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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑫

 しゅわー、っていう手持ち花火の音が、夜の森に静かに流れた。

 赤、緑、青、って次々に色を変える光を見つめ、僕は「おおー」って声を上げた。


 最後にぽんって小さな音が響くと、細い筒形の花火から飛び出した指先くらいの式神が空中でくるっとポーズをとって闇の中に桜の花模様を描く。

 わぁ、っていう梨玖ちゃんの歓声。 

 手に残った紙筒を水を張ったバケツに突っ込み、近くの彩葉さんに駆け寄る。


「彩葉姉! 次! 次は!?」

「はいはい。ではこちらをどうぞ」


 差し出される細い手持ち花火を受け取った梨玖ちゃんが隣の賀茂君に向き直る。

 僕の火之迦具土神じゃ火力が強すぎるから、火をつける役目は賀茂君にお願いした。

 闇の中にぱちっと小さな雷が弾けると、花火の先っぽから虹色の光が細い滝になってこぼれ落ちる。


 懐かしい。毎年夏になると村のみんなが集まって、一人だけの子供である僕のために花火大会をやってくれた。

 もちろん大がかりな打ち上げじゃなくて、せいぜい地面に置いて僕の背の高さくらいまで噴き上がるタイプのやつ。

 それでも、夜の境内を照らす鮮やかな光は夢の世界の出来事みたいで、小さい頃の僕はその日がくるのを楽しみにしてた。


「さあみんな、肉が焼けたよ。順に取りにきたまえ」


 エプロン姿で宣言する先輩の隣で、僕は紙皿に料理部特製のたれを注ぐ。

 梨玖ちゃんたちからちょっと離れた部室──っていうか倉庫の前には石組みの()()()に大きな黒い鉄板。

 先輩が符術で組み上げた立派なかまどの真ん中では、これまた先輩が配置した数枚の神符が赤々と燃える炎で鉄板をいい具合に加熱してる。

 じゅうじゅうぱちぱちと油の跳ねる音。

 一抱えもある鉄板にずらりと並んだ厚切りの高級肉から、香ばしい匂いが立ち上る。


 たくさん人が増えたからバーベキューをやろうって提案したのは先輩で、梨玖ちゃんは大喜びで賛成した。

 彩葉さんたちが花火とか紙皿とかを買い出しに行ってる間に僕と先輩で肉とか野菜とか焼きそばとかの下ごしらえを済ませて、今はこうやって宴の真っ最中っていうわけ。


「そろそろ代わろう、黒川。お前まだ食ってないだろ」

「ありがとう陽真はるま君。助かるよ」


 黒川君に歩み寄った賀茂君が、大きな肉の乗った皿と割り箸を差し出す。お礼を言った黒川君が構えを解くと、代わりに神符を取り出した賀茂君が符術の結界を展開する。


 当たり前なんだけど、鎮守の森の中で勝手に花火やバーベキューをやるのは校則違反。

 なので、みんなは交代で結界を張って、音とか煙とかが外に漏れないようにしてる。


「面白かったー。ちょっと休憩!」


 最後の一本をバケツに放り込んだ梨玖ちゃんがうーん、って背伸びする。花火はあと一袋、小さいのがあるんだけど、とりあえず満足したらしい。


「よし! じゃあ次なにやろっか! 梨玖ちゃんトランプ好き? わたし持ってきたけど」


 にこにこ顔で歩み寄る水瀬さん。実は梨玖ちゃんと一緒に遊ぶ担当で、花火も半分くらいは水瀬さんが消費した。

 と、「ふっふっふ」っていう意味深な梨玖ちゃんの声。

 小さな手がどこからともなくゲームのコントローラーを取り出し、水瀬さんにぽいっと投げ渡す。

 

