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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑩

 ()()()()っていう時計の針の音が、午後の病室に流れた。

 度会清玄──梨玖ちゃんのお父さんは、無言でベッドに歩み寄った。


 節くれ立った指が娘の頬をぎこちなく撫でる。眼帯で片方を覆った右側だけの目が、沈痛な色合いを帯びる。


 痛いほどの沈黙。

 耐えきれなくなって、僕は口を開いてしまう。


「あの……」

「何かね?」


 梨玖ちゃんを見つめたまま低い声を返す清玄さん。

 僕は一瞬言葉に詰まり、意を決して、


「梨玖ちゃんは、これからどうなるんですか」

「……まずは、アマテラスシステムの祈願炉の再封印だ」

 清玄さんは深く息を吐いて、

「再起動した天照大御神の自我を神性波動関数の場から切り離す必要がある。……封印には依代である梨玖が不可欠だ。この子の目が覚めるのを待って、儀式の準備を進める」


 ちらっと学園長の方に視線を向けると、壁側の椅子に座った学園長がうなずく。高天原としても、そこはもう決まってるらしい。

 だけど……


「危ないんじゃないんですか?」


 立ち上がって一歩詰め寄ってしまう。

 たぶん、すごく失礼なことをやってる。

 でも、確認せずにはいられない。


「祈願炉の中にいる自我は梨玖ちゃんを探してるんですよね? そこに梨玖ちゃんを連れて行くって……!」

「安全対策には万全を期す」


 鋭い声。

 息を呑む僕に、清玄さんは鋭い視線を突きつけ、


「梨玖は天照大御神の依代だ。この子でなければアマテラスシステムの祈願炉にはアクセスできない。封印の儀式に梨玖は不可欠なのだ」

「御厨君。気持ちはわかるけれど、そこは堪えて欲しい」


 続けて、先輩の声。

 細い手が僕の腕をそっと掴み、


「清玄おじさまと梨玖君は……度会家は務めを果たさなければならない。それが、力を預かるということなんだよ」

「でも……」


 言葉の続きを飲み込んで、唇を噛む。

 清玄さんや先輩の言うことが、部分的にでもスサノオシステムに接続した僕にはわかってしまう。

 あれは本来、一人の人間に委ねていい力じゃない。一つの国、いや下手をすれば世界そのものを滅ぼしかねない危険な存在だ。それが暴走するかも知れないっていう状況で手段は選んでいられない。

 だけど──


「それで、その後は? 梨玖ちゃんは」

「……度会の家に戻す」

 清玄さんは一度だけ拳を強く握り締め、

「天照大御神とのつながりを今度こそ完全に断ち、ただの神職として育て、しかるべき頃合いに婿を取らせる。依代の才がある跡取りが産まれれば良し。でなければ、アマテラスシステムは永久に封印する。……それが学園と市政府、いや日本政府との取り決めだ」


 頭に血が上る。

 とっさに押さえようとする先輩の手を振り解いて、清玄さんとベッドの間に割り込む。


「なんですかそれ!」

 黒いコートの襟を掴み、

「梨玖ちゃんの気持ちはどうなるんですか! なんでそんな!」

 

 不意に、コートを掴む手首に硬い感触。清玄さんが僕の手に手のひらを添えて軽く捻った瞬間、視界に映る病室がぐるりと回転する。

 

 ……この……!


 床に仰向けに倒されそうになり、寸前で体を捻って体勢を立て直す。この人、めちゃくちゃ強い。たぶん祖父ちゃんと互角かそれ以上だ。

 だからって負けていられない。

 腕を掴まれたまま、オレンジ色の瞳を精一杯睨む。


「何か方法はないんですか! 天照大御神の自我を消してしまうとか!」

「不可能だ。あれは梨玖とアマテラスシステム、双方の存在と深く結びつき過ぎている。下手に祓えばどんな影響があるかわからない」

「なら! 梨玖ちゃんが上手く制御できるようになればいいんじゃないんですか!?」

 精一杯背伸びして清玄さんにぐいと顔を近づけ、

「梨玖ちゃんが天照大御神を制御できるようにちゃんと教えてあげるんです! 僕も出来ることがあればなんでも手伝います! だから!」

「それが出来るならとっくにやっている!」


 初めて、清玄さんの声が怒気を孕む。

 息を呑む僕に、梨玖ちゃんのお父さんはゆっくりと深呼吸し、


「梨玖は天照大御神の自我を恐れている。初めてあの子が神卸を行った日からずっとだ」

「……どうしてですか?」


 胸にずっと抱えていた疑問を口にする。

 そうだ。いくら考えてもそこがわからない。

 梨玖ちゃんは、どうして天照大御神の自我をあんなに怖がってるんだ?


