今日の日はさようなら③
ぶいーん、っていう機械の動作音がして、出来上がったばかりの写真が取り出し口にぽとっと落ちた。
真っ先に駆け寄った梨玖ちゃんが、取り出した大判の写真を賞状みたいに掲げて大笑いした。
「何これ! 宗一郎へんな顔ー!」
「え!? いや、それは梨玖ちゃんが加工するから!」
どれどれって集まったみんなが集合写真を眺めてそれぞれに笑う。プリクラって呼ばれるこの機械は百年以上の歴史を誇るアミューズメント施設の定番商品で、お金を入れると中にいる専用の式神が写真を撮ってくれる。
それもただ撮るんじゃなくて、良い感じに背景をきらきらさせたり一緒に神様を映し込んでくれたり出来た写真にちゃんと御利益があったり、とにかく機能が盛りだくさん。
周りには僕たちが今写真を撮った大型の機種の他にも一人とか二人とかで使う小さいやつがいっぱい。雰囲気とか宣伝文句とかが違うから全部別々なんだろうけど、何がどう違うのかがいまいちわからない。
「よし! それじゃあ次は女子グループだけで撮影、行きまーっす!」
水瀬さんが元気よく掛け声をかけると、おーって応えた一同が中くらいの機種にぞろぞろと入っていく。
小さく手を振る先輩とぶんぶん両腕を振る梨玖ちゃんに手を振り返して、僕は近くのベンチで一息つく。
「あ! これ、ボクこの背景が良い!」
「伊勢神宮。二〇三三年の式年遷宮ですね」
「良いじゃないか。梨玖君にぴったりだ」
「梨玖。一枚焼き増しして清玄様のお土産にいたしましょう」
「彩葉、これはどのようにすればよろしいんですの?」
「澄葉姉様はもう少し真ん中に寄ってくださいまし。それでとびきりの笑顔を。……そう! 素晴らしいですわ!」
「はーい! それじゃ一枚目いくよー!」
梨玖ちゃんと先輩と水瀬さんと彩葉さんと副会長と中臣書記だから全部で五人、いや陽奈さんも入れたら六人か。とにかく全員がカーテンの向こうでポーズを決めてるらしい。
わーとかきゃーとかいかにも楽しそうな声。女の子はとにかくこういうのが好きだって祖父ちゃんも言ってたっけ。
「御厨、隣いいか」
「あ、はい」
なんて考えてると急に上から声。秩父会長が僕の隣に腰を下ろす。
スマホを取り出して生徒会のスケジュールか何かを確認し、ふと顔を上げて、
「戎と賀茂と黒川は」
「飲み物買ってくるって言ってました。ボウリングでみんな喉が渇いてるからって」
返るのは、そうか、っていう小さな声。
秩父会長は周囲にそれとなく視線を巡らせ、独り言みたいに、
「今のうちに少し話しておきたい。……今回の事件についてだ」
「え!」
思わず大きな声。
途端に近くを歩いて中学生くらいの二人が振り返り、僕は慌てて顔を伏せて、
「何かわかったんですか? あの狐面がどこに逃げたかとか」
「それはまだだ。儀式の場に紛れ込んだ手段は判明したがな」
その辺は昨日の夜、寝る前に先輩からのメッセージで教えてもらった。狐面の男、神格解放戦線のリーダーは今では使われてない作業用のダクトで地下に向かう通路の途中に入り込んで、そこで見つけた軍の兵士を気絶させて成り代わったらしい。
本来ならそんなことしたって途中に何カ所もあるセキュリティで弾かれるんだけど、アマテラスシステムの封印のために地下のネットワークを外と切り離してたのが災いした。
封印の間とその周りだけのローカルのシステムは高天原全体のシステムに比べるとずっと弱くて、儀式の間だけ市政府の人員リストを誤魔化すっていう方法が通ってしまった。
「神格解放戦線の問題はなんとかしなければならないが、今はその話じゃない。……今回の事件、犯人の狙いはアマテラスシステムでも高天原でもなく、御厨、お前の可能性がある」
意味が分からない。
思わず横顔を覗き込む僕の前で、会長はものすごく自然な所作で神符を一枚取り出して足下に落とす。
「これは俺個人の考え……というより勘だ。証拠は何もない。だが、敵の狙いがアマテラスシステムの破壊や奪取、あるいは暴走を利用した高天原に対する攻撃なら、もっと他にやりようがあったはずなんだ」
広がった光の紋様が床の上に僕と会長を取り囲む形の防音結界を形成する。
僕は思わず喉を鳴らし、
「……つまり、どういうことですか?」
「敵はお前とアマテラスシステムの接続、いや、お前がアマテラスとスサノオに同時に接続するのを観測したかったんじゃないかと俺は考えている」
会長はまっすぐ前を見つめたまま、
「御厨。さすがに理解していると思うが、お前の神卸の適性は異常だ。……東北の神社で義理の祖父に育てられたと聞いたが、その前は?」
