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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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今日の日はさようなら②

 その後はなんだかもう、大変な騒ぎになった。

 梨玖ちゃんの問題が解決したことを知った水瀬さんが大喜びして賀茂君に抱きついて、彩葉さんが大泣きして黒川君に慰められて、それで四人全員が梨玖ちゃんを囲んでお祝いして、恥ずかしくなった梨玖ちゃんは僕の布団に潜り込んで隠れてしまった。


 昨日の夜の大事件については高天原の中で情報統制されてるみたいで、彩葉さん以外の三人は「夜中に地下の階層で事故があった」ってことくらいしか知らないみたいだった。

 たぶん水瀬さんも賀茂君も黒川君も、頭の中では「その事故」と僕が入院してることとか梨玖ちゃんがいきなり元気になったこととかを結びつけてたと思うけど、口に出しては誰も何も言わないでいてくれた。


 清玄さんによると梨玖ちゃんは二日後には高天原を離れることになりそうだっていう話で、それなら明日の日曜日に送別会をやろうって水瀬さんが言い出した。

 なぜか会長と副会長まで賛成して話がまとまって、みんなでぞろぞろ連れ立って遊びに行くことが決まった。


 僕は検査のためにそのまま一晩病室に泊まって、ぐっすり眠って今はもう朝。窓の向こうの鎮守の森は暖かな陽射しに照らされて、鳥たちが楽しそうに歌ってる。


「おはよう御厨君。気持ちのいい朝だね」

「おっはよー、宗一郎。お! もう準備万端じゃん!」


 私服姿の先輩と梨玖ちゃんが病室の入り口で手を振る。

 さあ行こう。楽しい一日の始まりだ。


        *


「ではこれより、度会梨玖の送別遊戯会を開催する」


 厳かに宣言した秩父会長が、黒縁眼鏡をきらーんと指で押し上げた。

 高天原の東側の市政府管轄区域。ショッピングモールの近くにでーんと居を構える超大型のアミューズメント施設。

 立体映像の電飾煌めく入り口で仁王立ちする会長を前に、僕はその場の全員と顔を見合わせた。


「会長。本日の目的は梨玖さんに楽しい時間を過ごしていただくことです。その開会宣言は不適切です」

「そうだよ真白ちゃんの言う通りだよ。いおりん硬い!」


 淡々と突っ込む中臣書記の隣で梨玖ちゃんがぶんぶん手を振る。さらに隣のえびす会計と押見副会長もちょっと呆れ顔。今日は梨玖ちゃんの送別会ってことで、生徒会の四人も勢揃いだ。

