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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
幕間

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幕間──亡国の影③

 寮の自室に帰り着いた時には、夜中の十二時を過ぎていた。

 ()はベッドに勢いよく倒れ込み、ひんやりとした枕に頬を押し当てた。


「……まったく」


 教師や寮の管理人に見つかったらどうするつもりなんだと自分で自分をなじる。せめて門限の十時までには馬鹿騒ぎを抜け出して、一人だけでも帰ってくるべきだった。


 だいたい、氷川夏乃も氷川夏乃だ。鎮守の森の中で盛大に火を起こしてバーベキュに興じていましたなどと、露見すれば反省文程度では済まない。

 今夜はあのまま御厨宗一郎と度会梨玖と三人で料理部の部室に泊まるつもりらしいが、自由気ままというか、本当にあれで三名家の跡取りなのか。


「……だいたい、他の連中も何を考えているんだ」


 押見彩葉も、賀茂陽真も、水瀬美羽もだ。特に陽真と美羽は度会梨玖と数回顔を合わせただけの間柄のくせに、見舞いに行こうだの励まそうだのとよくおせっかいを思いつくものだ。

 本当に、戦争も惨劇も知らない連中は気楽で、いつも楽しそうだ。

 俺の人生には、ゲームに興じる自由などなかったというのに。


「……本当に、困ったやつらだな」


 一人きりのベッドは静かで、風の音も聞こえない。

 目を閉じていると、まぶたの裏に花火の鮮やかな虹色が浮かんで消えなくなってしまう。


 今回の一件に俺は全く関わっていない。

 度会梨玖とアマテラスシステムの問題については以前にスポンサーに聞いてはいたが、それだけ。

 神卸の試験で発生した神性の暴走は俺の預かり知らないところで仕組まれ、実行に移された。

 

 人の願いに応えて降臨し、自らの意思で動く神。

 気に入らない。

 それは間違いないく父が目指したあるべき神と人との関わり方だというのに、俺は今、その神が度会梨玖を苦しめている事実にどうしようもなく苛立っている。


「……おや、ずいぶんごゆっくりなお帰りだね」


 不意に、部屋の奥から声。ひとりでに開いた窓の向こうから、いつもの鴉が飛び込んでくる。

 机の端に止まって、くわ、と嘲るように一声。

 ガラス玉のような黒い瞳をぐるりと回し、


「お楽しみのところ申し訳ないのだけど、経過報告を聞こうか」

「……何の話だ」

 俺はベッドにうつ伏せに倒れたまま上目遣いに鴉を睨み、

「度会梨玖の件はお前たちが勝手に動いていることだろう。俺は何も依頼された覚えはない」

「ひどいなあ、君には君の役目があるだろう、黒川日向君」


 ばさりと翼が羽ばたく音。

 鴉はベッドの枕元に飛び渡り、首を傾げて、


「御厨君だよ。御厨宗一郎君。君には彼の監視をお願いしていたはずだよ。……どうだったね? 天照大御神との接触で、彼には何か不可解な兆候は見られなかったかい? ……いや、そもそも彼はどうやって、我々が仕掛けたアマテラスシステムの祈願炉のレプリカに気づいたんだい?」


 知ったことか、と身を起こして鴉から距離を取る。なるほど、神卸試験での暴走はそういう絡繰だったのか。

 同一の構造を持った祈願炉同士で神縁を結ばせ、アマテラスシステムの方から度会梨玖を観測させる──本当に余計な知恵の回る連中だ。


「なるほど、成果なしか。……となると、やはり度会梨玖君には、このまま高天原を去ってもらうわけにはいかないね」

「……どうするつもりだ」

「なに、祈願炉封印の儀式で少しね」

 肩越しに振り返って睨む俺に、鴉はくちばしをかちかちと鳴らし、

「心配しなくても、次は君にもちゃんと配役を用意するとも。今夜はゆっくり休んで、明日に備えてくれたまえ」


 くわ、と一声鳴いた鴉が翼を広げて悠々と飛び立つ。黒いその姿が窓の隙間を潜り抜け、鎮守の森の闇に溶けて消える。

 静かに窓が閉じる音。

 俺は息を吐き、ベッドから立ち上がる。

 

