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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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今日の日はさようなら①

「──生徒会代表としてではなく、三名家の調停役として礼を言わせて欲しい。御厨、本当によくやってくれた」


 っていうのが、秩父会長の第一声だった。

 僕はベッドの上にぼんやりと身を起こし、とりあえず「はあ」ってうなずいた。

 広くて清潔な病室をぐるっと見回す。大学部の附属病院の五階。思いっきり見覚えがある。確か競技祭で八岐大蛇を倒した後もちょうどこの部屋に運ばれたはずだ。


 窓の外はすっかり夕焼け色。アマテラスシステム相手に大立ち回りをやったのが真夜中だから、少なくとも半日以上は寝てたってこと。

 なに? 僕ってスサノオシステム使うと気絶するの?

 まあ、そのくらいとんでもないことをやっただろって言われたら反論出来ないんだけど。


「あの、梨玖ちゃんは」

「ここだよっ」


 急に後ろから声。反対側のベッド脇に座ってた私服姿の梨玖ちゃんが、僕の膝の上にぴょんと飛び乗る。

 

「まあまあ。いけません梨玖。はしたないですよ」


 肩の上でたしなめるのは小さな陽奈さん。

 隣の椅子でリンゴの皮をむいてた氷川先輩が、果物ナイフを置いて優しく笑う。


「調子はいいみたいだね。私からもお礼を言うよ。……御厨君、梨玖君を助けてくれて本当にありがとう」

「いえ。……あの、アマテラスシステムはどうなったんですか?」

「宗一郎さんのお見事な一太刀で活動を停止しましたわ」

 歩み寄った押見副会長がベッドの端に手をついて、

「機能停止した祈願炉は研究部の方で安全を確認しています。終り次第、度会家に引き渡されることになっておりますわよ」


 副会長の視線をたどって病室の入り口の方に顔を向ける。壁際の椅子でうなずく学園長の隣で、同じくうなずいた度会清玄さんが立ち上がる。

 ゆっくりと近づく足音。

 清玄さんはベッドの傍で立ち止まり、僕の膝の上の梨玖ちゃんを抱き上げてすとんと隣に立たせ、


「今回のこと、感謝のしようもない」

 小さな頭に手を添えてお辞儀させ、自分も深々と頭を下げて、

「何か力になれることがあればいつでも頼って欲しい。……御厨宗一郎君、度会家は全力で君の恩に報いよう」

 

 お辞儀した格好の梨玖ちゃんが、視線だけを僕に向けてはにかんだみたいに笑う。となりに浮かぶ陽奈さんが正座の格好で一礼する。


「いえ! そんな……」

 僕は慌てて両手を振り、

「あの……そうすると、梨玖ちゃんは?」


 途端に、すっと顔を上げる三人。

 梨玖ちゃんはお父さんと陽奈さんにうなずき、ものすごく深刻そうな顔で、


「宗一郎。……ボクね、度会の家に帰ろうと思うんだ」

「え!?」


 思わず目を丸くしてしまう。なんで? だってアマテラスシステムの問題は解決したし、梨玖ちゃんはもう何の心配もなく学園でやっていけるはずなのに。

 と、いきなり弾ける笑い声。

 おかしくてしかたないって感じでお腹を押さえた梨玖ちゃんが「ごめんごめん!」って手をぱたぱたさせ、


「そうじゃなくて! ほら、アマテラスシステムと陽奈が分離したから、ボクと天照大御神のつながり方もちょっと変わっちゃってさ。パパと一緒に基礎の修行をやり直して、そこを調整するの!」

 

 ねー、って笑う梨玖ちゃんに、清玄さんがうなずく。

 いかにも名家の当主らしい威厳のある顔。

 その目尻に涙がにじんだような気がして、僕は何だか心が柔らかくなるのを感じる。


「じゃあ、すぐに帰ってくるんだね?」

「とーぜん! 夏休みが終わるまでにはぜったいに帰ってくる! 約束!」


 ぐいって右手の小指を突き出す梨玖ちゃんに、僕も小指を差し出す。

 お互いの指を絡めて、ゆーびきーりげんまん。

 ふふっと笑った先輩が歩み寄って、僕たちの指を両手でそっと包み、


「──さて、めでたしめでたしと言いたいところだが、もう一つ面倒な話をしなければならない」


 温度の低い秩父会長の声。

 黒ぶち眼鏡の奥の鋭い目がなぜか僕をぎろっと睨み、


「と言っても度会家の話ではない。問題はお前だ、御厨」

「え……」


 思わず指切りの手を引っ込めてしまう。待って、なにこの空気。今のは「良かった良かった」で話が終わる流れじゃないの?


