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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神④

 嵐のような風の唸りが、眩く輝く一面の空を激しく鳴動させた。

 僕は大鴉の式神「夜羽」の背中にしがみつき、神話の一場面みたいな戦いを凝視した。


 輝く黄金の装甲を降り注ぐ陽光に煌めかせて、アマテラスシステムが自由自在に空を駆け巡る。全長三百メートルの巨体がただ動くだけで、押し除けられた空気が暴風になって僕たちの所にまで吹き寄せる。


「くっ……!」


 険しい顔の先輩が片手を僕の背中に当てたまま、もう片方の手で夜羽を操る。すさまじい風に吹き飛ばされた大鴉の式神が強く羽ばたいて空中で体勢を立て直す。


 隣には、同じく険しい顔で鹿の式神を操る秩父会長。

 後ろで神符を構える押見副会長の顔には、疲労の色がはっきりと浮かんでいる。


 漆黒の機神、ツクヨミシステムは黄金の巨人の後を追って同じく空中を駆け巡りながら、手にした杖から立て続けに黒い光の帯を放つ。帯はアマテラスシステムの四肢に次々に絡みつくけど、黄金の巨人は手足の一振りでその全てを易々と引きちぎってしまう。


 高速で飛翔するアマテラスシステムの背中の砲塔から、光の槍が絶え間なくほとばしる。槍は周囲を飛び交う無数の鏡に跳ね返り、上下左右前後のありとあらゆる場所からツクヨミシステムめがけて降り注ぐ。


「危ない──!」


 叫ぶと同時に両手を払うと、漆黒の巨人をかばう位置にスサノオシステムの巨大な両腕が出現する。赤と白の装甲をまとった輝く腕は数百の光の槍を打ち払い、甲高い音と共に砕けて消失する。

 

 光の槍のいくつかは、目標を逸れて戦場の彼方へと突き進む。上空に集まった神職の人たちが何重もの結界を行く手に張りめぐらせ、高天原に、あるいは地上に向かう槍をかろうじて防ぎ止める。


「この! 大人しくなさいませ!」


 副会長の叫び。ツクヨミシステムの漆黒の巨体が溶けるみたいにかき消え、アマテラスシステムの背後に出現する。

 鳴り響くすさまじい轟音。

 優美な腕が全力で振り下ろした漆黒の杖を、黄金の機神は振り返りもせずに片手のひらでたやすく受け止めてしまう。


 ……だめだ……! 


 思わず拳を握り締め、空の遠くを見上げる。

 夜空にはひっそりと輝く丸い月。

 その月を完全に覆い隠して、真っ白な球体──アマテラスシステムが生み出した人工の太陽が見渡す限りの空を煌々と照らしている。


「強い力」、つまりは核力を操る天照大御神の権能によって生み出された熱と炎の塊。だけど、実はそれ自体はものすごい脅威っていうわけじゃない。

 もちろんアマテラスシステムの膨大な神性を考えたらとんでもない力を秘めてるのは間違いないんだけど、僕の火之迦具土神ほのかぐつちのかみが扱うプラズマだって摂氏三千度は軽く超えるわけだから、量子神道の世界で「太陽に匹敵する高温」は絶対にどうにもできない攻撃っていうわけじゃない。


 だから、問題はもっと別の「概念」の部分。

 太陽が顕現した──つまり、夜が昼に塗り替えられてしまった。


 スマホの時刻表示は深夜の一時。今はもちろん真夜中で、その証拠に白く輝く空には満天の星の海が広がってる。

 だけど、そんなのは何の役にも立たない。

 天岩戸あまのいわとから出てきた天照大御神が太陽を生み出したんだから、誰が何と言おうと今は「昼」──あの黄金の女神が支配する時間だ。


 さっきまでは夜、つまり月読命が支配する世界の中での戦いだった。その状況でさえ、梨玖ちゃんを人質に取られる形になった僕たちは決定的な攻め手を欠いていた。

 その力関係が逆転した。

 どうなるかは、考えなくてもわかる。


「澄葉さん! このままだと梨玖君が!」

「わかっておりますわ!」


 二人の叫びに息を呑む。そうだ、いくらアマテラスシステムが自律稼働するって言っても、無制限に動けるわけじゃない。僕や先輩や副会長が疲れてるのと同じように、あいつは梨玖ちゃんの体力とか神性とかを勝手に使ってるはずなんだ!


 だけど向こうの方が力は圧倒的に上、このままじゃ打つ手が無い。

 どうしたら、って考えた瞬間、輝く光。

 アマテラスシステムが両手を胸の前に掲げると、収束した光が全長数百メートルの無骨な黒い剣の姿をまとう。


 ……草薙剣くさなぎのつるぎ……!

