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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神②

 かさり、っていうかすかな音が響く。

 祝詞を唱えようとする梨玖ちゃんの目の前、祭壇に飾られた煌びやかな祭具の上に、手のひらくらいの紙切れが舞い落ちる。

 

 それが岩戸に貼り付いていた何千枚もの神符の一枚だっていうことにすぐに気付く。

 太古の神話を逆回しで再現するために、天手力男神あめのたぢからおのかみの神性で巨大な岩を固定していた符。

 他の符は残らず空中で燃え尽きたのに、その一枚だけは何かに導かれるみたいに、ちょうど梨玖ちゃんが一番見やすい位置でくるりと回転する。


 ……違う……


 背筋にぞくっと寒気。ただの神符じゃない。術に使われてた符であることに間違いはないんだけど、裏に一枚、小さな紙が貼り付いてる。

 何だあれ。

 若い女の人の絵……いや、違う。写真?


「……ママ……?」


 きょとんとした梨玖ちゃんの声。

 瞬きしたオレンジの瞳が、すぐに大きく見開かれる。

 

 ……まずい……!


 我に返った様子の梨玖ちゃんが神楽舞を再開しようとするけど、それより早く岩戸の隙間から光があふれる。

 時間を巻き戻すみたいに──いや、本来あるべき物語の流れに沿って開かれていく巨大な岩塊の扉。

 眩い神性の光に包まれた祈願炉が、急速に回転を始める。


「梨玖ちゃん!」


 叫んで走り出す僕の行手で光が集積して形を成す。先輩と押見副会長の手から放たれた神符がそれぞれ黒い虎と白兎の式神に姿を変えて梨玖ちゃんに駆け寄り──


 ほとばしる光。

 梨玖ちゃんをかばうように出現した光の紋様が、壁になって二体の式神をことごとく弾く。


 紋様は糸を巻き取るみたいにより合わさって、太古の装束をまとった女性の姿を取る。

 天照大御神。神卸試験で顕現したのと同じ姿だけど、あの時よりはるかに神性の光が強い。


 目を見開いた梨玖ちゃんが何かを叫ぼうとするけど、それより早く動いた輝く腕が小さな体を強引に抱き寄せる。半透明の手のひらが梨玖ちゃんの両目を覆うと、力を失った体が女神の腕の中にくたりと崩れる。


 ……やられた……!


 全速力で梨玖ちゃんに駆け寄りながら、奥歯を強く噛み締める。

 競技祭や神卸試験の事件を仕組んだ連中が何かを仕掛けてくるのは、もちろん学園も市政府も警戒してた。

 だからこそ、この封印の間には神術避けの結界も幾重にも張り巡らされていたし、ネットワーク的にも外界から完全に遮断されて、おまけに大規模な襲撃に備えて学園の神職と市政府の軍による厳重な警備が敷かれていた。

 

 その何重もの備えが、こんな簡単な方法で破られてしまった。

 なんて単純で意地の悪い仕掛け。封印の儀式を妨害するには大掛かりな襲撃も複雑な術も必要なくて、たったの一言、梨玖ちゃんに祈願炉に向かって「ママ」って呼ばせるだけでよかったなんて……!


「待て──!」


 叫ぶと同時に神符の束を投げ放ち、生み出した数十のプラズマナイフを数十メートル先の天照大御神に目がけて走らせる。

 女神は梨玖ちゃんを抱えてふわりと宙に浮かび上がるけど、瞬時に空を貫いたナイフは輝く体を上下左右から取り囲む。


 狙いは正確、もちろん梨玖ちゃんには傷一つつけない。

 降り注いだナイフは小さな体を避けて輝く太陽の女神にあらゆる角度から突き立ち──

 

 ぎぅっ、と空気が軋むような異音。

 天照大御神の半透明な体の表面、揺らめく太古の装束に接触したナイフの切先がその位置で静止する。


 とっさに立ち止まる僕の見つめる先で、プラズマナイフが天照大御神の体に文字通り()()()()()()。荷電粒子で構成された輝くナイフは先端からすり潰されるみたいに溶けて、揺らめく太古の装束の一部になって瞬く間に消失してしまう。


 ……ダメだ……!