 何となしに頬をかく僕の隣で、氷川先輩があっはっはって大笑い。

 と、すっと進み出た賀茂君が真面目そのものの顔で両手を後ろに組んで、


「伊織先輩。僭越ながら、こういう場はうちの水瀬が適任かと思われます」

「ぬ? ……そうか。賀茂がそう言うなら任せよう」


 うなずいた会長が一歩退く……って、待って、なに今のやりとり。


「伊織会長と陽真はるま君は中等部の合気道部で先輩後輩だったんだよ」

「そうでしたわね。たしか秩父会長が部長で、賀茂さんが副部長で」


 黒川君と彩葉さんの解説に梨玖ちゃんと一緒に、へー、って感心する。言われてみればあの二人、なんとなく雰囲気が似てる。

 と、いきなり梨玖ちゃんが「わ」って声。

 駆け寄った水瀬さんが小さな手を勢いよく引っ張って、


「ほら! 梨玖ちゃんはこっち! 主役は一番前って決まってるでしょ!」

「うえぇっ!? ま、待って水瀬っち! 恥ずいからいいよ!」


 肩に座った陽奈さんが「まあ」って笑う声。

 梨玖ちゃんはじたじたと身をよじって逃げようとするけど、水瀬さんは上手く背中を支えてみんなの前に立たせてしまう。


「それじゃ、あらためて。……ただいまより、度会梨玖ちゃんのお別れ会を始めます!」

 元気いっぱいで宣言した水瀬さんが小さな横顔を覗き込んで、

「さあ! 今日は梨玖ちゃんがお姫様だよ。行きたいところはどこでも行っていいし、やりたいことは何でもやっていいんだからね!」

「え……」


 大きなオレンジの瞳がぱちっと瞬き。

 梨玖ちゃんはその場の全員──生徒会の四人と賀茂君たち四人、それから氷川先輩と僕をぐるっと見回して、


「良いの? ほんとに? 何でもボクの言う通り?」

「そうだよ。……あ、お金は大丈夫! 生徒会が出してくれるよ! たぶん!」


 会計の戎さんが「おい」って声。

 それを無視して、水瀬さんが元気よく拳を突き上げた。


「それじゃあみんな、今日は張り切って遊ぶぞーっ!」


        *


「すごーい! 水瀬っち歌上手ー!」


 部屋いっぱいに飛び回っていた七色の立体映像が、軽快なギターの音ともに花火みたいに弾けた。

 わーって拍手する梨玖ちゃんの前で、マイクを置いた水瀬さんが照れた顔で頬をかいた。


「そ、そうかな。……まあ、ちょっとは練習してるし? いちおうこれでも合唱部だし?」


 他のみんなもそれぞれに声援を送ったり腕組みしてうなずいたりしてる。僕も田舎で聞いたことがあるくらい有名な流行の歌。明るく元気な女の子の歌って感じで水瀬さんのイメージにぴったりだ。


「なるほど、これは意外な特技だね」

 隣でうんうんうなずいた氷川先輩が僕の前に炭酸のジュースを置いて、

「御厨君、カラオケは?」

「初めてです。……あ、でも祖父ちゃんと見た古いドラマに時々出てきたからどういうものかは」


 お金を払って部屋を借りて、そこでみんなで歌ったり騒いだりする。祖父ちゃんが生まれる前からあった遊びらしいけど、西暦二〇九九年の今でもまだまだ現役だ。 


「あ! 出ますわよ、採点!」


 彩葉さんの声に全員の視線が正面、立体映像の画面に集中する。

 ドラムロールと共に画面から飛び出した手のひらくらいの童子の式神が頭の上に順番に数字のパネルを掲げ、


『歌唱力:九十八点、神力:六十三点』

「あーっ!!!」

 悲鳴を上げた水瀬さんが頭を抱えて、

「またランキング入り逃したー! 歌だけなら負けないのに!」


 ぐぬぬぬ、って拳を握りしめる水瀬さんの頭を隣の賀茂君がぽんぽんと叩く。

 そう、ここが昔のドラマに出てくるカラオケと違うところ。

 この機械は歌の上手さとか表現力だけじゃなくて、歌に込められた神力──つまり祝詞としての強さも同時に測定する。


 高天原の独自仕様なのか世界中どこでもそうなのかはわからないけど、とにかくカラオケの点数はこの歌唱力と神力の合計で決まる。

 でもって、神力の方がいまいち伸び悩んでる水瀬さんはどうしても合計点で勝てないらしい。


「まあ、諦めて地道に修行に励め。だいたい、合唱部だって秋祭りの奉納神楽があるから歌唱力だけじゃ困るだろ」

「それはそうだけどさー」

 賀茂君の言葉に水瀬さんはテーブルにべちゃっと顔を預け、

「氷川先輩、押見副会長、アドバイスください! 神力の点数ってどうやったらあがります?」


 言われた先輩と副会長が「ん?」って顔を見合わせる。確かにさっきから順番に歌ってるけど、二人はどっちも総合点で水瀬さんを遥かに上回ってる。


「どう、とおっしゃられましても……」

 副会長が唇に指を当てて首を傾げ、

「そうですわね。体をふわっとさせるんですわ。それで、こう軽やかに、のびやかに」

「んんんん……?」


 全然わからない、って感じの水瀬さん。

 と、先輩があははははって笑い、


「水瀬君。きみはね、上手く歌おうとしすぎなんだよ。一度、歌のことを忘れて、お腹から声が出るのに任せてごらん」

「な、なるほど? 声が出るのに任せる……」


 今度は何かぴんと来たみたいで、まっすぐに起き上がる水瀬さん。

 うんうんってうなずく先輩の隣で、なぜか副会長も嬉しそうにうなずく。この二人ってどっちも天才肌のイメージなんだけど、アドバイスの方向が全然違うの不思議っていうかちょっと面白い。

