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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
捌ノ舞

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母と神①

 ごうん、っていう重苦しい機械の動作音と共に、大型エレベータが停止した。

 僕は梨玖ちゃんと先輩と三人で並んで、金属扉の向こうに進み出た。

 

 目の前には闇色の広大な空間。地面は金属の板で覆われてるけど、それ以外はゴツゴツした岩肌が剥き出しで、天然の洞窟そのままって感じ。

 左右の遠くにつらなる壁は埋め込まれた照明のおかげでどうにか確認できるけど、天井の方は闇に溶けてしまってどこまで広がってるのか見当もつかない。

 あんまり高すぎると高天原全体の分厚さと計算が合わないんだけど、たぶん量子神道技術で空間そのものが拡張されてるんだと思う。


 高天原地下第十四層。元々は将来の開発のために用意されてるだけの空っぽの空間だったこの場所は、半年前に梨玖ちゃんがアマテラスシステムを暴走させたことで急遽、祈願炉封印のための特殊施設に改修された。

 

 競技祭の舞台になった地下第一層や他の農業用の階層なんかと違って、入り口は厳重に警備された市政府の施設の中。

 そこから先も直通じゃなくて、途中で何回もエレベータを乗り換えたり曲がりくねった長い通路を歩いたり鳥居をくぐったりする。一本道で迷う心配はないから、たぶん侵入者避けとかじゃなくて、神術的な意味で地上と地下を切り離すための処置なんだと思う。


「そのまま進んでください」


 背後から野太い男の声。対神術用の戦闘服とアサルトライフルで武装した兵士の一団が、僕たちの後に続いてエレベータからぞろぞろと出てくる。

 市政府側が儀式の安全確保のために派遣した軍の部隊──ここにいるのはそのほんの一部。

 今の声は真ん中に立つ隊長のもの。いかにも歴戦の勇士って雰囲気のいかつい男の人だけど、そんな人が学生の僕たちに敬語を使うのは市政府と学園、いや普通の人と神職の力関係を表してるみたいでなんだかもやもやする。


「梨玖君、調子はどうだい? 儀式は上手くやれそうかい?」

「ばっちり! 昨日の花火でエネルギー全開! 夏乃姉も宗一郎もボクのかっこいいとこ見ててよ?」


 心配そうな先輩の声に、梨玖ちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねて答える。

 巫女装束の両耳にはお母さんの形見のピアス。腕には今日の昼間にショッピングモールでプレゼントした花模様のブレスレットが煌めいてる。


「そうかい? ……ならいいのだけど、無理はいけないよ?」


 苦笑する先輩はこっちも赤と白の巫女装束。ついでに言えば僕も式服を着込んで完全武装だ。

 僕と先輩の役目は万が一の時に暴走した天照大御神を止めること。

 考えたくはないけど、アマテラスシステムが本当に制御不能になったら、止める手段は押見副会長のツクヨミシステムと僕たちのスサノオシステム以外にはない。


 兵士の一団を引き連れて洞窟を進むうちに、周囲の様相が変化する。足元を覆っていた無骨な金属の板はいつの間にか途切れて、代わりに敷き詰められた砂利と石畳の参道が真っ直ぐに続いている。


 精緻な光の紋様で編まれた仮想の鳥居の向こうには、高等部の校舎くらいの高さがある、神社の祭殿みたいな木造りの巨大な建物。

 神職の正装をまとった度会清玄さんが、入り口の小さな扉の前で深く一礼した。


      *


「……すまなかったな、夏乃君、宗一郎君。梨玖を任せきりにしてしまって」


 足袋が木板を踏む軋んだ音が、細い廊下に響いた。

 僕と先輩は清玄さんの後に続いて、幾つもの角を曲がり、光で編まれた結界をくぐった。


「いえ、僕も楽しかったですから」

「それならばいいのだが。……梨玖はわがままを言って君たちを困らせたのではないかね?」

「とんでもない。梨玖君はとても良い子にしていたよ。……本当に、もう少し無茶なことを言ってくれても良かったのだけれどね」


 外からは巨大な祭殿に見えた建物は、中に入ってみると廊下と部屋に細かく仕切られた研究所みたいな空間になっていた。

 床は板張りで内装は純和風だけど、そこかしこにある扉の奥には物々しい計器やらコンピュータやらがぎっしり。束ねられたケーブルが天井伝いに部屋を飛び出して、建物全体に蜘蛛の巣みたいに広がってるのがわかる。


 幾つもの扉を超えた先で、清玄さんが足を止める。

 たぶん、この施設の一番奥。

 外から見た建物の印象にふさわしい広々とした空間は無数の祭具と金細工の飾りで煌びやかに彩られていて、その向こうには剥き出しの岩壁がそびえている。


 岩壁には部屋とほとんど同じ大きさの穴が空いていて、奥に巨大な立方体型の金属が浮かんでるのが見える。


 頂点の一つを支点にゆっくりと回転する十五メートル四方の精密な演算装置の塊。

 あれがアマテラスシステムの心臓、祈願炉だ。


「直視しないように気をつけてくれ」

 清玄さんが手のひらで両目を隠し、

「神職による観測はそれだけで天照大御神の存在を励起する可能性がある。……もちろん今は周囲に結界を張りめぐらせているが、万が一は避けたい」

 