 心の中で唇を噛む。天照大御神は太陽の神。僕の火之迦具土神ほのかぐつちのかみは炎と熱の神。ただでさえ属性が似通ってる上に、神性の強さで言ったら向こうが圧倒的に上なんだからこっちの攻撃が通るわけがない。


「御厨どけ──!」


 背後から鋭い叫び。とっさに飛び退く僕の前をすり抜けて、式服を翻した秩父会長が天照大御神めがけて疾走する。

 素早く放たれた神符の束が空中に複雑な軌跡を描くと、集積した光が一冊の古びた本を形作る。


 会長は走りながら左手でその書物を受け止め、真ん中あたりのページを開いて印を結んだ右手を押し当てる。

 瞬間、鳴り響く雷鳴。

 書物の周囲に複雑な光の紋様が一瞬だけ輝くと、ページから飛び出した錫杖が天照大御神に向かって一直線に襲いかかる。


 女神は不愉快そうに眉をひそめ、装束の一払いで錫杖を打ち落とす。

 会長が次々に書物のページをめくると、飛び出した剣、槍、矛、あるいはうねる水流と、ありとあらゆる攻撃が雪崩を打って天照大御神に降り注ぐ。


 駆け寄った学園長と清玄さんが神符を投げ放つと、光で編まれた複雑な結界が天照大御神と梨玖ちゃんを取り囲む。先輩がその後ろからさらに符を放ち、無数の光の鎖で結界をさらに補強する。


 背後でいくつもの甲高い金属音。鮮やかな色彩の装甲をまとった供骸が、いつのまにか祭殿の壁に開かれた巨大な扉から次々に飛び込んでくる。

 傍にはスーツや白衣に神符を構えた、大学部か研究部の人らしい何人かの姿。

 全員が青ざめた顔で複雑な印を結ぶと、たぶん六メートル級の五体の軍用供骸が僕たちの頭上を飛び越えて天照大御神めがけて同時に襲いかかる。


 ……危ない……!


 あれじゃ梨玖ちゃんまで巻き添えに──そう考えた瞬間、女神の後方、岩戸の中で巨大な祈願炉が唸りをあげる。

 目もくらむような閃光。

 五体の供骸が壁に激突したみたいに跳ね返って、板張りの床にかろうじて着地する。


 優雅に宙を漂う天照大御神の前、連なる無数の金属装甲を僕は見る。

 太陽を象徴するような、煌めく黄金の装甲。

 それが、女神と腕の中の女の子をかばうように互いをつなぎ合わせて、六メートル級供骸よりの倍以上もある眩い金属の手のひらを形成する。


「御厨君下がって! アマテラスシステムだ!」


 悲鳴みたいな氷川先輩の叫び。え、って思う間もなく強い力に腰のあたりを強引に抱き抱えられる。


 後方に大きく吹っ飛ぶ僕が直前まで立っていたその場所を、輝く黄金の手が容赦なく薙ぎ払う。

 猫か何かみたいに抱えられたままようやく視線を上に向け、自分が秩父会長に助けられたのに気づく。


「あ……ありがとうございます!」

「礼はいい! それよりスサノオシステムだ!」


 鳴り響く無数の銃声。ようやく状況に追いついたらしい市政府の兵士たちが手にした対神術用の機関銃の引き金を引く。

 止めるもなく放たれた無数の銃弾が天照大御神めがけて降り注ぎ、装束に触れることすらできずに蒸発する。

 女神が不快そうにオレンジ色の視線を向けると、巨大な黄金の手が兵士たちの頭上に容赦なく振り下ろされる。「退避──!」と叫んだ兵士たちが寸前で攻撃を逃れ、目標を外した手は祭殿の壁を容赦なく粉砕する。


 巨大な手は跳ねるみたいに、祭殿の天井近くまで浮かび上がる。輝く装甲はいつの間にか手首の先、右腕の肘のあたりまで顕現してしまっている。

 天照大御神の視線が、ゆっくりと兵士たちに向けられる。

 耳をつんざく轟音。振り下ろされた黄金の手が兵士たちの行手、祭殿の床を下の岩盤ごと粉砕し──


 ……あれ……?


