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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑨

 息を切らせて病室に飛び込むと、氷川先輩と秩父生徒会長、それに押見副会長が先に集まっていた。

 僕はどうも、って頭を下げ、一番端っこのパイプ椅子に座った。


「どうですか? 梨玖ちゃん」

「眠ったままだよ。とりあえず命に別状はないそうだけど」


 隣に座る先輩の言葉にうなずき、ベッドの上の梨玖ちゃんに視線を向ける。

 天照大御神あまてらすおおみかみが暴走した事件からそろそろ丸一日。梨玖ちゃんは女神が消えると同時に倒れてしまって、そのまま目を覚まさない。

 

 あの後はもちろん大騒ぎになって大変だった。中等部の全部の先生に、生徒会メンバーに学園長が総出で集まって。それどころか一時は市政府側の警察と軍隊が校庭を包囲する事態になって、三貴人みはしらのうずのみこ──天照大御神あまてらすおおみかみが高天原でどんな存在なのかっていうのを僕はあらためて思い知らされた。


 気を失った梨玖ちゃんは押見副会長が呼び出した大きな牛車の式神で大学病院まで運ばれた。その間に僕と氷川先輩、それに賀茂君たちはまとめて生徒会室に呼ばれて、何が起こったかを説明した。


 学園長が「度会の当主に連絡する」って言って、事件の調査に進展があったら知らせるって言われて夕方頃に解散。僕はテスト勉強をする気にもなれずに寝て起きて最後の三科目をどうにかこなして、それで会長に呼び出されて梨玖ちゃんの病室に来たのが今っていうわけ。


「──押見、頼む」

「ええ」


 秩父会長が目配せすると、うなずいた押見副会長が神符の束を取り出す。四方八方に飛び散った符は個人用の広い病室の全体を覆い、たぶん盗聴避けの複雑な結界を構築する。

 

「さっそくだが、ここからの話は他言無用だ。氷川執行役員、御厨役員補佐、くれぐれも注意してくれ」

「……何かわかったんですね?」


 ああ、ってうなずいた生徒会長がスマホを取り出し、立体映像の画面を展開する。

 映し出されるのは昨日の事件の原因になった、先輩と僕が破壊した練習用の供骸。

 天照大御神と細い糸でつながってたマネキンみたいな胴体の中から、中心を打ち抜かれた立方体型の黒い祈願炉が取り出される。


「大学部と研究部の協力で解析を行ったところ、ある事実が判明した。──これは、アマテラスシステムに搭載されている祈願炉の、百分の一スケールの精巧なレプリカだ」

「え?」

「……やっぱり、そういうことか」


 目を丸くする僕の隣で、予想通りっていう感じの先輩の声。

 思わず顔を向ける僕に、氷川先輩は苦いものを飲んだみたいな顔で、


「昨日も言っただろう? あの練習用供骸を『写し身』に使ったって。御厨君は()()()()という言葉はちゃんと勉強しているかな?」

「えっと……」


 よくわからない。確か神秘学の補習プリントにそんなのが書いてあった気がするけど──


「『形が似ている物、共通点がある物は同一の存在と見なしてよい』──という、古今東西のあらゆる魔術、あるいは呪術に共通する基本原理ですわ」

 押見副会長が唇に指を当て、

「丑の刻参りはご存じですわよね? 憎い相手の髪の毛を藁人形に忍ばせて五寸釘で木に打ち付ける。あれが類感魔術の典型ですわ。……『髪の毛』という共通点を中継することで、髪の持ち主と人形を同一の存在と定義する。だから、人形に対してかけた呪いを相手に届けることが出来るんですの」


 ん、って苦しそうな吐息。ベッドの上の梨玖ちゃんが汗がびっしり浮かんだ顔を歪める。

 僕も含めたその場の全員が反射的な動作で椅子から腰を浮かす。

 一番近くにいる先輩が手を伸ばし、梨玖ちゃんの頬にそっと手のひらを当てて、


「量子神道は物理学であると同時に神学──つまりは魔術の一種でもあるからね。このルールに縛られるんだよ。アマテラスシステムの祈願炉とそのレプリカは大きさこそ違うけど、構造が全く同じだから神術の法則では「同じもの」と定義することができてしまう。だから二つの間にはつながりが生まれる。……そのつながりを介して天照大御神の()()は依代である梨玖君を観測し、大喜びで出てきたというわけさ」


 なんだそれ。


「あの……ちゃんとわかってないんですけど、『天照大御神』と『天照大御神の自我』は別なんですか?」

「祈願炉の中に封印されている()()というのはね、大雑把に言うとプログラム──宇宙全体にうっすらと広がっている天照大御神に作用して意識を持った状態で顕現させる機能を持った数式なんだよ。度会家はこの自我が天照大御神と接触しないように、祈願炉の中に封じ込めてアマテラスシステムから切り離したというわけさ」