 

「はい、次、宗一郎。まだ曲入れてないの宗一郎だけだよ!」


 なんて考えてると、急に梨玖ちゃんがリモコンとマイクをぽいぽい投げ渡してくる。

 手のひらくらいのリモコンの上には立体映像の検索画面。とにかくここで曲を選べば良いらしい。


「梨玖、いけません。物をそんなふうに投げて渡しては」

「いいんだよーだ。今日はボクがお姫様なんだから」

 苦笑する陽奈さんに梨玖ちゃんはふふーんって胸を張り、

「ほら、早く決めないと時間が減っちゃだろ。急いで急いで」

「え! そういわれても……」


 困ってしまう。最近の歌なんかほとんど知らないし、今すぐに歌えるのって言ったら祖父ちゃんが好きだった……


「何でも良いの?」

「良いから早く!」


 梨玖ちゃんにせっつかれて大急ぎで曲を選択。かなり古い歌だけどあった。アイコンをぽちっ。

 しばらく間があって、流れ始める軽快なイントロ。やった。ちゃんと本編に忠実な映像付きだ。

 と、秩父会長がものすごく怪訝そうな顔で、


「……御厨。何だこれは」

「祖父ちゃんが好きだった歌です。確か百年以上前のアニメの主題歌で」

「これは……やりますね、御厨さん」

「中臣さん? あなた、ご存知ですの?」


 珍しく素っ頓狂な押見副会長の声。にやっと笑う中臣書記の隣で戎会計がなぜか困った顔で半笑いになる。

 そんな生徒会の面々を横目に僕はマイクを構えて深呼吸。

 イントロ終了。タイミング合わせて一、二、三──


「そ〜らに~そびえる~」


 よし、久しぶりだけどちゃんと声出た。懐かしい。祖父ちゃん、時々お風呂で歌ってたなぁ。


「……これは、何ですの? 供骸?」

「……みたいだけど、何の神様なんだろうね」


 画面に映る映像を横目に、彩葉さんと黒川君がひそひそと話し声。二人とも違うんだ。それは光子力エネルギーで動く巨大ロボットなんだ。


「うわーすごい! 何これ!」

 梨玖ちゃんが大喜びで手を叩き、

「ボクも歌う! マイク! マイク貸して!」

「歌うって、梨玖君知っているのかい? この歌を」

「ぜんぜん知らない!」


 高らかに宣言した梨玖ちゃんが僕の膝にぴょんと飛び乗る。

 僕はちょっと驚き、まあいいかって笑って、


「とばっせ~てっけん~」


        *


 がらがらがっしゃーんっていう軽快な音と共に、十本のピンがまとめて吹っ飛んだ。

「よっしゃぁ!」ってガッツポーズする梨玖ちゃんに、僕と先輩はパチパチと拍手した。


 カラオケの次はボウリング。これも祖父ちゃんと見た映画に出てくる古い遊びだけど、高天原にもあるなんて驚きだ。

 せっかくだからって三チームにわかれて対抗戦。生徒会チームと賀茂君たち一年C組チーム、それから梨玖ちゃんと先輩と僕のチームだ。


「さ、次は御厨君の番だ。頼んだよ」

「よーし! 宗一郎いけー!」


 二人の声援に手を振ってレーンの前に進み出る。実は生まれて初めてなんだけどルールはわかってる。この重いボールを転がして、向こうに並んでる十本のピンを全部倒せば良いんだよね?