 視界の端にかすかな違和感。

 兵士たちの一人、マスクとヘルメットで顔の大部分を覆った男から、細い糸が伸びているのに唐突に気づく。

 

 糸はまっすぐ祭殿の中央までのびて、祭具に張り付いた一枚の神符につながっている。半ばでちぎれた符の裏側では、たぶん梨玖ちゃんのお母さんの写真が悲しそうに揺れている。

 考えるより早く、プラズマナイフを投げ放つ。

 空を貫いたナイフは空中に複雑な軌跡を描いて男の足に突き立ち──


 甲高い金属音。

 いつの間にか男の手に出現した不思議な形状の直刀が、ナイフを寸前で弾き返す。


「あなたは──!」


 舌打ちをもらした男が周囲の兵士を押し除け、祭殿の外に向かって走り出す。その顔が瞬時に狐面に覆われる。

 怒りで頭が沸騰する。


「どうしてですか!」

 狐面の男、神格解放戦線のリーダーに向かって次々にプラズマナイフを投げ放ち、

「どうして梨玖ちゃんをそっとしてあげてくれないんですか! あの子はあんなに苦しんでるのに!」

「言っている場合か御厨宗一郎!」


 返るのは切羽詰まった叫び。

 狐面の男は僕の攻撃をかわすだけで反撃するそぶりも見せず、


「俺に構っている場合か! 今は度会梨玖が最優先だろう!」

「な……!』


 続けて繰り出そうとしていたナイフを寸前で止めてしまう。確かにその通りだけど、どうしてこいつに言われなきゃいけないんだ!


「御厨君! 上だ!」


 先輩の叫び。我に返って見上げた視界を巨大な黄金の手が覆う。

 すさまじい怒号と悲鳴。横なぎに払われた輝く手は兵士たちを今度こそ根こそぎ粉砕し──


 耳をつんざく金属音。

 黄金の腕と同じサイズを備えた巨大な漆黒の腕が、その一撃を寸前で受け止める。


「間に合いましたわね……」


 息も絶え絶えっていう感じの声。振り返る僕の視界の先で、押見副会長が両手の神符を構える。

 頭上には、黒い光で編まれた数十メートルの月の紋様。

 そこから突き出た優美な金属装甲の腕が、アマテラスシステムの手を掴んで空中に押しとどめる。


「ツクヨミシステム起動。お待たせしましたわ」


 汗がにじんだ顔で副会長が優雅に微笑む。

 兵士たちが壁際、学園長と清玄さんがいる場所まで後退し、銃を構えて体勢を立て直す。

 

 狐面の姿はいつの間にか見当たらない。思わず拳を握りしめた瞬間、祭殿の中央で天照大御神が動く。


 梨玖ちゃんを抱えた揺らめく体が、滑るように後方、祈願炉の方へ。

 その周囲に光が集積して、輝く黄金の装甲を次々に生み出していく。


「な……」

 先輩が息を呑み、

「バカな! まさか、ここで全身を顕現させよっていうのかい!?」


 え、って目を見開く僕の体を、駆け寄った細い腕が抱きしめる。先輩が素早く神符を払い、大鴉の式神「夜羽」を呼び出す。


 学園長と清玄さんが神符の束を周囲にばら撒き、兵士たちを光の紋様で包む。秩父会長が大きな鹿の式神を呼び出し、押見副会長を抱き上げて背中に乗せる。

 

 すさまじい地鳴りの音。黄金の装甲が形を成すに従って、祈願炉を収めた岩戸が崩落していく。ただ崩れるんじゃない。目が眩むような神性の光に取り込まれて、溶け落ちた岸壁が次々に新たな装甲に生まれ変わっていく。


 輝く装甲が祈願炉と天照大御神、それに梨玖ちゃんを取り込んで壁みたいな胴体を構成する。絶え間ない地響き。祭殿の天井と床と壁、あらゆる場所に無数の亀裂が走り、次の瞬間何もかもが崩壊する。


「掴まって! 御厨君!」


 先輩に言われるまま、大鴉の背中にしがみつく。

 強い羽ばたきの音。

 無数の瓦礫が雨みたいに降り注ぎ、眩い神性の光が太陽みたいに何もかもを真っ白に染めて、そして──


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