 

 神卸試験で顕現した天照大御神が使った物をそのまま拡大したような剣は、真昼の空にそびえる巨大な塔みたいに見える。

 声を上げる間もなく翻る黒い神剣。

 黄金の機神が振り返りざま流れるように両腕を水平に払うと、巨大な鉄塊をそのまま削り出したような剣は呻りを上げてツクヨミシステムの漆黒の杖に激突する。


「あ──っ!」


 副会長の指先の神符が閃光と共に爆ぜ、吹き飛ばされた細い体が大鹿の式神の背中から落下する。秩父会長が顔色を変えて両手を素早く動かし、後を追って降下する。


 アマテラスシステムは振り抜いた草薙剣を素早く回転させ、動きを止めたツクヨミシステムめがけて容赦なく振り下ろす。

 背後で先輩が息を呑む気配。僕はとっさに両手で印を結び──


 世界が砕けたみたいなすさまじい衝撃音。

 空中に出現したスサノオシステムの両腕──その手の中に輝く神剣「天羽々あめのはばきり」が致命の一撃を寸前で受け止める。

 二振りの剣は鍔迫り合いの形で激しく押し合うけど、すぐに優劣が明らかになってしまう。草薙剣の無骨な刀身を眩い神性の光が包むと、天羽々斬の優美な刀身に見る間に亀裂が走り始める。


 数百万のガラスをまとめて叩き割ったみたいな音。大蛇殺しの神剣が柄を握る赤と白の巨大な腕もろとも粉々に砕けて、光に溶けて輝く空を舞い落ちる。


「御厨君!」

「平気です! それより副会長は──!」


 叫びと共に巡らせた眼下の空で、秩父会長が押見副会長の腕を掴んですくい上げるのが見える。

 思わず息を吐いた瞬間、目が眩むような輝き。

 振り返る僕の視界の先、アマテラスシステムの胸の前に、輝く白い球体が出現する。


 ……そんな……

 

 球体は周囲の光を取り込んで見る間に輝きを増していく。そこに秘められた熱量の膨大さがわかる、っていうより普段から火之迦具土神に触れてる僕には直感できてしまう。

 空に浮かぶ人工太陽、あれと同じ物をもう一つ生み出すつもりだ。

 それも、今度は遥かに大きく、僕たちやツクヨミシステムどころか高天原を丸ごと飲み込む規模で。


「宗一郎さん!」


 叫んだ副会長が神符を払うと、ツクヨミシステムの手から放たれた黒い光が空の太陽を一瞬だけ隠す。同時に杖から放たれた数百の光の帯がアマテラスシステムの全身に絡みつく。

 たぶん残された最後の力を振り絞った、一か八かの攻撃。

 白い球体を掲げた黄金の機神が、わずかに動きを止める。


「今だよ! 御厨君!」

「はい!」


 先輩の声に叫び返し、両手の指先に神符を掴み出して素早く払う。空中に出現したスサノオシステムの巨大な腕が、握りしめた拳を輝く太陽の女神に向かって突き出す。

 その拳が、見る間に赤熱する。

 白と赤の装甲に包まれたスサノオシステムの巨大な手が、黄金の装甲に近づくにつれて先端から溶解を始める。

 

 指先の神符がびりびり震える。弾け飛びそうになる膨大な神性を歯を食いしばって抑え込み、輝く拳を強引に振り抜く。

 鳴り響くのは鐘を鳴らすみたいな軽い音。

 とうとうアマテラスシステムの胴体、輝く黄金の装甲に接触したスサノオシステムの腕が、そのまますり潰されるみたいに砕けて消失する。


 ……まだ……!


 指先で燃え落ちる神符を放り捨て、すぐに新たな符をつかみ出す。ツクヨミシステムが放った光の帯はアマテラスシステムに絡みついたまま。半分くらいは引きちぎられてしまったけどまだいける!

 須佐之男命の膨大な神性に耐え切れずに視界の端に火花が散る。

 僕はそれを堪えて再び巨大な腕を空中に呼び出し、


「……え……なに……?」

 

 この場の全員、誰の物でもない声。

 思わず先輩と顔を見合わせ、同時に叫ぶ。

 

「梨玖ちゃん!」

「梨玖君!?」


 アマテラスシステムのちょうど腹の位置、黄金の装甲のほんの数メートルが水面みたいに揺らぐ。光に溶けて透き通る装甲の奥で、巫女装束の女の子がよろよろと立ち上がる。


「な……何だよこれ! ボクどうなって!」

「梨玖君、落ち着きたまえ! 大丈夫、すぐに助けるよ!」

「夏乃姉!?」


 梨玖ちゃんの声がスピーカーを通すみたいに空一面に響き渡る。アマテラスシステムの中から外は見えてない様子で、困惑した顔できょろきょろしてるのが遠目にわかる。

 秩父会長が素早く神符を投げ放ち、様子を拡大して立体映像で見せてくれる。

 と、女の子の前に収束する光。

 揺らめく太古の装束をまとった神性──天照大御神あまてらすおおみかみが、アマテラスシステムの体内にふわりと降り立つ。


「お前──!」

 

