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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神⑦

 ゆっくりと目を開ける。

 大きく一つ息を吐いて、まっすぐに顔を上げる。

 

 目の前には揺らめく太古の装束。天照大御神は手を伸ばせば届く位置で、静かな眼差しを僕に向けている。

 と──


「……きみ、だったんだ……」


 呆然とした梨玖ちゃんの声。

 小さな体がよろよろと天照大御神に歩み寄り、


「覚えてる。小さい頃に寂しくなったらいつも祭殿に行って、そしたらふわってあったかい感じがして、すごくよく眠れた。……ママが見守ってくれてるんだって思ってたけど。そうじゃなかった。きみが、ママの代わりにずっと傍にいてくれてたんだ……」


 ひくっ、と揺れる小さな背中。

 次の瞬間、梨玖ちゃんは声を張り上げてわぁわぁと泣き始める。


「梨玖ちゃん!?」

「ごめんなさい──っ!!」

 慌てて肩を抱く僕に、梨玖ちゃんはきつく握った拳をぶるぶる震わせて、

「知らなかった! ボク知らなかったんだ! きみがママの友達で、ママとの約束を守ってくれてたなんて! なのにボク、ひどいこといっぱい言って……あの時だって、きみはボクのために悪いやつをやっつけてくれたのに!」

「良いのです、梨玖。私にも落ち度はあります。敵を殲滅するにしても、貴方の心情をもう少し考慮するべきでした」

「でも……でもぉ……」


 なおも言いかけた声が止まる。

 僕と梨玖ちゃんは顔を見合わせ、同時にぐるんと天照大御神に向き直って、

 

「「しゃべった!?」」

「はい」

 天照大御神はふんわりと微笑み、

「やっと、私の声を届けることができました。宗一郎と言いましたか。貴方がつないでくれたおかげです」


 ぼんやりと輝く手のひらが、梨玖ちゃんの頭をそっと撫でる。

 さっきまでの無表情とは全然違う、穏やかな顔。

 たぶんこれが、この人って言うかこの神様って言うか、とにかく「彼女」の本当の顔なんだ。

 梨玖ちゃんのお母さんと一緒にいる時、きっと、彼女はいつもこんな顔をしてたんだ。


 小さな梨玖ちゃんを守るために自分の力で顕現した天照大御神は、梨玖ちゃんの目の前でたくさんの人を焼き殺してしまった。そのことで梨玖ちゃんに恐がられて拒絶された彼女は、「度会瑞穂の娘を守る」っていう使命を果たせなくなった。

 それで負荷が溜まって制御が効かなくなったアマテラスシステムはとうとう勝手に顕現してしまって、結果として祈願炉を外されて封印されることになった。


 清玄さんも学園長も、自我を持って動く天照大御神の正体が「瑞穂さんがアマテラスシステムの祈願炉の中に組み上げた擬似神格」だなんてことはわからない。

 だから、梨玖ちゃんの中にフィルターを作って天照大御神の神威以外の要素が出てこられないようにした。

 たまたま梨玖ちゃんがアマテラスシステムの祈願炉から離れたおかげでそのフィルターは上手く機能したけど、おかげで梨玖ちゃんの姿を遠くから見ることすら出来なくなった「彼女」はますますおかしくなってしまった。


「……ってことで合ってる?」

「はい、素晴らしい理解です。宗一郎」

 天照大御神は揺らめく袖で梨玖ちゃんの涙を丁寧に拭い、

「まさか、自分自身の制御がこれほど効かなくなるとは予想できませんでした。学園に梨玖が戻ったのを知ってからはもうどうしようもなくなってしまって……本当に、ご迷惑をおかけしました」

 

 ぐず、って鼻を啜る音。梨玖ちゃんが一歩下がって、ためらいがちに天照大御神を見上げる。

 言いかけた言葉を飲み込んで、僕の方を振り返る。

 どうしたら良いかわからない、って感じで両手を胸の前でもじもじさせ、


「宗一郎……ボク……」

「とりあえず、お礼を言えば良いんじゃないかな」


 え、って小さな声。

 僕は梨玖ちゃんの両肩に手を置いて女神の方に向き直らせ、


「せっかく話せるようになったんだから、まずお礼を言わなきゃ。この神様は梨玖ちゃんの命の恩人なんだから」

「……うん」


 薄茶色の髪がかすかに揺れる。

 梨玖ちゃんは天照大御神に向き直り、今度こそまっすぐに顔を見上げて、


「ありがと……」

 呟き、ちょっとだけ頬を赤くして、

「ほんとにありがと。あの時助けてくれて。小さい頃にあっためてくれて。……それから、いつも見ててくれて」

「はい……!」


 不意に、地鳴りに似た激しい音。足元の床がものすごい勢いで上下に揺れて、自分たちがアマテラスシステムの中にいるんだってことを思い出す。


「……時間がありませんね」

 天照大御神が頭上の遠く、祈願炉があるはずの場所を見上げ、

「宗一郎、お願いがあります。……今すぐ、アマテラスシステムの祈願炉ごと私を破壊してください」


 意味がわからない。

 目を見開く僕の前で梨玖ちゃんが息を呑み、


「な……何言ってんだよアマテラス! なんでそんな!」

「ごめんなさい、可愛い梨玖。せっかくこうして話すことができたのに」

 天照大御神は梨玖ちゃんの耳のピアスを指でそっとなぞり、

「けれど、他に方法はありません。私が動き続ける限りアマテラスシステムの暴走は止まらず、私の自律稼働命令は瑞穂でなければ解除できない。……ですから今のうちに。私が梨玖と接触したことで一時的に理性を取り戻している間に」