 ……やはり、か……

 

 先日の競技祭での一件でもそうだったが、連中の興味は明らかに三機神でも高天原でもなく「御厨宗一郎」という個人に向いている。

 三名家の依代が天照大御神を上手く制御できないというこの状況で、あの鴉は「アマテラスシステムの奪取や破壊」でもなければ「高天原への攻撃」でもなく、「度会梨玖との接触が宗一郎に何をもたらすか」を知ることを最優先している。


 そもそも、先日の競技祭での事件は派手過ぎた。神格解放戦線とスポンサーとの関わりは五年以上になるが、これまでの連中の要求は単なるテロ事件を装った「連中に都合の悪い組織への破壊工作」や「情報の奪取」が主で、高天原への直接的な関与は俺たちが主導で行ってきた。


 その構図が、御厨宗一郎が現れてからの二ヶ月足らずで急速に変化し始めている。

 何が起こっているのかを正しく見極めなければならない。

 流れを見誤れば、俺は──神格解放戦線は連中のスケープゴートとして切り捨てられる。


「都合よく駒として使えると思うなよ」


 机に歩み寄り、スマホを取り上げて履歴を確認する。押見彩葉からのメッセージに、一瞬、闇の中で顔をしかめてしまう。


『──賀茂さんと水瀬さんと相談して、明日、梨玖さんに餞別お渡ししようというお話になりましたの。よろしければ、黒川さんもご一緒していただけませんこと?──』

「『わかった、必ず行くよ』、と」


 素早くメッセージを入力して送信のアイコンをタップする。

 そういえば彼女と直接メッセージをやり取りするようになったのはいつからだっただろう。

 確か編入生を装って初等部の六年に潜り込んですぐの頃に、向こうから強引にアドレスの交換を迫ってきたのだったか。


「……気楽な連中だな。人の苦労も知らずに」


 呟き、スマホを置いて机の端に向き直る。ポケットから神符を一枚取り出し、目の前でさっと払う。


 生み出された光の紋様が、木目調の机の上で十重二十重の円を描く。

 鴉が最初に止まった、まさにその場所。

 浮かび上がった円が互い違いに回転して手のひらほどの球体を構成し、すぐに部屋いっぱいに大きく拡大する。


「あまり浮かれていると、足元をすくわれるぞ?」


 自分のためと、何より組織のために、スポンサーが妙な動きを見せた場合の保険はもう何年も前から少しずつ準備してある。

 あの鴉の式神がスポンサーの重要なメッセンジャーで、その神縁をたどった先がどこかのデータサーバにつながっていることはずいぶん前からわかっている。


 御厨宗一郎の出現がよほど嬉しいのか、最近の鴉の動きには明らかに隙がある。

 だから、こんな罠にも引っかかる。

 複雑な神性の流れの向こう、どうやら地上のどこか。俺の前に立体映像で編まれたサーバーの構成図と操作画面が出現する。


 とはいえ、時間は限られている。連中に気づかれる前に必要な情報を素早く抜き取って回線を閉じなければならない。

 キーワードはもちろん「御厨」。何が隠されているのかはわからない。だが何でもいい。とにかく高天原学園か市政府、あるいは日本政府に連中を売り渡して、見返りに組織の安全を確保できるだけの何かを──


 ……なんだ……?

 

 目の前には、ずいぶん前に作られたらしい古いプロトコルのファイル。

 俺は神符を払って何重もの安全措置を施し、最初のページを開いた。


「──『御厨血統における神性接続の並列性と、アメノミナカヌシシステムの初期構想について』──?」


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