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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神⑧

 輝く黄金の装甲が光に溶けて爆ぜた。

 舞い散る無数の粒子をかき分けて、僕たちはアマテラスシステムの体内から空の只中へと飛び出した。


 鳴り響く軽やかな足音。僕と梨玖ちゃんを乗せた白狐の式神「日輪」が、空中に描かれた仮想の階段を駆け上がる。陽光みたいに揺らめく毛並みが残光をたなびかせ、追いすがる巨大な黄金の腕をかいくぐる。

 肩越しに振り返った先には山みたいにそびえるアマテラスシステムの姿。

 僕たちが全力でこじ開けた胴体の小さな穴はとっくに塞がってしまっている。


「御厨君! 梨玖君!」


 正面から先輩の声。大鴉の式神「夜羽」が強く翼を羽ばたかせ、ぐるりと旋回して僕たちの隣に並ぶ。


「夏乃姉──!」


 白狐の背中を蹴ってジャンプした梨玖ちゃんが先輩の胸に飛び込む。

 慌てて後を追い、大鴉の式神に飛び渡る僕。

 その前で、小さな手が先輩の巫女装束をぎゅっと握りしめる。


「よしよし、もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 先輩は小さな背中を何度も撫で、視線を梨玖ちゃんの肩の上に向ける。

 ちょこんと座っていた神性の塊──アマテラスシステムから切り離された「自我」が両手をついて丁寧に一礼する。

 太古の装束を纏う天照大御神をそのまま三頭身に縮めた感じ。

 あらためて思うけど、小さくて可愛い。なんか「手乗りアマテラス」って雰囲気だ。


「君は……」


 呟いた先輩が神符を取り出し、「失礼」って小さな女神の頭上にかざす。

 すぐに、可憐な唇が息を呑む気配。

 夜の星空みたいな瞳に涙が浮かぶけど、先輩はすぐにそれを指先で払って、


「そうだったんだね。ええと……」

「……陽奈だよ、夏乃姉」

「そうか、陽奈君か。……ありがとう、陽奈君。今日まで梨玖君を守ってくれて」

「過分な言葉、いたみいります。……あなたは氷川冬哉様の妹君いもうとぎみですね。初めまして。お兄様には瑞穂がお世話になりました」


 背後で寒気がするような大気の唸り。瞬時に降下する僕たちの頭上すれすれをすり抜けて、アマテラスシステムの巨大な腕がすさまじい速度で虚空を一薙ぎする。


 空の遠くには煌々と輝く人工太陽。眩い光に白く照らされて、黄金の機神が厳かに両手を掲げる。

 全長三百メートルの巨体の周囲には、恒星を取り巻く惑星のように巡り続ける無数の鏡。

 アマテラスシステムの背に広がる数十の砲身に、あり得ない密度の神性が収束する。


 耳が痛くなるような甲高い音。放たれた光が鏡に乱反射する。

 前後左右上下、光はアマテラスシステムを中心に栗の棘みたいに広がってありとあらゆる方向へと拡散する。

 どう見てもまともな狙いなんかついてない。あるものは僕たちをかすめる位置に、あるものは空に浮かぶ高天原に、あるものは眼下の遠くに広がる海に。数千の光の槍が大気を焼き焦がし、視界の彼方までを瞬時に貫く。


 頭上の遠くに集まった神職の人たちが結界を展開して戦場全体を包み込む。高天原の近くを飛ぶ学園長と清玄さんが神符の束を投げ放って光の軌道をまとめてねじ曲げる。

 それでも、全てを防ぎ止めることは出来ない。

 光の槍は数十キロ彼方、無人の海面に着弾し、とんでもない規模の水蒸気爆発を次々に巻き起こす。


 アマテラスシステムはさらに砲撃を放とうとするけど、それより早く陽炎みたいな黒い光が黄金の機神の背後で揺らめく。

 耳をつんざく金属音。

 ツクヨミシステムが出現と同時に振り下ろした黒い杖の一撃を、アマテラスシステムは手に構えた長大な神剣「草薙剣」で受け止める。


「まったく、とんだお転婆てんばですわね!」


 背後で呆れたみたいな声。振り返る僕の前で、秩父会長が操る大鹿の式神がぴたりと足を止める。

 強張った顔の会長の後ろには、両手に神符を構える押見副会長の姿。

 目の前に次々に複雑な光の紋様を描きながら、視線だけを梨玖ちゃんの肩の女神に向けて、

 