 そんな、って声をあげようとした途端、再び激しい鳴動。慌てて両足を踏ん張り、転びそうになった梨玖ちゃんを支える。

 周囲の空間そのものに満ちる神性の輝きが、密度を増していく。

 僕が飛び込んできた場所──半透明に揺らいでいたアマテラスシステムの胴体は、重厚な黄金の壁で完全に塞がれてしまっている。


 確かに、解決策はそれしかない。とにかく目先の暴走を止めなきゃいけないっていうのもそうだけど、アマテラスシステムの自我が残ってる限り今後も同じことが起こる危険性は消えないし、そもそも自我の存在は学園にも市政府にもバレてしまったんだからそのままで許されるはずがない。


 だから、彼女が理性を取り戻してるうちに破壊してしまうのが一番良いのは間違いない。

 だけど、本当にそれで良いの?

 彼女は友達との約束を果たして、女の子を守っただけなのに。


「やだ! そんなの絶対やだ! だってボク、まだきみにちゃんとお礼もしてないのに!」

「お礼なら先ほどいただきました。本当に、これ以上ないくらい素晴らしいものを。貴方が立派な女性に育つのを見られないのは残念ですが……ええ、大丈夫。貴方は瑞穂の娘ですもの」

「大丈夫じゃない──!」


 わあ、っと声を張り上げた梨玖ちゃんが、天照大御神の胸にしがみつく。

 女神は悲しそうな顔で、女の子の背中にそっと両手を添える。


 ……どうする……


 大気に満ちる神性の輝きがいっそう強くなる。拘束を引きちぎるみたいな異音がありとあらゆる場所から重なり合って響く。

 天照大御神が梨玖を抱きしめたまま、険しい顔を頭上に向ける。

 その瞳が、急速に感情の色を失っていく。

 アマテラスシステムが、再び動き出そうとしてる。


 ……考えろ。考えろ考えろ考えろ……!


 袖口のスマホにちらっと視線を向ける。表示は「圏外」。周囲の強すぎる神性に塗りつぶされて、どこにも通信をつなげることが出来ない。

 先輩や他の誰かに教えを乞うことはできない。

 僕が、自分の力で、答えを導き出さなければならない。


 ……何か! どうにかして彼女を助ける方法を……!


 高天原に来てからたくさんのことを学んだ、これまで感覚でしか理解してなかった量子神道の基礎。世界を支配する理の、その定式化された原理を。


 神職は素粒子一つ一つに名前を与え、仮想の神として奉ることで物理法則を支配する。 

 名付けるとは祈ること、即ち「観測すること

」。

 なら、たとえばすでに名前を持っている神に、別な名前を与えたら?


「……そっか、名前だ……」


 ひとりでにこぼれる声。

 怪訝そうに振り返る梨玖ちゃんと天照大御神の前に僕は勢い込んで膝をつき、


「名前だよ! 彼女に新しい名前をあげるんだ! 天照大御神ともアマテラスシステムとも関係ない、全然別の名前を!」


 そうだ、問題は自律稼働することそれ自体じゃない。例えば僕の「たま」が言うことを聞かずに好き勝手に動いたって、ちょっと困るくらいでそんなに大事おおごとにはならない。

 問題は、その好き勝手に動く存在が、「アマテラスシステム」っていうとんでもない兵器と結びついてしまってること。

 確かに、天照大御神の自我は壊さない限りどうやっても止めることはできないのかもしれない。

 だけど、もしその「自我」だけをものすごく弱い形で切り離すことが出来たら?


「……な、名前……?」

「そう! その名前で彼女を別な存在として定義してあげるんだ」

 梨玖ちゃんの両肩を強く掴み、

「これは僕じゃなくて、天照大御神の依代で瑞穂さんの娘の梨玖ちゃんにしかできない。……考えてあげて、兵器でもすごい神様でもない、ただの『梨玖ちゃんの友達』の名前を!」


 オレンジの瞳が戸惑ったみたいに一瞬だけ揺れて、すぐに決然とした光を帯びる。

 太陽の女神の腕からするりと抜け出す小さな体。

 素早く動いた両手が巫女装束の袖から神符の束をつかみ出し、


「天照大御神! アマテラスシステム! ありがと! 今までほんとにありがと!」


 飛び散った神符が空中に鮮やかな紋様を描き出す。

 梨玖ちゃんはその紋様を指先に絡め取り、僕にはまるで理解できないとんでもなく複雑な形に組み上げ、


「けど、ママとの約束は今日でおしまい! きみは消えないし、もう誰も傷つけない。ボクがすっごい立派な大人になるまで、ううん、お婆ちゃんになっても、きみはずっとボクと一緒にいるんだ!」


 激しく鳴り響くアマテラスシステムの駆動音。

 梨玖ちゃんは柏手の音一つでその全てを打ち払い、


「たった今から、きみの名前は『陽奈ひな』だよ──!」


 輝く光の紋様を、太陽の女神の胸に叩きつけた。

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