「えっと……」


 先輩の説明に、僕は腕組みして何度も首を捻る。

 難しい。

 だけど、考えるうちに少しずつ理屈がわかってくる。


「天照大御神が自我を持った」っていう話を最初に聞いた時、僕は神話に出てくるみたいな「自分の意思を持って好き勝手に行動する神様」そのものが生まれたんだって思った。

 だけど、そうじゃない。量子神道の世界では神はあくまでも神性波動関数──世界のありとあらゆる場所に遍在する存在確率の波で、それを神職が観測することで神様が武器とか現象とかの姿を取って顕現する。


 梨玖ちゃんが小さい頃に呼び出した、あるいは生み出してしまったのはつまり、「その神職の代わりに神を観測する一種のプログラム」。

 そいつが神性波動関数の海から天照大御神を呼び出し、意識となって神様を動かす──


「え、でも、あいつが僕を攻撃したのは?」

「宗一郎さんは地下の祈願路と天照大御神の接続を切ろうとしてプラズマナイフを使用しましたわよね?」

 押見副会長が立体映像の書面を取り出し、

「おそらくそれが引き金ですわ。()()はその行動を自分と梨玖さんに対する攻撃と判断して反撃したのでしょう」

「えっ!?」


 思わず目を見開く。待って。それじゃあ、僕が何もしなければあの神様、っていうか自我は無害だったってこと?

 

「意地悪な言い方をしましたわね。事はそれほど単純ではありませんの」

 と、副会長は何枚か別な書類を取り出し、

「過去に梨玖さんが起こした事件では、天照大御神は彼女が何をやっても帰還に同意しなかったとあります。外から強制的に神卸を解除しないと梨玖さんが倒れてしまいますから、どのみち交戦は避けられませんわ」

「そうだとも。御厨君は何も悪くないよ」

 

 先輩が手を伸ばして、そっと僕の頭を撫でてくれる。

 僕はうなずき、ベッドの梨玖ちゃんを見つめる。


 ……やだよぅ……もうやだよぅ……


 あの時の梨玖ちゃんの悲痛な声を思い出しただけで胸が潰れそうになる。この子はきっと、学園が好きだったんだ。だから友達に迷惑をかけないように停学を受け入れて、きっと実家で色んな苦労をして、それで天照大御神を制御できるようになってやっと戻って来られたんだ。

 なのに──


「……誰なんですか。供骸に細工をしたのは」

「調査中だ。が、手がかりは幾つかある」

 秩父会長が立体映像の書類を大きく拡大し、

「最大の疑問は、犯人がどうやってアマテラスシステムの祈願炉のレプリカを用意したかということだ。三機神は高天原の最高機密、その構造はもちろんおおやけにはなっていない。……学園内の供骸を点検したところ、全く同一の祈願炉を備えた個体が他に複数確認された。万に一つの偶然という可能性も有り得ないだろう」

「待って下さい。三機神を開発したのってもしかして」

「ええ、お察しの通りですわ」


 静かな声。

 押見副会長がハンカチを手に立ち上がり、梨玖ちゃんの顔の汗を丁寧に拭いて、


「高千穂重工。宗一郎さんと氷川さんが八岐大蛇を退治なさったあの地下の模擬都市を建造したのと同じ、世界最大の量子神道技術開発企業です」


 息を呑む。

 競技祭の事件を仕組んだかもしれない相手と同じ名前が、また出てきた。

 なら神格解放戦線、あの狐面もこの事件に絡んでるんじゃ。


「まったく、上手いやり方だね」

 先輩が首を左右に振り、

「アマテラスシステムのレプリカと言っても、要は内部の構造が他とほんの少し違うだけの、正常に動作するただの祈願炉だ。しかも肝心のオリジナルを誰も見たことがないんだから、納品段階で気付きようがないし、後で問題になっても製造段階の不備だのなんだので一応の言い逃れはできる。……私たちのスサノオや副会長のツクヨミについても調べた方がいいだろうね」

「すでに戎と中臣に動いてもらっている。明日にも報告が──」


 言いかけた秩父会長の声が止まる。

 黒縁メガネの奥の目が病室の扉を向き、

 

「後にしよう。……お見えになった」

 

 え、って瞬きする僕の前で、会長と副会長、それに先輩が同時に立ち上がる。

 慌てて同じようにする僕。押見副会長が取り出した神符を払うと、病室全体に張り巡らされていた結界が形を変え、ドアを覆っていた部分が鳥居の形に変化する。

 

「お待たせしたわね」

 

 静かに開かれる扉の向こうには学園長の姿。

 続けて現れる男の人を、僕はまじまじと見つめてしまう。


 神職の狩衣を現代風にしたみたいな黒いロングコートに墨黒のはかま。すらっと痩せた静かな佇まいで、黒髪を頭の後ろで一本に束ねている。

 片方を眼帯で覆った目は、梨玖ちゃんと同じオレンジ色。


「お久しぶりですわ、度会のおじさま」

「清玄おじさま。……すまない、私がついていながら」


 スカートをつまんで一礼する副会長の隣で、先輩がすっと頭を下げる。

 いや、と首を左右に振った男の人が、僕に向かって会釈した。


「度会家当主、度会清玄わたらいせいげんだ。……娘が迷惑をかけた、御厨宗一郎君」

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