「次はこれだよ!」


 闇の中に大写しになる立体映像のゲーム画面。

 たちまち、水瀬さんが「おおー!」って歓声を上げる。


「スラプラじゃーん! しかも最新版!」

「ん? 水瀬っち、知ってるの?」

「もちろん! これでも地元じゃ負け知らずなんだからね」


 偉そうに胸を張る水瀬さんに、梨玖ちゃんが不敵な笑みを返す。ていうか、いつの間にか呼び名が「水瀬っち」になってる。

 キャンプ用の折り畳み椅子に並んで座る二人。ぴこぴこっていう耳に馴染んだ効果音に続いて、「始めっ!」っていう試合開始の掛け声が静かな夜の森に響く。


 お上品に肉を食べてた彩葉さんと串焼き片手の黒川君、それに結界用の神符を構えた賀茂君までもが興味津々っていう感じで集まり、

 

「水瀬、なんだ? これ」

「賀茂君、前にも言ったじゃん! スラプラだよ! スラッシュプランターズ! 子供から大人まで大人気の対戦ゲーム!」

「げえむ? これが、水瀬さんがお好きだというあの『げえむ』ですの? ……黒川さんはご存知でして?」

「え……? いや、僕は」

「うっそ黒川君しらないの!? 意外ー。選抜組の子ってみんな、ちっちゃい頃にやって……って、あ──っ!」


 わいわいと騒ぐみんなの前で、水瀬さんが操るキノコ職人の「塁次るいじ」が画面の外にすっ飛んでぽーんと弾ける。


「よっしゃ勝ちぃ!」

 ガッツポーズした梨玖ちゃんがお行儀悪く足をバタバタさせ、

「水瀬っちよわーい! そんなんじゃ宗一郎にも勝てないよ!」

「今のは油断! 油断しただけだから!」


 興奮気味の水瀬さんが新しいキャラを選択し、ふと瞬きして、


「って、御厨君もスラプラいけるの!? 早く言ってよ! 賀茂君ってゲームのこと全然知らないから、腕がなまって困ってるの!」

「え!? いや、僕も最近練習サボってるから……」

「水瀬! なんでそこで俺の名前が出てくるんだ!」


 どうしてだか顔を赤くする賀茂君。

 と、瞬きした梨玖ちゃんが「ふーん?」ってなんだか意地の悪い顔をする。


「じゃあ次はタッグ戦! ボクと宗一郎チームVS(ぶいえす)水瀬っちと賀茂っちチームね!」

 