 たちまち目を見開く梨玖ちゃん。

 オレンジの瞳に涙が盛り上がったと思った次の瞬間、小さな拳を握りしめた梨玖ちゃんはわけのわからない叫びと共に太陽の女神に殴りかかる。


「なんでだよ! なんでいっつもボクの邪魔ばっかりするんだよ! お前なんかママじゃない! 消えろ! 今すぐにボクの前からいなくなれ──!」


 梨玖ちゃんは小さな拳を振り上げて女神の胸をぽかぽかと殴りつける。天照大御神は抵抗することも逃げることもせずに、その攻撃をただ受け止める。

 無表情なその瞳が揺らめく。

 かすかな違和感。なんだろう、あの顔、悲しんでる?

 

 ……しっかりしろ……!


 我に返って自分をなじる。スサノオシステムの腕を繰り出そうとした瞬間、黄金の機神の体内で天照大御神がぐるりとこっちを振り返る。

 一キロ以上の距離を隔てて、正確に僕を射貫く無慈悲な瞳。

 瞬間、アマテラスシステムの胸の前に留まっていた光の球体が、巨大な腕に向かって放たれる。

 

「うわ──!」


 すさまじい熱量と神性が白と赤の装甲に覆われた腕を一瞬で焼き溶かす。百メートル以上もある巨大な腕が砕けて光に溶け、僕の指先の神符が眩い光と共に燃え落ちる。

 痛みを堪えて歯を食いしばり、太陽の女神を睨む。

 だめだ、スサノオシステムじゃ届かない。何か、なんでもいいからあの熱を突破する方法を──


 ある。

 視界の遙か遠く、高天原の底に開いた穴の傍には、助け出されて運ばれていく兵士たちの姿。

 その近くで符術の光に支えられて浮かんでるのは、天照大御神が顕現したすぐ後に祭殿に飛び込んできた六メートル級供骸。


「御厨君!?」


 先輩の声に構わずスサノオシステムの腕を彼方に顕現させ、供骸の一体を掴んでこっちに向かって放り投げる。同時に頭の中でスサノオとの接続を切断。大鴉の式神の背中に立ち上がり、神符の束を放つ。

 空中を一直線に飛んだ符が目前に迫った供骸の胸に貼り付く。同時に僕は両手で強く柏手を一つ。頭の中に浮かび上がった炎の神性を、供骸の心臓、数十センチの祈願炉に直接叩き込む。


「火之迦具土神──!」


 空中に身を翻した供骸が瞬時に真紅の装甲を纏う。背中に突き出た二対の噴射装置スラスターが燃えさかる炎みたいな神性の光を吹き出す。

 授業で使う練習用の倍の体躯を誇る軍用供骸。

 一息に跳躍した体が、大きなその肩に飛び乗る。


「御厨君待つんだ! 御厨君──!」


 先輩の叫びを意識の外に追い出し、両手の神符を素早く払う。六メートルの金属の体が呻りを上げ、僕を乗せて一直線に一キロ先、アマテラスシステムへと突撃を開始する。


「な、なんという無茶をなさいますの!」

「押見! 氷川! 援護だ!」


 副会長の悲鳴と会長の叫び。「ああもう!」っていう声と共に数十の光の帯が僕の頭上を飛び越え、アマテラスシステムの黄金の装甲に絡みつく。

 その間に、僕はひたすらに巨人の、梨玖ちゃんの元へ。

 突き進むに従って視界を染める光はいっそう輝きを増し、目を開けているのさえ苦しくなってくる。


 ……熱っ……!


 火之迦具土神の右腕と左の荷電粒子砲、二つを顔の前で交差させる。浮かび上がった光の紋様が供骸と僕の行く手に熱の壁を形成し、吹き寄せる膨大な熱量を吸収し始める。

 もちろん神性の量に差がありすぎるから完全とは行かないけど、耐えられないほどじゃない。 


 天照大御神が一瞬表情歪め、巨人の体内で輝く右手を振り上げる。迸った光が数十の細い槍に姿を変えて、一直線に僕目がけて放たれる。

 危ないって考えるより早く、背後から飛来した神符の束が結界を形成して槍を残らず受け止める。

 肩越しに一瞬だけ振り返った視界の遠くで、先輩が強くうなずく。

 

 天照大御神はさらに光の槍を生み出そうとするけど、それより早く駆け寄った梨玖ちゃんが揺らめく装束をまとった腕に飛びつく。

 太陽の女神が驚愕に似た表情を浮かべ、そのわずかな隙に火之迦具土神はとうとうアマテラスシステムの黄金の装甲に激突し、


 衝撃。

 噴き上がった膨大な神性が、世界を真っ白に塗り潰した。

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