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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神⑤

 そよそよという草のざめきが耳をくすぐった。

 僕はゆっくりと目を開け、予想だにしない光景に慌てて周囲を見回した。 


 ……なんで……!?


 視界の果てまで広がるのは夕陽に照らされた一面の葦の野原。僕はその真ん中にぽつんと立っている。

 わけがわからない。ついさっきまで僕は梨玖ちゃんを助けるために戦ってて、火之迦具土神ほのかぐつちのかみを卸した供骸に飛び乗って黄金の機神めがけて突っ込んで、それで?


「……きみはなかなか困った人だね、御厨宗一郎君」


 いきなり、後ろから声。

 慌てて振り返る目の前で、見覚えのある少年が腕組みする。


「勝手にスサノオシステムの接続を切っちゃだめだよ。きみと違ってぼくの方からつなぎ直すのは大変なんだから。危うく間に合わないところじゃないか」


 え、って目を見開く僕に、少年は立体映像の画面を示して見せる。

 大きな画面の向こう、人工太陽の輝きに照らされた空の真ん中で、僕はアマテラスシステムの胴体、半透明に揺らめく装甲に正面から激突した直後の状態で静止している。


 僕を運んでくれた真紅の供骸、火之迦具土神の装甲は激突の衝撃で完全に砕けてマネキンみたいな素体がむき出しになっている。

 対するアマテラスシステムの装甲はこっちもガラスを叩き割ったみたいに砕けていて、その中に放り出された僕の体は梨玖ちゃんのすぐ傍の床に激突しそうになってる。


 そこから少し離れた場所には、太古の装束を揺らめかせる天照大御神の姿。

 女神の手からは僕に向かって何十っていう光の槍がすでに放たれていて、空中に出現した赤と白の大きな手がその全てを途中で防ぎ止めている。

 

「これ、あれですか? 前みたいに時間の流れが違うっていう……」

「そう、ここはスサノオシステムの高速演算の中で、きみは意識だけの存在。二回目だし、説明は要らないよね?」


 白い狩衣をまとった僕と同じ歳くらいの少年が答える。

 氷川先輩のお兄さん、先代のスサノオシステムの依代、氷川冬哉。

 と、少年はなぜかものすごく不機嫌そうな顔で僕にぐいっと指を突きつけ、


「そもそも、きみは無茶をやりすぎだよ。いいかい? スサノオシステムは『氷川夏乃を守る』という目的のためじゃないと百パーセントの力を発揮できないんだ。これは須佐之男命との契約、一種の誓願で、僕の意思でもどうにもならない。だから、そこのところはきみの方でちゃんと計算に入れてくれないと!」

「す、すみません!」


 慌てて頭を下げる。いや、確かに「僕が先輩を守ろうとする限りスサノオシステムが応えてくれる」っていうのは前に聞いたけど、そんな説明あったっけ?

 と、かすかなため息。

 冬哉さんは指を引っ込め、不意に優しい笑みを浮かべて、


「けど……ありがとう、度会の娘さんのことを気にかけてあげてくれて。僕は直接会うことは出来なかったけど、お母さんの瑞穂みずほさんとは面識があったからね。ここからはアマテラスシステムの状態も少しはわかるし、だから次の依代に選ばれた娘さんが心配だったんだ」

「そうなんですか!?」


 勢いこんで思わず冬哉さんに詰め寄ってしまう。今、言った? この人、アマテラスシステムの状態がわかるって!


「教えてください! どうしたら良いんですか? どうしたらアマテラスシステムの自我を止めて、梨玖ちゃんを自由に!」

「まあまあ、落ち着いて」

 冬哉さんは両手を広げて、どうどう、って僕をなだめ、

「『少しは』って言ったよね? ぼくにもちゃんとしたことはわからないし、直接干渉できるわけでもない。……ただ、感じる。天照大御神は、『彼女』はね、悲しんでるんだ」

「悲しんでる……?」


 胸の奥にちくりと痛みが走る。

 アマテラスシステムの突入する少し前に見た光景。

 梨玖ちゃんに無抵抗で殴られ続ける天照大御神の、悲しそうな顔。


「もちろん度会の娘さんが傷ついてるのはわかるし、アマテラスシステムが暴走して被害が出てるのもそうだと思う。……だけど、君たちは一度でもちゃんと聞いてあげたかい? 彼女の、天照大御神の言い分をさ」