「会長、その話は今しないとダメかい?」

「そうだよー。いおりん感じ悪い。空気読んで」


 困り顔の先輩の隣でむっすーって頬を膨らませる梨玖ちゃん。


「だめだ。三名家の関係者が集まったこの場で話しておきたい」

 会長は人差し指でぐいっと眼鏡を押し上げ、

「御厨。確認するが、お前は高天原に来るまでに火之迦具土神以外の神を卸したことはあるか?」

「え? ない、ですけど……」

「では、卸そうとしたことは? 複合神性の扱いについて何か特別な修行をしたことは?」

「それもない……です……」


 なんだか不安になって氷川先輩の方を見上げてしまう。

 先輩は僕の体をぎゅっと抱き寄せ、ため息を吐いて、


「あまり御厨君をいじめないでほしいのだけれど……確かに、そろそろはっきりさせないといけないのだろうね」

 そっと体を離し、まっすぐに顔を見つめて、

「御厨君。三貴人みはしらのうずのみこ──天照大御神あまてらすおおみかみ月読命つくよみのみこと須佐之男命すさのおのみこと。この三柱の神に同時に接続するというのはね、本来は有り得ないことなんだよ」


 意味が分からない。

 瞬きする僕に、今度は押見副会長が困った顔で、


「宗一郎さんは式神操作や符術の扱いを学ぶのに大変なご苦労をなさったとお聞きしましたけれど、それと同じ事ですわ。……神との縁とは強い光のようなもの。名家に生まれて幼い頃から自分の祭神に慣れ親しんだ者の内側は神格との結びつきによって常に照らされますから、その輝きの中で他の神とのつながりを見出すというのはとても難しいことですの」

「特に、三貴人の光は相反する属性を持ち、互いを打ち消し合う。ゆえに、一柱とつながりを持った者が他の二柱とのつながりを見出すのは不可能とされている。まして、三貴人同士を混ぜ合わせて複合神性を作り上げるなど、理論上は有り得ないはずだ」


 続けて会長の説明。

 僕は、うん?って首を傾げ、しばらく考えて、


「……えっと。よくわからないですけど、神様と縁を結ぶにはポイントの割り振りが必要で、一人の人間が持てるポイントの最大値は決まってて、三貴人とつながるにはものすごくたくさんのポイントを割り振らないといけないから他の神様と繋がる余裕なんかないはず……とかそんな感じですか?」

「ぬ……?」


 怪訝そうに眉をひそめた会長が先輩と副会長と顔を見合わせる。しまった。祖父ちゃんがやってた古いRPGのキャラクター育成システムのイメージでたとえてみたけど通じなかったか。


「そうそう! そんな感じ!」


 と、横から梨玖ちゃんが助け船を出してくれる。さすがスラプラ勢。ゲームの話をわかってくれた。


「っていうかさ、宗一郎のあれほんとにすごかったよね! どうやったの? ボクにも教えてよ!」

「どう、って言われても……」


 あらためて聞かれると上手く説明できない。ただ自分の中の糸をたぐっただけなんだけど、今の話だとそもそもその「糸」を見つけるのが不可能ってことになるし……


「とにかく、この件は他言無用とします」

 と、黙って聞いてた学園長がゆっくりと立ち上がり、

「幸い、あの場に集まった神職も市政府側の関係者も、あれが三貴人の複合神性だったと気付いた様子はない──というより想像も付かなかったはずです。御厨君はスサノオシステムの件に加えて今回の件も他言無用。あの技を許可なく使うのはもちろん禁止。いいですね?」

「……はい」


 うう、っとなんとなくうつむいてしまう。どうしてだろう。学園に来てまだ二ヶ月も経ってないのに秘密ばっかり増えていく。

 先輩が僕の頭をよしよしと撫でてくれる。梨玖ちゃんも手をのばして膝の辺りをぽんぽんと叩いてくれる。

 と、秩父会長が「さて!」と手を叩き、


「話はこのくらいにしよう。先ほどから来客が待ちかねている。あまり御厨を占有してはどんな恨み言を言われるかわからんからな」


 首を傾げる僕の前で、会長が入り口のドアに歩み寄る。指先に取り出した神符が複雑な軌跡を描くと、病室に張り巡らされた防音結界にドアの封印、ありとあらゆる物がまとめて解除される。

 途端に、どさどさと部屋の中に転がり込んでくる四人の姿。

 

「あ痛ッ! もー、なんで急に開くの!」

「み、水瀬! 当たっ……じゃなくて重い! 早くどけ!」

「く、黒川さん!? どうしましょう、わたくしとしたことが!」

「だ……大丈夫……。彩葉さん、怪我しなかった?」


 いつもの賑わしい声が、夕暮れ時の病室に弾けた。

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