! 今日から特訓いたしますわよ!」
「ええっ……まだやるの……?」
ぎゅうぎゅうと腕に抱きつく彩葉さんに、ちょっと引き気味の黒川君。
なんて眺めてる場合じゃない。次は僕と梨玖ちゃん。相手は会長と戎さんだ。
「戎、これは得意か」
「一応は、まあ。……中臣が手加減してくれないもんで」
「では頼む。俺は戦力にならないものと考えてくれ」
え、って戎さんが会長に顔を向けた瞬間に試合開始。
途端に僕たちを無視してステージ端めがけてすっ飛んでいく会長の使用キャラ「ベヨ姐さん」。
華麗な黒いスーツを翻した姿が、画面下の奈落へと消える。
「会長ぉ──っ!!!」
「すまん戎。昔から、この手の物はなぜか毎回こうでな」
「チャンス到来! 宗一郎行くよ!」
その後は梨玖ちゃんと二人で戎さんをタコ殴りにして勝利。戎さんはそこそこ上手かったけど、二対一じゃどうにもならない。
「ここで試合終了──ッッッ!!! 生徒会男子ペア、あえなく撃沈となりました!! どうした戎! 情けないぞ戎ッ!!!」
「ぬぁ──っ!」
中臣さんの実況っていうか煽りに頭を抱える戎さん。
「やったね宗一郎! あと一回勝てば優勝だよ!」
ぱーんってハイタッチした梨玖ちゃんがぐるんと隣の台に向き直り、
「さあ水瀬っち! いよいよ決着の時だよ! ……って、水瀬っち?」
いつの間にか静まり返るゲームコーナー。隣の台で同じく一回戦をやってたはずの水瀬さんが無言ですっと席を立つ。
画面には「敗北」の文字。
対戦台の反対側では、わーって拍手する先輩の隣で押見副会長がやっぱりコントローラーを睨んでぶつぶつ何かを言ってる。
「み、水瀬。大丈夫か」
「……賀茂君、わたしダメみたい。……怖い……スラプラが怖い……」
がくっと崩れ落ちる水瀬さんを支えた賀茂君が「水瀬ーっ!」って叫ぶ。なんだ。僕が見てないところでなにがあったんだ一体。
「これはとんでもない番狂わせだ! 決勝に駒を進めたのは押見・氷川の生徒会女子ペアだぁ──ッ!!!」
周りの観客からうおおおおって歓声が上がるけど、なんだかぎこちないっていうか困惑してる雰囲気を感じる。
「梨玖ちゃん、ちょっと気をつけていこう。なんか変だ」
「なに言ってんだよ宗一郎! 夏乃姉も澄葉姉も超初心者なんだよ? ボクたちなら楽勝だって!」
にこにこ顔の梨玖ちゃんがぴょんっと椅子に飛び乗る。
僕も隣に座ってゲームスタート。梨玖ちゃんのキャラは鞠夫の弟の「塁次」。僕は念の為に作中ぶっちぎりの最強チートキャラ「鋼の内藤」を選択する。
「いっくよー!」
「な! ま、待ちたまえ梨玖君!」
開始と同時に速攻を仕掛ける梨玖ちゃん。完全に本気の攻撃に先輩が抗えるはずもなく、真っ赤な服のキノコ職人があっけなく空の彼方の星になる。
「よっしゃ! あとは澄葉姉! 覚悟しなよ!」
「待って梨玖ちゃん! ちょっと様子見て!」
僕が止めるのも虚しく、梨玖ちゃんが操る緑のキノコ職人はピンクのドレスのお姫様に突っ込んでいく。
わからない。先輩の動きはいつも通りだったから、水瀬さんは押見副会長に負けたんだと思う。だけど、今日初めてこのゲームに触った副会長に何ができるって……
「あれ?」
きょとんと目を丸くする梨玖ちゃん。
その目の前で、キノコ職人がステージの端まで吹っ飛んでいく。
「わ! うわ──!」
梨玖ちゃんがボタンを連打し、画面外に落ちる寸前でかろうじて踏み止まる。僕は慌ててコントローラーを操り。翼が生えた鉄球型の園芸ロボを桃姫様に突っ込ませ──
がいん、って特徴的なガード音。
振り下ろされた剣を片手で受け止めた姫様が、気合いと共に鉄球ロボの胴体に反撃の掌底を叩き込む。
……はあ……!?