 神様が勝手に動くなんて大事だ。ましてそれが天照大御神、三貴人みはしらのうずのみこの一柱なら放っておけないのは当然だ。

 だけど、あの神様は梨玖ちゃんが「お母さんに会いたい」って願って生まれた物で、実際に梨玖ちゃんを守ろうとしていた。


 ……きっと何かがあるんだ。

 僕がまだ知らない何かが。


「度会さん、話しておくべきですわ」

 黙って成り行きを見守っていた学園長が立ち上がり、

「御厨宗一郎君には知る権利があります。……いえ、押見家と氷川家の依代である二人。それに三名家の調停役である秩父家の次期当主にも」


 最後の言葉は生徒会長に向けた物。会長と副会長と先輩、全員の視線が僕と清玄さんに向く。

 と、小さなため息。

 清玄さんが、ゆっくりと僕の腕から手を離した。


「……これは氷川家と押見家にも伝えていない、度会家の秘密だ。他言は無用に願う」


      *

 

 カーテンの隙間から差し込む日の光が、白いシーツの上に細い線を描いた。

 清玄さんはベットのそばのパイプ椅子に腰を下ろし、梨玖ちゃんの寝顔をそっと撫でた。


「……梨玖の母親、私の妻は先代のアマテラスシステムの依代だった。梨玖によく似た強い女性だったが、東方神域戦争が終わる一年前、激戦の最中に命を落とした」


 跡を継いで依代になった梨玖ちゃんはまだ二歳。もちろん神職としての修行なんて始めてもいなかった。

 お母さんがどうして帰ってこないのかもわからず、来る日も来る日も泣いて過ごす梨玖ちゃんに、清玄さんは「ママは神様になってお前を見守っているんだよ」と説明した。

 小さな梨玖ちゃんの心を守るための優しい嘘。

 それが後でとんでもない問題を引き起こすなんて、誰にも想像できなかった。


「梨玖が五歳の時だ。当時は戦後間もない混乱期で、敗戦国の残党によるテロ行為があちこちで起こっていた。……その矛先はもちろん度会家にも向いた。私の留守を狙って、暴漢が度会の屋敷に押し入った」


 狙いはアマテラスシステムの依代──つまりは梨玖ちゃん。

 お手伝いさんとか住み込みで修行をしていたお弟子さんとか何人もが犠牲になって、小さな梨玖ちゃんはとうとう追い詰められてしまった。


「梨玖は願ったらしい。天照大御神──いや、その中にいるはずの母親に、どうか自分を助けてと」


 そうして、神は人の願いに応えた。

 降臨した天照大御神は、百人以上はいたはずのテロリストを骨の一欠片も残さずに焼き尽くした。


「報せを受けた私が帰り着いた時、梨玖は崩れた屋敷の庭で一人で座り込んでいた。……それからだ、この子が天照大御神を恐れるようになったのは」


 学園長以外の全員が息を呑む。先輩が沈痛な顔で唇を噛む。

 僕はベッドの上の梨玖ちゃんをじっと見つめる。

 

 天照大御神の自我は梨玖ちゃんの願いに応えて生まれた。お母さんのように自分を守って欲しいっていう願いは叶えられた。だから、本当なら神様は感謝され、崇められるべきだった。


 だけど、そうはならなかった。

 五歳の女の子が、目の前でたくさんの人が消し炭になるのを見たんだ。

 しかも、自分が生み出した神様の力で。


「祈願炉の中にいる自我は、今も梨玖さんを守っているつもりなんでしょうね」

 ぽつりと、押見副会長が呟き、

「そのためにどんな犠牲を出して、何を壊しても構わない。だってあれは、梨玖さんのためだけの神様なんですから」

「──そうだよ。だから、ボクがなんとかしなきゃいけないんだ」


 ベッドの上から声。

 驚いて目を見開く僕の前で、梨玖ちゃんがゆっくりと身を起こす。


「梨玖……」

「パパ、ごめん。頑張れってママの形見のピアスまで貸してくれたのに、ちゃんと出来なくて」


 清玄さんが無言で視線を逸らす。

 梨玖ちゃんは一度だけ悲しそうにうつむき、毅然と顔を上げて、


「夏乃姉、澄葉姉、いおりん……それから宗一郎。みんな力を貸して」


 窓から差し込む光が薄茶色の髪を照らす。

 お日様みたいに煌めく柔らかな髪。

 梨玖ちゃんは真っ白なシーツの上で小さな手を握り締めた。


「天照大御神を封印する。……大丈夫、今度こそ絶対に、あいつを外に出さない」

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