 いきなり投げ渡されるコントローラーを賀茂君が「うわ!」ってキャッチする。弾みで手から滑り落ちた結界用の神符を彩葉さんが慌てて受け止める。

 僕もコントローラーを押し付けられて、問答無用で二対二の戦いが始まってしまう。


「お、おい! 水瀬なんだこれ! どうすりゃいいんだ!」

「賀茂君、上! ガードして後隙投げて、あ! 後!」

「賀茂さん危な──! ……あ、あら? 誰がどの方を動かしていらっしゃいますの?」

「ほらほらしっかり賀茂っち! 水瀬っちの足引っ張ってるぞー!」


 梨玖ちゃんの野次に合わせるみたいな、部室の方から「にゃん」っていう声。

 開け放たれた和室の玄関では大きな白狐の式神「日輪」が丸くなってて、僕の式神の()()はふさふさの尻尾に埋もれてすっかりご満悦だ。


「ほら、君たちにもお裾分けだよ」


 先輩が大きな肉と小さな肉をそれぞれ皿に乗せて差し出すと、二匹の式神は仲良くご馳走をくわえる。知らなかった、あいつ、ご飯食べるんだ。

 うんうんってうなずいた先輩が、空になった鉄板に野菜と肉をどさどさと投入する。

 タイミングよく画面に映し出される「決着!」の文字。

 僕はコントローラーを置いて小走りに駆け寄り、両手に箸と金属の()()をそれぞれ構えて、


「手伝います」

「助かるよ。何しろ大量だからね」


 ふふっと笑った先輩が、符術の紋様が描かれたクーラーボックスから袋入りの焼きそばを次々に取り出す。

 夜の星空みたいな瞳が見つめる先には、夜の森に浮かび上がる大きなゲーム画面。

 コントローラーを勢いよく振り上げた梨玖ちゃんが「あーっ!」って悲鳴を上げる。


「ずっるーい! 何それ! 今のガー不だよね!」

「すごいでしょ梨玖ちゃん! これぞ水瀬スペシャル! 一フレ目押しの超高難易度連携だよ!」

「水瀬! ガード! ガードはどうやれば良いんだ!」

「こ……このレバーを倒せばよろしいんですわよね。……あ、あら!? どうしてあなたは自分からステージの外に落ちてしまうんですの!?」

「……彩葉さん、代わろうか? 僕もあんまり得意じゃないけど……」


 あはははは、っていう梨玖ちゃんのあどけない笑い声。

 すごく優しい顔をした先輩が、仕上げのソースを鉄板にじゅわっと振りかけた。


「さあ君たち、もうすぐ焼きそばの完成だよ。火が通り過ぎないうちにしっかり食べたまえ!」


      *


「それじゃあ、明かりを消すよ?」

「はい、お願いします」


 窓から差し込む月の光が、真っ白なシーツを照らした。

 花火大会の片付けも終わって時計の針は真夜中。僕は何日か前にしたのと同じように、梨玖ちゃんと先輩と並んで布団に寝転んだ。

 

 水瀬さんたちは何度も梨玖ちゃんに手を振って、名残惜しそうに寮に帰って行った。明日のこととか梨玖ちゃんの今後のこととかは何も説明しなかったけど、彩葉さんはもちろん、事情を全然知らないはずの水瀬さんや賀茂君や黒川君も何かを察してたのかも知れない。

 

 前の時と同じように先輩と梨玖ちゃんがお風呂に入って、最後に僕が入ってやっぱり梨玖ちゃんにからかわれて。


 それから三人で一緒にアイスを食べて。

 大はしゃぎで布団に飛び込んだ梨玖ちゃんは、そのまますうすと寝息を立ててしまった。


「楽しんでくれたみたいですね」

「もちろんだとも」

 うなずいた先輩が梨玖ちゃんを挟んだ向かいの布団でふふっと笑い、

「御厨君。ありがとう、梨玖君に付き合ってあげてくれて。ご友人にもお礼を言っておいてくれたまえ」


 いえ、って首を左右に振る。

 明日には封印の儀式を済ませて、それでこの子とはお別れ。

 ほんの二週間くらい一緒にいただけなのに、なんだか泣きそうになってしまう。


「梨玖君はね、妹みたいなものなんだよ。私にとっても、彩葉君や澄葉さんにとってもね。……だから元気になって欲しかったのだけれど、ままならないね。世界はさ」


 先輩が手を伸ばしてそっと梨玖ちゃんの髪を撫でる。ん、って吐息を漏らした梨玖ちゃんが小さな手でその手を掴む。

 瞬きした先輩が、ちょっとだけ寂しそうに笑う。

 

 僕もどうにか笑おうとした途端、手首に柔らかい感触。

 寝返りを打った梨玖ちゃんが、先輩を掴んでるのと反対の手で僕の腕をぎゅっと握りしめる。

 ちょっとだけ体を近付けて、空いてる方の手で頭を撫でてあげる。

 なんだか嬉しそうな顔で、梨玖ちゃんが寝息を漏らす。


「起きたら三人でショッピングモールに行こう。儀式は夜だからね。お土産を買ってあげる時間くらいはあるはずさ」

「そうですね」

 うなずき、先輩にまっすぐ視線を向けて、

「……二度と会えないってわけじゃないんですよね? 梨玖ちゃんが落ち着いたら、度会の家に遊びに行っても……」

「もちろんだよ。必ず一緒に行こう。きっと、梨玖君も喜んでくれるよ。……そうだね、その時は君の友人も誘って、また楽しくやろう」


 はい、ってうなずいて、目を閉じる。

 楽しい時間はもうすぐ終わり。

 明日は、高天原地下十四階層、度会家の「封印の間」に向かう。

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