思わずぽかんと口を開けてしまい、慌ててコントローラーを操作して受け身を取る。
桃姫の唯一にして最強の技、「当身」。
相手の攻撃を受け止めてそのまま反撃する技だけど、効果時間が短すぎて、よっぽどの上級者が相手の動きを完全に読み切らないと使い物にならないはずなのに。
「こ、この──!」
叫んだ梨玖ちゃんが再び突っ込むけど、フェイントを交えた一撃はあっけなく当身の餌食になってしまう。
ちょっと待って。
見間違いじゃない。この人、こっちが技出したの見てから超反応でボタン押してる!
「コツがわかって参りましたわ。これをこうしてこうですわね?」
「ま、ままま待って澄葉姉!」
梨玖ちゃんが大慌てで叫ぶけど時すでに遅し。当身で空中に舞い上がった「類二」めがけて姫様が次々に技を繰り出すと、耐えきれなくなったキノコ職人は空の彼方で綺麗な花火になる。
「さ、次は宗一郎さんですわ。お手柔らかにお願いしますわね」
「え!? あ、あの、ちょっと!」
ってことで試合終了。優勝は先輩と押見副会長、っていうか副会長の一人勝ち。
「うぬぬぬぬぬーっ!」
「まあ、いけませんよ梨玖。遊びの勝ち負けでそんなにむきになっては」
地団駄を踏んで悔しがる梨玖ちゃんの頭を、陽奈さんがよしよしって撫でる。
「副会長。さすがにやりすぎじゃないかな?」
「そ、そんなことはありませんわよ!? それに、遊びは本気になってこそ楽しい物ですし」
じとっと横目を向ける先輩に、さすがにバツが悪そうな顔で視線を逸らす副会長。
と、その背後にゆらりと近づく影。
いつの間にか実況マイクを置いた中臣書記がぽんっと肩を叩き、
「副会長、優勝おめでとうございます。ここまでよく頑張りましたね」
「中臣さん……?」
「それではエキシビジョンマッチです。私と副会長の一対一。勝負は三本先取でいいですね?」
「中臣さん──!?」
逃げようとする押見副会長の両腕を梨玖ちゃんと先輩ががしっと捕まえ、強引に椅子に座らせる。
反対側の席に座った中臣書記が、目を閉じて両手の指を一本ずつ順番に鳴らす。
「あの……戎さん、中臣さんって強いんですか?」
「まーな」
戎さんがため息混じりに頭をかき、
「全国優勝五回。公式認定の殿堂入りプレイヤーってやつだ」
あーれーっていう悲鳴。
押見副会長が操るお花大好きのお姫様が、空の彼方へと吹き飛んだ。
*
「あー、面白かった! ほんっとに最高だったね! 澄葉姉のあの顔!」
窓の向こうに見上げる空に、満点の星が煌めいた。
すっかり日も暮れた料理部の部室。座卓の前でご満悦の梨玖ちゃんに、僕は先輩と顔を見合わせてどっちからともなく笑った。
スラプラ大会の後はぶらぶら店を回ってみんなが梨玖ちゃんのためにお土産を買って、お別れ会はお開きになった。先輩はまたバーベキューをやろうかって提案したんだけど、みんなが気をつかってくれて晩御飯は部室で三人だけで食べることになった。
梨玖ちゃんの門出を祝う海鮮たっぷりのちらし寿司に、すまし汁と小松菜のおひたし。
デザートの大福を頬張る梨玖ちゃんの隣で、陽奈さんが小さなこし餡と餅の切れ端を上品に食べる。
「本当に今日は泊まらなくていいのかい? 遠慮しなくていいんだよ」
「うん。パパと話したいこともあるしさ」
梨玖ちゃんは今夜は学園の迎賓館にいるお父さんのところに泊まって、明日の朝一で旅立つ。寮の部屋の片付けとかどうしたんだろうって思ったけど、そっちは度会家のお手伝いさんに任せてあるらしい。さすが良家のお嬢様。
「帰ってくる時は教えてよ。港まで迎えにいくから」
「もちろん! その時はまたスラプラで対戦だよ!」