 息を呑む。

 考えたこともなかったけど、確かにそうだ。天照大御神はどうして自我を持って動いて、どうしてあんなに梨玖ちゃんに執着するんだろう。


「まあでも、高天原や度会家にこれを言うのは酷だろうね。一番つながりの深い依代にわからないことが、他の誰かにわかるはずがない」


 くすりという小さな笑い声。

 冬哉さんは僕の胸に軽く拳を当て、


「だけど今ならそれが出来る。細い細い糸を手繰って、アマテラスの声を直接聞いてあげることができる。だって、きみは『御厨』なんだから」


 強い風のざめき。葦の野原が一度だけ強くそよいで、光に溶けて夕焼け色の空へと立ち上っていく。


「待ってください! 糸を手繰るって、どうやれば!」


 少年の姿はいつの間にか遥か彼方。

 手を伸ばす僕に、先輩によく似た顔立ちの少年は柔らかく微笑んだ。


「大丈夫、きみの中の糸はもうずいぶん解けているみたいだからね。自信を持って、思う通りにやってごらん」


        *

 

 激しい衝撃の音が、周囲のありとあらゆる場所で響いた。

 気がついた時には輝く黄金の床が目の前にあって、吹っ飛んだ僕の体は正面から激突するところだった。


「痛っ──!」


 とっさに身を捻って顔面直撃だけは免れる。代わりにぶつかった肩が砕けそうな衝撃。スサノオシステムの中から状況を見て覚悟はしてたけど、痛いものはやっぱり痛い。

 

「宗一郎!」


 一転して膝立ちに起き上がる。

 目の前には呆然とした梨玖ちゃんの顔。

 大きく見開かれたオレンジの瞳に、みるみるうちに涙が盛り上がる。


「うわぁぁぁぁん! 宗一郎、ボク、ボク──!!!」

「り、梨玖ちゃん落ち着いて!」

 

 ものすごい勢いで胸に飛び込んでくる梨玖ちゃんをどうにか抱き止める。薄茶色の髪をぽんぽんと撫で、両手で抱えてそっと床に下ろす。


 小さな体を背中にかばう格好で立ち上がる。 

 目の前で砕けて光に溶けるスサノオシステムの巨大な手。

 その向こうから、天照大御神が射抜くような視線を僕に叩きつける。


「へ……へーんだ! もうお前の思い通りにはさせないぞ!」

 脇から顔を突き出した梨玖ちゃんがべーっと舌を出し、震える手で僕の式服を握りしめて、

「ほ、ほら宗一郎! スサノオシステムであいつをばーんとやっちゃって! だだだ、大丈夫! 依代のボクが良いって言うんだから!」


 怯えが混ざったその言葉に、ゆっくりと首を左右に振る。

 天照大御神の無表情な瞳に、怪訝そうな光。

 その前で、僕は式服の袖から神符を一枚取り出して指先に構える。


 ……糸を、手繰る……


 大きく息を一つ、揺らめく太陽の女神に意識を集中する。たぶん式神操作や符術の練習と一緒。自分の中にある糸を辿って、色をつけて、あるべき場所へと届かせる。


 僕の中には神様につながるための無数の糸がある。その糸のほとんどは火之迦具土神と強く結び付けられていて、解けたほんの何十本かだけが式神の「たま」とか符術に使う小さな神性とかと接続するために自由になってる。


 そんな糸の中で一本、眩く輝いてるのが僕とスサノオシステムとを結び付けてる情報のつながり。

 その貴重な糸をわざと途中で切って、目の前の神性に向けて伸ばしていく。


「な、なに? なにやってるの宗一郎!」


 神符が熱を帯びて震える。実を言うと僕は、いまだに火之迦具土神以外の神様をまともに卸したことが無い。

 スサノオシステムとの接続は向こうから勝手に縁を結んでくれたからすごく簡単だったけど、今回は目の前に実体化した神格がいるっていうものすごく特殊な状況で、しかも向こうは僕を敵視してるわけだから話が違う。


 それでも、出来るっていう確信がある。

 まぶたの裏には輝く細い糸。

 その糸を、戸惑ったように瞬きする太陽の女神に向かってまっすぐに走らせる。


「梨玖ちゃん! 掴まって!」

「え? な、なに!?」

 

 片手で神符を構えたまま、もう片方の手で小さな体を抱き寄せる。梨玖ちゃんは「わ!」って悲鳴を上げ、両腕で僕の腰にしがみつく。


 天照大御神の瞳から再び感情の色が消える。太古の装束をたなびかせた女神が両腕を高く掲げると、神剣「草薙剣」が透き通る両手の中に出現する。

 瞬く間もなく目の前に迫る太陽の女神。僕は雄叫びと共に手にした神符を突き出し──


 視界を白く染める神性の輝き。

 そうして、僕たちは「神の声」を聞いた。


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