「え?」
「つまりは祖父に拾われる前──お前の実の両親の話だ。御厨というのはその両親から受け継いだ名字だろう。どんな人物だったとか、どこでどんな暮らしをしていたとか、話せることはあるか」
「……実は、良く覚えてないんです」
僕はうつむいて膝の上で両手を組み、
「覚えてるのは自分に確かに父さんと母さんがいたことと、死に別れた後で祖父ちゃんに拾われたことだけで……その時に持ってた名札に『御厨宗一郎』っていう名前と誕生日が書いてあったらしいです」
唯一ちゃんと思い出せるのは、僕をかばって銃に撃たれた二人の姿。
あれが確かにあったことで、二人が自分の両親だったのは間違いないのに、顔さえもはっきりと思い出すことが出来ない。
戦争の巻き添えになったんだって祖父ちゃんに教わって、そうなんだろうって信じてたけど、あれはいったいいつ、どこでの出来事だったんだろう。
「とにかく、敵は今後もお前に何かを仕掛けてくる可能性がある。……おそらく命を狙ってくることはないだろうが、注意しろ」
はい、ってうなずきかけて動きを止める。
ものすごく嫌な考えが、頭に浮かんでしまう。
「会長。もしかして、僕がいなければ今回の事件は起こらなかったんでしょうか。梨玖ちゃんが大変な目にあったのは僕のせいなんでしょうか」
「そうじゃない」
返るのは静かな声。
顔を上げる僕に、秩父会長はにやりと笑って、
「度会とアマテラスシステムが問題を抱えていたのは事実で、遅かれ早かれ同じ問題は起こった。お前がいなければアマテラスは今度こそ完全に封印されて、度会は学園を去るしかなかったはずだ。……お前は最良の結果を手繰り寄せた。そのことは誇って間違いない」
「はい……!」
うなずいた途端にプリクラから梨玖ちゃんたちが出てくる気配。会長が靴の爪先で足下の結界を消去する。
慌てて立ち上がる僕。
目の前に駆け寄ってきた梨玖ちゃんが満面の笑みで大きな写真を差し出し。
「宗一郎! ほら、ボクたちのベストショット! いいだろー、一枚あげるね!」
「あ、ありがと」
「うん、良い写真になったね。どうだい? 御厨君も梨玖君と二人で撮っては」
「あら? 賀茂さんと黒川さんはどちらにいらっしゃいましたの?」
「ここだよ彩葉さん。はいジュース。どれがいい?」
「おおー! ありがと黒川君! わたしこれ好きなんだー」
「待て水瀬、お前のはちゃんとこっちにある」
タイミングよくジュースの袋を下げた賀茂君と黒川君が帰ってきてみんなでわいわいがやがや。
って、あれ? 戎さんは?
それに、みんなと一緒にプリクラから出てきたはずの中臣さんも見当たらないような……
「お、待たせたか? 悪い悪い」
なんて考えた途端に後から声。二人用の小さなプリクラの機械から戎さんが当たり前みたいな顔で出てくる。
続いて後から中臣さん。どうやら二人でささっと写真を撮ってたらしい。
「お待たせしました、みなさん」
「まあまあ、お気になさらず」
「いいよいいよ。相変わらずだね、戎っちと真白ちゃんは」
押見副会長も梨玖ちゃんも当たり前みたいな顔。
僕はちょっと不思議な気持ちで、
「会長、戎さんと中臣さんって仲良いんですか?」
「ああ、あの二人は許嫁だ」
「へー、許嫁」
声が止まる。
え、って固まる僕に、氷川先輩が小首を傾げて、
「おや、御厨君は知らなかったのかい?」
「初耳です──!」
本気でびっくりしてしまう。いや、別に仲が悪そうとか思ったことはないけど、生徒会室でも特にそんな雰囲気なかったし。ええ?
「けどまあ確かに、あまり恋人という雰囲気はないね、戎君と中臣君は」
「それはもう、幼稚部に入る前からのお付き合いですもの。お互いに隠し事もないでしょうし、あそこまでいくともはや熟……なんでしたかしら」
「熟年カップル、ですわ。澄葉姉様」
「そう、それですわ。彩葉は物知りですわね」
しみじみと語り合う先輩と副会長と彩葉さん。さすがは名家が集まる高天原学園っていうか、「許嫁」ってそんな気軽にその辺に転がってていいの?
と、家紋入りの小さな写真を眺めて一人うなずいていた中臣さんが梨玖ちゃんの方に歩み寄って、
「度会さん、この後の予定は決まっていますか? よければ提案がありますが」
「ん? なに? 真白ちゃん」
振り返る梨玖ちゃんに、にやりと笑った中臣さんが通路の先のゲームコーナーを指さした。
天井から吊り下げられた大きな看板に「スラッシュプランターズ・アーケード」の文字が燦然と輝いた。




