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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑪

「さあ、入りたまえ」


 夕焼け色の暖かな木漏れ日が、古びた小さな倉庫を照らした。

 高等部の校庭から森の小道を抜けた先、僕にとってはすっかり見慣れた料理部の部室の前で、氷川先輩はおいでおいで、って梨玖ちゃんを手招きした。

 

「……いいの?」

「今さら何を言うんだい。先日もここでお泊まりしたばかりじゃないか」 

 

 あはははって笑った先輩が神符を取り出すと、金属の扉がスライドして和式の立派な玄関が姿を現す。

 ほら、って梨玖ちゃんの手を引く先輩と一緒になって、僕も小さな背中を押す。


 みんなで上がり込んだ和室は、今日もやっぱり畳の良い匂い。

 座卓の前にちょこんと座った梨玖ちゃんに、先輩が冷蔵庫の麦茶を差し出した。


 梨玖ちゃんが目を覚ましたことで話は一気に動いて、さっそく明日、アマテラスシステムの祈願炉を封印するための儀式が行われることになった。

 急すぎるんじゃないかって僕はびっくりしたけど、儀式はいつでも出来るわけじゃなくて吉凶とか星の巡りとか色んな要素が絡んでて、明日を逃すと次は一ヶ月か二ヶ月後になってしまうっていう話だった。


 清玄さんはすぐに儀式の準備を始めることになって、今はもう高天原の地下十四層にいる。学園の研究部から集められたサポートチームと、それから立ち会いのために市政府から派遣された職員とか軍の部隊とかも一緒だ。

 梨玖ちゃんの頭を撫でる清玄さんの顔はものすごく心配そうだったけど、最後は毅然とした態度で病室を去っていった。


 梨玖ちゃんは検査で異常なしって判断されて、病院から帰っていいことになった。

 だけど、せっかく来てくれたお父さんは地下の封印の間。

 梨玖ちゃんは寮の自分の部屋に帰るって言ったけど、僕と先輩で引き止めた。


 言い出したのは僕だったけど、先輩も賛成してくれた。儀式が終わったらすぐに地上の度会家に帰ってしまうのに、ここでお別れは寂しすぎるって言ったら、「御厨君は優しいね」ってどうしてだか嬉しそうな顔をされた。


 驚く梨玖ちゃんを強引に先輩の式神に乗せて、はるばる料理部の部室まで連れてきた。

 時刻はそろそろ夕方の五時。明日はテスト明けの休みで、儀式が始まるのは天照大御神の力が一番弱まる夜で、僕も今日こそはお泊まりセットを持ってきたから少しくらい夜更かししても平気だ。


「今晩は梨玖ちゃんが主役だよ。食べたい物は何でも先輩にお願いしていいし、やりたいことは何でも言っていいから」


 隣に座って笑って見せると、梨玖ちゃんはこくっとうなずいてガラスコップの麦茶に口をつけ、


「……美味しい」

 ようやくちょっとだけ笑って、

「何でもって……ほんとに何でも良いの?」


 もちろん、ってうなずいてから気がつく。神符を取り出してさっと払い、梨玖ちゃんの頭の上に猫の()()を呼び出す。

 わ、って声を上げた梨玖ちゃんが茶色の毛並みを嬉しそうに撫で、


「じゃあ……ボク、花火がいい」

「花火かい?」

「だめ?」

「もちろんだめではないよ! ……だけど……困ったな、この部室には無いし……」

「僕、買ってきます!」


 勢いよく立ち上がって鞄を掴む。夏にはまだ早いけど、ショッピングモールの雑貨屋で売ってるのを見た。僕は式神や符術で移動できないからバスに乗ることになるけど、急いで行けば晩御飯の時間には──


「だめ!」


 いきなり強い声。

 梨玖ちゃんが僕の腰に両腕を回してぎゅーっと掴み、


「行っちゃだめ! 宗一郎と夏乃姉はボクと一緒にいるの!」

「え!? で、でもさ梨玖ちゃん……」

「梨玖君、申し訳なけれどこの部室には花火の買い置きがないんだ。御厨君に買ってきてもらわないと」

「なんでもいいからだめ!」


 じたじたと暴れる梨玖ちゃんの頭の上で、たまが不思議そうに首を傾げる。

 困った。何だかいつも以上に子供っぽいっていうか、話を聞いてくれそうにないっていうか──


「……ねえ、押見さん、ほんとにここで合ってるの?」

「……のはずですわよ、水瀬さん。澄葉姉様に地図まで描いていただきましたもの」

 

 急に、玄関の外から声。

 顔を見合わせる僕と先輩と梨玖ちゃんの耳に、今度は元気なノックの音が届く。


「み、水瀬! お前いきなり何やって!」

「え? だってここってチャイムとか無いし」

「うーん、いつものことだけど、美羽さんは大胆だね」

「感心している場合ではありませんわよ黒川さん! ここが夏乃様の特別な場所だという噂はみなさまご存知でしょう!?」

「だな。やはり俺たちは邪魔かもしれん。今日のところは大人しく引き返して……」


 聞き覚えのある声が全部で四つ。

 と、ふふって笑った先輩が僕と梨玖ちゃんに目配せする。


 そうっと立ち上がった先輩が、足音を殺して玄関に近づく。

 細い指が神符を一枚かざし、柏手を一つ。

 たちまち勢いよく扉が開き、制服姿の水瀬さんたちが「うわ」っていう悲鳴と一緒に転がり込んで来る。


「おやおや、これは珍しいお客様だね」

「ななな夏乃様!」

 真っ先に身を起こした彩葉さんが慌てふためいた様子で玄関の石畳に正座し、

「申し訳ございません! どうか皆さまを叱らないでくださいまし! わたくしが誘いましたの。梨玖さんが目を覚まして、夏乃様と宗一郎さんが連れて行かれたとお聞きしまして。……もちろんこの場所が夏乃様にとって特別だということは存じておりますのよ? ですけれど──!」

「違う! 違います! わたしが押見さんに頼んだんです!」

「それも違うだろ水瀬。こういうのは連帯責任だ」

「だね。……すみません、お騒がせしてしまって。罰はいくらでも」


 仲良く並んで頭を下げる四人。苦笑する僕の隣で、梨玖ちゃんがちょっとだけ泣きそうな顔をする。

 と、ぷっ、と吹き出す声。

 あははは、って笑った先輩が、彩葉さんの頭にぽんぽんと手を乗せた。


「仕方がないね! ……君たち、罰として買い出しを頼まれてくれたまえ」


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