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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑧

 声を上げる暇さえ、ありはしなかった。

 とっさに駆け出す僕の視界の先で、光の紋様は急速に形を成して、ぼんやりとした人の姿を描いた。

 

「……あ……」


 呆然と目を見開く梨玖ちゃんの前に、光はふわりと降り立つ。

 半透明の体が瞬時に実像を帯びる。

 太古の装束みたいな揺らめく薄衣をまとった、梨玖ちゃんのお母さんくらいの外見を備えた女神──天照大御神。

 ショッピングモールで見たのと同じ存在。だけど、あの時より遥かにはっきりしていて、全身が神性の光で輝いてる。


「梨玖ちゃん──!」


 叫ぶと同時に神符の束を投げ放ち、数十のプラズマナイフに変えて解き放つ。

 空を貫いたナイフは地面から伸びる無数の細い糸、たぶん梨玖ちゃんとアマテラスシステムをつなぐ神性の流れに突き立ち──


 爆ぜる光。

 あっけなく跳ね返った荷電粒子のナイフが、一つ残らず砕けて空中に霧散する。


 ……な……


 ショッピングモールの時とは比べ物にならない。あの時は一薙で切断できた糸が今はとんでもなく硬くて、空の太陽みたいな炎を帯びている。

 驚愕に足を止めそうになり、強引に地面を蹴って真横に跳ぶ。

 同時に迸る光。

 空を貫いた熱線の槍が大気を焼き焦がし、直前まで僕が立っていた地面を真っ赤に溶解させる。


 芝生に一転して立ち上がる僕の見つめる先で、天照大御神がゆっくりと振り返る。

 オレンジの光をたたえた瞳が、すっと細まる。

 緩やかに掲げられた右手が無造作に空を払うと、生み出された三つの光の槍が続けざまに僕めがけて放たれ──


「だめ!」


 甲高い叫び。

 真っ青な顔の梨玖ちゃんが、ものすごい勢いで天照大御神の腰に飛びつく。

 輝く人型の神性がわずかに体勢を崩し、槍の軌道がほんの少しだけぶれる。とっさに身をかがめる僕の頭上をかすめて、膨大な熱量と神性の塊が空の彼方へと突き抜ける。


 ひっ、というかすかな悲鳴。ようやく事態を認識したらしい中等部の子たちが恐怖にひきつった顔で梨玖ちゃんと天照大御神を見つめる。

 

「……あ……あ……」


 一番近くにいた子が後ずさろうとして失敗し、背中から地面に転がって派手な音を立てる。

 それを合図に炸裂する怒号と叫び。

 校庭に集まっていた中等部の生徒たちを、混乱が飲み込む。


 半分くらいの子たちが泣き叫びながら校舎へと走り出し、残る半分の子が神符を取り出して身構える。

 何人かの子が意を決した様子で梨玖ちゃんに駆け寄ろうとするけど、行く手に飛び込んだ水瀬さんと彩葉さんが寸前でその動きを押しとどめる。


「だめ! 危ないから下がって!」

「梨玖さんのことはわたくしたちに任せてお逃げなさいまし! 早く!」


 黒川君が虎の式神に乗って天照大御神のすぐそばを駆け抜け、最初に転んだ子をすくい上げる。賀茂君が広範囲の結界を張り巡らせ、中等部の子たちを守る。


「中等部校舎前! 神術無効化フィールドの起動を要請します──!」


 スマホに向かって叫んだ先生が神符の束を投げ放つ。

 数百枚の符はたちまち無数の光の鎖に姿を変え、梨玖ちゃんと天照大御神の周りを十重二十重に取り囲み──


 ガラスをまとめて叩き割るみたいな甲高い破砕音。

 天照大御神の背後に太陽を模した紋様が輝くと、全ての鎖が残らず弾け飛ぶ。


「ま、待てって! この……!」


 叫んだ梨玖ちゃんが天照大御神の腰をぎゅっと掴むけど、女神は一瞬だけ光に溶けてその腕をすり抜けてしまう。

 無慈悲に輝くオレンジの瞳が見つめるのは、他の誰でもなく僕。

 眩い光が視界を白く染め、次の瞬間には揺らめく古代の装束が目の前、ほんの数十センチ先に転移している。

 