「陽奈さんとおっしゃいましたわよね! お話は聞かせていただきましたけれど、これはどういう状況ですの? あなたという自我を失ったアマテラスシステムは大人しく梨玖さんの言うことを聞くようになるのではありませんの?」

「押見家の依代の方ですね、初めまして」


 陽奈さんは三頭身の体で深く礼をし、


「そしてお尋ねの件ですが、私の存在を切り離しても祈願炉に蓄積した負荷はアマテラスシステムを動かし続けています。私にも梨玖にも制御できません。あれを止めるには、暴走したエネルギーを完全に吐き出させてやる必要があります」

「えっと、つまり……?」


 思わず口を挟む僕。

 それに、陽奈さんは可愛らしく小首を傾げ、


「つまりは実力行使です。遠慮なさらず、ばーんとぶっ飛ばしてしまってください」

 

 え、って僕はその場の全員と顔を見合わせ、


「待って。いいの? それ」

「はい、三機神には自己修復機能が備わっていますから、祈願炉を真っ二つにするくらいは」

「いや陽奈君! そう簡単に言うけれどね!」

 先輩が符術の盾を展開し、飛来した細い光の槍を強引に弾いて、

「澄葉さんのツクヨミシステムはもう限界だ! 私と御厨君のスサノオシステムはまだ完全に力を使うことは出来ないし、空には君が作った太陽もある。この状況でアマテラスシステムを止めるほどの戦力は」

「ございます。なぜなら、ここには宗一郎様がいらっしゃいますから」


 意味がわからない。

 瞬きする僕の肩の上に小さな陽奈さんがぴょんと飛び渡り、

 

「私とご自分をつなぐ糸はまだ見えていますね? 今の宗一郎様は火之迦具土神ほのかぐつちのかみ須佐之男命すさのおのみこと天照大御神あまてらすおおみかみ──三つの神格と同時に接続しています」


 みんなの視線が僕に集中する。先輩も会長も副会長も梨玖ちゃんも、今ひとつピンときてない様子で怪訝そうな顔をしてる。

 だけど、僕には陽奈さんの言いたいことがなんとなくわかる。

 待って、本当にそんなことが──


「……出来るの?」

「はい、おそらくは」

 陽奈さんは可愛らしく両手を合わせ、

「本来であれば大変難しいことですが、大丈夫。宗一郎様はすでに『出来ないはずのこと』をやっておられます。……本当に不思議な方。貴方の糸は、いったいどこまで届くのでしょう」


 鳴り響く金属音。アマテラスシステムが神剣の一振りでツクヨミシステムの漆黒の巨体を弾き飛ばし、振り返りざま僕たちに向かって突撃を開始する。

 数キロの距離が見る間に削り取られていく。

 僕は両手に神符を構えて頭の中に輝く細い糸に意識を集中。

 瞬間、空中に出現したスサノオシステムの左右の手がアマテラスシステムの両の手首を掴んで強引に押しとどめる。


「先輩──!」

「なんだかわからないけどわかった! 御厨君、きみに全て預ける!」


 叫んだ先輩が僕の背中に手のひらを押し当てると、輝く手首に連なる形で白と赤の装甲に包まれた巨大な腕が出現する。

 二つの腕、肩と肩の間には朧に揺らめく巨大な胴体。

 優美な装甲に包まれたスサノオシステムの上半身が、幻みたいに現れては消えてを繰り返す。


 アマテラスとスサノオ、二つの色彩の異なる神性が激突し、境界面に火花が散る。

 二つの力は互角──だったら良かったんだけど、人工太陽に照らされた昼の世界でおまけにこっちは腕だけなんだから結果はもちろん明らか。

 女神の輝く黄金の腕が、弟たる戦神の腕をぎりぎりと押し込み始める。


「わたくしをお忘れですわよ!」


 副会長が叫びと共に神符を払うと、瞬時に影に溶けたツクヨミシステムの姿がアマテラスの側面に出現する。

 嵐のような轟音と共に振り下ろされる黒い杖。

 それを、黄金の女神はスサノオに掴まれたままの腕で強引に弾き返す。


 大きく後方に退いたツクヨミシステムが杖を片手に持ち替え、空いたもう片方の手で次々に複雑な印を結ぶ。杖から数十の黒い光の帯が飛び出し、アマテラスシステムの全身に絡みつく。


 瞬間、視界を灼く白い光。

 黄金の女神の前、手首を掴むスサノオシステムとちょうど中間の位置に、輝く小さな光点が出現する。


 ……来た……!