 慌てて視線を逸らし、祈願炉を見ないようにして周辺を観察する。岩壁に開いた巨大なうろの中には祈願炉の他にも無数の計器や神符が配置され、光の紋様で編まれた結界が黒い立方体を何重にも取り囲んでる。


「まあ、ご苦労様ですわ。宗一郎さん、氷川さん」


 不意に横合いから声。壁際の椅子に座ってた押見副会長が立ち上がって歩み寄ってくる。

 後ろには秩父会長と、それから学園長の姿。

 ちなみに、会長と副会長はどっちも神職の正装だけど、学園長はいつもの上品なスーツ姿だ。


「梨玖さんも、もうすぐいらっしゃいますわ。……大丈夫。学園からも出来る限りの神職を動員して守りを固めています。わたくしたちは静かに見守りましょう」


 はい、ってうなずき、先輩と一緒に会長たちの隣に座る。

 と、しゃん、っていう鈴の音。

 振り返る僕の前を横切って、梨玖ちゃんが部屋の中央の祭壇へと向かう。


 巫女装束の上に鮮やかな色彩の打ち掛けを一枚羽織り、頭に煌びやかな金細工の飾りをかぶっている。

 両手にはこっちも飾りがついた鈴が一つずつ。

 小さな足が板張りの床を、とん、と踏み鳴らすと、光る文字で編まれた無数の糸が祭壇と梨玖ちゃん、それから祈願炉を収めた岩壁の空洞をつなぎ合わせる。


 壁際に待機していた研究員っぽい白衣の人たちが、立体映像の画面を操作し始める。近くには市政府の兵士らしい人たちもたくさんいて、銃を構えて周囲を警戒してる。


 しゃん、ともう一度鈴の音。

 小さな体をいっぱいに動かして、梨玖ちゃんが奉納神楽を舞い始める。


「御厨君、手順は頭に入っているね」

「はい、大丈夫です」


 先輩の小声にうなずく。僕が何かするっていうわけじゃないけど、異常が発生した時にすぐに気づけるように儀式の流れはちゃんと頭に叩き込んである。


 今から行われるのは神話の巻き戻し。

 祈願炉が設置されたあの岩壁の穴は、天照大御神が隠れたっていう「天岩戸」の再現だ。


 しゃんしゃんと鈴を鳴らして、梨玖ちゃんが祭壇の前で舞い踊る。その動きはもちろん優雅で見事なんだけど、見る人が見ればものすごい違和感があるはずだ。

 それもそのはず。この神楽舞は終わりから始まりに向かって──つまり、本来の手順とは完全に逆の動きをたどる。


 天照大御神の神性を宿した祈願炉を封印するってなったら、普通の方法じゃどうやっても強度が足りない。だから清玄さんと学園長と大学の研究部の人たちは共同で、「天岩戸の神話を再現する」っていう方法を考えた。

 

 その場合、もちろん一番わかりやすいのは「神話と同じように須佐之男命に乱暴狼藉を働かせる」っていうやり方。

 だけど、これだと怒った天照大御神がとんでもない反応を示す可能性があるし、そもそも半年前に最初にアマテラスシステムが暴走した時には氷川先輩は須佐之男命を呼ぶことができなかった。


 だから、清玄さんたちは普通に神話を再現するのとは全然別のやり方を考えた。

 それがつまり、「天岩戸を開くために神様たちが行った手順を逆に辿る」方法だった。


 ……がんばれ、梨玖ちゃん……


 神話の物語では、天照大御神が怒って天岩戸に隠れたために、世界から太陽が失われてしまった。困った神様たちは話し合って、アマテラスを誘い出すための作戦を立てた。


 この話し合いの中心になったのが秩父伊織生徒会長の祭神「八意思兼神やごころおもいかねのかみ」なんだけど、それは今はいい。


 とにかく、神様たちは天岩戸の前で大宴会を開いて、天宇受売命あめのうずめのみことっていう芸能の女神がものすごく楽しい踊りを踊った。

 気になった天照大御神は、岩戸をちょっとだけ開いて外を覗いてしまった。その隙間に天手力男神あめのたぢからおのかみっていう力自慢の神様が手を突っ込んで岩戸を強引に引き開けて、めでたく世界には太陽が戻ってきた。


 ちょっとどうなんだって思う神話だけど、とにかく今回の儀式ではその逆順をたどる。

 祈願炉を収めた穴の入り口は大きな石の扉で塞げるようになってて、その扉は今、天手力男神の神性を宿した何千枚もの神符によって開いた状態で固定されてる。


 研究員の人たちが合図すると、巨大な扉を固定してた神術が解除される。

 これで、物語は「天手力男神が岩戸を開いた後」から「開く前」へと巻き戻る。

 

 梨玖ちゃんが逆回しの神楽を舞うに従って、岩戸がゆっくりと閉じていく。祈願炉の回転のスピードが遅くなり、内部から漏れ出ていた神性の光が弱まっていく。


 ……もう少し、もう少しで……!


 汗がにじんだ梨玖ちゃんの顔に、安心したような、ちょっとだけ寂しそうな表情が浮かぶ。

 しゃん、っていう鈴の音が響いて、小さな両手が踊りの一番最初の構えを取る。

 

 岩戸の隙間は、もうあとほんの少し。

 それで、最後は梨玖ちゃんが「天津祝詞あまつのりと」っていう神様を鎮めるための祝詞を唱えて、清玄さんと学園長が封印を施して、儀式は終わるはずだった。


 そうはならなかった。

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