 流れるように掲げられた女神の右手に無骨な一振りの剣が出現する。その正体に思い至った瞬間、息を呑む。

 天照大御神が武器として剣を用いるっていうなら可能性は一つ。

 須佐之男命が八岐大蛇の尾から見出し、後に姉神に献上された神剣「草薙剣くさなぎのつるぎ」。

 

 黒い刀身に光が満ちる。

 だめだ、逃げられない。

 僕は歯を食いしばり、無理を承知で神符の束を掴み出そうとして──


「御厨君──!」


 叫びと共に割り込む金属音。

 横合いから突き出た巨大な金属の腕が、天照大御神の手を掴んで大きく逸らす。


 淡青色に煌めくすらりとしたシルエットを僕は見る。全長三メートルあまり。金属と水晶を組み合わせた宝石みたいな装甲が降り注ぐ陽光に煌めく。

 先輩の供骸、八幡神やはたのかみ

 尾羽みたいに鋭く突き出た一対の噴射装置スラスターが光の奔流を吐き出すと、供骸は天照大御神を強引に掴んで空高くへと舞い上がる。


「やめて……もうやめてよ……」


 息も絶え絶えな梨玖ちゃんの声。慌てて駆け寄る僕の前で、神符を片手に同じく駆け寄った先輩が片膝をつく。


「梨玖君! しっかりするんだ!」

 青ざめた顔を正面から覗き込んで、

「すぐに神卸を解除するんだ。あれはきみが呼び出したものなんだから。大丈夫、落ち着いて」

「出来ないの……!」


 血を吐くみたいな叫び。

 目を見開く先輩の前で、梨玖ちゃんはひぅ、っとねじれた息を呑み込み、


「さっきからずっとやってるの! お前なんか呼んでない、早く帰れって! なのにあいつ、全然ボクの言うこと聞いてくれないの!」


 頭上ですさまじい銃撃の音。天照大御神はいつの間にか供骸の拘束を抜け出し、神剣を手に自在に宙を飛び回っている。

 対する先輩の八幡神は周囲にライフル銃を次々に呼び出し、弾丸の雨を天照大御神に叩きつける。

 女神はそのことごとくを剣の一振りで払い、逆に光の槍を八幡神めがけて次々に投げつける。供骸はその全てを紙一重でかわし、神性の光をたなびかせて空高くを舞い踊る。


 担任の先生が左右の手にそれぞれ神符の束を掴み出し、まとめて空に投げ上げる。左手から放たれた符が空中に無数の結界を形成して天照大御神を取り囲み、同時に右手から放たれた符が数十の白い鳩の式神へと姿を変える。


「先輩! 僕の火之迦具土神ほのかぐつちのかみも!」


 ポケットから神符の束を取り出し、校庭の隅を振り返って身構える。

 開け放たれた中等部用の格納庫の中には何十体かの練習用の供骸。

 僕は自分の中にある神性の輝きに意識を集中し、一呼吸に神符を投げ放とうとして──


「だめだよ御厨君! きみの神卸じゃ威力が強すぎる!」

「え──!?」


 寸前で動きを止める僕。

 慌てて顔を向けると、先輩は強張った顔で、


「神縁の形をよく見てごらん。あの神様と梨玖君とは深く結びつき過ぎている。手加減なしで攻撃したら梨玖君にどんな影響があるかわからない」


 そんな、って息を呑み、同時に気づく。言われてみれば確かに、先輩の供骸の動きは前に見た時より鈍い。たぶん、攻撃を当てないように手加減してるんだ!


「やだよぅ……もうやだよぅ……」


 苦しそうな声に我に帰る。今度こそ梨玖ちゃんの側に近寄り、座り込んで小さな両肩を支える。

 ぼんやりと顔あげる梨玖ちゃん。

 オレンジの瞳から、次から次へとと涙がこぼれる。


「なんで……ボクがんばって……やっと学校に戻ってきて、夏乃姉ともみんなとも一緒にいられるって……なのに、なんで……」


 ……くそっ……!