 光点は見る間に拡大して、空に浮かぶのと同じ人工太陽を形成する。

 すさまじい熱量にスサノオシステムの装甲が赤熱し、表面が泡立って溶解を始める。


「御厨君!」

「宗一郎!」


 背後で先輩と梨玖ちゃんの叫び。

 僕は目を閉じ、自分の中にある神性に意識を集中する。


 わかってる。須佐之男命の権能じゃ、この炎と熱には対抗できない。そもそもが力負けしてるんだから、強引に突破することも出来ない。

 だけど、僕の中にある糸とつながってるのは須佐之男命だけじゃない。

 なら──!


「先輩! 須佐之男命の制御をお願いします!」

「な……え……!?」

 先輩が完全に意表をつかれた声で、

「待ちたまえ御厨君! どうしようと言うんだい!」

「こうします──!」


 頭の中にある糸を、スサノオシステムとの接続を少しだけゆるめる。完全に手放すことはしない。ただ、意識の割り振りを変える。

 糸を掴んでた指が何本か自由になった──そんな感覚。

 その自由な指をのばして、自分の中にある一番強い神性、燃え盛る炎を手繰り寄せる。


「──火之迦具土神!」


 叫びと共に柏手を一つ。瞬間、スサノオシステムの右腕を炎が包む。

 白と赤の優美な装甲が、炎の紋様をまとった真紅に塗り変わる。

 空中に出現した揺らめく炎の盾が、アマテラスシステムが生み出した人工太陽の輝きを吸い込み始める。


「須佐之男命と火之迦具土神の複合神性か!」

「はい!」


 秩父会長の声に強く応え、炎の盾ごと両腕を押し込む。人工太陽の輝きがほんの少しだけ弱まり、アマテラスシステムが女性的な仮面を不愉快そうに傾ける。

 瞬間、爆ぜる光。

 女神の背の砲塔から迸った無数の光の槍が、上下左右のあらゆる場所からスサノオシステムの両腕に突き立つ。


 とっさに炎の盾で熱を吸収するけど、衝撃を殺しきれずに巨大な両腕は大きく後方に弾き飛ばされてしまう。

 ぐるりと身を翻してツクヨミの光の帯を引きちぎったアマテラスシステムが、草薙剣を構え直す。

 わかってる。火之迦具土神の神威で熱と炎はどうにか出来ても、神としての格の違いはどうにもならない。

 だけど、だったらこうすれば──!


「梨玖ちゃん! 手伝って!」

「え、えぇ──っ!?」


 戸惑ったように叫んだ梨玖ちゃんが、先輩の真似をして僕の背中に手を押し当てる。僕の中にある糸の一本、天照大御神につながる回線に光が走る。

 

 真紅の装甲に包まれたスサノオシステムの右腕が、黄金の輝きをまとう。

 須佐之男命に火之迦具土神、さらに天照大御神の神性の重ね合わせ。

 輝く手の中に無骨な黒い剣──神剣「草薙剣」が出現する。

 

 もちろんアマテラスシステムが構える剣に比べたら一回り小さいし、神性も全然足りない。

 だけど、それでもこれは「須佐之男命が天照大御神に献上した草薙剣」であることに代わりはない。

 意味が全く同じである以上、二つは同一の存在。どんなに力で上回っても、片方がもう片方を一方的に壊すことは出来ない。

 二振りの黒い剣が、鍔迫り合いの形で空中に静止する。


 同時に翻るスサノオシステムのもう片方の腕。白と赤の装甲に包まれた優美な左手の中に、大蛇退治の神剣「天羽々あめのはばきり」が出現する。

 アマテラスシステムが反応するより早く、僕は柏手を打つ。


「──祓え給い、清め給え」


 高らかに奏上するのは神恩感謝の祝詞。

 穢れを祓い、魔を打ちたおすための言葉じゃない。友との約束を守り抜いた女神に捧げる、これは感謝の祈りだ。


「神ながら守り給い、さきわえ給え──!」


 降り注ぐ人工太陽の輝きを裂いて、天羽々斬が一閃する。弧を描いた長大な刃は黄金の女神の胸、祈願炉が存在する位置を袈裟斬りに走り抜け、光の尾を引いて静止する。


 空に浮かぶ人工太陽が輝きを失い、小さな火になって燃え落ちる。闇夜を照らす月明かり。その淡い光に照らされて、アマテラスシステムの胴体がゆっくりと斜めに()()()


 力を失った黄金の供骸が、光に溶けて消える。

 静寂。

 倒れそうになった僕の体を、先輩と梨玖ちゃんの腕が支えた。

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