 大きく腕を振りかぶって軽やかに一投。

 真っ赤なボールはごろごろごろって軽快な音を立ててレーンを突き進み──


「……え」


 思わず瞬き。

 整然と三角形の並んでいたはずのピンが、左右に分かれてボールのために通り道を開いてしまう。

 ボールは勢いのままにピンの間をすり抜け、奥の穴に吸い込まれる。十本のピンが何事もなかったように元の配置に戻る。

 

「な……な……」

「ん? どったの御厨君。鳩が豆鉄砲食べ損ねたみたいな顔して」


 隣のレーンで水瀬さんの声。


「だ、だって! 今、ピンがボールを避けて!」

「そりゃ避けるだろ、ボウリングなんだから」


 今度は反対側のレーンで戎さん。

 高々と掲げられた腕が豪快に下りると、黒いボールはレーンに緩やかなカーブ──どころかあからさまな螺旋を描いてピンを次々に薙ぎ倒す。


「あっ! くそ、一本逃したか」

「上出来だ、戎。後は任せろ」

「まあまあ、そう気を落とさなくても大丈夫ですわよ」

「油断大敵です。よそ見はほどほどに」


 それぞれに声を投げる生徒会メンバー。進み出た秩父会長が完璧なフォームでボールを投げると、緑のボールがカッと完全に直角に曲がって見事に最後のピンを仕留める。

 あ。

 今、なにか見えた。

 レーンの奥に吸い込まれるボールとそのボールを放った会長の手の間に、細い糸みたいな物が。


「……もしかして、これ、神術でボールを操作するのありなんですか?」

「当たり前じゃん。何言ってんの? 宗一郎」

「そうか、御厨君は初めてだったか」

 すまないね、って笑った先輩が歩み寄って僕の手にそっと自分の手を添え、

「いいかい? ボールに触れると縁が結ばれる。その縁をたどってボールに自分の意思を伝えるんだ」

「えっと……こう、ですか?」


 自分の中に意識を集中すると、確かにボールに向かってのびる糸が見える。見えるんだけど、その糸はなんだかものすごく作り物っぽいっていうかハリボテ感があるっていうか、上手く手繰ることが出来ない。

 わかってしまった。

 これ、僕がものすごく下手なやつだ。


「すいません。だめかもしれません」

「そ、そうか……仕方ないね。梨玖君! 本気を出すよ!」

「おっけー夏乃姉! 見てなよ宗一郎!」


 レーンに進み出る梨玖ちゃんと入れ替わりにすごすごと椅子に戻る僕。

 と、隣のレーンでスコアボードを睨んでた賀茂君たちの目がきらーんと輝き。


「いけそうだな。伊織先輩たちは無理でも、御厨チームはなんとかなりそうだ」

「うん! 氷川先輩と梨玖ちゃんは手練れだけど、御厨君なら!」

「ですわね。宗一郎さんがこういうスポーツが苦手というのは意外ですけれど、チャンスですわ!」

「だね。宗一郎君が点を取れないのを計算に入れれば、なんとか勝てそうだよ」

「みんなひどくない!?」

 

 わいわいがやがやとボールを投げて、結局僕たちは最下位。優勝は生徒会チームでした。


「あー面白かった!」

 負けたのに上機嫌の梨玖ちゃんが僕の背中をばんばん叩き、

「夏乃姉、傑作だったね! 最後の宗一郎のボールがぽーんって飛んでって隣のレーンのピン全部倒してさ!」

「あれは素晴らしい投球だったね。案外、御厨君には才能があるかも知れないよ?」

「いいですよ、もう……」


 ぷっ、と膨れてみせると、二人が顔見合わせてまた笑う。

 と、「あ」って小さな声。

 いきなり立ち上がった梨玖ちゃんがボウリング場の向こう、大きな機械が並んだブースを指さした。


「せっかくだからさ! みんなで写真撮ろ! 写真!」


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