 唇を噛んで顔をあげ、空を自在に飛び回る女神を睨みつける。揺らめく古代の装束からは無数の糸がのび、梨玖ちゃんを通して地面の下へと繋がってる。


「先輩! 糸です! あの糸を切らないと!」

「糸!?」


 返ってくるのは怪訝そうな声。

 先輩は切羽詰まった顔のまま一瞬だけ僕に横目を向け、


「御厨君、糸というのは何だい!」

「何って! 天照大御神から伸びてるじゃないですか! ほら、式神と自分をつないでるのと同じ細い糸が何百本も!」


 返るのは、え、っていう声。

 先輩は今の状況を忘れたみたいにまじまじと僕を見つめ、


「きみにはあれが『糸』に見えるのかい? 天照大御神と梨玖君をつないでいるあれが? 自分で卸した神でもないのに?」

「な、何言ってるんですか!」


 今度は僕の方が先輩を見つめてしまう。見えるもなにも、あんなにはっきりと、


「私には見えない……もちろん神縁は見えるけど、それははっきりと形があるわけじゃない、ただそこに神性の流れがあるってわかるだけなんだ」

 先輩はゆっくりと首を振り、

「誰だってそうだ。私が式神操作のために君に教えた『糸』は自分の中だけにある物。自分とつながりが無い神性との間の糸なんて、存在を感じ取るのでさえ途方もない修行が必要なんだ」


 思わず、僕はぽかんと口を開ける。

 待って。そんなの初めて聞いたぞ?

 じゃあ、僕が今見てるこれは何なんだ?


「見えるのなら手伝ってくれ、御厨君!」

 先輩は両手の神符をものすごい速さで動かしながら、

「天照大御神が勝手に動いたのは偶然なんかではあり得ない。度会家が梨玖君に施した封印は確かに機能していた。それを邪魔する何かが、この校庭のどこかにあるはずなんだ!」

「は、はい!」


 うなずき、もう一度、今度はしっかりと空に目を凝らす。無数の銃弾と鳩の式神を軽々と打ち払う天照大御神、その体から伸びる数百の糸は残らず眼下の梨玖ちゃんに向かって──


 違う。

 眩い神性の光に紛れて、たったの一本、細い細い糸が供骸の格納庫へと繋がっている。


「先輩! 供骸です! 倉庫の中の、手前から三番目!」

「なんだって!?」


 叫んだ先輩が神符を一枚投げ放つと、宙を渡った符は問題の供骸の胸、祈願炉の上に張り付く。

 とたんに先輩が目を見開き、


「そうか、アマテラスシステムの祈願炉のレプリカ! 練習用供骸を写し身にして!」

 勢いよく僕に向き直り、

「御厨君! 今から私があの供骸の祈願炉を撃ち抜く。きみは供骸につながる糸を切断してくれ。私と同時に、一瞬の狂いもなく、だ!」

「やります!」


 叫ぶと同時に神符を放ち、プラズマナイフを形成する。先輩が両手の符を払うと、八幡神が手にしたライフル銃を眼下の格納庫、供骸の胸に照準する。

 瞬間、天照大御神の表情が変わる。

 目を見開いた女神が、叫びと共に淡青色の供骸へと踊りかかる。


 担任の先生が神符を次々に放ち、女神の行く手に数十の結界を構築する。女神は神剣の一振りで結界を打ち砕くけど、その動きによって一瞬のタイムラグが生まれる。

 衝撃音と共に放たれる銃弾。

 同時に、僕はプラズマナイフを走らせる。


 鳴り響く甲高い金属音。打ち砕かれた供骸の胸の奥で、手のひらくらいの祈願炉が火花を散らす。同時に翻ったプラズマナイフが、供骸と天照大御神をつなぐ糸を切断する。


 静寂。

 動きを止めた天照大御神が、光に溶けて四散した。

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