お互いに右手を差し出して指切り。
と、梨玖ちゃんは陽奈さんとしばらく顔を見合わせてから、急にその場にきちんと正座して、
「……氷川先輩、御厨先輩。本当にお世話になりました」
深々と、丁寧な礼。
目を丸くする僕と先輩の前で、梨玖ちゃんは顔を上げて屈託なく笑い、
「なーんて。けじめだよ、けじめ!」
何かを懐かしむみたいに部室をぐるっと見回して、
「夏乃姉。……ボクね、ここに来るのはもうやめようと思うんだ」
「梨玖君?」
不思議そうな先輩の声。
それに、梨玖ちゃんはなんだか大人びた顔で微笑み、
「嫌なことがあったとかじゃないよ。夏乃姉の料理も宗一郎の料理も、お布団の匂いも大好き。……だけどさ、やっぱりここは夏乃姉と宗一郎の、二人だけの秘密の場所なんだよ」
ふわりと小さな肩に座った陽奈さんが、梨玖ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。
うなずいた梨玖ちゃんが、急に悪戯っぽい顔で、
「次は夏乃姉と宗一郎が結婚した後で、二人の家に招待してもらうよ。……だからさ、ちゃんとしてよ、夏乃姉。じゃないと、ボクが宗一郎取っちゃうよ?」
ほら、って立ち上がった梨玖ちゃんが座卓のこっち側に回り込む。ぽかんと口を開ける僕たちを強引にくっつけて、手の場所を勝手に動かす。
気がついた時には僕と先輩はお互いの背中に両腕を回してくっつく格好。
我に返って声を上げようとする僕に、梨玖ちゃんはべーっと舌を出して、
「じゃあね! バイバイ! ……宗一郎兄」
「り、梨玖ちゃん!?」
「梨玖君!?」
ばたんって勢いよく扉が閉まる音。小さな足音が鎮守の森を駆けていく。
夜の部室に流れる沈黙。
「……えっと」
僕は視線を逸らし、やっぱり上目遣いに先輩を見上げて、
「どうしましょう、これ」
夜の星空みたいな先輩の瞳はすぐ目の前。
ちょっと顔を動かしたら、お互いの唇が触れ合ってしまいそうだ。
「まったく……困ったものだね、梨玖君は」
呟く先輩の顔は耳たぶまで真っ赤。
と、日本人形みたいな端正な顔にふと優しい笑みが浮かぶ。
「御厨君、ちょっと目を閉じてごらん」
「目、ですか?」
なんだろうって思い、言われた通りにする。
途端に、唇にちょんっと暖かい感触。
慌てて目を開けると、先輩はものすごい勢いで壁際まで後ずさって、
「ちちちち違うよ御厨君! 前に教えてあげただろう? 挨拶だよ! 西洋式の!」
「ほ、本当ですか!?」
叫んだ途端にものすごく恥ずかしくなる。あれ? でもあれは頬にするものだって!
「唇にすることだってあるんだよ! 大丈夫! 私たちはまだ『お友達』だから!」
「は、はい! そそそ、そうですよね!」
ぶんぶんと首を縦に振り、何回もためらってから先輩と見つめ合う。
どっちからともなく吹き出す声。
僕は立ち上がって歩み寄り、あらためて先輩の隣に座り直す。
「梨玖ちゃん、元気になってよかったですね」
「全部きみのおかげだよ、御厨君。……ありがとう」
微笑んだ先輩が、さて、と大きくのびをし、
「明日からはまた日常だね。禊合宿も近いし。……そういえば御厨君、テストは大丈夫かな?」
「げ」
忘れてた。中間テストの結果が返ってくるんだった。
それでなくても自信がないのに、梨玖ちゃんのあれやこれやで最終日はろくに勉強できなかった、あのテストが。
「先輩、僕だめかもしれません」
「おやおや、しょうがないなあ御厨君は」
あははは、って朗らかな笑い声。
先輩の唇がもう一度、今度は僕の頬に触れた。
「それじゃあ、明日からまた特訓だよ!」




